【琴葉姉妹誕生日記念】”いつも”と”違った”とても大切な日

瀬戸内 海

誕生日

 4月25日 19時半頃


「…っと、お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした~!またよろしくお願いします~!」

 いつものように動画の収録を終えて、私達は収録現場を後にした。

「はぁ~、今日もぎょうさん喋ったな~。葵ちゃん、お疲れ様~」

「うん、お姉ちゃんお疲れ様。今回の実況は結構ハードだったね…特に早口が多くて噛みそうな場面が何度かあったよ…」

「あ~特にあの部分は…」

 そんな具合に今日の収録のお話をしながら帰路につく。

 普通ならなんとも思わないぐらい何度も見慣れた、私達にとっては普通の光景。

「あ、そういえば今日は晩御飯は何が良い?」

「ん~、ウチは葵の作るもんなら何でも美味いけどな~」

「ふふっありがとうね。でもちゃんと言ってくれた方が作りやすくて助かるから」

 今晩の晩御飯を決める会話、姉のいつもの嬉しい言葉。

 日常の一幕、恐らく今後も変わることはない、家族との時間。

 それは今日も続き、刻々と過ぎてゆく。

 そして話し込んでいたらいつの間にか家に着いていた。

 ポケットから鍵を取り出して錠前に差し込んで開ける。

「お~し、ただいま~♪」

「はい、お帰りなさい」

 お姉ちゃんは戸を開けると荷物を置きに真っ先に家に入って2階の自室へ向かう。

 私も自室へ荷物を置いてリビングへ向かい、キッチンに入った。




 私が冷蔵庫の中身を確認していると、

「葵ちゃ~ん、料理はなんか手伝うことある~?」

 お姉ちゃんがリビングのドアからひょっこり顔を覗かせて聞いてきた。

「今のところは大丈夫だよ。必要になったら呼ぶから、いつも通り洗濯物の方を片付けてほしいな」

「ほいほい分かった。ほんならササッと片付けてくるわ~」

 と言って今日干しておいた洗濯物の回収と収容をしに行ってくれた。

 お姉ちゃんは言えば大体お手伝いをしてくれるので作業量が減るのはとても助かるのだが、殆ど私がお願いして動くし本人がぽわぽわしているからか、周りからは「葵ちゃんの方が姉に見える」とよく言われる。

 個人的にもさっきのやり取りをしていると、どっちが姉なのかよく分からなくなるよな~と思っている。

 でもお姉ちゃんはやる時はしっかりやってくれるし、その天然さで周りを明るくしてくれるので私にとってはとても立派な自慢の姉だ。

「葵ちゃ~ん?」

 お仕事中は関西弁っぽい喋りをするからかよく元気っ子やらはっちゃけた感じのキャラを演じる事が多いけど、普段は日光浴をしている亀みたくボーッとしていて素で天然なのもあってギャップが際立つ可愛い。

「お~い葵ちゃん?」

 まあその天然で時々トラブル起こしちゃったりするわけだけども、それでも最悪な方向には行かず良い方向で解決するのだから本当に凄いと思う。天然凄いさすあか。

「あ~おい?」

 そんな姉を持って私はとても恵まれていると思うし、多くのクライアントさんや同じボイスロイド、その他のソフトの人達とも出会うきっかけを姉は作ってくれたので五体投地しても足りないんじゃないかと思う真面目に。

「あ~お~い~?」

「へっ?ってひゃあ!?」

 いろいろ思っていたらいつの間にかお姉ちゃんが近くにいた。

 しかも下手したらキスしかねない距離まで顔を近づけてきてて、不満そうな表情がよく分かる。

 頬をぷくーっとさせてて可愛い…じゃなくて!

