3-2
「──と、いうわけです」
「ふーん。大変だったんだねー」
純とブルブが対決した翌朝。
玲はコンパクト──前から持っていた自分のものである──を片手に、まだ人が
朝早くに目覚めた彼女は、帰ってきていたルルイから純が学校に向かったと聞いて、いつもよりかなり早く家を出た。そして昨夜に何があったかを道中で聞きながら今に至っている。
「水沢くんって真面目で慎重なタイプだと思ってたけど、結構無茶なとこあるよね」
「そう…ですね。考えすぎる割に、時折考えなしというか…妙に楽観的に行動している時があるというか……」
「意外に適当なタイプだったのかなあ……ちょっと気を付けとかないといけないかも」
そんな会話を続けている内に、玲は屋上へと出る扉の前まで辿り着いた。櫻木高校では無許可で屋上に出ることが禁じられているため、扉の取っ手には南京錠付きのチェーンが巻き付けられている。
そんな扉には目もくれず、玲は突き当りにある大きな鏡の前に立った。
「誰も見て……ない、と。よしっ」
キョロキョロと辺りを窺って安全を確認し、玲は鏡に向かって踏み出す。身体はぶつかることなく鏡面を通り抜け、ルルイの創り出した鏡写しの世界へと降り立った。
「お待ちしてました、玲さん」
鏡越しではなく直接対面し、ペコリとお辞儀をするルルイ。
「あはは。そんなにかしこまらなくてもいいのに」
ルルイの肩をポンと軽く叩き、頭を上げさせる玲。
二人は笑みを交わすと、並んで昇降口へと歩き始めた。
「そういえば
校庭に面した三階の廊下を歩きながら、玲が以前から抱いていた疑問をふと口にした。
「はい。正確に言えば、"心あるもの"を映すことができないんです。ですから生物や、心を持った道具などは映りません」
「心を持った……道具?」
「ええ。皆さんの世界では、あまり一般的ではなかったでしょうか?」
「いや……そういう、なんだろう、存在?の、考え方?みたいなのはあるけど……あたしは見たことないなあ」
「そうでしたか。もしかしたら、どこかにいるかもしれませんね」
「しれないねー…あれ?でも、それだと着てる服とかは映ったりしない?」
「それは、映るものをある程度調整しているからです。試しに、外を見ていただけますか?」
「外?」
玲は言われるままに窓の外、校庭に目を向ける。
「外、外……あ、水沢くんだ」
校庭に純の姿を見つける玲。純は体操服を着ており、うっすらと白線が引かれたトラックの上を走っていた。
「では、そのまま見ていてください…いきますよ」
そう言ってルルイが窓の外に手をかざすと、校庭にいきなり無数の人影が現れた。それはよく見れば"人"ではなく、人が纏う服や靴のみであった。
「えっ、えっ?どうなってるのこれ…あ、ぶつかる!」
玲の視線の先で、純がいきなり目の前に現れた陸上部のユニフォームにぶつかろうとしていた。しかし純の身体はユニフォームをすり抜け、二者(?)は衝突することはなかった。
「あ、れ?なんか通り抜けちゃった…」
「普段は消している衣服を、目に映るようにしました。今の状態では触ることはできないので、そうですね…立体映像、と言えばわかりやすいでしょうか」
「あ、わかるわかる。そっか、色々できるんだね」
「はい。通常は、ここで動きやすいように色々といじっているんです。映らないものはどうしようもありませんが……映るものなら、全て都合よく映せるんですよ」
ルルイは事も無げに説明を終えると、校庭を目指し再び歩き始めた。
玲は立ち止まったまま先を行くルルイの背中をぼんやりと見ていたが、両の頬を叩いて気を取り直すと、後を小走りに追い始めた。
昇降口を抜けて校庭に出てきた玲とルルイに気付き、純は小走りに二人に近づいた。
「二人とも、どうしたの?……あ、おはよう」
「おはようございます、純さん」
「おはよっ。朝早くから水沢くんが何かしてるって聞いて、ちょっと気になって、来ちゃった」
