第20話

夏休みもあと残り1週間という中、先週、相川との一件があった俺は、唯一の友人である石田慎也を、駅前の某ファーストフード店に呼び出した。


「で、今日は何の用だよ?」


俺の向かい側に座っている石田は、さっき俺が奢ったジュースを飲みながら問う。


「ああ、率直に言わせてもらう。俺とバンド組んで文化祭に出てくれ!人生かかってんだ!」

「はあ? 何言ってんのお前」


まあ、そうだろうな。

いきなり過ぎて、訳がわからないだろう。


「頼む。一生のお願いだ!」

「いや、意味わかんねえって」

「まじで頼む。お前しかいねえんだ」

俺は頭を下げて石田に頼んだ。


「……お前がそんな風に頼むってことは何か理由があるんだな。しょうがない引き受けてやろう」

「まじか!? ありがとう石田!」

「ただし! 条件がある」

石田は、真剣な顔で俺に訴えてきた。

「教えろよ。なんでバンド組んで文化祭に出なくちゃいけないのか。俺に頼んでるんだから教えてくれてもいいんじゃないか?」


正論だ。

こんな一方的な頼み事をして、理由も聞かずに了承してくれるやつなんかいないだろう。

だが、過去にも俺が唯のこと好きだったということを明かしてないから、言いにくいところである。


「…………」

「言わないならさっきの話はナシだ」

「……分かった。話すわ……笑うなよ?」

「よし。話せ親友」


ふふっと石田はこうなることを分かっていたかのように笑った。


「……まず前提として……俺は唯のことが……好きなんだよ……」

「知ってる」

「は?! なんで知ってんだよ! 俺誰にも言ってないんだが!」


あまりにあっさり言うから、こっちがびっくりしたんだが。


「いや、分かるだろ。お前見てたら。てか皆知ってると思うぜ。あんだけ登下校一緒にいたらな」

まじかよ……そんな風に思われてたのか……」

「当たり前だろ。それで? その先は?」

「相川も唯が好きらしい。……それで前、楽器屋で会った時に宣戦布告的なことされてさ。文化祭でバンドやって、その後唯に告白するって」

「ふーん、いいとこ見せた後で告白ねえ。てかそれそんなに相川の勝率、高くないんじゃねえか?」

「え?」

「だってよ、お前と相川じゃ今まで積み重ねてきたものが違うじゃねえか。そんなに気を張らなくてもいいんじゃねえの」

「……いや、それは分からねえ。てか自信があまりない。唯がいつ遠くにいってしまうか分からねえし」


それは、相川と唯が付き合うという現実があったことを知っている俺だからこそ言えることだった。

確かに周りから見れば俺と唯は付き合ってるように見えるし、この先もずっと一緒にいるように見えるし思えるだろう。


しかし、俺は一度唯が遠い存在になってしまうことを経験した。

だからこそ言えることだ。


「それに俺……純粋にバンドやりたいって気持ちがあって……軽音すぐやめたこと結構後悔してて…もう後悔したくねえんだ」

「…………分かった。やるか!バンド」

石田は笑顔で俺の顔を見て、そう言ってくれた。

「……サンキュー」

「なんだよ、よそよそしいな! 淳一らしくねえ。唯ちゃんに言いつけるぞ」

「うるせえ! とりあえずこれでドラムは決まったな」


石田は小さい頃からドラム教室へ通っている。

だからその辺の軽音部のやつと比べたら断然上手い。

何故か部活は陸上で、短距離走者である。


「お前がギターで、ベースに当てはいるのか?」

「ねえな」

「……お前よくそんなんでバンドやろうと思ったな…」

「ま、まあな……」


バンドの編成には特にルールはないが、オーソドックスな編成としてギター、ベース、ドラムという編成がある。

