2-2
「一人でいい…とは、あの、どういうことでしょうか?」
言葉の意味を理解しつつも、聞き間違いだったのではないかと思い、ルルイが問いかける。
「だって今の話だと、君は裏切り者じゃないか。なら、僕達だけじゃなくて、君も狙われてるんじゃない?」
「それは…その通りですが」
「だったら、君も隠れてた方がいいよ。直接やりあうのは、僕だけでいいからさ」
「で、ですが」
「いいんだよ、それで。やることは、大体わかったから」
「ちょ、ちょっと待ってよ水沢くん!」
一人うなだれていた玲が二人の間に割って入り、勢いのまま純の肩を掴んで詰め寄った。
「ちょ、ちょっと近いよ鈴森さん」
「あ、ごめん…ってそうじゃなくて!」
玲は失いかけた勢いを取り戻すため、首を勢いよく左右に振った。
「えっと…そう、だって一人だよ?あたしがいなくても、その…あんまり変わらないかもしれないけど…でも、ルルイまで除け者にしてどうするの!?」
「除け者ってわけじゃないけど…でもさ、できるだけ、迷惑かけたくないんだ」
「………めい、わく?」
予想外の答えに玲は手を離し、一歩、二歩と後ずさる。玲の狼狽える様に少し眉を寄せながら、純は言葉を続けた。
「いや、だって、近くで助けてもらってたりするとさ、守れなかったりするかもしれないじゃないか…嫌なんだ、そういうの」
「そ…そういうの…?」
「うん。だから、一人でやる」
純に言い返そうと口を開くも、どう言えばいいかがすぐに思いつかず、玲は口をつぐんでさらに数歩下がった。
純は玲の様子に唇を少し噛んだが、すぐに気を取り戻し立ち上がる。
「…じゃあ、そろそろ体調も戻ったし、あいつを探しに行ってくる。ルルイ、悪いけど、鈴森さんを頼める?」
「ええ……あの、はい」
玲の方を一瞥しつつ、ルルイが答える。
「それじゃあ」
純は二人に背を向け、元の世界に戻るためガラス張りの扉へと足を進める。
あと数歩で扉の前に辿り着こうとした時、その背中に向けてルルイの手が延ばされた。
「ま、待ってください!彼を探すのでしたら、わたしの身体を預かっていただけないでしょうか」
「身体…って、その、それじゃなくて?」
足を止めて振り返り、目の前に見えている少女の姿を指差す純。それに対して、ルルイは首を縦に振った。
「わたし達の核であるミタマは、他の世界では身体を上手く保てず、無防備な状態にになってしまうんです。それで、それぞれの世界で入れ物となる器を見つけ、身体にするんです。わたしの場合、ここの外の身体は自分で動かせないのですが…」
「そうなんだ……それで?」
「わたしの今の身体は、小さな鏡になっています。それを持っていていただければ、わたしがここから見たものをお伝えすることもできるので、純さんのお役に立てるのではないかと。それに」
「ありがとう。でも、僕が持ってたら危ないだろうし、気持ちだけもらっておくよ」
「…そう、ですか。わかりました」
これ以上続けても無駄だと感じ、途中で遮られた言葉を続けることなく、ルルイはおとなしく引き下がる。
再び歩き出そうとした純だったが、そのまま顎に手をあてて何事かを考え始めた。
「だけど…それなら、先にそっちをどこかに隠した方がいいかな。うん、それがいい」
一人自分の考えに納得すると、純はつかつかとルルイに歩み寄る。
「じゃあ、貸してくれる?」
ルルイの言う鏡を受け取ろうと、右手を差し出す純。
しかし自分の提案した通りの行動を取られながら、ルルイの目は不自然に泳ぎ始めていた。
「あ…いえ、すいません。今ここには…」
「えっと…それは、どういう?」
「…実はこちらの世界に来てから先程まで、力を消耗していたので眠っていたんです。その後、目覚めてすぐに純さんが襲われているのが目に入ったので、そのまま…」
そこまで言われて、純の頭に思い当たるものがあった。そういえば、ついさっき変わった鏡を目にしていた、と。
「もしかして…山口くんが拾った、あの?」
「そ、そうです。純さんのお友達が拾われた、あの鏡です」
「なら、電話して聞けば…そうだ、声が聞こえないんだった…」
「…すいません、今、どこにあるか探しますから。少し待ってください」
そう言うとルルイは服から鏡を一つ取り外し、それを宙へと浮かべて櫻木町の様子を映し出した。
街の様子を次々と切り替えるルルイを後ろから眺める純。そこへ、会話の輪から外れていた玲が近づいてくる。
「ねえ、水沢くん」
「…なに、鈴森さん?」
「さっき、何してるのかって聞いたとき…"自分助け"って、言ってたよね」
「…うん」
