5-3
櫻木高校の学校新聞に
「っかしーなー……俺の予想だともっとこう、大ブレイクしてたはずなんだけど」
「そりゃお前、あれから何も続きがなけりゃ飽きられるのは当然ってもんだぜ」
冬彦と
五人は中間考査に向けて学校の図書室で勉強会を行い、つい先ほど帰路に就いたところである。
集団の前方で騒ぐ二人の論点は、冬彦が先日の記事から何一つ続報を出せていないことにあった。
「あの写真が本物として、せめてどこの誰かがわかってりゃ、話は違っただろうに」
「だーから、何度も言ってるだろ? カメラのバッテリーが切れて、交換してる間にどっか行っちまったんだって」
「ハハッ、何度聞いても間抜けな話だよな。せっかくいいカメラ借りたってのに、充電忘れてたなんて」
「んだと? あの時勝手に帰ったお前にゃ言われたかねえよ」
「だから何度も言ってるだろ。俺はそん時は学校で」
「ま、まあまあ! ほら、特ダネも大事だけど、中間テストもあるし。今は勉強の方をしっかりした方が……」
二人の会話の流れに、純は慌てて割って入ると強引に話題を切り替えた。
先日の事件で英二が
「ん、ああテストな。いつ事件が起きるかと思うと、身が入らなくてなー」
「事件があってもなくてもろくに勉強しないくせに」
「あん?」
「えっと! ほら、赤点なんて取ったりしたら、部活にだって影響したりとかする、だろうし」
「あー、そういやそうだな。いやあ、純は流石に真面目だなあ。よし、俺もいっちょやるか!」
「いっちょやれたこと、ないだろ」
「お前だって人のこと言えたもんかよ!」
相変わらず穏やかとは言い難い雰囲気だが、話の方向が変わったことに純は安堵してため息をついた。
そんな三人の様子をやや後ろから眺めていた桃子が、ふと口を開く。
「水沢くん、調子良くなってきたわね」
「うん。ちょっと、心配だったけどね」
桃子の隣を歩く玲が、純の顔を見ながら言葉を返す。
実際のところ、例の記事を見てからの純は目に見えて体調が悪かった。顔色は常に優れず、思い詰めた顔で呆けることも多かったが、それでも一日も休まずに授業を受けたのは彼の執念の成せる業だろう。周りの生徒や教師の中には、心配すると同時に評価を高める者も少なくなかった。
そんな体調も噂が廃れるにつれて徐々に良くなり、今ではほぼ平時と変わらないほどになっていた。
(結局あれから二週間も経っちゃったけど…どうしたらいいんだろう)
玲は髪をかき乱そうとして、すぐに思いとどまり手を下ろした。ただでさえ悩み事の多い純に気を遣わせまいと、最近では──純の近くに限ってではあるが──昔からのクセを出さないよう心掛けていた。
「それで、あなたの方はどうなの」
「え?」
いきなり話の方向を変えられ、玲はなんのことかと桃子の方を見る。
桃子は流し目を玲に向け、楽し気に微笑んでいた。
「彼のことを見てる時、難しい顔してるわよ」
「えっ……」
玲の顔が真っ赤に染まる。確かに純のことについて色々と悩んではいるが、そこまで顔に出ていたとは思っていなかったのだ。玲は何故だか急に恥ずかしさを覚え、頬を両手で隠した。
「そ……そんなにわかりやすい?」
「他の人は、彼ばかり見ていて気付いてないでしょうけど」
「あの、別にそういうのじゃないから!」
「そういうのって、どういうの?」
「あ、あう……」
焦りのあまり勝手にダメージを大きくし、玲は顔全体を手で覆った。
桃子は玲のそんな様子を見てクスクスと笑い、一通り堪能した後で口を開いた。
「どこまで深刻なのことかはわからないけれど、もう少し気楽に考えてみてもいいんじゃない?」
「気楽に……?」
玲が指の隙間から目を向けると、桃子は優し気な微笑みを返した。真顔でいることが多い彼女にしては珍しいことだが、玲はそれ以上に彼女の言葉が気になった。
「気楽すぎるのもいけないけれど、深みにはまりすぎるのも考え物よ」
「それは…まあ、そうとは思うけど。いいのかなあ、気楽で」
「気楽で駄目なら、前向きとかね。世の中、意外となるようになるものよ」
「うーん……桃ちゃん、人生を達観してる、って感じ。大人だねえ」
「フフ……私、まだまだ子供よ」
桃子と話している内に肩の力が抜け、玲は自然と笑みを浮かべていた。視線を前に向けると、冬彦や英二と話す純もまた、時折困った風になりながらも楽し気に笑っていた。
「気楽に、前向きに……か」
思い返せば、桃子の言った通り深みにはまっていたのかもしれない。最悪の事態ばかり想定せず、希望的観測をするのも悪くないのかもと玲は思った。
(気楽に、前向きに……水沢くんに、何をしてあげたらいい?)
