第81話 消えた術宝
時はフリーダ将軍がライズより奪った封魔の術宝を紛失する数日前。
「失礼、ライズ=テイマー殿ですね。わたくし、王都よりミティック様の命で封魔の術宝を受け取りに参ったジンラと申します」
ついさっきまでライズの事務所に居た筈の聖騎士ジンラが、何故か初対面の様な口ぶりで再び事務所へとやって来た。
「ええと、何か忘れ物ですかジンラさん?」
ジンラの態度は良く分からないものの、とりあえずは応対するライズ。
「む? 忘れ物? 私は貴殿より悪魔の力を封じた封魔の術宝を受け取ってくる様にと司祭殿より仰せつかってきたのだが」
「え?」
「む?」
ライズとジンラは共に首を傾げた。
◇
「何と!? この私とそっくりの人間が術宝を!?」
お互いの話が食い違っている事を疑問に感じたライズは、ジンラと話し合う事でお互いの認識の食い違いを確認を行っていた。
「ええ、つい先程まで貴方はここで我々と話をして、術宝を持って王都へと向かいました」
「そんな筈は無い! 私はつい先程この町へ到着したばかりなのだ!」
「となると、先程のジンラさんは……」
「ニセモノだ!!」
テーブルを強く叩きながら力説するジンラ。
「という事になりますね」
大して冷静に肯定するライズ。
(となると、相手は変身魔法の使い手か? それとも変身能力を持った魔物か? どちらにせよ、術宝を横取りしたいと思う勢力が居たという事か)
ライズは自分の記憶から術宝を求めそうな人物ないしは組織を想像する。
(フリーダ将軍……はないか。いくらあの人でも嫌がらせで悪魔の力が込められた邪悪なアイテムを奪うわけ無いよな)
まさにその通りなのだが、あまりにも突拍子の無い動機であった為に候補から外してしまう。
まさかライズもフリーダ将軍がそこまで考え無しだとは思い至らなかったのであった。
「ともかく、私のニセモノが出たのならすぐに探し出して術宝を取り戻さなければ!」
「そうですね。ウチの魔物達にも協力させますよ。それにこの町の騎士団と冒険者ギルドにも声をかけましょう。人手は多い方が良い」
「すまんが頼む。私はこの町の地理に詳しくないのでな。私は街道に出て旅人に偽者を見なかったかを聞いて回る!」
そう言って飛び出そうとするジンラをライズが制止する。
「待ってください、貴方だけではいざニセモノが見つかっても本物の区別がつきません。ウチから足の速い魔物をつけますから一緒に連れて行ってください」
「すまん、気を使わせる」
「お気になさらず」
正直に言えば、ライズはこのジンラが本物であるかどうかを疑っていた。
どちらがニセモノか分からないが、このジンラがニセモノであったときの事を考えてライズは魔物を共に付ける事を選択したのだ。
「では言ってくる!」
ジンラが魔物と共に飛び出したのをみた後で、ライズは自分の部屋へと戻る。
「ケットシー、居るか?」
ライズが声をかけると、部屋の隅から小さな影が寄ってくる。
「しっかり聞いていたニャよ」
情報収集を主な任務とするライズの従魔ケットシーだ。
「ジンラさんのニセモノが何処に向かったか調べてくれ」
「承知したニャ」
ライズから指示を受けたケットシーはネコ専用出入り口を通って外へと飛び出した。
「頼んだぞケットシー」
◆
所変わってここは王都のフリーダ将軍の邸宅。
フリーダ将軍はほんの僅かな間目を離していた隙に、ライズから盗み出した封魔の術宝を見失ってしまっていた。
「僕が席を外してから誰もこの部屋に入っていないのですよね?」
フリーダ将軍と共に部屋の中を探しまわるメルク。
「そうだ! 誰も入ってきていない。ほんの数秒目を離した隙に無くなってしまっていたのだ!」
顔を青くして床を這いまわるフリーダ将軍。
術法は大きな品ではなかったが、手のひらの上に乗せればはみ出る程度の大きさだった。
それ故、普通に考えれば床に跪いて顔を近づけなくても、紛失した術宝を見失う訳がない。