「お姉ちゃん近いめっちゃ近いって!」

「ここくるまで気付いとらんかったんは葵ちゃんやで?全く、何度も呼んだんに答えてくれへんから~」

 お姉ちゃんは腰に手を当ててプンスカ怒っていた。

 なんというか、お姉ちゃんは本気で怒っていない時は怒っても子供じみた怒り方をするので全然怖くない。

 むしろ可愛い。

 いや、怒っていることには変わりないんだけど…

「あんまボーッとしながら料理するんやないで?気付いたら包丁で切ったなんてシャレにならんからな。今日はウチらは主役なんやから」

 そう、今日は普段の日々とはちょっと違う。

 といっても私たち以外の人達とっては変わりない、けど私達にとっては特別な日である。

「うん、今後も気をつけるよ…で、その主役が料理作って支度整えてってやってるんだけど…」

「せやかて、変に高いもんやパーティーセットとか買っても痛い出費になるだけやし、ほんなら葵ちゃんの慣れた美味い料理食う方が良えかなって思ったんやけど…」

「…まあ別段何かこれが食べたいって物もあるわけじゃないから良いけどさ、お姉ちゃんが美味しそうに食べてくれる姿見るの嬉しいし」

「うんうん!葵ちゃんの料理めっちゃ美味いもん!お店開けるよ!今日来てくれる皆も笑顔でパクパク食ってくと思うで~!」

 自分のことのように目をキラキラさせながら言ってくる。

 私が作ってる料理なんて特筆するような事はない、ごく普通の料理なんだけど…




「あ、そういえば皆が来るの、もうそろそろじゃない?」

「お、もうそんな時間か。ほなウチは食器並べてから玄関へ迎えに行くな~!っと、料理はこれらの大皿に盛っといてな!」

「うん、ありがとう!お迎えお願いね!」

 お姉ちゃんが食器を一通り並べて私の近くに大皿を置いてくれた後、玄関へ向かってゆく。

 私は作った料理を次々大皿に盛っていく。”来客”の人達が満足してくれるようにちょっと頑張ってみた。

 今日は他の人にとっては何の変哲もない、普通の日。

 けれども私達姉妹にとってはとても大切な、私達が初めて世界の光を見た日。

 私達姉妹の誕生日だ。

「は~い皆さん、どもども!こっちで~す!上がってってください!」

「はい、お邪魔します」

「はいはい上がらせてもらうよ~。お、いい匂いがするね~♪」

「お邪魔しま~す♪ふぁ~、意外と大きい家…」

「いや、ずん子ちゃん家の方がでかい上に広いでしょ」

「そりゃマイホームは東北ですからね、都会と違って土地はありますから。というかセイカさん都会とと地方比べるのは間違いですよ?」

「小5に正論説かれた…」

 大皿に盛った料理を運んでいると、お姉ちゃんの声に続いて今日の”来客”の人達の声が聞こえてきた。

 私達が生まれて3年間、いろんな実況やお仕事を通して出会った先輩や後輩の人達で、今日我が家で誕生会を開催しようと言って集まってくれた人+仕事が空いてたらしいので呼ばせてもらった人達だ。