「そう…いうこと。そういえば、葉月さんはいいの?毎朝一緒に来てるけど」
「それなら連絡済み。でも、今日は用事で午前中は来れないかもって」
「そうなんだ……あ、そうだ。さっき、変なの見なかった?」
「そのことでしたら、私が説明を」
この世界の仕組みについてルルイが純に説明し始めると、玲は一人離れて校庭へと目を向けた。人っこ一人いないことを除けばいつもと変わらず、純が何をしていたかは窺い知れなかった。
「それで、何やってたの?」
二人の会話が終わったところを見計らい、玲は純に尋ねた。
「実は…そうだ。よかったら、鈴森さんにも手伝ってもらっていいかな?」
「え?あたしにできることなら手伝うけど…何すればいいの?」
「ちょっと、タイムを計ってもらいたいんだ」
「実際、自分がどれだけ速く走れるのかちゃんと知っておきたい、か。なるほどなるほど」
玲はスマートフォンを手に、自分から遠ざかっていく純の背中を見つめながら呟いた。
純がしていたのは、自分の走る速さを改めて調べるということで、玲に依頼したのはその測定役だった。
「あれだね。己を知り、敵を知れば…ありゃ、逆か」
「あ、位置についたみたいですよ」
「ほんと?それじゃ…と」
玲はスマートフォンで時計のアプリを起動させると、ストップウォッチモードに切り替えた。
「それじゃ、いくよー!」
玲の声に応え、百メートル先で純が手を揚げる。それを確かめ、玲は画面上のボタンに指をかざした。
「位置について、よー……い、ドン!」
玲が叫ぶと同時に、純が全力で駆け出す。
息を切らしながら百メートルを走り切ると、純は呼吸を少し整えてから玲とルルイの所まで引き返した。
「はぁー…はぁー…ど、どう?」
「十五秒五。んー、速くはない…かな」
「やっぱりかあ…そんなに走ったり、はぁ…したことなかったからなあ」
「どう、もう一回やる?」
「いや、今度は本気…いや、ズルになるのかな。そっちで」
「ズル?って、ああそっちね。OK、OK」
玲が右手でOKのサインを作る。それを見た純は、再び百メートル先まで歩き出した。
スタート地点に戻った純は、精神を集中させて己が身を黒く変えると、手を揚げて準備が整ったことを知らせた。
「さてさて、どうなるかな~……よーい!」
玲の声に、純がスタートの姿勢をとる。
「……ドン!」
玲が叫ぶのとほぼ同時に、純が走り始める。そのスピードは先程と比べて格段に速く、あっという間に百メートルを走り抜けた。
百メートルをかなりオーバーして停止した純は、先程とは打って変わって息切れ一つ起こさずに二人の所へと戻った。
「どうだった?」
「あ、えっと……五秒三!?え、凄い!これって世界記録より速いよね多分!」
「わ、私にはわかりませんが…」
「五秒三、かあ……百メートルを五秒として、一秒で二十メートルだから……分速千二百メートルで……時速七十二キロか」
「あれ、時速だとそれぐらいなんだ……んー、じゃあやっぱり車よりは遅いかー」
髪をグシャグシャと乱しながら、表情を曇らせる玲。囃し立てていた手前、何とも言えない気まずさを感じていた。
「そうだね。いくら相手の能力が効きづらくても、普通に車と同じぐらいには速いから……何か、作戦を考えないと」
顎に手をあて、打開策を練り始める純。
そんな純の様子を見て、玲は頬を和らげた。
「水沢くんって、やっぱり真面目だよね」
「え?」
「だって、わざわざ挑まれたスピード勝負でいこう、って考えてるでしょ?」
「それは…まあ、うん」
「あたしだったら、こう、横からドーン!とか、下からバーン!って、ぶっ飛ばして止めちゃうと思うから」
「……え?」
玲の言葉を聞いて、純の目が点になる。
「だって、要は走らせなきゃいいんでしょ?なら、転ばせたらいいじゃない」
「…………」