しかしありえない事が起きたが故に、フリーダ将軍は焦りに焦って這い蹲ってでも術宝の姿を探し求めた。
「もしかしたら盗まれたのかもしれませんね」
「盗む? 一体誰がだ?」
「そうですね、将軍の屋敷に侵入でき、ほんの一瞬の隙を縫って盗む事の出来る者。更に言えば今回の術宝についての情報を入手する事が出来た者とお考えると内部犯の可能性がありますね」
「……内部犯?」
ジトリとメロウを見るフリーダ将軍。
「ちょ、ちょっと待ってください将軍! 僕は将軍の部下ですし、ついさっきまで術宝を運ぶ人員を呼びに行っていました! 僕では盗む時間も将軍に気付かれずにここに忍び込む技術もありませんよ!」
「そ、そうか。そうだな。いやすまん」
あまりにも焦っていたフリード将軍は思わずメルクを疑った事を謝罪した。
部下の裏切りを堂々と疑ったり、あまつさえ反論された事で即謝罪の言葉を述べてしまうなど、彼が慌てている証拠だった。
(危ないなぁ。しかし内部犯といってもそれを出来る人間となると限られるよなぁ。それに術宝の情報を持っている者となるとボクのほかには……)
一瞬以前ライズとの会話で彼に情報を与えた何者かの存在が思い浮かぶが、メルクはそれを否定する。
(誰か分からないスパイよりも、手元にある確実な情報で犯人を探った方が良さそうだな)
「……フリーダ将軍」
「何だ!? 口を動かす前に手を動かせ!」
床に顔を近づけて、尻を浮かせながら膝で歩く将軍の尻を蹴っ飛ばしたい欲求に駆られながらも、メルクはフリーダに話しかける。
「術宝を盗んだ犯人ですが、もしかして聖騎士ではありませんか?」
「……何!?」
四つんばいになって術宝を探していたフリーダ団長が頭を上げてメルクを見る。
「元々情報を持ってきたのは聖騎士達です。となれば我々意外に術宝の情報を持っている聖騎士が犯人なのではないかと」
「だとしたら目的は何だね?」
フリーダは立ち上がって聖騎士の目的を聞いてくる。
「そうですね、ありがちなのは術宝を手に入れて自分の手柄にする事でしょうか。任務で悪魔退治に出向いたにも関わらず悪魔は既に退治されており、悪魔を倒したライズに……」
「悪魔を倒したのはドラゴンだ!」
「ドラゴンに悪魔を倒された事でライズに対してちょっかいを出し、結果聖騎士の座から引き摺り下ろされ、再修業する羽目になったのですから、悪魔の力を封印した術宝を賊から取り戻したという事にして神殿に奉納すれば、再び聖騎士としての地位を取り戻す事が出来るでしょう」
メルクは聖騎士が犯人で会った場合の行動原理を推測してフリーダ将軍に説明する。
「何と器の小さい! そんなくだらない事で私の手を煩わせると言うのか!」
(貴方が言いますかー!?)
激昂するフリーダ将軍に対し、メルクは先程まで彼が行おうとしていた事の内容を叫びそうになった。
ひとえにそれをせずに済んだのは、メルクが生粋の長いものに巻かれる主義だったからだ。
部下たる者上司に恥を欠かせないものである。
「全くですね。ともあれ、教会関係者を監視して術宝のありかを探りましょう」
「うむ! 頼んだぞメルク君!」
それだけ命じると、フリーダ将軍は犯人が分かって安心したのか、ドッカリとクッションの効いた椅子に座った。
「承知致しました」
フリーダ将軍に頭を下げた後、メルクは将軍の執務室を出る。
そうして、周囲に誰も居ない事を確認してから彼は深く溜息を吐いた。
「一体誰が犯人なんだろうねぇ」
先程は聖騎士が犯人かもしれないと言ったものの、実際には誰が犯人かはまだ分かっていないからだ。
「まずはライズ達の動向をチェック、それと平行して盗まれた術宝の探索だ!」
こうして、三つ巴の術宝争奪戦が始まるのであった。
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