「あたし、てっきり自分が助かるために、って意味だと思ってたけど…本当は、どうなの?」
玲の質問に、純はぎこちなく頬を歪めながら視線を逸らした。
「…そのままだよ。自分が助かるためにってこと。ただ、姿が見えるようになるためとか、そういうのよりも」
「よりも…?」
「…さっきも言ったけど、誰かの迷惑かけたくないんだ。それに、誰かの役に立ってないと不安だし」
「…他の人に迷惑をかけたくないから、戦うの?危ないのに」
玲の言葉に、静かに頷く純。
「ルルイに、誰でも助けになれるのか、って聞いたんだ。そしたら、そうだって…それで、思ったんだよ」
「…なんて?」
「ここで断ったら、僕が誰かに厄介事を押し付けることになるって」
「それで…自分助け?」
「うん」
「だから…一人で?」
「うん。そういうことだから、鈴森さんも心配しなくていいよ」
その一言に、玲の表情が決定的に強張る。それを見て、純は思わず数歩後ずさった。
そんな純を追いつめるかのように、玲は同じ分だけ距離を詰める。
「………あのね、水沢君。それって」
「ああっ!」
玲が何事か言おうとした直後、ルルイが短く声を上げた。
「ど、どうしたの!?」
何事かと純がルルイに駆け寄る。
玲は言葉を続けようとしたが、それどころではないと思いなおし、自分もルルイの傍に寄った。
「そ、それが…」
ルルイの視線を追って、純は宙に浮かぶ鏡に目を移す。そこには、時折背後を振り返りながら全力疾走する冬彦の姿が映し出されていた。
「山口くん?戸羽くんは…いないみたい」
「ここは…二人が住んでる団地の近くか…あっ!」
冬彦の背後に映り込んだものを目にし、純が思わず声を上げる。そこには、先程退けた怪人の姿があった。
「まさか…もう、私の身体を狙って……」
「そうか…あいつも、あの時に見てたんだ」
そう言い終わるや否や、純はガラス扉へと駆けだした。
「ルルイと鈴森さんはここにいて!僕が行ってくる!」
二人に向けてそう叫ぶと、純は自分の姿が映るガラスの境界面へ飛び込み、元の世界へと戻っていった。
「あっ、待って!水沢くん!」
純に続こうと玲が駆けだす。自分も外に出ようとガラスに手を突いたが、純と同じように身体が境界を通り抜ける様子は全くなかった。
「ちょ、ちょっと!なんであたしは出られないの!?」
「お、落ち着いてください。今、出しますから…」
そう言ってルルイが手をかざした瞬間、玲の身体は境界面を通り抜けて元の世界へと戻った。
転びそうになったのをこらえて玲が視線を上げると、屋上の縁を蹴って跳んでいく黒い背中が目に飛び込んだ。
「…行ってしまいましたね」
玲の背後、ガラスに映る鏡面世界の中でルルイが呟く。
遠ざかっていく純の姿を見ながら、玲は両手を強く握りしめた。
* * *
「なんだってんだよーーー!!」
全速力で走りながら、冬彦が叫ぶ。背後には、ふわふわと宙を浮きながら追ってくるミイラのような姿の不気味な怪人。とにもかくにも足を動かしながら、彼は自分が置かれている状況を改めて整理し始めた。
玲との電話の途中で向こうの声が聞こえなくなり、彼と英二は取り急ぎ桃子に連絡を入れた。すぐに引き返すと言った彼女と合流するために二人して駅に向かったが、途中でどうにも我慢が出来なくなり、純と玲を捜そうと一人で駆けだしたのだ。それからどれぐらい経った頃か、いきなり目の前に現れた謎の怪人に追われることになり、今に至っている。
「………よし、とりあえずあいつが悪い奴なのはわかった!」
直観に頼り自分を追う妙なものが悪いと結論付けた冬彦は、とにかく逃げるために足を動かすことに集中した。正体を暴いてスクープを頂くのはその後だと、自分を鼓舞しながら。
一方で、彼を追う怪人─ガンガは内心、かなりイラついていた。
ルルイの身体を持った人間を見つけて、ついでに脅かして自分の傷を癒すエネルギーを補給する、というのが彼の狙いだった。獲物は早々に見つけることができ、一つ目の目的はほぼ達成された。後は適当に脅かしてルルイの身体である鏡を奪えばいいと、楽な気持ちで考えていた。
しかし、目の前を逃げ回っている人間からはどういうわけか恐怖や悲哀をあまり感じず、むしろ前向きな想いが強く溢れ出ていた。自身のエネルギーになることに違いはないが、好みのものでないことに彼の苛立ちは次第に強まってきていた。
(いい加減、面倒だな…腹ごしらえは諦めて、とっととルルイを始末しちまうか)
遂に痺れを切らし、ガンガが腕を解き始める。
その様子を振り向いて目にした冬彦は、流石にマズいと感じてさらにスピードを上げた。