「そこを敢えて正面から挑戦を受けるんだから、水沢くんって結構ヒーローの素質が……どしたの?」
饒舌に喋っていた玲は、目の前で純がうずくまっていることに気付いて口を閉じた。暫し様子を見ていたが、やがてその行動の理由に思い至ると、恐る恐る声をかけた。
「もしかして……全然、考えてなかった?」
玲の言葉に、ゆっくりと頷く純。
無言の返答を受けて、玲はがっくりと肩を落とした。
「…そういえば、やっつけた後、ミタマはどうするつもりだったの?あれ、ルルイのコンパクトがないと、できないんでしょ?」
「実はその、私も後で気づいてお聞きしたのですが……素手で捕まえるつもりだったとか」
「いや……ルルイに出来てたから、僕にも出来るんじゃないかと…」
ダメだこりゃ、と顔に手を当てる玲。
ルルイは笑みを浮かべながら、そっと純から視線を逸らした。
「あ、そうだ。できるって言えばさ」
玲は顔を上げてポンと手を打つと、膝を曲げてルルイと目線を合わせた。
「ね、水沢くんが今持ってるミタマは、何ができるの?」
「何が…とは?」
「ほら、人を隠したりとか、速く走ったりとか。えっと、あれ。わざ……」
「あの、ワザミタマのことでしょうか」
「それ!水沢くんのもそれなんだから、何かできるんでしょ?」
「言われてみれば……全然考えてなかったけど」
純は玲の言葉に興味を惹かれ、ゆっくり立ち上がるとルルイへと視線を向けた。
「それが何か、役に立つものだったりしない?」
「ええと、なんと言いますか、その……」
「……どしたの?」
「何か、言いづらいことがあるとか?」
「実は……知らないんです」
「……え?」
思わぬ答えに純と玲の声が重なる。
「知らないって、どゆこと?」
「ミタマの元の持ち主と、知り合いだったんだよね?その、一緒に逃げ出そうとしてたぐらいだし」
「それは確かですが…知らないというより、よくわからない、と言った方が正しいかもしれません」
「それは……どういうこと?」
「私たちは他の世界でのミタマの器に、それぞれの特性に合ったものを選ぶんです。私なら鏡のようなもの、先日のガンガなら何かを隠すためのもの、ブルブなら速く動くもの……といったようにです」
「へぇ、そうなんだ。あ、じゃあその人がいつも何を選んでたのか知らないとか?」
「いえ、それはわかるのですが……彼は、選ばなかったんです」
ルルイの言葉に、純と玲は顔を見合わせた。
「……選ばなかった?選べなかった、とかじゃなくて?」
「はい。彼は赴いた先で偶然目にしたものを器にすることが殆どで、何か決まったものを選ぶということはなかったんです」
「えぇー、何それ……じゃあ水沢くんが使ったあの、紐?みたいなのも?」
「あれも、初めて見ました。ですから、何かの手がかりということには…すみません」
「あ、そんなに気にしないで……でも、いい考えだと思ったんだけどなあ」
玲はため息をついてわしゃわしゃと髪の毛をかき回した。
純は変貌した自分の両手をじっと見つめると、そのまま強く握り、そして開いた。
「どしたの?何か気付いた?」
「いや、選ばなかった……ってところが、ちょっと気になって」
純は玲に答えながら、繰り返し両手を開いては閉じながら、予鈴に中断されるまで頭に浮かんだ疑問に没入していった。
* * *
三晴駅。櫻木駅の一つ隣であるこの駅の上空で、ブルブはミタマのまま町の様子を俯瞰していた。
「しかし、どうにもつまらんなこの世界は」
駅のホームに入ってくる電車、ロータリーを出ていく自動車、駐輪場に停められた自転車等を次々と見ながら、ブルブは溜息まじりに呟いた。
「二つ前の世界では、もっと色々な乗り物が使われていたものだが…ここはどれも似たり寄ったりだ」
ブルブは目新しい乗り物がないかとふらふらと空中を漂うも、結局見つからずに元の位置へと戻った。
「違う場所に行けばまだ何かあるだろうが…あまり離れるなとも言われているからな。それに、そろそろ燃料補給もせねばなるまい」