俺がコピーしようとしているバンド「DAWN SPEECH」も3ピースバンドだから、ベースが必要だ。

しかし……ベースの当てが誰一人としていないのだ……


「早くも詰んだな」

石田がため息まじりにそう言った。


夏休みも残り3日となり、そろそろ2学期が始まろうとしている中、俺はというとあれから毎日、ギターの練習をしていた。

ギターの弦を毎日押さえていると、指の先が硬くなっていき皮もめくれてくる。

そのことがなんか嬉しくなってくる。

努力した証だ。

相変わらず、Fコードはまだ完璧には押さえられないのだけれども。

とにかく、ここ数日は充実した日々を過ごしていた。


そして今……俺は真柴の前で土下座をしている。


「ちょっと、いきなりどうしたんだい淳一くん! え? 何? もしかして告白? 私困っちゃうな?」


いきなり目の前で土下座をされ、真柴はびっくりしているだろう。

土下座をしているので、表情は見えないが声で何となくわかる。

ちなみに今、真柴楽器にいて店の中で他の客もいる中堂々と土下座をしている。


「頼む……俺と……俺とバンドをやってくれ!」

「…………へ?」


土下座をして下がっている顔を上げ、真柴の顔を見ると、何を言っているのか分からないと言わんばかりの困惑した顔をしていた。


「学園祭でバンドやろうとしてるんだけど、ベースを真柴にやって欲しいんだ! 頼む!」

「そんないきなり言われても……それに私ベースなんて弾けないよ?」

「俺も最近ギター始めたようなもんだし、大丈夫だって! 一から始めようぜ! な?」


俺がそう言うと、真柴は俯き何かを少し考えたのか沈黙し、口を開いた。


「…………ごめんね。……私にはできない」


真柴はそう言うと、仕事に戻ってしまった。

……駄目か。

石田を呼び出したあの日以来、ベースの当てを数少ない俺の友人……いや知り合いにあたってはみたが、誰一人としてまともに話を聞いてくれなかった。

過去の俺は交友関係が広くなかったから仕方がない。

そこで、真柴に声をかけることにした。

楽器屋の娘で、音楽が好きな真柴ならやってくれると思ったのだが……やりたくないなら仕方がないか。


「おい、兄ちゃんちょっといいか?」


声に反応して後ろを振り返ると、いかにもヤクザ映画に出てきそうな強面の男がいた。

俺は当たり前だがカタギの人間だし、強面の顔に慣れていないので案の定、ひびってしまう。


「へ? お、俺ですか?」

「そうだ、兄ちゃんだ」

「な、何か?」


怖い怖い。

怖すぎて声震えちゃってるよ俺。

こ、殺されるんじゃないか?

俺、何かしたっけ?


「さっきの話、聞かせてもらったぞ」

「は、はあ……さっきと申しますと?」


俺がそう答えると、ヤクザ風のおっさんはいきなり俺の手を取り握手をしてきた。


「弓月のことを頼むぞ兄ちゃん」

「へ?」


「うちの娘をよろしく頼むぞ兄ちゃん」

「う、うちの娘とは……?」

「弓月のことだ、兄ちゃん。」

「……ということはあなたは真柴の?」

「おうよ! 弓月の親父だ。よろしくな!」


真柴の親父はニカっと顔に笑みを浮かべ、俺の手を強く握る。


「あ、はい。どうも……俺は、松村淳一です」

「おう、淳一! よろしくな!」


いきなり呼び捨てとか、めちゃくちゃフレンドリーだな。


「あのー、それで……」

「おうおう、さっきの弓月との会話聞かせてもらったが、お前弓月に告白してたんだろ?」

「はい?」


何言ってるんだ? このおっさん。


「俺と……やってくれ! って言ってただろ? こんな店の中で堂々と告白するなんてな。でも告白のセリフは選んだほうがいいと思うぞ。やってくれなんてな。健全な交際をしてくれよ?」

