第3弁 てめぇの命
「だ、だんでらいおん?」
思わず聞き返してしまった。
何なんだそれは?
「そう。ダンデライオンだ。これは『タンポポ』という意味を持っている。俺達はどれだけ踏まれても起きて上がり、千切られても何度だって咲き誇るタンポポのようになるのだ!それともう一つ、このギルド名には意味がある。それは、ダンデライオンの元の意味であるライオンの歯のように、そしてタンポポの花びらのように互いに隣り合い、助け合い、分かち合い…ライオンのようにこの世界を駆け回ってやろうって意味だ!」
な、なんだかよくわからない…だ、だけどいいことを言ってるんじゃないかってことはなんとなくわかる。
「ちょっと、だんちょー。朝から声デカいー。」
黒髪の女が眠そうに言う。
どうやらおっさんのデカい声でチャラ男以外は全員起きていたみたいだ。
「あーすまねぇな。それよりルフィア。こいつの入団手続きしてくれよ。」
まだ少し眠たそうな赤紙はフラフラとしながら、
「ふぁ~い。わかりましたぁ~。どうぞこちらへ~。」
「い、いや、ちょっと待てよ!俺は此処でなにをするんだ!?そもそも俺はなんでここにいるのかもわからないし…。ちゃんと説明してくれよ!!」
「はぁ!?お前ほんとに何もわかんねぇのか!?はぁ…まぁいい。マスト、説明してやれよ。」
おっさんがそういうと、本を読んでいた白髪が本を閉じ、メガネの位置を直した。
「あ、あぁ。わかった。それよりまず、お前の名前を教えてくれ。俺はまだお前のことを何も知らない。」
白髪は俺の方を向いてそう言った。
「あ、お、俺はルナトだ。」
「ルナトか。俺はマスト、よろしく頼む。」
ざっくりとし過ぎた挨拶をすませ、マストは一方的に話を始めた。
「お前がどれだけのことを知らないのかはわからないが、なるべく根本から話すようにしよう。まず此処はガーディアンズギルドと呼ばれる簡単に言えば武力を持った警察だ。世の中に蔓延る魔物や、悪党を退治するためにこの世界に無数といるガーディアン達が集まる場所だ。ガーディアンは元々、国と国との争いをなくしたり、自国の治安を良くするために作られた職だが、最近になりその目的は世界の平和を守ることになっている。」
「世界を守る?そ、そんな大袈裟な話…」
やっと口を挟めたと思ったが、あっさりときられた。
「本当にお前は何も知らないようだな。」
「へ?」
「今この世界にはありえない事が起こっているんだ。」
「ありえない…事?」
「あぁ。3年前の俺でも、世界の平和を守るための職、と言われたら大袈裟だと思っただろう。だかな、今じゃそれが当たり前なんだ。」
マストは少し間を開けて再び口を開いた。
「3年前。この世界には異変が起こった。突如謎の魔物が人々を脅かしたんだ。魔物はどこで、どのようにして、生まれたのかは全くわからない。だが、魔物の中にも様々な種類がいて、人間に危害を加える魔物もいれば、人間に友好的であったり、逆に我々の生活を豊かにする魔物もいる。そんな魔物達だか、やはり大半は凶暴な奴らが多い。その魔物達から人々を守る。これが俺達ガーディアンにかせられた新しい使命となった。それが3年前なんだ。」
「そんなことが…。で、でも!俺がいた村ではそんな魔物なんて見たことないし、今聞いただけじゃ世界を守るなんて…そんな大事になってるようには聞こえないぞ!?」
「魔物達の存在が信じられないなら、タピーを見てみればいい。あのまだ寝てるアホの隣にいる鳥だ。」
俺はハト色のひよこを見つめる。
「も、もしかして…あいつが…?」
「あぁ。あいつはれっきとした魔物だ。人間に友好的な魔物のいい例だ。」
俺は思わず言葉を失う。
「あんな魔物もいるが、ここの近くにある森に行けば、凶暴な魔物も見つかるだろう。それと、世界の平和を守る、だが、実際に魔物によって、滅ぼされた国だっていくつもあるんだ。町や村の規模で言えば滅びた場所なんて数百はあるはずだ。確かに今は比較的平和な時代で、この村は魔物の出現率も低い。だがな、魔物のことについては分かっていることなんて、ほとんどないんだ。実際にその魔物と戦って、弱点や好物を探り出したりして、僅かな情報はあるものの、魔物はどれだけの種類がいるかも分かっていない。故に、いつ、何が起こるかわからないんだ。今までに滅ぼされた国があるからには、この村がいつ滅ぶかも分からない。俺達はもちろんここの村人もいつだって油断できないんだ。」
とても真剣な眼差しで話すマストを見ているとこれが真実なんだと実感していった。
「それで…俺にそのガーディアンズギルドに入って世界を守れ、ってことか…」
俺は大きく息を吸って、
「んなことできる訳ねぇだろおお!?てかまずなんだって俺が!?!?意味わかんねぇよ!!」
「おいおい。なにキレてんだお前。俺達はお前を助けやったんだぞ?それに、俺達と来るのを決めたのはお前だぜ?」
「そ、そんなこと言ったって別に俺は助けて欲しいなんて言ってねぇし、どうせ俺が死んだって誰も不幸にならねぇんだよ!むしろ村の奴らはこんな泥棒が死んでせいせいするさ。俺はあのまま死んだほうがよかったんだよ!お前らが勝手に助けたんだろ!?」
「おい!」
「えっ…」
さっきのデカい声とは違う。張り上げてる訳でもないのに体の奥の奥まで通るような、声だった。
「お前、命をなんだと思ってやがる。」
「え…そ、それは…」
「てめぇの命はこの世に一つしかねぇんだぞ。それにお前の命がなくなって、悲しむ人間や、不幸になる人間は絶対にいる。」
「そ、そんなことないっ!だっ、だって…」
「ナメたこと抜かしてんじゃねぇ!!」
ドンッ!
