第21話
ステージから見る観客席は熱気に満ち溢れ、皆、俺たちの演奏に夢中だ。
俺の横でベースを弾く真柴も、俺の後ろでドラムを叩く石田も皆楽しそうな顔をしている。
会場は学校の体育館。決してそこまで狭いわけではないが、館内は満員だ。館内を暗くしているせいかスポットライトが余計に暑く感じる。
俺がこれから最後の曲をやると伝えると観客席の熱が最高潮に達した。
石田が曲前のカウントを取ったその時、
「淳一! 起きなさい!」
何故か唯の声が聞こえた。
俺たちは一瞬はっとしたものの気を取り直して演奏を始めようとした瞬間、
パシッ!
「痛え!!」
頬に鈍痛を感じ、俺は目が覚めた。
目を開けるとそこには唯の姿があった。
ああ……どうやら夢を見ていたらしいな。
「やっと起きた。何度呼んでも起きないから仕方なくビンタしたのよ。感謝しなさいよね」
「はいはい、朝からビンタありがとう……ってもっと優しく起こしてもらいたいとこだな」
「十分優しいわよ私。」
「いやいやそれはねーだろ……てか夏休みなのにどした?」
唯はむーっとした顔になった。
何その顔可愛いんだが。
「バカな淳一ね。夏休みは終わり! 今日から学校じゃない」
「あ、そうか。夏休み終わったのか」
「ほんとバカ淳一。いつまでも夏休みボケしてないで起きなさい」
「ああ。起きる起きる……それにしても唯、お前日焼けしたなあ」
「う、うるさい! そこは触れるな! 箱根でプールも入ったんだからしょうがないでしょ! 」
そういえば唯は、唯の親父が福引きで当てた箱根旅行に行ってたんだよな。
「それはそうと淳一」
「なんだ?」
唯は俺の部屋に置いてあるギターの方を見ながら口を開いた。
「ギター、また始めたの?」
「あー、まあちょっとな……それより早く起きて支度するか!」
俺はそう言うとベッドから起き上がり学校へ行く支度に取り掛かった。
唯は話をそらされ、納得がいかない表情をしていたが追求はしてこなかった。
唯には絶対に、文化祭当日まで秘密にしておきたい。サプライズじゃないけど、練習してるところを見せたくない。頑張ってるところをわざわざ見せることはないと思ったのだ。
支度が終わり、唯と2人で登校した。久しぶりに2人で歩くことに幸せを感じた。
花火大会以降、初めて唯に会うのだが、唯はいつもと変わらずで、俺はというと花火大会のことを思い出して妙に意識してしまっていた。
学校に着くと、皆夏休みの思い出話に花を咲かしていた。中にはプールに行ったのか、唯以上に日焼けをしているやつもいた。
「唯ちゃーん! 久しぶり!」
「あ、相川くん、久しぶり」
俺たちが学校に着いてしばらくしてから相川も登校してきた。
「相川くん、そのケースなに?」
唯は相川が背負っているケースを不思議そうに見つめる。
「ああ、これはギターケースだよ。そうそう! 文化祭でバンドやるから見にきてね! 唯ちゃんのために弾いて歌うから!」
「な、私のためって……でもすごいね相川くん。ギターできるんだ」
唯は感心したかのように言う。
「まあね。それなりにはできるつもりだよ。後は聴いてくれる人がいれば完成かな?」
相川は決めゼリフを決めたような顔をしながらそう答えた。
「それと、淳一くん。君には負けないからね」
相川そう言うと俺の顔を見てニヤリと笑った。
「ん? 2人とも何かあったの?」
唯は不思議そうに俺たちを見つめる。
「いや、なんでもないよ唯ちゃん。男の話さ」
「……ああ。男の話だ。気にするな唯」
「ふーん、よくわからないけど、まあいっか」
一連のやりとりの後、始業式を終え、今日は早めの解散となった。
皆、それぞれ帰って行く。
「淳一、一緒に帰りましょ」
「ああ、悪い。俺この後寄るとこあるんだ」
「え、どこ行くの?」
「いや、まあ……色々?」
「ふーん、じゃあ私1人で帰るからいいけど、ふんっ」
唯はそう言うと1人で帰って行った。
すまない唯。男には頑張るべき時があるのだ。
ギターでわからないところがあるから真柴に聞きに行くのだ。