玲は頭の中を一度空っぽにし、自分が純にできることを改めて考え始めた。
* * *
純たちが帰路についたのとほぼ同時刻。
町の中央に位置する櫻木駅は帰宅の途に就く人々で溢れ、一日の内でも特に賑やかな時間帯に入っていた。
「っ
突如上がった声に、通行人の視線が集まる。見れば、服を着崩した若者が尻餅をついていた。両耳のイヤホン、片手のスマートフォンに、不注意でぶつかったのだろうと誰もが思った。
関わり合いたくない、よくあるトラブル。しかしそこにいる誰もが、視線を背けはしなかった。若者の前に立つ存在が、あまりにも異質であったためだ。
「これは悪かった。
若者に声をかけたのは、銀色に輝く四角い箱を繋ぎ合わせたような異形。胴体と四肢は人間のように分かれているが、一部の関節は蝶番状で、如何なる原理で動いているのかまるでわからない。頭部には妖しく輝く二つの器官があり、その片側には周囲が尖ったホイールのようなパーツが備わっていた。
「な、なな……なんだ……?」
若者が、胸の内に生じた疑問をかろうじて声に出す。
異形の怪人は、頭部の輝く器官──瞳で若者を観察し、その顔と手に注目した。
「ふむ。どうやらそれでよそ見をしていたらしいな……どれ」
怪人が若者に腕を向ける。その先端が蝶番によって開き、中に隠されていた頭部と似た形状の
「今の私は機嫌が良い。それだけで勘弁してやる」
怪人の腕のホイールが回転し、それによって火花が生じる。火花は若者のイヤホンとスマートフォンに届き、それらを瞬く間に燃え上がらせた。
「ぅ
凄まじい熱を感じ、若者はスマートフォンを手放し、必死でイヤホンを
「フフフ……感じるぞ、お前の怒りを。恐怖を。実に素晴らしい」
怪人──イレイの瞳が、悦楽で細まる。
人々は目の前の光景に悲鳴を上げ、我先にとその場から逃げ出し始めた。
「おっと、いかん。遊んでいる暇はなかった」
イレイはもう片方の手も開き、両のホイールを高速で回転させ始めた。生じた火花が勢いよく飛び散り、建物に、車に、人に届く。
「奴が来る前に、燃料補給をしなければな」
数多の炎が上がり、櫻木駅前は一瞬にしてパニックに陥った。
* * *
駅前の異変は、立ち昇る煙と鳴り響くサイレンという形で、程なくして純たちの知るところとなった。
五人は足を止めて立ち尽くし、駅の方角へと目を向ける。
「も、桃ちゃん、駅の方が、電車……」
「ええ。どうやって帰ろうかしら……なんて、言ってる場合じゃないわね」
「そうだ、こうしちゃいられねえ!」
冬彦は鞄を担ぎ直し、駅へと向かって全速力で駆け出した。
思いもよらぬ行動に、純は一瞬呆気にとられた。しかしすぐさま我に返り、遠ざかる友人の背中に手を伸ばす。
「や、山口くん! 危ないよ!?」
「何が起きてるか、確かめてくらあ!」
冬彦は一言だけ返すと、振り返ることなく駅に続く道を駆けていく。
英二は頭に手をやり数秒ほど考えると、ため息を一つついて走り出した。
「戸羽くん!?」
「あなたまで馬鹿をやる気!?」
「あの馬鹿止めてくんだよ! お前ら、来るんじゃねえぞ!」
玲と桃子にそう答え、英二は冬彦の後を追って走っていく。
純は今度は手を伸ばすことはせず、代わりにスマートフォンを手に取っていた。
「………どう?」
「アニマの仕業です。駅前に姿を確認しました。おそらく、私が知る者です」
「……わかった」
鏡を介して駅前の状況を把握したルルイの言葉を聞くと、純はスマートフォンを仕舞い、煙の立ち上る方を見据えた。目を閉じ、深く息を吐くと、意を決した表情で玲と桃子へ向き直る。
「あの」
「水沢くん!」
玲は純の言葉を遮りながら、手を取ってコンパクトを握らせた。
「えっ、え?」
純は困惑し、自分の手と玲の顔を交互に見やる。
玲はゆっくりと頷くと、純の瞳を見つめて口を開いた。
「気をつけて……頑張って!」
「あ……うん」
純は玲の行動に面食らったが、すぐに落ち着きを取り戻すと、自分も頷きを返した。手を握ってコンパクトの存在を確かめると、二人に背を向けて走り出した。
「彼、何を頑張るの?」
「えっ? その……い、色々?」
はにかみながら髪をかき乱し、玲は曖昧な答えを返す。
言葉を濁された桃子は、しかし納得したような様子で微笑んだ。
「あなたたち、いい顔してたわよ」
「えっ? え、えっへへへ……」
ごまかせたのか、どう返すべきかと玲は迷ったが、褒められたのだからととりあえず笑ってみることにした。
視線を前に向けると、戦いに向かわんと走る友人の、大きくはないが頼もしい背中が目に入った。
* * *
走り出した純は冬彦と英二の後は追わず、人気の少ない場所を探し求めた。
程なくして潰れたまま放置されているコンビニに目をつけると、建物の影に飛び込んだ。人の目や監視カメラなどがないことを確認し、両の頬を叩いて気合を入れる。
「………頑張ろう」
そう呟くと、純は精神を集中させ、影のように黒い姿を思い浮かべる。心に熱が生じ、光が身体を走る。光は黒く染まり、イメージした通りに純の身体を創り変えた。
純は軽くジャンプして調子を確かめると、道へと一気に飛び出し、渦中を目指し全速力で走り出した。
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