「葵~、皆連れてきたよ~」

「どうも葵ちゃん!この度はお誕生日会の開催を許してくれて、ありがとうございます!」

「やっほー葵ちゃん!おお、こりゃまた豪勢な、美味しそうだね~♪」

「葵ちゃ~ん!きりたん共々やって来ましたよ~♪あ、ずんだ餅あるけど食べる?」

「葵さん、お邪魔します。そしてずん姉さま、それは食後で…」

「ど~も、私なんかを呼んでくれてありがとうね~!あ、他の皆からのメッセージカード貰ってるから良かった読んであげてね!」

 ドバーっと波が押し寄せるように皆入ってきて口々に挨拶を掛けてきた。

「ようこそ皆さん、お待ちしてました!さあ、どうぞ席に着いてくださいな!」

 そう言うと皆席に着いて、軽い挨拶をしてから誕生会が始まった。

「ん~美味しい~!」

「あっ!きりたんそれ私の~!」

「フフフッ…料理は早い者勝ちですよ!ってあああああずん姉さま私の皿からこっそり出汁巻き卵パクらないでくださいよッ!!!」

 皆、各々好きなように飲み食いしてすぐに賑やかな場になった。

「本当にこのお料理美味しいですね…全部葵ちゃんが?」

「ええ、皆さんがいらっしゃるということなので腕によりをかけてみました!」

「ふふ~ん、せやろせやろ~。葵ちゃんの料理はマジに美味いんよ~!」

「なんで、茜ちゃんが自慢げに…」

 今回の誕生会の主催者であるゆかりさんが苦笑しつつ、料理を口に運んでゆく。




 …生まれた当初はこんなにも多くの人達と繋がるとは思いもしなかった。

 1周年の時も私達姉妹だけで静かにお祝いした。

 それが今ではクライアントの方々からファンの人達、そして同業者の皆さんからこんなにもたくさんのお祝いしてもらっている。

 本当に驚きだ。

「葵ちゃん」

 私がボーッと目の前の光景を見てるとお姉ちゃんが声を掛けてきた。

「何、お姉ちゃん?」

「ウチらはホントに幸せもんやなぁ」

 私と同じように皆のワイワイしている光景を見ながら言う。

「そうだね。こんなにたくさんの人達に祝ってもらって。私も嬉しいよ」

「う~ん…それもあるんやけど、こうやって葵ちゃんと一緒にこの楽しい空間で誕生日迎えれとるんが、ウチはめっちゃ幸せやな~って思うとんよ」

「ひへ?そうなの?」

 意外な言葉を聞いて変な声を上げてしまった。

 一緒に誕生日を迎えるのは別に特別なことでもなく、今までも今日も変わらず迎えてきた普通のことなのでこの言葉にはちょっと驚いた。

「うん。やっぱり誕生日って特別な日やから、身近な人と一緒に迎えれると何か落ち着くいうんか…嬉しいいうんか…どう言うんが良えんか分からんけど、お天道さんみたくパーっと明るいそんな気持ちになるんや」

 う~んと困り顔でお姉ちゃんは答える。

 あんまり難しい事は考えないお姉ちゃんらしい表現だ。

「それに加えて葵ちゃんが言うたようにこんないっぱいの人にお祝いしてもろうて、その中で葵ちゃんと一緒にいれて、いつもと変わらん普通の、でも以前とはちゃう、そんな誕生日を迎えれてホンマにウチらは幸せもんやな~って、そう思ったんや」

 お姉ちゃんは目の前の光景と私の事を見ながら、満面の笑顔でそう語った。

 それはもうとてもとても幸せそうに。

「そっか…私も、お姉ちゃんと一緒の空間でお誕生日を迎えれて、とっても嬉しいよ」

 その顔を見てたら素直に言葉が出てきた。

「うんうん、一緒やね!」




「ふふ、そうだね」

 そうしてお姉ちゃんと話してる間に皆食事を終え、参加者の皆さんが共同で作ってくださったというケーキが運ばれてきた。

「それじゃあ私が音頭を取らせてもらいますね。さて、それでは…茜ちゃん、葵ちゃん…」

『お誕生日、おめでとう!!!』

 パパンッ!!!

 皆がお祝いの言葉をかけると同時にクラッカーが鳴った。

 以前だったら私達姉妹で鳴らしていたが、今日はたくさんの人が鳴らしているので普段以上に大きい、でも不快ではない音が鳴り響いた。

「皆、ありがとうございま~す!」

「本当にありがとうございます!これからもどうぞ、よろしくお願いします!」

 と、感謝の言葉を返した。

 その後はケーキを食べ、バースデーソングを歌ったり、ゲームで遊んだり、実に賑やかで楽しい時間を過ごし、誕生会は無事に閉幕した。

 皆が帰り、諸々の片付けと就寝準備を終えて自室に入ろうとした時、

「葵ちゃん」

「ん?何、お姉ちゃん」

 お姉ちゃんが声を掛けてきた。

「今後とも、どうかよろしくな!」

 ニカッと笑顔で言ってきた。

 なので私も、

「うん、今年も、これから先も、よろしくね!」

 と笑顔で返した。

「ほんじゃ」

『おやすみなさい!』

 そう言って普段と変わらない、でもいつもと違った、とっても楽しい誕生日を私達は満足して終えた。

 普段の大切さ、いつもと違うことの面白さをしっかりと覚えて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【琴葉姉妹誕生日記念】”いつも”と”違った”とても大切な日 瀬戸内 海 @setoutikai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