俺は学校からそのまま真柴楽器へと向かうことにした。
真柴楽器に着き、店の中に入ると真柴の親父が客と話をしていた。どうやらギターの話をしているらしい。相変わらずヤクザ映画に出てきそうな悪人顔だ。
真柴楽器に来たのはいいが、肝心の真柴の姿が見当たらない。
しばらく店内をうろちょろしていると真柴の親父が俺に気付いたようで俺の方へと近づいて来た。
「おう、兄ちゃん! 何か用か?」
「や、真柴……弓月さんに聞きたいことが……」
「弓月ならまだ学校から帰って来てねえな。そういえば弓月、バンドやる気になったみたいじゃねえか。一体どうやったんだ?」
「いや、それは俺もわからないんですよ。いきなりやりたいと言われたもので……」
「そうか。まあいいけどよ。前に親が言ったことを忘れずに気をつけてくれればな」
「はい、それは大丈夫だと思います」
「おう、頼んだぞ。じゃあ仕事に戻るわ、またな」
確かに真柴は人が変わったかのような態度を見せた。あれほど嫌と言っていたバンドを自らやりたいと言うのだから。いつかは真柴に詳しく聞いてみよう。
しばらくすると真柴が帰って来た。アポなしで来たので真柴は一瞬驚いた表情を見せたが、訳を話すとすぐ聞きたいことを教えてくれた。聞きたいことというのはギターの楽譜の読み方についてだ。楽譜といってもタブ譜なので五線譜よりかは簡単なのだが。俺はこれがイマイチ理解できなかった。
「おおー、そういうことか! ありがとな真柴! ようやく分かった!」
「あいよー、これくらいなら朝飯前さー。どう? 淳一くん、練習進んでる?」
「うーん、Fコードがやっと弾けるようになったかな。あとムーンライトのBメロまで弾けるようになった」
「おおー、昨日曲決めたのにもうそこまで弾けるんだ! 淳一くんて意外と努力家なんだね!」
「まあな。けど、ギターソロのとこ難しくてなー」
「ああー、あそこは初心者には難しいよね」
「そうなんだよ、バラードでテンポは遅いんだけど俺にはまだ難しくてな。リズムとりながらが難しくてな」
「じゃあさ、明日から来週末まで一緒にうちのスタジオで練習しない? その方が1人でやるよりきっと楽しいし、私と合わせればお互いに練習になるから……ダメかな?」
真柴は急に上目遣いをして俺にそう聞いてきた。思わずドキッっとしてしまう。
「まあ、別にいいけど……」
「本当? やったー! じゃあ早速明日から練習ね! 明日土曜日だから、夜来てくれると嬉しいかな」
「分かった。また連絡するよ」
「うん、待ってるね!」
さっきのしおらしい真柴からすぐいつもの真柴に変わっていた。まあ、ずっとあのしおらしい感じでこられると困るのだが。
それから俺は家に帰り、明日のために練習をして、いつの間にか眠りについた。
朝早起きすると得した気分になる。社会人になってからは平日は早起きは必須だったが、休日になると昼まで惰眠を貪っていた。特に趣味もなく、やることといったらパチンコしかなかった。何も考えずに球を弾いているだけの無駄な日々だったと今更になって気付いた。
しかし今、俺はギターに燃えている。昔と比べてやる気が違うのもあるが、今は練習する度に上手くなっている気がする。
「久しぶり、おじいちゃん」
学生服姿の由夏がそこにいた。
日焼けをしているのか、いつもより肌が黒い気がする。
「おう、由夏。久しぶりだな」
「ギター始めたんだ」
「まあな。てかお前俺のこと見てたんじゃないのか?」
「そんな逐一見てるわけじゃないわよ。ここ最近は忙しかったのよ」
「へー、どっか行ったのか?」
「ふふ、箱根よ。箱根旅行! プールも行ったから日焼けしちゃった」
由夏が腕を突き出し、日焼けしたことをアピールするかのような仕草をする。
「お前も箱根に行ったのか」
「うん、おじいちゃんも唯おばあちゃんも一緒に行ったわよ。すっごく楽しかった」
「ほうほう、それはよかった」
「それで、今日は何しに来たんだ?」
「いや、特に用はないわよ?」
「なんだそりゃ」
由夏はムッとした顔になる。
「何よ、せっかく会いに来たのに」
