第19話
高校入学当時、俺は高校生活という新しい生活に夢と希望を持っていた。
それは、高校に入ったらギターを始めるという中学生の時からの夢であった。
しかし、高校入学と同時に始めたギターも、入部した軽音部も、一カ月程でやめてしまった。
やめてしまった理由は、なんとなく「面倒くさくなった」からである。
……というのは建前で、ギター初心者が必ずつまずくであろうFコードが押さえられず、すぐ諦めてしまったのだ。
Fコードが押さえられなくてやめるなんてかっこ悪くて唯には言えなかったが、それが事実であった。
ギターを諦めたことは、後々後悔することが多々あった。
高校の学園祭で俺は憧れのバンド「DAWN SPEECH」の曲をコピーし学園祭のヒーローになるという妄想を入学当時からしていた。
大学の学園祭でも同様に、学園祭のヒーローになり、女の子にチヤホヤされる妄想をしていた。
そういった、承認欲求満たすためだけでなく、俺自身音楽が大好きだったから、純粋にギターを弾けるやつを見ると、憧れるのと同時に後悔の念に駆られていた。
あの時ギターを諦めてなければ……と。
だがしかし、過去に戻ってきた今、まだいくらでもチャンスはある。
28歳の俺だったら今更感があるからな。
今の俺は高校生!
ちょっとギター弾いて青春しようではないか。
そうと決まればギター弾くぞ!
そう思い、部屋中探したのだが、見つかったのは過去の俺が隠し持っていたエロ本2冊だけであった。
ロリ系と熟女モノって……
真逆じゃねーか!
ストライクゾーン広すぎだろ!
まあ今は素人モノが好き……ってそんな話をしている場合ではない。
ギターだ。
「母さん、俺のギターどこにあるか知らない?」
ちょうど俺の部屋とリビングをつなぐ通路を歩いていた母さんに尋ねる。
「ギター? あー、あれね。あんたもう弾かないって言ってたから庭の物置に片付けたわよ」
「ありがと母さん!」
そう言うと俺は物置がある庭へと急いだ。
庭に着き、物置の鍵を開けた。
倉庫の中には色々な物が詰まっていた。
小さい頃、唯と遊んだ戦隊モノの人形や、砂遊びで使ったシャベルや、おそらく唯のものであろうおままごとセットまであった。
うわあ、めちゃくちゃ懐かしい。
この物置、俺が大学入った時に丸々撤去したんだよな。
中に入ってるものも確か一緒に。
奥の方にギターケースが置いてあった。
ギターケースを取り出し中を開けて見る。
案の定、1年間も放置していたので弦は錆びきっており、またチューニングも狂っていた。
当時まったく弾けなかったくせにそういった知識は豊富だった。
教則本を読んで弾けるような気でいたっけ。
俺が当時買ったギターはムスタングというタイプのギターで「DAWN SPEECH」のボーカルギターの山村さんが使っているギターだ。
選んだ理由も山村さんが使っていたからだ。
それにしても弦が錆び過ぎている。
後で楽器屋に買いに行こう。
それにしても懐かしいなこのギター。
白いムスタング。
入学祝いに買ってもらった物だ。
決して安くないものにもかかわらず触らなくなりこのように放置してしまった。
唯も俺が軽音部に入ると言った時、とても喜んでくれて応援もしてくれた。
また俺が始めると言ったら唯はなんて言うのだろうか。
また喜んでくれたらいいな。
物置から自室へギターを持ち出し、ギターの弦を買うため、家の近くの楽器屋へ向かった。
ここもギター買った時以来行ってないな。
なんか入りづらいんだよな楽器屋って。
ウィーン。
店の自動ドアが空き、店へと入る。
「いらっしゃいませ! ……って淳一くん?!」
声の主の方を見ると、そこには楽器屋の制服を着た真柴の姿があった。
「ま、真柴? なんでお前がここに?」
「そんなのこっちのセリフだよ〜どうしてうちの店に淳一くんが来るのさ?」
「俺はギターの弦を買いに。ってうちの店って?」
「ここは私のお父さんの店だよ〜」
「まじで!?」
あ、でも確かにこの店の名前よく考えたら真柴楽器だっけ。
「そうだよ〜言ってなかったけ?私はたまにこうして手伝ってるだけだけどね〜、それより淳一くんギターやってるの?」
真柴が俺の顔を興味津々といった表情で覗き込む。
「ま、まあな」
全く弾けないとは言えない。
「へえ〜、かっこうぃーねぇ〜お兄さん! よ! 色男!」
「バーカ。ギターの弦探してるんだけど、どこにある?」
「あいよぅ! ギターの弦だね! ご案内するよ〜!」
真柴はそう言うと、店内の奥へと進んでいった。
俺はその後について行った。
見渡す限り一面に楽器が並んでいる。
並べられた楽器は、良い感じに店内の照明で照らされ高級感を感じる。
まるでお洒落なバーにいるみたいだ。
行ったことないから完全に想像だが。
「はい、ここが弦とか消耗品や小物コーナーだよ~」
「おお~、サンキュー真柴!」
「なんのなんの~、愛しの淳一くんのためなら朝飯前さあ~、それで淳一くんはどっち何だい?」
「ん? どっちって?」
「やだな~、エレキかアコギかってことだよ~」
「ああ、エレキだ。DAWNの山村さんと同じムスタングだ
「うっそぉ!? ほんとに? 淳一くん超かっこいいじゃん!!」
目を輝かせて真柴が言う。
「そ、そうか?」
「かっこいいよ~、だってあの山村さんだよ? 私たちファンの中じゃ神様だよ! そんな人と同じギターを使ってる淳一くんは王子様だね!」
「…………なんだそりゃ」
「そうかあ~淳一くんギター弾くのかあ。いいなあ。私、楽器屋の娘してるけどまったく弾けないから。本当にギター弾ける淳一くんかっこいいと思う!」
真柴が笑顔で且ついつものおちゃらけた感じでなく真剣にそう言う。
「お、おうそうか?」
本当は弾けないんだけどな。
そんでもって、真柴にしては真剣に言うから一瞬ドキッっとした。
「うん、私には向いてないもん。でも小説書くの好きだから。私は小説があるからいいの。そういえば淳一くんと前電話した時に私が小説家になりたいって知ってたよね?」
「あ、ああ。まあそんなことはいいじゃないか」
「もしかして淳一くん……タイムスリップしてる?」
「…………」
「何てね~んなわけないよね!タイムスリップなんてSF小説の中だけだもん」
「あ、ははは!何いう出すかと思ったらタイムスリップとか…………小説の読みすぎだぞ真柴~」
「あはは~それ褒め言葉だね~」
うわあ焦った~
真柴がめちゃくちゃ察しがいいやつかと思った。
まあよく考えたら、こんな能天気なやつが察しがいいことはないだろう。
まったく文学少女の妄想には油断できないぜ。
真柴に勧められた弦を買い、店を出ようとした時、
「あれ? 淳一くん?」
前を見るとそこには相川の姿があった。
どうやらギターケースを背負っているようだ。
「相川……」
「こんなところで会うなんて奇遇だね!何か買ったの?」
「ギターの弦をな」
「へ〜そうなんだ!そういえば淳一くん」
相川がフッと笑う。
「僕、負けないからね。何やら僕の邪魔をしているだけど」
「……何のことだ?」
「まあいいさ。僕、文化祭でバンドやって唯ちゃんに格好良く告白するつもりだから。邪魔しないでね」
相川はそう言い捨て、店の中へと入って行った。
後から相川のバンドメンバーらしき3人が店内へと入って行った。
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