「ちょっ、待て待て待て!やめろってもー!なんなんだよ!!」
息が苦しくなるもの構わず喚き散らす。とにかく直進し続けるのはマズいと思い、前方に見えた公園へと駆けこんだ。
「げっ、しまった…忘れてた!」
逃げ込んだ先の公園は全体がフェンスで囲まれており、出入り口は冬彦が入ってきた一か所しかなかった。
急いで出ようと振り返った冬彦の目に、出入り口をふさぐガンガの姿が飛び込んできた。こうなれば、とフェンスに駆けよって上り始めるが、胴体を物凄い勢いで後ろに引っ張られ、背中から地面に激突した。
「つ………ってぇーーー………」
何が起きたのかと冬彦が自分の身体を見ると、ガンガの伸ばした腕が幾重にも巻き付いていた。その布のような平たい腕は、ポケットの中からコンパクトを奪うと、冬彦を解放して元の形へと戻っていった。
「あ……この野郎……」
文句の一つ二つ、それ以上を言おうとするも、冬彦は背中の痛みでそれ以上言葉にすることができなかった。
「さて、こいつさえもらえばお前は用済みだ…腹ごしらえはできなかったが、せめて腹いせにはなってくれよ」
「う……」
楽観的な冬彦も流石に危機感を覚え、とにかく離れようと身体を動かす。しかし痛みがそれを邪魔し、移動することはかなわなかった。
「おっ、そうそう。最初からそうだったらよかったんだがな…まあいい。そろそろ終わりに」
「でやあああああッ!」
ガンガが腕を伸ばそうとした瞬間、フェンスを飛び越えてきた影───変身した純が渾身の跳び蹴りをガンガに見舞った。
「うぐぉ!?」
衝撃でコンパクトを取り落とし、ガンガが地を転がる。しかしすぐに立ち上がると、両腕を伸ばして戦闘態勢を取った。
「またお前か…だが、二度目はねぇぞ」
「………ッ!」
純は倒れている冬彦とコンパクトをそれぞれ一瞥すると、相手の懐に飛び込もうと駆けだした。その胴体に、ガンガの伸ばされた腕が巻き付けられる。
「バカめ…う、おおお!?」
胴体を絡め取られながら、純はガンガの身体へと組み付く。そのまま勢いのまま公園の外へと押し出し、全速力で駆けだした。
「な…なんだったんだ、ありゃ……」
遠ざかっていく二人の後ろ姿を見ながら、冬彦は考えるのが面倒になり、息苦しさと痛みに耐えるためゆっくりと目を閉じた。
* * *
ガンガを抱えたまま走り続けた純は、住宅街から離れた廃車置き場へと飛び込んだ。
誰かが巻き込まれる心配が少なくなったことに一先ず安堵し、反撃に転じるため巻き付けられたガンガの腕を外そうと試みるが、一向に抜け出せる気配はない。
一方のガンガは、胴体の拘束が外れたチャンスを逃さず、自身の腕を巻き付けたまま素早く距離を取った。
「さっきは油断したがな、こうなったらもうお前に勝ち目はねぇぞ」
「ぐう……ッ!」
徐々に強くなっていくガンガの締め付けに、純の身体が悲鳴を上げ始める。腕を外すことを諦めた純は、胴体へと宙を伝う部分へと狙いを変えようとする。
「おっと、そうはさせる………かッ!」
ガンガは掴まれようとした腕を大きく振り回し、純の身体を積み重なった廃車へ勢いよくぶつけた。
「がァ……ッ!?」
「そら、どんどんいくぞ!」
純の身体が地に落ちる前に再び腕を振り回し、今度は逆方向の廃車へぶつけるガンガ。そして直ぐに別方向へと腕を動かし、三回、四回と純の身体を叩きつけ続けた。
最初の内は抵抗しようとしていた純だが、次第に振り回されるがままになっていった。
十数回叩きつけた頃、完全に抵抗しなくなったのを見ると、ガンガは純を解放し、地面へと放り捨てた。
「さっきは少し焦ったが…へへっ、どうってことなかったな」
かろうじて意識を保った純だったが、反撃に転じる気力はもう残ってはいなかった。その身体が光に包まれ、元の姿へと戻る。
なんとか起き上がろうと廃車によりかかったが、それ以上殆ど動くことはできなかった。
「やっぱり、さっき消えた奴だったか…まあ、どうでもいい。ルルイの前に、貴様から始末してやるぜ!」
止めを刺さんと、ガンガの腕が純へと向かって伸ばされる。
高速で自分に迫る凶器を見ながら、純は無念の思いに唇を強く噛んだ。
(結局……迷惑かけるだけで、終わるのか…)
今までに他人にかけた迷惑が次々と浮かんでくる中、純は目前に迫ったガンガの腕に反射的に目をつぶった。
次の瞬間、廃車の窓ガラスから二本の腕が伸び、純の腕をそれぞれ掴んだ。彼の身体は引っ張られるまま、ガラスの中へと消えていった。
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