視線を巡らし、眼下を走る電車を一瞥するブルブ。
「ただ決められた道を走るだけ……あれは論外だな」
線路から視線を外して品定めを再開したブルブは、やがてロータリーに入ってきたバスに狙いを定めた。
「……あれにするか」
ブルブは停車したバスへと一気に接近すると、勢いのまま車体に入り込み、バスを自分の器として一つの存在と化した。
「よし。では、用済みの者には降りてもらおうか」
ブルブは運転席の周りからケーブルやベルトを伸ばすと、降車口を開けようとしていた運転手の全身へと巻き付けた。
「な、なんだ!?うわぁっ!?」
自由を奪われた運転手が、開いた降車口から車外へと放り出される。
「こいつはもらっていくぞ。燃料付きでな」
車内のスピーカーを使ってそう言い残すと、ブルブは降車口を閉めて走り出した。
「ま、待て!待ってくれ!」
追い縋る運転手を置き去りに、ブルブは徐々にスピードを上げながら駅のロータリーを飛び出した。
「お、おいどうなってるんだ!?」
「降ろして!降ろしてよ誰か!」
「停めてくれ!大事な会議があるんだ!!」
唐突な出来事に固まっていた乗客達が、次第に騒ぎ始める。降車ボタンを連打する
「……まあ、ある程度は構わんだろう」
ブルブは吊革やケーブルを伸ばすと乗客たちを次々と拘束し、座席へと縛りつけた。
それでも乗客たちは騒ぎ続けていたが、口を塞がれると徐々に静かになっていった。
「これで静かになったな」
ブルブは満足気に呟くと、住宅街の方へとハンドルを切った。
(私……夢でも、見てるのかしら)
バスの最後尾に一人座っていた葉月桃子は、かろうじて自由な右手でスマートフォンを取り出すと、メールアプリを起動させた。
* * *
「結局、力業しかないって感じかな」
昼休みに入った教室で、玲は母親が用意した弁当に舌鼓を打ちながら、朝に聞いたことを思い返していた。
机を挟んで向かいに座る純──玲は桃子の机を拝借している──も、サンドイッチを食べながら考えをまとめていた。
「どーほほう?んっ……水沢くん」
「……食べながら喋るの、やめた方がいいと思うよ」
咀嚼していたサンドイッチを飲み込んでから、純は玲の行動を注意した。
「あはは、ごめんごめん。そう固いこと言わないでって。で、どう?」
「どうって、まあ鈴森さんの作戦なら上手くいきそうだと思うよ」
「しかし、その言い方は何かが引っ掛かっていると見たよ」
ずいと身を乗り出し、純の鼻先に箸を持ったまま人差し指を突きつける玲。
純は左の掌で玲の指を押し返し、水筒の茶を一口飲んだ。
「うん……無理矢理動きを止めるにしても、待ち伏せるか先回りするか、あるいは追い付くかってところは変わらないってところと、あと」
純が続きを口にしようとした時、玲の懐から軽快なメロディが流れ始めた。
「あ、ちょっとごめんね……桃ちゃんからメール……ん?」
スマートフォンを取り出し、届いたばかりのメールを確認した玲の顔色がにわかに曇りだす。
「どうしたの、鈴森さん」
「ちょっと待って」
玲は純の言葉を遮ると、猛烈な勢いでメールを打ち始めた。あっという間に返事を書き終えて送信すると、スマートフォンをしまいながら椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がった。
「……水沢くん、ちょっと」
「え?」
「いいから!」
玲は純の腕を掴むと強引に立ち上がらせ、教室のドアへと向かった。
「うわっ!?」
中に入ろうとしていた冬彦と英二を押し退け、玲は純を引っ張って校舎の奥へと走り出した。
「おい、どうしたんだよ!?」
「ちょっと急用!」
「あの、そういうことらしいから!」
「急用って……おい!どういうことだよ!?」
玲と純は冬彦の問いに答えないまま、廊下の角を曲がって二人の視線から消えた。