おっさんが机を思いっきり叩いた。
「てめぇの命はなぁ!てめぇの親がてめぇをこの世に生んで幸せになるためにつくったもんなんだよ!自分の全てを捧げてでも、てめぇを幸せにする、そんな覚悟と愛でてめぇの命はできてんだ!そんなもんを勝手に捨てていいと思ってんのか!!」
「俺の親!?あいつらは俺を捨てたんだぞ!?そんな奴らに俺に対する愛だの何だのがある訳ねぇだろ!!」
「少なくともなぁ!!!」
今までより一層デカい声でそう言ったおっさんの目は潤んでいた。
「少なくとも…てめぇを生んだ時はてめぇの親は今までで一番幸せだったはずだ!それになぁ…てめぇの親がどんな理由でてめぇと離れたのかも知らないくせに、捨てたなんて言ってんじゃねぇよ!!」
「り、理由なんて…そ、そんなの!俺が邪魔になっただけだろ!?あいつらは俺を捨てた時だって涙だって見せてなかった!あいつらは…あいつらはっ!」
そう言った瞬間、俺は宙に浮いていた。
おっさんに胸ぐらを掴まれ、軽々と上げられていたんだ。
「俺はなぁ…俺が俺の娘と離れた時、死にそうなぐらいに悲しかったさ…」
そう言いながら、おっさんは涙をこぼしていた。
「えっ…?」
マストやルフィアも驚いていた。
「俺は、このギルドを建てる前は家族がいた。だけどな、俺達は借金に負われていた。毎日娘に怖い思いをさせていたんだ。家にある家具を壊されたり妻に手を出されたりする時だっとあった。いつ娘に手を出されるか分からなかった。村を逃げようにも、俺達には逃げる術も場所もなかった。だから俺と妻は森のできるだけ安全な場所を見つけて、そこに娘を置いていった。妻はしばらく立ち直れなかった。結局妻は病気で死んで、俺は
持ってるもん全てを売り払って、それでも足りずに、そいつらのところで働いて、金を稼いだ。俺は今でも娘のことを忘れちゃいねぇ。もちろん妻のことだってな。いつだって…忘れたことなんてねぇ…俺は今でもあいつらを愛してる!それは俺だけじゃなくて、お前の親だって一緒だ!!お前の親にどんな理由があったのかは知らねぇ。だけどなぁ!子供を愛する気持ちっつうのは、どの親だって一緒なんだよ!!!」
おっさんは必死に涙をこらえようとしていたが、おっさんのデカい目から溢れる涙はとまらなかった。
「だからなぁ…自分の命をそんな風に言うなよ…お前のためにも、お前を愛してた親のためにも…」
俺はただ黙るしかなかった。
「悪ぃ…」
そう言っておっさんは出ていった。
「…ル、ルフィア、だっけ。」
俺が言うと赤髪は顔を上げる。
「は、はい。」
「に、入団手続きってやつ?やってくれよ。」
「は、はい。わかりました。では、こちらへ。」
俺は円テーブルの奥にある扉へと案内された。
俺の気持ちは、まだ整理できていなかった。
いきなり世界の平和だのと言われたこともそうだけど、俺の親がどうして、俺を置いていったのか。俺の親がほんとに、俺を愛していたのか。おっさんはああ言っていたが、俺はまだ疑っていた。
でも、少なくとも、俺はこの命を大切にしなければならない。
そんな気持ちというか…使命感が湧いていた。
Dandelion 時雨 @shigure0224
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