第22話
あれから1週間、真柴との練習(地獄の特訓)は続いた。相変わらず、バンドのことになると容赦なかったが、そのおかげもあって1週間で自分でも信じられないくらい上達した。真柴に頼ってよかった。これだけ音楽に真摯なのは彼女の良いところだと思う。
相変わらず、スタジオのクーラーは直らないし、いきなり服を脱ぎ出すのは勘弁してほしいところだが。
そんなこんなで今日は週末、初めて3人でスタジオに入る。バンドで曲を合わせるのが初めてだから、ワクワクと少しの緊張が入り混じった気持ちになっている。修学旅行の前の日のような気分だ。
そういえば文化祭の前に修学旅行があるんだったけな。11年前は唯と喧嘩中だったからあまり良い思い出はないが。今回は良い思い出ができるといいな。
さて、そろそろ真柴楽器に行く準備するか。
「ふーん、あんたギター続いてるわねー」
いきなり声をかけられビクッとして後ろを振り返ると母さんがいた。
「母さん……いきなり話しかけるなよ。 びっくりするだろ」
「あら、さっきからずっと話しかけてたわよ。 あんたギターに夢中で全然気付いてなかったみたいだけど」
「あー、そうだったのか……んでなんか用?」
「ああ、そうそう。 唯ちゃんが玄関で待ってるわよ」
「すぐ行く!」
俺はそう言って真っ先に唯がいる玄関へ向かった。
玄関に着くとそこには私服姿の唯がいた。
「あ、淳一!」
「唯、なんか用か?」
「あ、あのね……クッキー作ったから淳一にもあげる」
唯はそう言うと俺にクッキーが入った紙袋を差し出した。
「これ……お前が作ったのか?」
「うん、お母さんと一緒に作った」
「あ、なら大丈夫か」
「え、大丈夫って?」
「や、何でもない」
忘れているかもしれないか唯はめちゃくちゃ料理が下手くそなのだ。 目玉焼きでさえも黒焦げにするくらい下手くそだ。
「まあ、ほとんど私が作ったんだけどね! すごいでしょ!」
えっへんと言わんばかりに唯は誇らしげに言う。
「すげーすげー」
「何よそれ。 いらないなら持って帰るわよ」
唯はそう言うと俺が持っている紙袋を取り返そうとした。
「いや、欲しい! めっちゃ欲しい! 俺のために作ってくれたんだろ?」
「ち、違うし! 自分で食べる予定で余ったから淳一にあげるだけよ!」
「……まあ、ありがとな」
「ふーん、素直にお礼言えるじゃない」
「お前に比べたら素直だな」
「何よそれ。 淳一この後暇? 買い物付き合って欲しいんだけど」
「あー、すまん。 用事がある」
「ふーん、何があるの?」
「それは言えん」
「ふーん」
そう言うと唯は不機嫌そうな顔になった。
いや、不機嫌というよりは怪しいものでも見るかのような目で俺を見つめた。
「まあ、いいけど。 じゃあまたね淳一」
「おう、ありがとなクッキー」
そう言うと唯は帰っていった。
唯が帰った後、もらったクッキーを恐る恐る食べてみたら、唯が作ったと思えないほど美味しかった。唯の母さんが手伝ったとしても確実に唯が腕を上げたのだろうと思うほどの出来であった。形は唯が好きな星型のクッキー。俺が好きなチョコチップが入っている。そういえば唯が手に絆創膏をつけていたことを思い出した。
「いらっしゃーい、淳一くん、石田くん、先にスタジオ入ってて!」
そう言う真柴は店の手伝いでお客さんの対応をしていた。仕方ないので俺と石田は先にスタジオの中に入って準備することにした。
「大変だなー真柴」
「まあな、自営業の子供だし仕方ないだろ」
「そんなもんか。 それより淳一、ちゃんと練習してきたか?」
「あたぼうよ! バッチリだぜ!」
「おー、そいつは楽しみだ」
「ふふっ乞うご期待だ!」
「話変わるけどよ、お前さ、真柴のことどう思ってるんだ?」
「へ? どうって?」
「いや、まあなんとく。 お前ら随分と仲良いみたいだからさ」
「いや、ないだろ」
「ならいいけどよ。 バンド内恋愛はやめてくれよ?」
「だからねーって」
「そっか。 なら安心だ。 前に組んでたバンド、バンド内恋愛で解散したからよ」
石田はそう言うとドラムを叩き始めた。
すげー迫力だ。ドラムに関して無知な俺でも石田はドラムが上手いんだなと思うくらいだ。思わず見とれてしまっていたら、俺の視線に気付いたのか石田は叩くのをやめた。
「どーした?」
「あ、いや……すげー上手いなって」
「知ってる」
「自分で認めるのかよ
