第57話 聖騎士、ドラゴンと遭遇する

「私がこのモンスターズデリバリーの店主、ライズ=テイマーと申します」


 ライズを捜していた聖騎士達を案内してきたライズは、ここに至ってようやく自分こそがライズ本人だと明かす。


「な、なな……」


 まさか探していた本人に案内をされていたとは気付かなかったエディル達聖騎士が愕然とした表情で彼を見つめる。


「それで聖騎士様方、わたくしに一体どのような御用でしょうか?」


 先ほどの会話で彼等がこの町に来た理由を聞いておきながらのこの発言である。


「さ、先ほど言ったであろう! 我々は貴様が悪魔が出現したとの偽りの報告した貴様にもの申しに来たのだ!」


 先ほどから良いようにやられている為、エディル達は怒りも相まってライズを上手く糾弾する事が出来ないでいた。

 人間怒りが高まりすぎると上手く喋れなくなるものである。


「ほう、私が嘘を付いたと? その証拠は?」


 ライズが虚偽の報告をしたという証明を求めると、エディルは呼吸を正してその理由を説明する。


「簡単な事だ。悪魔など早々現れる訳が無い。しかもその悪魔は貴様の操るドラゴンとリザードマンに倒されたと言うではないか。悪魔がリザードマンごときに倒せる訳が無い! 悪魔とは神に逆らう邪神の徒。厳しい訓練を積んだ我等聖騎士が入念な準備をする事でようやく倒せる恐ろしい悪の尖兵なのだ!」


「……」


 ライズは品妙な顔で彼等の言葉に聞き入る。


(あ、悪の尖兵! い、いまどきそんな演劇みたいなセリフいう奴が居るのかよ!)


 心の中では爆笑寸前の様である。


「そして我等神に選ばれた聖騎士だけが、その厳しい修行の成果を認められて神より神聖な力の篭った聖なる武具を授かるのだ! この剣の様にな!」


 そういってエディルは腰に装備していた剣を抜刀する。

 突然抜刀したエディルに近くに居た客達が、悲鳴をあげながら離れてゆく。


「見よこの剣の輝きを! コレこそが神に選ばれた者だけが持つ事の出来る聖なる剣の輝きだ!」


 エディルの言うとおり、彼のかざした剣の刀身は、不思議な薄紫色の輝きを放っていた。

 確かに通常の鉄の剣では見られない不思議な輝きである。


「ふふふ、我が剣の神々しさに声も出ないようだな」


 無言で黙っているライズの姿に、彼が神の威光に畏敬の念を表しているのだと考えるエディル。


(あれ、ミスリルの武器だな。まぉ貴重っちゃ貴重だけど、ミスリルの武具はそれなりに金のある傭兵や騎士なら持ってる奴は結構居るからなぁ)


 ミスリルは魔力を纏った魔法の金属だ。

 そのミスリル製の武具はその特製を活かし、使用者の魔力を消費する事で切れ味や硬度を増強する事が出来た。

 その為、魔法が使えない戦士達には使わない魔力を有効活用できる切り札として重宝されていた。


(刀身に傷らしい傷がない、新品同様だな)


 エディルのミスリル剣を見たライズは、剣の状態からエディル達が碌に実戦経験が無いのは間違いないと確信した。


(こいつ等本当に聖騎士なのか? いや、仮にもフルプレートの鎧とミスリル装備を持っているんだ。唯の詐欺師じゃあないだろう。ソレに本当の詐欺なら俺を狙う理由も無いしな。となると、悪魔の出現報告が信用されなかったか、本物かどうかの偵察目的で送り込まれたかのどっちかか?)


