第2話

 M21は火星ほどの小さな惑星である。その星が丸まる教会という名の自治惑星として存在しているのだ。


 しかし、不毛の地で作られるものに食べ物は全く含まれていない。すべてをモータ教所有のネットワークにつながっている、数多くの他惑星からの供給に頼っていた。


 輸送貨物船が堂々たる姿で、M21を背景に真空の暗闇を行き過ぎていく。後数時間でM21に到着する。貨物の中身は野菜類、穀物類、肉。そして、積み荷を降ろした後は、新たに教会の作る女神像を載せて出港する。日に一回だけの外界との交通である。


 乗員は意外に少ない。出荷の作業をするのはほとんどロボットだからだ。乗員は積み荷の整理、生き物の世話、船の操縦などに回っている。


 船のなかを地鳴りのような、かすかな音と振動が支配していた。人の気配はまるでない。乗員は各部署に固まり、めったに歩き回らない。それなのに、廊下を冷たい足音が響く。ひっそりと間隔をおき、また歩き始める。


 黒いコートが薄暗い廊下を影のように進む。頭の先からつま先まで黒色に包み、陰鬱な顔だけが仮面のように宙に浮かんでいた。何者かに見とがめられることを恐れるように、壁に耳をつけ、階下に降りていく階段を探っている。後数分で乗員は動き始めるだろう。貨物室に潜み、密航するつもりでいるらしい。


 長い黒髪が、その人間の性別を隠している。まとっているコートのせいでボディラインも判然としない。幻のように生命感を押し殺し、非常用の階段を降りていく。


 非常灯の赤いランプが、血液のようにその人間の顔を照らした。テラ=アジア系の青年の端正な顔を浮かび上がり、黒髪に隠れる。

 声も漏らさず、素早く階段をかけ降りていく。まるで地の底へ続いていく階段の深みへ、彼は消えていった。

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