「…………あの……本当に俺たちの会話聞こえてましたか? だいぶ事実と異なるのですが」

「ん? ちゃんと聞いてたがな。あー、でも少しだけ途切れ途切れで聞こえたかもしれないな。」


店内では、ギターの試奏を音を出してできるようになっている。

確か、俺が真柴にバンドをやってくれと言った時も試奏をしている客がいた。

おそらくギターの音で途切れて聞こえたのだろう。


「……勘違いです。俺は真柴に一緒にバンドをやってくれと頼んだんです」

「バンド……? ああ! なるほどな! ワッハッハハッハ! そうか、バンドか! 悪いな淳一、勘違いしたな」


真柴の親父は大声で笑う。

こういうところは似ている。

無駄に明るいところとか。

見た目は全く似ていない。

きっと真柴は母親似なんだな。


「悪いな。弓月をバンドに入れるのは無理だと思うぞ」


真柴の親父は、急に真剣な顔つきになった。


「え? それはどうして?」

「……話すと長くなるがいいか?」

「はい」


俺がそう答えると、真柴の親父は「ふぅー」と息を吐き、話し始めた。


どうやら真柴は、幼い頃からベースをやっていたらしい。

そのおかげもあってか、周りの同世代の中でも真柴のベースの腕は明らかに秀でていたらしい。

そんな真柴に嫉妬をする奴も少なくなかった。


ある時、中学1年から一緒にバンドをやっていた子たちと、真柴はバンドでセッションをしていた。

演奏が思うように噛み合わず、真柴は強くメンバーに指摘したそうだ。

普段から、バンドのことになると厳しくなる真柴に対してメンバーが反感を持ち、練習終わりになると真柴抜きで集まり陰口を言っていたそうだ。

その日たまたま真柴はその現場に遭遇してしまった。


ずっと信頼していた仲間に裏切られた気持ちでいっぱいになった真柴は、バンドを辞め、それからベースも弾かなくなってしまった。


「だから、弓月はバンドをやらねえと思う。本当はどうにかしてやりてえが、これはあいつの問題だからな」


真柴は向いてないから楽器は弾かないと言っていた。

そんな嘘をついたまでやらないというのはいつもの彼女らしくなかった。

そんな嘘をつかないといけないほどの心の傷が彼女には残っているのだろう。


「……そうだったんですか。分かりました。……あいつを誘うのはやめます」

「おう、そうしてやってくれ」


真柴の親父はそう言うと、仕事へ戻っていった。



「さて……真柴もダメとなるとマジで他に当てがいないんだがどうしたもんか……」

「俺の知り合いのバンドマン当たってみるー?」

「え、何それ! 早く言えよ」

「まあ、腕は確かだけどプライド高すぎてそいつとのバンドやめたんだけどなー」

「何だよそれ。無理じゃん」


相変わらず、俺と石田は某ファーストフード店で話し合いをしていた。

あんなに長かった夏休みも気付けば最終日となっていた。


「バンドマンはやたらプライド高いからなあ〜ほとんどがバンド取ったら何もないやつらなのにな」

「そういうもんなのか」

「まあな」

「……ちょっと聞いていいか?」

「おう、何だ?」

「バンドでさ、演奏の指摘し合ったりするの?」

「毎回するな。それで喧嘩になったりもする。なんせ皆プライド高いからな」

「へえー、喧嘩ねえ。影では言わずに直接言って喧嘩になってんのか?」

「ああ。その方が楽だしな。それに影で言うことに意味があるとは思えないし、てかそんなこと言うやつとはバンドやりたくねえな、俺は。」


実に石田らしい返答だ。


「なるほどな。お前らしいな」

「だろ?」


真柴がバンドを組んでたやつが石田みたいな奴だったら良かったのにな、なんて思っても仕方がないことを思う。

真柴は、指摘したことで喧嘩になっても構わないくらい本気でメンバーに向き合おうとしたのだろう。

しかし、バンドに対する温度差の違いもあり向き合うこともなく影口という形を取られてしまった。

俺でもショックでバンドをやめてしまうだろう。


「あのさ〜淳一」

「何だ?」

「俺さー、気になってる子いるんだよね」

「ああ、真由美だろ?」

「は!?お前何で知ってん……てか真由美って呼び捨てにすんじゃねえ! 富田さんって言え!」


そういえば、石田が真由美と付き合い始めるのは3年になってからだったな。


「はいはい、で、富田さんがどうした?」

「ああ、最近好きになった」

「へえー」

「反応薄いなお前! この前の大会の応援来てくれてたんだよ。他の選手もいる中、俺のことだけ名だしで応援してくれて、好きになった」

「お前割と単純だよな〜」

「うるせー、男ならそんなもんだろ」

「まあな」