 満面の笑みでミスリル剣をかざすエディルの姿に、ライズは彼等を偵察兵だと暫定的に認識した。


「お客様、受付で刃物を振り回すのはおやめください。他のお客様のご迷惑になります」


「も、申し訳ない、あー……ドライアド嬢」


 やんわりとドライアドに叱られてエディルがペコペコと謝罪をする。

 どうやら美人には弱い様だ。


「成る程、そちらの言い分は分かりました。では実際に悪魔に止めを刺したリザードマン本人に聞いてみるとしましょう」


 ここでライズは悪魔退治に参加したリザードマンの長ゼルドを呼び出す事にする。


 ◇


「我が主よ、お呼びですかな?」


 長モードで事務所へとやって来たゼルド。

 そんな彼は背中肩ひも付きの樽を背負っていた。


「仕事中に呼び出してすまないな」


「いえ、ちょうど漁も一段落した所です」


 そういって背負っていた樽を床に置くゼルド。

 その中には、河で獲ってきた大量の魚が泳いでいた。

 どうやら川の水を汲んで生きたまま運んできたらしい。


「おお、新鮮だな」


 生きたままの魚が大量に入った樽を見て喜びの声をあげるライズ。


「魚は新鮮が一番。後で市場に持って行きますぞ」


 ライズの従魔となったゼルドは、ウィーユス河で漁をしていた。

 彼は河で採った魚を町の市場で売って、ライズに支払う報酬の足しにしていたのだ。


「それで、私を及びになった理由とは?」


「ああ、あの人達がお前に聞きたい事があるってさ」


 そう言ってエディル達を紹介するライズ。


「ゼルドだ。ジュジキの沼のリザードマンの長をしている。今は大恩あるライズ殿の従魔として恩返しをしている」


 ゼルドに言葉に、聖騎士達も佇まいを直して対応する。


「貴様が悪魔を倒したというリザードマンか?」


 しかしゼルドはエディルのその言葉に、リザートマン的な不快の表情を見せる。

 最も、多種族であるエディル達にはその苦渋の表情を理解する事等出来なかったのだが。


「我は倒しておらん。アレはドラゴン様の手柄だ」


 悪魔を自分の力で倒したとは思っていないゼルドは、正直にドラゴンの手柄だと答えた。


「ほう、ドラゴンね」


 しかしエディルはその答えに対してニヤ付いた笑みを浮かべた。


「貴様何が可笑しい?」


 エディルの態度に不快感を示すゼルド。


「いやなに、貴様達リザードマンが哀れだと思ってな」


「なんだと?」


 エディルはゼルドに対して不適な笑みを浮かべながら話を始めた。


「貴様はドラゴンの力を借りて悪魔を倒したというが、そもそもソレは本当に悪魔だったのか?」


「何?」


 エディルの真意がつかめず、思わず聞き返すゼルド。



「断言しよう。お前が戦ったソレは悪魔などではない。そしてお前が力を借りたというドラゴンも真っ赤なニセモノだ!」


 ビシッ! っとエディルは人差し指をゼルドに突きつける。

 だが自信満々なエディルに対して、ゼルドは何言ってんだコイツという顔でエディルを見ていた。

 その姿にライズ達は、種族が違うにもかかわらずゼルドの内心の困惑を理解させた。


「悪魔とは本来リザードマン如きが倒せる相手ではない! そしてこの男はドラゴンを従えているという話だが、そもそもドラゴンとは人間と敵対する邪悪で強大な魔物よ! この男の様な低俗な魔物使いなどに従える事が出来るわけが無い!! 貴様はこの男のペテンに騙されたのだ!」


「……」


 コイツは何なんだと言いたげな目で見てくるゼルドに対して、ライズは口に人差し指を当ててそのまま続けさせろと合図を送る。


「貴様等を襲ったのはそれなりに強い魔物だったのだろうが、わざわざ悪魔がリザードマン如きを襲う理由など無い。恐らくはその男が貴様等リザードマンを従える為に用意したニセモノだ!」


「ニ、ニセモノだと!?」


 これにはゼルドも驚きの声を隠せなかった。

 自分達リザードマンの戦士達が束になって倒せなかった相手をそれなりに強い魔物程度と言ってのけたのだ。


「その男は自らが使役する大型のトカゲの魔物をドラゴンと偽り、貴様等リザードマン達を群れで支配する為に魔物をけしかけたのだ!」


 つまりはライズによる壮大なマッチポンプだとエディルは言ってのけた。

 コレにはゼルドも言葉が出なかった。

 死を覚悟するほどの戦いを経験した自分がニセモノに襲われたなどと言われては、その内容にあからさまな矛盾が出来てしまうからだ。


「ま、待て! それではライズ殿は我等リザードマンを支配する為に自らの使役する魔物を自らの手で殺害した事になるぞ」


「そうだ、ソレによってリザードマンの群れを効率よく支配出来るからだ」


「いや、我等リザードマンを全滅寸前に追い込んだ相手を殺して我等を手に入れては損にしかならないだろう」


「……何?」


 ゼルドは自らの認識した矛盾をエディルに告げる。


「我々を襲った悪魔は、たった一体で歴戦のリザードマンの戦士達をことごとく殺し、最後の戦いに出向いた我等若き戦士の決死の攻撃も歯牙にかけなかったのだ。それほど強い魔物を使役しているのなら、わざわざ我に止めを刺させて殺す必要などないだろうが。我等我等ジュジキの沼の一族全員よりも強いのだぞ!?」


「……」


 ゼルドの指摘の正当性に、エディルが固まる。


「確かに」


「普通に考えればその魔物を使役した方が強いし食費も掛からないよね」


 周囲の客達が冷静にゼルドの言葉を肯定する。

 周りの人間達の冷ややかな視線に、エディルの顔が赤く染まってゆく。

 部下の聖騎士達が困惑した様子でオロオロとしている。


「それに主殿には我等リザードマンよりも強い魔物を数多く従えておられる。わざわざ我等を支配する理由が無いと思うのだが」


 騙されて従わされたと言われたゼルドにすらその説の矛盾点を指摘され、エディルがプルプルと震え始めた。


「どのみちあの化け物が本物のあくまで無かろうと、我々が主殿に救われた事に間違いはない。我は主殿に恩を返す為に忠義を尽くすのみだ」


 ゼルドの凜とした振る舞いに客達が感心の声を上げる。


「何と義侠心に満ちた言葉だ」


「亜人といえどあれほどの忠誠心を持っているとは見事だな」


「あのライズという男、なかなかの傑物の様だ」


 寧ろゼルドとライズの評価が上がってしまい、エディルの思惑とは魔逆の結果となってしまった。


「ぬ、ぐぐぐ……」


 悔しそうに歯噛みするエディル。

 しかし彼は何かを思いついたらしく、直ぐにニヤリと笑みを浮かべた。


「いいだろう、そのリザードマンが騙されようとも我等にはどうでもよいことだ。だが悪魔が出現したという偽りの報告をした罪は消えぬぞ。貴様の報告で教会が悪魔退治の部隊を出す事になったのだ。そしてその所為で我々は無駄足を踏まされた。これは教会に対する不敬行為に当たる。貴様は至高神に使える教徒を騙したのだ! これは間違いなく罰せられなければならない罪だ!」


