2-3

 純が寄りかかっていたはずの廃車が、彼の目の前で勢いよく車体をへこませた。

 既に何度か経験していたこともあり、自分の身に何が起こったのかすぐに理解すると、純は自分の腕を掴んでいる二人に声をかけた。

「…なんで、いるの?」

「なんで?…じゃないよ!」

 右腕を掴んでいた玲が、手を離して声を張り上げる。

 予想以上に大きな声を出され、純は肩が震わせた。

「いや、だって、駅前から結構あるし…」

「あの…わ、わたしが運んだんです。この中でなら、それなりに速く動けるので…」

 なるほどそうか、と純は納得した。見た目こそ自分たちと大差ないが、彼女もあの怪人や変身した自分のように、人間離れした能力を持っているのだろう。

「そうそう、ルルイにつかまってビューンと…って、そんなことはどうでもいいの!」

 場の空気に流されかけた玲が、気を取り直すためさらに声のボリュームを上げる。

「なんでもなにも、助けに来たに決まってるじゃない!」

「そう、だよね…ごめん。やっぱり、迷惑かけて」

「それ!」

 玲はビシッと人差し指を突き出し、純を黙らせる。

「水沢くん、言ってることとやってること、滅茶苦茶だよ!わかってる!?迷惑かけたくないから心配するなって、そんなこと言われたら余計に心配しちゃうよ!」

「いや、だからそれは…」

 純が反論しようとした時、三人から少し離れた場所で廃車が勢いよくひしゃげた。純が辺りを見回すと、ガラスの向こうで腕を無茶苦茶に振り回しているガンガが目に入る。鏡の中に手出しできないことに業を煮やし、暴れ始めたらしい。

 玲も少し驚いて周りへと目を向けたが、すぐに純へと視線を戻した。

 ルルイは周囲の様子に気を配りながら、二人の様子をじっと見守っている。

「何か、理由でもあるの?そこまでする」

「………特に、ないよ。悪いことはするな、迷惑はかけるなって、自然に教わってて過ごしてきて…気付いたらこうなってた、かな」

 正直に自分のことを告げる純。その答えを聞いて、玲は静かに息を吐き、そして微笑んだ。

「………よかった」

「えっ?」

 強く責められるものだと思っていた純は、思いがけない一言にきょとんとした顔になる。

「だって、実は何かの呪いだとか、家庭の事情だとか、そんな感じだったら説得できないなって思ってたから……真面目なんだ、水沢くん」

 さっきまでと一転して穏やかな声をかけられ、純もつられて笑みを浮かべた。

「そう、かな…よく言われるけど」

「そうだよ…あのね、人に迷惑かけたくないって、誰かのことを考えて行動できるのは、凄いことだと思うよ。でもそればっかり気にして、結局誰かに迷惑かけることになったら、嫌でしょ?」