「……やっぱりあいつら、何かあったんじゃないか?」
「さあ……」
冬彦と英二はしばし廊下の先を見つめていたが、やがて教室の中へ入っていった。
「葉月さんのバスが!?」
「そう!さっきのメール!三晴駅からこっちの方に向かってるって!」
玲が純にメールの内容──葉月桃子からの事件の報せ──を説明し終わった頃、二人はちょうど屋上へと続く階段へと辿り着いた。
階段の近くには使用頻度が低い特別教室が集中していることもあってか、幸いにも誰かに目撃されずに屋上出入り口横の鏡の前へと到着することができた。
「なんで警察じゃなくて、鈴森さんに?」
「夢でも見てるのかもしれない…とかなんとか書いてあったから、多分混乱してるんだと思う」
「そ、そう……だけど、変だな」
「変?」
「あの走り屋が、わざわざ走りづらそうなバスを選ぶってことがだよ」
「それは恐らく、本来の目的のためでしょう」
鏡の中に姿を現したルルイが、純の疑問に答える。
「人が多く乗る乗り物を狙えば、一度に大量のエネルギーを得られます。そして彼自身も、活動のための力が必要になってきているはずです」
「なるほど。あいつもガス欠ってことか」
「って、上手いこと言ってる場合じゃないよ!」
「そうだった!ルルイ、見つかった?」
「はい。こちらを」
ルルイは服の装飾品である鏡を一つ外し、宙へと浮かばせた。鏡は徐々に大きくなり、直径一メートルほどになると、暴走するバスの様子を映し始めた。
「ここ、どこだっけ?」
「確か、ちょうど三晴駅と櫻木駅の間のあたりだったはず。こっちの方向に向かってるから、接触はできると思う。けど……」
「けど?」
「葉月さん達がいるから、鈴森さんの作戦が使えない」
「ああそっか!どうしよう!?桃ちゃんたち、人質だよ!」
「多分、奴はそんなつもりないんだろうけど……」
「そんなのどうだっていいよ!あーもう、どうしよ!?」
玲がぐしゃぐしゃと髪をかき乱し始める。
純は鏡に映るバスをじっと見つめながら、拳を強く握りしめた。
「……水沢くん、行くんだ」
純の横顔を見て両手を止めた玲が、ぽつりと呟く。
「うん」
「どうすればいいのか、ちゃんと考えてる?」
「いや……具体的には、まだ。だけど」
純は少し間を置くと、玲の方へ向き直った。
「ここでじっとしてるよりは、いいと思うから」
静かに、しかし力強く、純は言い放った。
「そっか……うん。水沢くんなら、なんとかできると思う」
玲は安堵の表情を浮かべ、心からの言葉を述べた。
「かなり、不安だけどね」
ばつの悪い顔で、そう付け加える純。
「大丈夫、助けてもらったあたしが保証する!自信と、あとこれ持って!」
玲は懐から取り出したものを、純の胸へと押し付ける。
純は押し付けられたもの──ルルイのコンパクトを戸惑いつつ受け取った。
「必要でしょ?こっちはあたしが誤魔化しとくから、心配しないで」
「……ありがとう」
「いいってこと」
互いに頷く二人。
純は精神を集中させてその身を黒く創り変え、屋上へと続く扉に近づく。取っ手に巻き付けられていた鎖を引きちぎると、そのまま勢いよく開け放った。
射しこんできた陽の光を影のように黒い身体に浴びながら、純は一歩一歩、歩幅を広げながら進み始めた。
「水沢くん!」
全力で走りだそうとしていたところで急に名を呼ばれ、純は足を少しもつれさせる。転びそうになりながらもなんとか立ち止まると、玲の方を振り返った。
「あ、ごめん……が、頑張って!!」
身体の前で両手をグッと握りしめ、精一杯の気持ちを込めた激励の言葉を叫ぶ玲。
純は一瞬呆然とするも、返答として拳を強く握ってみせる。
気合いを入れ直した純は改めて走り出すと、屋上のフェンスを大きく跳び越えた。
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