 悪魔の出現を偽りだと確信するエディルは、ライズに罪があると断言する。


「真実だというのなら、貴様の従えるドラゴンとやらを連れてくるがいい! どうせ下等なトカゲの魔物であろう!?」


 エディルには勝算があった。聖騎士として厳しい訓練を積んだ自分達なら、どれだけ強かろうとニセのドラゴンになど負けないという自信があったからだ。

 ライズがニセドラゴンを連れ出してきたら、それをあっさりと倒してドラゴンが偽者であると証明できると踏んだのである。


 エディルが勝利を確信したその瞬間だった。

 事務所の外からズドォォンとすさまじい振動が響いたのだ。


「な、何だ!?」


 まるで大規模攻撃魔法の様な振動に、エディル達は身を硬くする。


「ああ、ドラゴンが帰ってきたみたいですね。では早速ドラゴンをご紹介しますよ」


「う、うむ?」


(今の振動がニセドラゴンのモノだと!? これだけの振動を感じさせるなどどれだけの巨体なのだ? い、いや惑わされるな、所詮ニセモノのドラゴンよ! 何するものぞ!)


 心のそこに浮かんだかすかな不安を振り払い、エディル達は事務所の外にいるであろうドラゴンの下へと向かった。


 ◇


「……」


 エディル達はポカーンと口を空けながら首を上に向けていた。


『運んできたぞ主よ』


「お疲れ様ドラゴン」


 帰ってきたドラゴンをねぎらうライズ。

 そしてドラゴンを口をあけて見ているエディル達。


『主よ、そこの妙なのは何だ?』


 ドラゴンが口をあけて自分を見ているエディル達をよ指差す。


「ああ、この間倒した悪魔の使徒について文句を言いに来た聖騎士達だよ。俺がニセモノのドラゴンでリザードマンを騙したんんだってさ」


『何?』


 と、そこでドラゴンの声に不穏な空気が混じる。


「っ!?」


 即座にその空気を感じたエディルの部下達がそそくさと後ろに下がる。


『つまり、この者達は我が偽りのドラゴンだと言いたいのか?』


 即座にエディルの部下達は首をブンブンと横に振った。

 当然である。たとえ目の前の魔物がニセモノであろうとも、全長数十メートルはあろうかという巨体の魔物をたった十数人程度の人数で相手に出来るなどとは思わないからだ。コレまでドラゴンの存在に懐疑的だった聖騎士達でも、単純な大きさの問題でこの魔物は手に負えないと本能と理性のタッグで理解した。


 ただし、たった一人だけ本能と理性の説得を拒絶した者が居た。


「ふ、ふん! たとえ人語を解する事が出来ようとも、所詮は唯のオオトカゲよ! ドラゴンがこの様なところに居るわけが無いであろうが!」


 エディルだけがソレを理解する事を拒んだ。


「「「た、隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」」」


 聖騎士達が絶望的な悲鳴を上げる。


「貴様など我が聖剣の錆にしてくれる! 見よこの聖なる輝きを! 邪悪な魔物には恐れ多くて直視する事もできまい!」


 エディルは誇らしげにミスリル剣を抜刀し、ドラゴンに向けてかざした。

 まるで物語の英雄が邪悪な魔物を退治するワンシーンのような光景だ。

 しかし……


 ペキッ


 ドラゴンがツメとツメで器用にミスリル剣を掴むと、軽く横に捻ってへし折ってしまった。


「……?」


 何が起こったのかと首を傾げながらミスリル剣の断面を見るエディル。

 そして剣の向きを変えて様々な角度から見る。


「?」


 もう一度折れた剣の断面を見るエディル。

 そして数秒後。


「折れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ようやく現実を認識したエディルが絶叫した。


『やかましい』


 ペシッ


 とても気軽な音を立てて、エディルは空のかなたに吹き飛ばされた。


「た、隊長ぉぉぉぉぉぉ!!」


 叫び声を上げながらエディルを追いかけて走ってゆく聖騎士達。

 しかし彼等は一様にこれでこの場から逃げる口実が出来たと心から安堵した表情で走り去って行った。


「部下のほうがマシだった見たいだな」


『何だったのだアレは?』


 ドラゴンが前足を地面に擦り付けながら聞いてくる。

 その様子は汚いものを触ってしまった手を拭いている様なコミカルな印象を受けた。


「まぁ、唯のバカかな?」


 こうして、ライズと聖騎士エディルの始めての遭遇は終わりを迎えたのだった。

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