第56話 聖騎士煙に巻かれる

「貴様ぁ! なんてものを食わせてくれたんだ!」


 大絶賛しながら食べていた特製オムライスが、実は魔物食材で作られた品であった事を明かされたエディル達は激怒した。


「ええいそこになおれ! その首切り捨ててくれる!」


 顔を真っ赤にしたエディルが剣の柄に手を宛てる。


「おやおや、別に魔物食材なんて珍しくないでしょうに」


 しかし怒り心頭の彼等に対し、ライズは悪びれる様子も無く対応する。

 事実ライズの言うとおり、魔物を食材として食べる事は珍しい事ではなかった。

 それが美味な食材であれば、金額を問わず希少な魔物食材を求める者も少なくない。


「我等は神聖なる聖騎士だぞ! その我等に邪悪な魔物を食べさせるとは何事か!」


 エディルが憤慨する理由は宗教上の問題であった。

 この世界は実在する複数の神を信仰する宗教があり、信仰する神によってその教えには違いがあった。

 その為魔物食材を良しとする宗派もあれば、魔物は邪悪である為、口にしてはならないと厳しく律する宗派もあるのである。


「はははっ、この店のオムライスは貴族の方でも食べに来られる名物料理、宗派の教えで食べられないのなら、あらかじめそう言うべきでしたね」


 これもライズの言うとおりである。

 基本食事は自己責任だ。複数の神の教えが混在するこの世界において、戒律に関する問題は自分で宣言するのが通例である。


「ぬぐっ、わ、我等は聖騎士だと言っている! 聖騎士が汚らわしい魔物を食べないのは当然の事であろう!」


「いえ、そんな事無いですよ」


 と、エディルの言葉に横槍を入れたのは、今まさに特製オムライスを食べている最中のカーラだ。


「ウチで信仰している大地母神メルティーザ様の教えでは、糧となった命は毒以外責任を持って食べなさいという教えですから。聖騎士さんでも魔物食材を普通に食べていますよ」


「げぇ! メルティーザ信徒!?」


「げぇってなんですか! げぇって!」


「あ、いや……」


 カーラの抗議に口を濁す聖騎士達。


 大地母神メルティーザ神々の中でも中心に位置する6大神の一柱であり、大地と慈愛を司る女神である。

 大地を司るが故にメルティーザの教えは食にも深く関わり、命を奪う事の大切さを教義では重要視する。


 もちろんそれは単純に命を奪う事は悪い事だとする教えではない。

 時に大切なものを守る為には苛烈なまでに激しく戦う子を守る母性をもメルティーザは認めており、メルティーザを信奉する聖騎士は守りと回復魔法に優れた持久型の騎士が多い。

 長期的な戦いを視野においた能力は特に防衛戦に優れており、最終的にはその持続力で敵を全滅させる事すら可能な力を誇っている。


 最も、特に恐れられているのは回復魔法と防御力を当てにした防御無視の集団全力攻撃、通称『狂戦士戦術』である。

 フルアーマーの戦士が負傷を恐れず突撃し、その後方にフルアーマーの回復魔法使い達が常時回復魔法をかけ続けて戦うという聞くだに恐ろしい戦術だ。


 つまり、聖騎士達がカーラがメルティーザ信徒と知って驚愕した理由は、この戦術にあった。


「他にも軍神様の聖騎士さん達も魔物食材は普通に食べていますよ」


「い、いやしかしだな、軍神の信徒は戦えれば良いという野蛮な連中だからだろう! 我等至高神の信徒は魔物などという邪悪な生き物をこの世から根絶する為に戦う正義の戦士なのだ!」


 カーラの乱入によって先程までの勢いが殺がれてしまう聖騎士達。


「まぁそれでも食事の前に宗教上の理由で食べれないものかを確認しなかったのはそちらの落ち度ですね」


 しかしライズはあくまでも外食における一般常識を盾に聖騎士達を煙に巻く。


「きっ、貴様ぁ!」


 何処までも無礼な振る舞いのライズの様子に、エディルは再び怒りを滾らせ額に青筋を走らせる。

 そろそろ本当に切りかかって来るのではないかと言わんばかりの怒り様だ。

 既に何人かの聖騎士は柄に手をかけている。

 しかしいかに聖騎士とはいえ、街中で殺人を犯すわけにはいかない。

 自身を正当化しようにも、コレだけ目撃者がいる状況で下手な事をしたら、至高神に仕える聖騎士の名誉が地に落ちるのは明確だからだ。

 カーラの横槍で一度冷静になってしまった現状では、剣に手をかけるのはあくまでも脅しの手段程度にしかならない。

 