「まーな、それなりに努力してきたしな。 そこは自分で認めてやんねえと」
ガチャッ
「お待たせ2人共! 君たちのベーシストの登場だー!」
真柴がピースサインをしながら笑顔で登場した。
「……テンションたけー」
「……お疲れ真柴」
「え、なになに? みんなテンション低いよ! 楽しんでいこうよ!」
「おー」
俺と石田の声が重なる。
「よろしい! すぐ準備するから待ってて!」
真柴はそう言うと本当にすぐセッティングを済ませいつでも演奏できる体制に持っていった。
「お待たせ2人共! さあ、合わせよう!」
「おう! じゃあ石田、カウント頼む!」
「はいよ、1.2.3」
石田のカウントで演奏が始まった。
最初はドラムだけで、そこからベース、ギターの順で音が入っていく。聴いていても、弾いていても心地よいバラード。
俺のパートが入って3人の演奏が合わさった。
すると今まで感じたことのない一体感を感じた。一体感って言葉だけを今まで知っていたが、これは紛れもない一体感ってやつだということを身を以て知った。真柴と2人で合わせていた時には感じなかったものを今こうして感じている。
バンドっておもしれー……
そう思った矢先、ドラムが止まり、ベースも止まった。
「ん? どうした?」
「いや、どうしたってお前、もう歌始まってんだけど。 しかも今サビの部分な」
「あ、すまん。 ギターに集中しすぎて忘れてた」
「もう、淳一くん頼むよ?」
「すまん、もう一回頼む!」
再び演奏が始まった。
よし、今度は歌を忘れないように。
よし、歌い出しはオッケーだ。
このまま歌い続けるぞ。
そう考えてたらドラムとベースが止まった。
「……淳一お前さ……今度はギター忘れてるわ!」
「うわ、ほんとだ!」
「淳一くん、2回も同じギャグやることないよー?」
「いや、ガチでやったんだけどな……ははは」
それからギターを弾きながら歌おうとしたが全くうまくいかず、若干2人は呆れていた。
真柴と練習した時はただギターを弾いていただけで、歌いながら練習していなかったから全くできなかった。
結局この日はこのまま続けてもしょうがないと判断し練習は終わった。
練習が終わり、真柴楽器内にある待合室で俺たちはしばらく駄弁っていた。
「もう、淳一くん次までに弾いて歌えるようにしといてよね!」
「できなかったら、ラーメン奢りな!」
「すまん2人共。 次までにできるようにしとく」
「約束だよー? そういえばさ! まだバンド名決めてなかったよね?」
「あーそういえばそうだな」
「今決めちゃう?」
「いや、そんなテキトーに決めるもんじゃないだろ。 次の練習の時までに考えて来ようぜ。 な、淳一」
「あ、ああ。 そうするか」
それからしばらく駄弁ってから解散することになった。
石田はこのあと用事があるらしくすぐ帰った。
「じゃあ俺も帰るわ。 じゃあな真柴」
「あ、待って淳一くん! 私そこのコンビニに寄るからそこまで一緒に行こ!」
「おう、んじゃ行くか」
スタジオに入る前はあんなに明るかったのに、もうすっかり暗くなった夜道を真柴と歩く。
石田の言葉を思い出していた。
しかし、いくら考えても真柴に友達以上の気持ちはないと思った。お世話になっている良い友達だとしか思えない。
「今日はごめんな、俺のせいで練習進まなくて」
「へ? ああー、いいんだよー。 淳一くん始めたばかりだし、そこまで期待してないし」
「……最後のやつ失礼だな」
「あはは、冗談だよ。 でも楽しかったでしょ?」
「ああ、バンドって超楽しいな!」
「うんうん、それでよろしい」
「お前は何者だよ」
そう言って俺と真柴は笑いあった。
残暑でまだ少し蒸し暑い。
コンビニ着き、真柴の買い物を終え解散しようとした時、
「はい、淳一くん。 これ半分こ!」
真柴は半分に分けられたモナカを俺にくれた。
「お、おう。 すまん」
ありがたく頂くことにした。
そのまま5分ほどコンビニの前で他愛もない話をした。
夜というのは不思議なもので、どんどんと言葉が出てくるような気がする。まだまだ話し足りない。そんな気にさせる。
そんなことを考えているとどこからか視線を感じた。真柴ではない誰かの視線を感じた。
辺りを見渡すと、そこには唯の姿があった。
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