「それは………うん」

「さっきみたいに水沢くんが無理してさ、その…やられちゃったら、悲しむ人っているよね?…あたしは、そうだよ」

「鈴森さん…」

「誰にも迷惑かけないのって、とっても大変なことだと思う。だけど、できるだけ迷惑をかけないぐらいなら、なんとかなるよ、きっと」

 そう言って、純の手を取る玲。今まであまり経験したことのない事態に、純は思わず顔を赤らめた。

「水沢くんの手伝いなら、あたし全然迷惑なんて思わないから…だからあたしと…あたし達と、一緒にがんばろう。ね?」

「……いいの?本当に」

 純の言葉に、玲が大きく頷く。ルルイの眼差しも、同意であることを告げていた。

「立てる?」

「あ、うん」

 玲に引っ張られ、純が立ち上がる。体中が痛んだが、不思議とさっきより楽に感じられた。

「…そういえば、大体わかったって言ってたけど」

 そう言って、純を引きずり込んだガラスを指差す玲。その向こうでは、ガンガが両腕両脚を振り回して暴れ続けていた。

「あいつやっつけた後にどうするか、ちゃんと考えてるの?」

 そう言われて、純はいよいよ黙り込んでしまう。急いでなんとかしないと、とばかり考えて飛び出したものの、相手を止めればいいという程度しか考えていなかったのだ。

「その様子だと…あんまり考えてなかったんでしょ」

「…はい」

 嘘をついても仕方ないと、正直に頷く純。

 そんな彼の前に、ルルイが一歩踏み出した。

「それでしたら、大丈夫です」

「ルルイ…?」

「純さんは、その…どうにかして、彼の身体を壊してください。そうすれば、器を失った二つのミタマは不安定になり分離します」

「分離、ってことは………あっ、力が使えなくなるってこと!?」

 玲の閃きに首肯で応えるルルイ。考えが当たったことが嬉しく、玲は小さくガッツポーズを作った。

「彼の場合、ミタマが別れれば今使っている力は無効になるはずです」

「そうすれば…消されている人たちも、みんな元に戻る?」

「はい、そうなります…申し訳ありません、肝心なところは、純さんに頼るしかなくて」

「いや、いいよ。やり方があってたのがわかっただけで、だいぶ気が楽になった。その…ありがとう」

 自然に浮かんだ笑顔をルルイに向ける純。

 ルルイは少し固まった後、自分も笑顔で返した。

「じゃあ、もう一回、いってくる」

 純はゆっくりと立ち上がり、ガラスの向こうに視線を向ける。

「え、もう?大丈夫…?」

「うん。なんだか、二人と話してたら、少し楽になったから」

「あ、待ってください。作戦…と言うほどのものではないですが、考えがあります」

「考え…?」

 純の言葉に、ルルイは小さく、しかし力強く頷いた。


* * *


「くそっ、バカにしやがって!オラァ、さっさと出てこい!!」

 また一台廃車を叩き潰したガンガが、怒りの声を上げる。獲物を目の前にしながら手を出せないことで、彼の苛立ちは最高潮へと達していた。

 その背後で、まだ割られていない窓ガラスから、二本の脚が飛び出す。全身が通り抜け終わると、純は意を決した表情でガンガを見据えた。

 純の視線を感じ、ガンガが振り返る。ようやく出てきた獲物を目にし、不気味に光る瞳の輝きが増す。

「やっと出てきたか…そうだ、そうだよなあ。お前も俺に用があるからなあ、逃げられねえよなあ」

 腕を収縮させ、両手を揉み合わせるガンガ。

 純は深く息を吸い、吐き出すと、両腕を身体の前で交差させた。

「今度は」

「あん?」

「………負けない」

 純の全身が、頭の先から順に光に覆われていく。一瞬の後、光は墨を流し込まれたように黒く塗りつぶされていき、純の身体は完全にアニマと同等のものへ置き換わった。

 腕の交差を解き、右腕を前に出し、左腕を引いた構えを取る純。強く輝く蒼い双眸が、ガンガへと向けられた。

「さっきボロボロにされたのをもう忘れやがったのか?一人で何ができる!!」

 叫びと共に伸長されたガンガの両腕が純へと迫る。だがその両腕は、巻き付けられる前に純の両手でつかみ取られた。勢いのまま、腕の中間部分が純の後方へと流れていく。

「一人じゃ…ない!」

「なんだと…てめぇー!!」

 ガンガが伸ばした両腕を収縮させ始める。その勢いで引っ張られる前に、全力で駆けだす純。

 ガンガの両腕を握りしめたまま、純は両拳を力の限り撃ち込んだ。防御することもできず、腕が伸びている分だけガンガの身体が吹き飛んでいく。

「おおおおおおおおおお!?」

 掴んでいる腕が完全に収縮する前に、純は全身を使ってガンガの身体を振り回し、自分がされたのと同じように廃車に叩きつけた。

(なんだこいつ…気のせいか、さっきよりも力が…?)

 掴んでいた手を放してガンガと距離を取りながら、純は自分の中に温かな力と気持ちが湧いてくるのを感じていた。

(ルルイの言ってた通りだ…これなら、がんばれる)


 鏡面世界の中。

 玲は両手を組み、ガラスに映る純の姿を見守っていた。

(がんばって、水沢くん…!)