「さぁさぁ、そんな事よりも食事を済ませて件の魔物使いの所に行こうじゃないですか」


「ええい、こんな食事もう要らんわ!」


 食事の続きを促されたエディルであったが、戒律の問題で魔物肉を食べれない彼等は今さら食事を再開する気にはなれなかった。


「では魔物使いの暮らす屋敷に向かいますか」


 そう言うとライズは席を立ちすたすたと出口へと向かった。


「ま、待て!」


 ◇


「ここがライズという魔物使いの住処か」


 当のライズに連れてこられた聖騎士達がライズの事務所をまじまじと見る。


「なんという不細工な建物だ。計画性のかけらも見られない珍妙な形をしている」


「確かに、この様な建物で暮らす者の気が知れませんな」


「いかにも下賎な魔物使いが暮らす屋敷ですな」


 コレ幸いと奇妙な構造をしたライズの屋敷をバカにしだす聖騎士達。

 それは先ほどまでライズに特製オムライスの件でコケにされた鬱憤を晴らすかのような振る舞いだった。


「さ、入りましょう」


 ライズはエディル達を促して事務所の中へと入っていく。


 ◇


 事務所の中は人でごった返していた。

 貴族らしき豪奢な衣装を着た人間、多くの荷物を持った商人、中には平民にしか見えない簡素な服を着た者と様々な職種の人間達がそこにはいた。


「何だここは!?」


「この様に人が混在しているなど、まるで神殿の入り口に居るようだ」


 想定もしていなかった状況に聖騎士達が困惑する。


「この方々は魔物使いのライズへ仕事の依頼に来た方々、もしくは彼の魔物に荷物を運んでもらいに来た乗客なのです」


「客!? これが全部か?」


「はい」


 先程までの怒りは何処へやら、エディルは自分の想定していた魔物まみれの汚らわしい建物ではない事に意表を突かれていた。


「いらっしゃいませ、モンスターズデリバリーへようこそ」


 とそこにチューリップの花びらの様な形状をしたスカートの真っ赤なドレスを纏った少女が聖騎士達を迎え入れる。


「わたくし、受付のドライアドと申します」


 スカートをつまんでドライアドが淑女らしくお辞儀をする。


「う、うむ。私はトライバルスト様を信奉する聖騎士隊団長のエディル=ロウだ」


 やや頬を朱に染めながらエディルが自己紹介を返す」


「私は副団長のサヴィル=ライドです」


「お、俺は第一部隊隊長レッジ=トラストです!」


 先程までの居丈高な態度は何処へやら、聖騎士達は美しいドライアドにメロメロであった。


「と、ところでドライアドさん、ここにライズという不埒な魔物使いが居ると聞いたのですが」


「あら、ライズ様ですか?」


「ええ、我々はその者に罰を与える為にこの町まで来たのです」


「まぁ! ライズ様に罰を!?」


 普段のドライアドを知っている者からは考えらない驚きのジェスチャーを示すドライアド。現に事務所の待合室の中には彼女の振る舞いに目を丸くする客が幾人か居た。


「その通りです。ですのでその魔物使いをここに連れてきてはくださいませんか?」


「はぁ……お呼びですよライズ様」


「む?」


 なぜかドライアドはエディルの方に向かって声をかけてくる。

 いや、正しくはエディルの横だ。

 そしてそこに立っていたのは、彼等をここまで案内してきた魔物使いの姿のみ。

 魔物使いの姿のみだった。


「ま、まさか貴様が!?」


 ようやく事実に気付いたエディルが驚きで一歩下がる。


「はい、申し遅れましたが、私がこのモンスターズデリバリーの店主、ライズ=テイマーと申します」


 いけしゃーしゃーとライズは名乗るのだった。


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