第80話 悪い人達

「ふぅぅぅぅぅははははははぁっごほっげほっ」


「ああもう、大丈夫ですか将軍?」


 豪奢な装飾品が散りばめられた執務室で、興奮のあまり爆笑に失敗した上司の背中を部下がさする。


「ごふっ、ごえふっ、いや、すまんなメルク君」


「はしゃぎすぎですよフリーダ将軍」


 そう、執務室で興奮していたのは以前ライズが軍に戻らないように暗躍していた上司フリーダ将軍であり、彼の背中をさすっているのはその部下でありライズの友人であるメルクであった。


 メルクが王都に帰還した後、ライズの軍復帰を阻止し任務に失敗した特殊部隊隊員達の身柄を確保した事でメルクはフリーダ将軍の右腕の地位を手に入れた。

 年若い彼がその様な分不相応な地位につけたのは、幸いにも特殊部隊に命令を下した上司が失脚からでもあった。


 結果、メルクはフリーダ派の若手騎士筆頭の座を手に入れ、約束された将来を手に入れた。


「ふ、ふははは、これがはしゃがずいられるものか! あのライズ=テイマーから一本取ってやったのだからな!」


 そういってはしゃぐフリーダ将軍の手には見覚えのある宝石が握られていた。

 そう、大魔の森の地下遺跡に封印され、悪魔の使徒達が求めていた品。

 デクスシの町でそれを発見したものの、ライズが盗まれてしまった品、封魔の術宝だ。

 それが何故か、フリーダ将軍の手に収まっていたのだった。


「悪魔の力を封印した宝石、でしたね。これをどうするおつもりなのですか?」


 見ているだけで不安な気分にされる石を横目に、メルクはフリーダ将軍の真意を問うた。

 正直、あまり長時間直視したくなかいという本能が彼の視線を逸らさせていた。


「決まっている! ライズ=テイマーがニセモノの聖騎士に渡してしまったこの封魔の宝石を! 優秀な私の指揮で賊から奪い返したとして神殿に奉納する為だ!!」


(ちっちゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)


 平静を保ちながら、メルクは心の中で絶叫した。


(ここまでお膳立てをしておきながらそのショボイ手柄の立て方はどうなんですかねぇ!)


 メルクが呆れるのも無理はない。

 なぜなら、ライズを騙してこの術宝を盗んだのは、フリーダ将軍の部下だったのだから。

 すべては、フリーダ将軍の策略だったからだ。


「ヤツに嫌がらせをする為に送り込んだ聖騎士共は何の役にも立たない役立たずどもだったが、封魔の術宝の情報を送ってきた事だけは認めてやらんとな」


 術宝を宙にかざし、その輝きを楽しそうに見るフリーダ将軍。


「確か彼等はフリーダ将軍の派閥の貴族家の子弟でしたね」


「うむ、騎士団に入るほどの才覚も無かったのでな、式典くらいしか仕事の無い聖騎士を斡旋してやったのだが、想像以上に無能だったと見える。しかしお陰でヤツと関わりの深い神官の下へと送り込み、その甲斐あって情報を手に入れたのだから、無能なりに役に立つと言うものだ」


 実際のところ、これらは完全な偶然の産物だった。

 エディル達聖騎士がライズに敗れ、町での態度の悪さから再修業に送られたのも、神殿に紹介した自分のメンツを傷つけられたと激怒したフリーダ将軍が各修派の交流という名目で彼等を他の修派に押し付けただけに過ぎない。


 結果、ミティックの下で修行していた聖騎士が術宝の情報を得たのだが、それはフリーダ将軍達にも想定外の事だった。

 そもそも、フリーダ将軍自体ミティックがライズと関わりのある神官だとは知らなかったのだ。


(偶然って怖いなぁ)


 考えもしなかった偶然の連鎖に、メルクは苦笑しつつも降って湧いた幸運を喜んでいた。

 ここ最近のライズの活躍で機嫌が悪かったフリーダ将軍だが、今回の作戦でライズの裏をかけた事に酷くご満悦だった。


(上司の機嫌がよければ僕の地位も安泰だしね)


「さて、それではこの宝石を神殿へと送り届けるか。モノがモノだからな。ほかならぬこの私が運ぶ事にしよう! 私の手柄なのだからね!」


「その通りです。直ぐに護衛の部下達を選出いたします」


「うむ、有能な者達を頼むよメルク君」


「はっ」


 上機嫌な時のフリーダ将軍は部下を君付けで呼ぶ。逆に不機嫌な時は呼び捨てだ。

 これは部下達が上司の機嫌を確認する為の重要な指標となっていたりする。


(これでしばらくは王都も平穏かな)


 ◇


「な、無い!?」


 部下の準備が出来たメルクがフリード団長の部屋へ戻ると、そこには何故か慌てた様子で床を這い回るフリード団長の姿があった。


「何をされているんですかフリード団長?」


「メ、メルク君か!? 丁度良い、一緒に探してくれ!」


 焦った様子でメルクに命じるフリード団長。


「何を探せば良いのですか?」


 メルクは慣れた様子でフリード団長を宥めつつ探し物の正体を問う。


「ふ、封魔の術宝だっ!」


「……は?」


「封魔の術宝が無くなってしまったんだ!!」


 それは、穏やかな昼下がりの午後の、わりと国を揺るがす大事件の始まりであった。

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