 その傍らで、ルルイが右手を玲に、左手をガラスの向こうの純へとかざしている。

(今のわたしにできることはこのぐらい…純さん、すみませんが、頼みます)


「考えって?」

「わたしたちが人の心を力に活動していることは、先程説明した通りです。ミタマの力を使っている時の純さんも、それと同じことができるはずです」

「…って、ことは」

 純の視線が、自然と玲へと向けられる。

 自分に向けられる視線と、ルルイの言葉から「考え」がどういうものであるか察した玲は、思わず目を見開いて自らを指差した。

「あ、あたしの!?」

「はい。玲さんが純さんを想う気持ちを、わたしを経由して純さんへと届けます」

「な、なんだかそう言われるとちょっと恥ずかしいような…」

 顔を赤らめながら、髪の毛をぐしゃぐしゃと乱す玲。

「難しいかもしれないけど…頼むよ、鈴森さん」

 真っ直ぐと玲を見つめて頼む純。その視線を受けて、玲は髪の毛を急いで整えると首肯で答えた。

「任せといて!精一杯、応援するから!」

「………ありがとう」


 ルルイの言う「考え」を思い返しながら、それが上手くいっていることを実感する純。最初の時より、二回目の時より、自分の力が増していることが心強かった。

(本当にありがとう、鈴森さん、ルルイ)

 胸の内で改めて感謝を告げ、拳を握りしめる純。

「チクショウ…調子に乗りがやって…」

「もう簡単には捕まらないぞ…!」

「へっ…どうかな!」

 またもガンガの腕が純へと伸ばされる。しかしその勢いは、先程までと比べかなり衰えていた。

 純は難なくガンガの両腕をつかみ取ると、攻撃に転じようと足に力を籠める。

「かかったァ!!」

 ガンガの両脚が両腕と同様に解けていき、純のがら空きの胴体へと伸びる。

「な……ッ!?」

 両手を放して防御できることもできず、ガンガの両脚が純の胴体へと巻き付けられる。

「簡単だったなあ!そおら!!」

 渾身の力で純の胴体を締め上げるガンガ。腕でそうされた時よりも強い力に、純は両手を放しそうになるが、辛うじてこらえた。

「く…う…!」

「おっと、その手もそこまでだ」

 純の両腕に、ガンガの両腕が巻き付けられていく。純が掴んでいたのは先端の部分だけだったため、そこから先の部分までは動きを止められなかったのだ。

 ガンガはふわりと宙に浮き上がり、同様に純の身体を宙へと持ち上げた。両腕と胴体をガッチリと拘束された上に足も地を離れ、純は完全に為す術を失った。


「ど、どうしようルルイ!?水沢くん、あれじゃ逃げられないよ!?」

 戦況を見守っていた玲が、純の危機に慌てふためく。

「…落ち着いて。玲さんの不安も、純さんに伝わってしまいます。落ち着いて想うんです、純さんのことを」

「う…うん、わかった」

 目を閉じて、心をフル稼働させる玲。純の勝利を信じ、被害に遭った人達の無事を祈り、そしてガンガの卑怯さに文句をつけた。

(なんなのよ、アレ。あいつばっかりズルいじゃない!水沢くんは素手なのに…)

そして、ふと想像した。

(何か、あいつに届くような武器があれば…水沢くんだって、きっと負けないのに…)

 純がこの場に都合のいい武器を手に、あの怪人を叩きのめす姿を。


 両腕と胴体の自由を奪われ、純の身体は磔にされたように十字を描いていた。

 窮地を脱しようと焦る純の心に、ルルイを通して玲のふとした思い付きが想いと共に流れ込む。

「ぶ、き…?」

 玲の想像は、とても魅力的に思えた。しかし、現実として純の身体にそのようなものが備わっているのは感じられない。

(武器なんて…そりゃ、あったらいいけどさ)

(あいつに届く武器が…この、身体に…!)

