第4話
中央地区からは見た目に離れていないのに、労働者地区7区に行くまでに、かなりの手間と暇がかかった。
ドナは身の安全を保障してもらうために、惑星管轄警察の世話になった。ガードロボットを一体貸してもらうのに、朝から昼まで。中央地区のドームを出るのに約一時間。労働者地区のドームに入るのに二時間は、きっちり待たされて、ガードロボットに護衛されて7区に着いたのは夕方だった。
ドームの内側はいつでも薄暗い、夕闇のような明るさを保っている。自転が早いせいで、ほとんど夜がないからである。
労働者地区ともなると薄気味悪い日暮れ時のようであった。ドナはロザリオを握り締め、路地のすみずみを見晴らす。紙くずなのか、布切れなのか、あちこちに散乱しているのを見ると、なんとも落ち着かない気持ちになって来るものだ。清掃車など、一回も来たことがないというくらいに道の行く先々でゴミが散らばっている。
空気もなんだか、よどんでいて生臭い。ドナの小さな荷物を持つガードロボットは、すいすいとゴミをよけながら7区の教会へ彼女を連れて行く。
ドナは自分に自信がしだいになくなっていくのを感じていた。どうしたらいいのかと、不安が手足を縛りつけ始めているのも。
「大丈夫よ……心配ないわ。ドナ……」
風なんて作り出さない限りは決して吹かないドーム内に、木枯らしが吹きすさびいているような錯覚を感じる。道の傍らの、風に吹かれたように揺れていたゴミの固まりが、実は人間であったことに気付くと、もうただどうしようもない不安だけが彼女の頭を支配した。
ドナは、ガードロボットにすがりつき、
「まだなの? 本当に大丈夫なのよね? ちゃんと教会に向かってるのよね、あたしたち?」
ガーピーピュー
ラジオのチューナーを合わせるような耳障りな音を発するだけで、ガードロボットは一言も話さない。
ドナは焦り、ガードロボットの正面に回り込んで、「うそでしょ? 故障してるの!?」と叫んだ。そしてその武骨な丸い胴体の中央の水晶板に気付き、ホッとする。
費用削減か、それとも警察の怠慢か、ガードロボットの型は十年前のモデルだった。現在ではヒト型に近く、円筒状の胴体なんてはやらないし、ましてや言語表現プログラムが表示形式のものなど、ふるすぎて見たこともない人が多いくらいである。
「アトトホサンプン。ゴジュウメートルショウメンヘ。ウセツジュウメートル」
ドナは安心するやら、腹が立つやら、ガードロボットをこずくと、
「なによ、言ってくれればこんなに心配することなんてなかったのに!」
ピピュー「モウシワケアリマセン」
ドナはあきれるようにため息をつくと、「もういいわ、あなたと話してると、あたし、いつまでもあなたの前を後ろ向きで歩かなくっちゃいけないんだもの」
ピーガー
ドナは彼の答えを見ずに、体を正面に向けた。
前よりもはっきりと光景が見えた。不安に包まれていた好奇心に晴れ間が見え、彼女は恐れを後ろに押しやって辺りを見渡した。
沈み堕落した風景の中で、頭上高くに灰色の洗濯物や、道の隅に子供の遊び道具が散らばっていた。耳をもっとすませば、多分母親の子供をしかる声から、子供達のはしゃぐ声だって聞こえるに違いないと、彼女は思った。
ドナの目の前に立つ教会は、彼女が声を上げてしまうくらい、すごかった。
扉は引き千切られ、窓ガラスは割られ、壁の模様細工は外されて白いしっくいが丸見えだった。ドナは「キャッ」と声を立てながら、教会の中へ入り、また声を上げる。礼拝堂のいすはとりはずされてどこかへ行っていた。柱には落書きがしてあり、床板も外され、犬が数匹巣をつくっていた。
「あー……すごい……」
目も当てられぬ、というのはこういうことなのね、と彼女は確信した。
奥の間はそれ以上で、裏道と部屋の内部が吹きっさらしになっていて、道なのか部屋なのか分からなくなっていた。
「すさまじいわね……」
多分、寝室も食堂も同じようなものだろう。
ドナは荷物の中の携帯電話で中央教会に連絡した。修理班と物資の支給。到底今日中には来てくれないだろう。
彼女は青ざめた。こんなところにガードもなく、一晩眠るだなんて、気絶できないくらいに恐ろしいことじゃないだろうか。
ピーピーガーガーうなっているガードロボットには悪かったが、こんなの鉄パイプでひと殴りされれば一巻の終わりだろう。
ドナは礼拝堂に戻り、穴のあいた床下にもぐりこんで、荷物の中の聖書を抱き締めた。武器の持てないシスターにとって、聖書くらいしか心の頼りにならなかったから。
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