確かに俺でも好きになってしまうかもしれない。

それに俺も単純だ。

唯の一言一言に反応してしまう。


「それでよー、お前じゃないけど俺も文化祭でドラム叩いて彼女にいいとこ見せようかなってな」

「おおー、いいんじゃね?」


と、そんな話をしていると、


「淳一くん!」


店内に響き渡る声で俺の名前を呼ばれた。

後ろを振り向くと、そこには真柴の姿があった。

走って来たのだろう。

いつも綺麗にまとまっている髪は乱れているし、息も荒い。


「わあ……淳一くんだ……懐かしい……」

「へ? 真柴? 何言ってんだ?」


俺がそう言うと、真柴は何かを思い出したかのようにハッとなった。


「あ、ううん。何でもない!」

「……? てか、何でここへ?」


いきなりのことで、石田はポカーンとした顔で俺たちを見つめている。


「そんなことより、淳一くん! 」


真柴はスーッとひと息ついてからこう言い放った。


「私、バンドやるよ!」


「ってことでよろしくね! 淳一くん、慎也くん!」

「おう! よろしくな真柴!」

「いぇーい! バンド結成を祝して、かんぱーい!」

「乾杯!!」


真柴と石田はすっかり仲良くなったようで、俺が奢ってやったジュースで乾杯をしている。


「で、お前いきなりどうしたんだよ? この前はバンドやらないって言ってたのに」


俺がそう聞くと真柴は苦笑しながら答える。


「いやー、まあねー。まあいいじゃないか! 淳一くん! 女の子が話したがらないことをしつこく聞くと嫌われるぞ!」

「ほんとにそれだぞー淳一。嫌われるぞー」

「うるせえ! お前らいきなり仲良すぎだろ!」

「まあ、ベースとドラムのリズム隊同士だからねー、ね! 石田くん!」

「おうよ! 俺たちのコンビネーションは抜群だ!」


二人は互いに握手をし、笑いあった。

どうやら二人が上手くやっていけそうで良かった。

真柴がいきなりバンドをやると言い出したのには驚いたし、まだ納得いかないけど……まあいっか。

とりあえずこれでバンドができるわけだ。


「文化祭まであと2ヶ月だからな。あまりゆっくりしてられないな」

「いや、俺と真柴は経験者だから、各々のパートは大丈夫だと思うけど、心配なのはお前だよ淳一」

「そうだよー、ちゃんとしてよね淳一くん!」

「う……わかってるわ! まあ見てな。絶対間に合わせる!」

「まあ、頑張ってくれたまえ淳一くん。ってことで早速、来週末みんなで合わせない? 早くみんなと合わせたい!」


真柴がイキイキと提案する。


「俺は構わないけど、とりあえず曲決めないとなー」

「お! 俺、絶対DAWNのムーンライトがやりたい!」

「いいね! 淳一くん、ナイス選曲だよ!」


真柴が笑顔でグーポーズを取る。


「ムーンライトかあ。じゃあとりあえずムーンライトな。他の曲は追々決めるとして……とりあえず来週末までに叩けるように練習しとくわ」

「俺も……まあ頑張るわ」

「心配だなー、淳一く〜ん」


曲を合わせる約束をしたところで今日はこの辺で解散することにした。


帰り道、俺は真柴を近くまで送ることにした。

もう19時を過ぎているのに外はまだ明るい。

茜色の夕日がとても綺麗に沈んでいる。


「ありがとな真柴」


俺がそう言うと真柴は俺の方を見て首をかしげた。


「え、何がだい?」

「バンド。やってくれて」

「ああー、こちらこそありがとうって言いたいよ! ありがとね!誘ってくれて!」


真柴は笑顔で答える。

笑うと目が線のようになるこいつの笑顔、割と好きかもしれない。


「……ごめんね。私、本当は昔からベースやってたの」


知ってるよ。

お前の親父から聞いた。

なんて言ったら悪い気がするから言わないでおこう。


「……昔、バンドやってたけど色々あってやめたの」


真柴が俯きながら、ポツリポツリとそう漏らす。


「……まあ、とりあえずお前は俺のバンドのベーシストなんだから、今はそれだけ考えてろ。あと2ヶ月だからな。昔のこと考えてる暇はない」


俺がそう言うと、真柴は一瞬驚いた顔をして、それから笑顔になった。


「かっこうぃーなぁー淳一くん。……唯ちゃんが羨ましいな」


徐々に真柴の声は小さくなって言ったので最後の方がうまく聞こえなかった。


「何だって?」

「ううん、何でもない。よっしゃー! 行くぞ淳一くん! 目指せ武道館だ!」


真柴はそう高らかに声を上げ帰り道を走っていった。


「やれやれ、気が早すぎだっての」


俺は笑顔で走っていく真柴の後を追った。







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