「そうか、由夏は俺に会いたかったのか。愛してるぞ由夏」
「ち、違うわよ! 気持ち悪い!」
由夏はそう言うと俺の腹にパンチを繰り出した。相変わらず唯の血を引いてるだけあって効果は抜群だ。
「まったくおじいちゃんはいくつになっても変わらないわね」
「え、俺ってお前のおじいちゃんになってもこんなことしてんの?」
「しょっちゅうよ。もういい加減にして欲しいくらい」
人ってそうそう変わらないのだなと思う気持ちと、由夏のおじいちゃんになってそんなやり取りをしているのだと知り、なんだか暖かい気持ちになった。
「何ニヤニヤしてんのおじいちゃん。キモい」
どうやら自然と口元が緩くなっていたらしい。
「キモいって……おじいちゃん泣いちゃうぞ」
「泣け泣け」
由夏はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「まあ頑張ってねおじいちゃん。ギター応援してるわ。でもあんまりギターに集中しすぎて唯おばあちゃんのことおざなりにしないようにね」
「おう、またな」
俺がそう言うと由夏は姿を消した。
「やあ、淳一くんいらっしゃい! 入って入って!」
真柴はそう言うと、俺を真柴楽器店内にあるスタジオへと誘導した。
ドアを開け中に入ると、6畳ほどの個室にギターアンプやドラムセットなどの機材が置いてあった。
「おおー、スタジオってこんな風になってるのか! 初めてきたよ俺」
「ふふー、淳一くんの初めていただきましたー! あ、楽器はスタンドに立てかけといて!」
言われた通りにケースからギターを出し、スタンドに立てかける。こうしてみるとバンドマンになったみたいだ。 自然と口元が緩む。
「おおー、なんかバンドマンみたいだね淳一くん!」
「お、おう。 そうだな」
なんだこいつ……俺の心読んだのか?
「それにしても暑いな」
「あー、ごめんね。 この部屋のクーラー壊れちゃってて」
そう言うと真柴はいきなり上着を脱ぎ始めた。
「おい、真柴! な、何脱いでんだよ!」
「えー? だって暑いじゃん。 淳一くんも脱ぎなよー、涼しいよー」
上着を脱ぎタンクトップ姿になった真柴は俺にそう提案する。
「脱がねえよ! あほか!」
まったくこいつは、割とスタイルがいいんだよな……胸も大きいし……何より今のタンクトップ姿がとてもエロい。そこら辺の男ならそれだけで惚れてしまうだろう。
「シャイだなあ〜淳一くん」
「バカやろう! さっさと練習始めるぞ!」
目のやり場に困っている俺はさっさとアンプにギターを繋げた。しばらくして真柴もベースをアンプに繋げセッティングを始めた。
「よし、準備オッケーだよ!」
「俺も多分オッケーだ」
「じゃあ淳一くん、何か弾いてみて!」
ジャアアアン
何か弾いてみてと言われ、俺はEmコードを弾いた。
弾いた瞬間に弦を弾いた振動が自分の手から体全体に伝わり、心まで響いた。
なんていうか、超気持ちいい。
「……すげえ……これがギターか」
アンプを繋いだことによって音を増幅させ、大音量で響いた自分が弾いたギターの音は、これから一生忘れることがないだろうとこの時点で既にそう思った。
「ふふ、淳一くん今すごくいい顔してる」
真柴がニヤニヤしながら俺を見て言う。
「う、うるせー! 練習始めるぞ!」
「はーい、言っておくけど私結構厳しいよ〜」
真柴が言う通り、真柴の指導は厳しかった。リズムが正確でないと何回もやり直しになり2時間練習した結果、結局イントロからAメロまでしか進まなかった。
「淳一くんお疲れ様! 今日のところはこのくらいにしとこうか! 続きはまた明日ね!」
「おう、明日はもうちょっとお手柔らかに頼むよ」
「ふふふ、それはどうかなー? 私はあまり手を抜きたくないからねー」
「……とりあえず今日は帰るよ。 また明日な」
「うん! また明日待ってるよー」
そう言って俺は真柴楽器を後にした。
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