第12話

「こんばんわー」

 玄関が挟すぎて、祥子の声はキンキンと響いた。

「おー」

 慎吾が顔を出したときには、祥子はもう靴を脱いで上がっていた。脱いだ上着を両手にもったまま、「たつろーくんは?」と身を乗り出して、探して見る。

「めし食ってる」

「あー」

 盾を上げて、納得したみたいに目を泳がせて、祥子は勝手知ったる人の家をズカズカ歩き回った。

「たつろーくんっ」

 ニヤニヤ笑いの顔をたつろーに向けて、祥子は抜き足差し足で忍び寄っていった。たつろーは振り向いて、祥子をぼんやり見つめていた。握ったフォークの先を唇にプチプチと軽くつき立てている。「何食べてんの?」

 祥子はたつろーの皿の中を覗き込む。インスタントのミートスパゲッティがグチャグチャとかき混ぜてあって、まだ皿一杯に広がっていた。

「ちょっとー! 慎吾、あんた、ちゃんとこの子にマトモなもの、食べさせなきゃ」

 慎吾は壁に寄り掛かって、頭をかいて、「じゃ、お前、作ってやってくんない?」

「これだから」

 祥子は両手を腰に当てて、わざとっぽく怒ってみせた。

「たつろーくん、何食べたい? あ、でも難しいのはダメだよ。食べらんないの、作っちゃうかもしんないから」

 祥子はほっぺたの半分くらいまで口の端を引き伸ばして、笑った。たつろーはフォークを今度はあごにつき立てている。ブツブツとあごに白い点々が浮き出して、パァと赤くなつてから消えていく。たつろーはうつむいてしまって、どんな顔をしているのか判らなかった。いすを後ろに大きく引いて、両足をいすの上に乗せて、体操座りをしている。ギユーッと縮こまっている。

「ねえ?」

 洋子の声が少しだけ低くなって、たつろーに手をかけようとしてから、やっぱりやめて引っ込んでしまった。そして、慎吾を振り返る。

慎吾は首を軽くひねって、目だけで祥子に返事をした。困っているのか、悲しいのか、眉間にしわを寄せている。

「ねえ」

 慎吾は口を開きかけた。

「慎吾、あたし、ソファに座りたいな」

 明るくいって、祥子はたつろーをチラリと見ると、居間のほうへいこうとした。

「ちょっと待てって」

 その肩を慎吾は押さえて、ひきとめた。

「何気ィ使ってんだよ」

 心外な顔をして、祥子は慎吾を見上げて、それからたつろーを見た。

「いいの?」

「あいつ、もう子供じゃないんだぜ? どうしたらいいかなんて、わかってもいいころだと思うんだけど」

 祥子の顔がきつくなって、「そうかしら?」といった。

「ネ、ホントにそう思う? たつろーくん、そんなに強いのかな? 何でもかんでも割り切れちゃうくらい、あん……」

 あんたみたいに……と祥子の口が動きかけて、奇跡かと思うくらいビ夕ッと口を閉ざした。

「そりゃあ、さあ……? 俺みたいに、とまでもいかんでもさ、ねえ?」

 慎吾は口元で苦笑って、息を吐き出した。

「何が、ねえ、よ」

 怒っているようで、怒ってない顔で、祥子はつぶやく。慎吾も祥子も目はたつろーの上に止まっている。

 たつろーは身じろぎもしないで、大きな体を小さないすの中にはめ込もうとして、ユラユラ揺れている。

「なんかさあ……たまんないよね……」

 祥子は低くつぶやいた。ジッとたつろーに向けた目が薄く潤んでいる。

 慎吾はそんな祥子を見下ろして、表情を変えずにしんみりと微笑む。

「でも、このまんまじゃ、たつろーくん、ツライと思うな……」

 慎吾はたつろーの猫背ぎみの曲線を見つめて、うなずいた。

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