 純は自分の両腕に痛みとは違う何かが生じているのを感じた。目を向けてみると、ガンガの腕で覆われた下で、何かが蠢いている。

純は己の直感を信じ、渾身の力を籠めて両腕をガンガへと向けた。

「なんだ?まさか俺の真似をしようってんじゃないだろうな?ハハハハハ!できるもんならやってみろ!」

「い………け!!」

 純が叫んだ瞬間。

 ガンガの腕を突き破り、何かが純の腕から飛び出した。は勢いのままガンガの腕の付け根へと到達し、引き裂きながら貫通した。

「うおおおおお、あああああ!?」

 自分の腕から飛び出したものを、純ははっきりと見た。それをなんと呼べばいいか、思い浮かんだ最もそれらしいものは、やじりだった。鋭く尖ったV字型の物体が、ワイヤーのようなもので自分の腕と繋がっている。その銀の色は、今の自分の胸や肘のそれと同じであり、確かに自分の身体の一部であると純は感じた。

「い……痛ぇええ!がああ……!!」

 ガンガの両腕が殆どちぎれた状態になったことで、純の両腕の拘束が解かれる。

 自由になった両腕を通して、銀の鏃が風を切る感覚を純は感じた。身体の一部ならばと思い意識を向けてみると、鏃が思った方向へと進路を変えた。

「……いける」

 僅かな間にコツを掴むと、純は二つの鏃をガンガの脚へと向かわせる。その鋭く尖った先端は、足の付け根をそれぞれ一気に切断した。

「あああああ…て、てめぇ…!」

 痛みに悶えながら、ガンガが怒りに燃える視線で純を射抜く。

 胴体の拘束も外れて完全に自由になった純は、ワイヤーを引き戻しながら地面へと足を付けた。鏃が腕に戻り完全に固定されたのを確認すると、宙をたゆたうガンガを目がけて一直線に駆けだす。

「やめ、やめろ!来るんじゃねえ!」

 ガンガが必死に声を上げるが、純は止まらない。走りながら大きく引いた右腕が、銀色に輝きだす。

「もう……遅い!!」

 輝く右腕を突き出し、拳をガンガへと叩き込む純。

 ガンガの身体は勢いよく飛んでいき、自らが叩き潰した廃車の山へと激突した。

「うおあああああああああああ!!」

 純に叩き込まれた輝きと、身体の内側から溢れる輝きに包まれた直後、ガンガの身体が大爆発を起こす。

「や……やっ、た……」

 脱力し、膝をつきかける純。しかし、爆発の中から二つの輝く珠が浮かび上がるのを目にして踏み止まった。

「あれは……あいつの、ミタマか」

「水沢くん!」

 背後からいきなり声をかけられ、純は慌てて振り向いた。見れば玲が鏡面世界から出てきて、駆け寄ってきている。

「え、な、なに?」

「鏡!鏡持って、回り込んで!早く!」

 いきなりで理由はわからなかったが、とにかく急を要していることを純は理解した。段々と高く舞い上がっていくミタマ目がけて駆けだし、落ちていた廃車のミラーを拾い上げると一気に跳躍した。

「こっち!向けて!」

 ミタマを挟んで反対側に目を向けた純は、玲が右腕を大きく掲げているのを目にした。その手には開かれたコンパクト───ルルイの身体が握られていた。

 何が起きるのかわからないまま、言われたとおりに鏡を玲の方へと向ける純。するとルルイのコンパクトと純の手にしたミラーから、互いを結ぶように光が放たれ、間に位置していた片方のミタマを包み込んだ。

