第3話 初めてのプレゼン
「これは……?」
摩臼の代表的な風景でも映し出すのかと思いきや、プロジェクターにでかでかと映し出されたのは二十年以上も前に設置された国道沿いのボロい看板だった。
首をひねった小西主幹から思わず疑問の声が零れる。
「喜屋戸湾沿いの国道を摩臼方面に向かって走るとまず最初に目にする歓迎の看板です」
夏海の言わずもがなの説明を受けて、調理服の青年会長・木野崎が「こんなボロい看板の写真撮ってきて、何が言いたいわけ?」と鼻で笑った。
とりあえず、全部見せ終わるまで黙っててほしいんだけど。
心の中で悪態をつくと、木野崎の反応はスルーして、夏海は次の画像を表示させた。
駅前の閉鎖された大型ホテルが三軒連なる写真である。
「あー、この “喜屋戸観光ホテル” の社長、三年前に夜逃げしちゃって見つからないんだよねぇ。取り壊すにも所有者の許可が得られないし、廃ビルが駅前を占拠してるなんてイメージが悪いよねぇ」
磨臼町観光振興課長が苦笑いしながら呟いた。
次に写ったのは、南磨臼町白戸漁港の風景だった。10メートルほど高い位置を通る県道から俯瞰で撮影されたものだが、ひしめくように建つ三十棟ほどの民家の屋根が、応援合戦のパネル文字に失敗したかのようなちぐはぐな色合いで寄り集まっている。
「ああ、ここね……」とどこからか失笑が漏れる。
三枚目の写真にして、出席者達には夏海の意図がわかり始めたようだった。
「ここ、前町長がクロアチア視察に行った後に “白戸を東洋のドブロブニクにする” とか言い出して、助成金制度を作って民家の屋根の色を赤茶色に塗り替えるように推奨したんですよ。でも結局一部の民家しか活用しなかったんで、こんな統一感のない景観になってしまって」
気まずそうに南磨臼町観光課の課長が頭をかいた。
「そもそも、ドブロブニクという街が日本には馴染みが薄いですし、ピンと来ませんよねぇ」
着物姿の女将がおっとりと口に手を当てて苦笑いする。
その後も十枚ほどの写真を表示させるが、どこも(別の意味で)ため息の出るような景観ばかり。
「これじゃほんとに “残念半島” だな」
プロジェクタの電源を落とし、部屋の照明が明るくなったときに木野崎が自嘲のように呟いた。
「これは私が前日から磨臼に入って撮影してきた景観ですが、磨臼半島にはこのほかにももっと多くの “景観不良スポット” があると思われます。
観光地としてのイメージ向上を図るには、やはり景観を良くすることが必須条件の一つかと思います。
というわけで、私からは磨臼の景観向上を本日の議題に上げさせていただきます」
決まった!
夏海は手応えを感じつつ堂々と言い切った。
しかし、夏海のプレゼンに対して反応する者はいない。
皆プロジェクターの白い画面や会議資料を見つめたまま黙り込んでいる。
少なくとも一人二人は賛同の意を表してくれるものとばかり思っていた夏海の心臓が急に嫌なリズムで鳴り始めた。
そのとき。
「今さら景観良くしたくらいじゃ、客なんて来ないだろ」
木野崎青年会長が口火を切った。
「元々摩臼の観光が栄えたのは、交通が今より不便な時代に首都圏から手軽に温泉や海水浴が楽しめる場所だったからです。
いわゆる “名勝” に指定されるような風光明媚な場所があるわけでもなく、景観を多少整えたところで訴求力は低いかと」
大学教授が、眼鏡のブリッジをくいっと指で押し上げながら冷静に分析した。
「駅前の廃ホテルの取り壊しだって、再開発法に従って強制執行するとしても相当な費用が発生しますし、入札に手を挙げるデベロッパーはまずいないでしょうなぁ」
摩臼町観光振興課長が目を
社会に出て三ヶ月。
観光振興行政に携わって三ヶ月。
そんなペーペーの夏海に、社会の、観光行政の難しさを諭すように年配者達が発言する。
プレゼンを終えるまでは、これこそが摩臼を救う一手になるとばかりに勢い込んでいた夏海だったが、出席者達への反論を組み立てようとしても緊張と焦りが思考の邪魔をする。
「そっ、それでも、地道に景観を整えていけば、かつての懐かしい風景を求める人達がきっと……」
しっかりと組み立てられないままに口から出した主張は、
「実効性に乏しい施策に予算をつけられるほど、県も地元市町村も甘くはないでしょうなぁ」という行政センター副所長の大きな独り言に脆くも崩された。
「……」
俯いて無言となった夏海を気遣ってか、小西主幹が場を切り替えた。
「えー。では、景観の向上は一つの改善点として今後検討していくということで、次に磨臼温泉観光ホテル鈴木社長に宿泊動向についての現状をお伺いしたく……」
自分の提案は解決策にはならない……。
では他に磨臼の観光を盛り上げる手立てはあるのだろうか?
今話している内容だって、どうにもならない現状を憂いているだけじゃない。
結局この会議で解決できる問題なんて一つもない。
こんな会議、一体何の意味があるんだろう――。
会議次第に従って淡々と進められていく内容は、夏海の思考の上を滑るようにして彼方に流れ去っていく。
夏海は結局人形のようにただそこに座っていることしかできなかった。
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