「これは…?」

 純が驚きの声を発した次の瞬間には光は消え、宙には一つのミタマのみが残されていた。

 地面へと降り立った純は、一体どういうことかと玲に駆け寄る。玲は何かをやり遂げた顔で純を迎えた。

「やったね、水沢くん!身体、大丈夫?」

「ああ、うん。それより、さっきのは?」

「ミタマを封じたのです」

 声のした方、玲の手の中へ目を向ける純。コンパクトの鏡の中で、ルルイが微笑んでいた。

「御無事で何よりです、純さん。一時はどうなることかと思いましたが…」

「いや、それより、封じたって?」

「言葉通り、彼のワザミタマを私の世界へと封じたのです。これで、今の彼は殆ど無力となりました」

 そう言ったルルイの手の中に、輝くミタマが一つ納まっていた。なるほどと納得して、一つ残されたミタマを見上げる純。

「………おい!ルルイ!てめえ何してくれやがる!?」

 いきなりミタマから声が発せられ、思わず身構える純と玲。鏡に合わせて逆さまになったルルイが、一人落ち着いて口を開いた。

「ガンガ。あなたのワザミタマは封じさせてもらいました。これでもう、好き勝手はできません」

「く……だが、俺を取りのがしたのは失敗だったな!すぐに戻り、貴様らのことは報告させてもらう!」

「…ええ、そのつもりです。そのために、あなたを捕まえなかったのですから」

「…なんだと?」

「戻って、皆に伝えなさい。もういたずらに心を傷つけないようにと。止めないのならば、わたし達は断固としてそれを阻むと」

「何を……ああ、わかった、伝えてやるよ!精々残り短い命を楽しんでおくんだな!」

 捨て台詞を残して、ガンガのシシミタマが飛び去っていく。それを見送った純は、全身の力が抜けて仰向けに倒れ込んだ。

「み、水沢くん!?」

「純さん!?」

 光に包まれ、元の姿へと純の身体が変わっていく。

 二人が見守る中、純は息を大きく吸って吐いてを繰り返していたが、やがて落ち着くとゆっくりと口を開いた。

「………つ」

「つ?」

「つ…?」

「………疲れた」

 純の一言で緊張の糸が切れ、玲とルルイはどちらからともなく笑い出した。

 笑うのは酷いじゃないか、という言葉も出せないまま、純もそのままつられて笑い出す。

 沈みゆく夕陽が、三人を照らしていた。


* * *


 翌朝。

 純と玲は、示し合わせていつもの通学路とは違う道で落ち合っていた。

「水沢くん、おはよう!」

「おはよう、鈴森さん」

 挨拶を交わし、学校へと並んで歩きはじめる。

「どうだった、昨日?」

「そこまで大変じゃなかったかな。よく覚えてないって、ごまかしたから」

「こっちは大変。あの後、桃ちゃんが結局泊まり込んでね。本当は何があったの…ってしつこくて。今日も休めってうるさかったんだけど」

「そうなんだ…じゃあ、葉月さんは?」

「今日、日直だったから。無理に早く送り出したの」

「へえ…まあ、でも今はどこも大変だと思うよ」

「そうだよねえ…」

 なんとなしに揃って空を見上げながら、二人は昨夜からのことを思い返していた。


 純がガンガを退けて間もなく、櫻木町は一気に慌ただしくなった。

 行方不明になっていた人間が全員一斉に発見されたことで、家族や友人たちは胸を撫で下ろし、再び会えた喜びを互いに分かち合った。

 その一方で、警察は困惑していた。行方不明になっていた間のことを聞いても、化物に襲われた、ずっと町にいたと、どうにも要領を得なかったからだ。マスコミはオカルトだ、集団幻覚だと色々と騒ぎ立てたが、真実を伝えているものは当然一つとしてなかった。

 純と玲は即日の事情聴取こそ免れたものの、英二ら同級生や担任の姫路、そしてそれぞれの家族に質問攻めにされ、疲れに疲れ果てていたのだ。


「いやー、落ち着いて考えると大変なことになっちゃったね…アハハ」

「…そのことについては、何度謝っても謝り切れませんが…」

 玲の制服のポケットから声がかかる。コンパクトを手に取った玲は、蓋を開いてルルイと対面した。

「そんないつまでも気にしなくていいよ。誰かがやらないといけないんだろうし、手伝うってもう決めたんだから」

「そうだよ。それに、無理言ったのはこっちも同じだから」

「お二人とも…本当にありがとうございます」

「もう、硬いんだから」

 面倒な話を早々に切り上げ、とりとめのない話を始める玲。

 迷惑をかけるであろうことを未だに気にしながら、しかしそんな自分の助けになってくれる二人に、純は改めて心の底から感謝した。

 まだわからないことが山積みだけど、きっとなんとかなるだろう。珍しく気楽に考えをまとめた純は、二人の会話に耳を傾けながら後に続いた。


* * *


 人気のない銀鉤寺、その本殿の中。

 御神鏡の表面が突如として歪むと光り輝く球体が出現し、そのまま本殿を飛び出して櫻木町の何処かへと飛び去った。

「ルルイ…次の刺客にあなたはどう立ち向かうでしょうか」

 鏡面の歪みが元へと戻る直前、静かな声が誰に届くこともなく響き、そして消えていった。

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