第51話 戦士の矜持

 町長達との会合から数日が経ったある日の事だった。


「ライズ殿は居るか?」


 事務所で仕事をしていたラミア達の下にリザードマンの長ゼルドがやってきた。


「これはゼルド様。ライズ様に御用ですか?」


「うむ、美しい蒼の鱗の女人よ。此度の件でライズ殿には多大なる迷惑をかけた。故に長である我が感謝の意を述べに来たのだ」


 ゼルドは神妙な顔つきで訪問目的を述べる。


「左様でございますか。ライズ様でしたら、事務所の裏手で魔物達の鱗の手入れをしております」


 窓口業務をしている最中だからか、ラミアの言葉使いはいつも以上に丁寧だ。


「お会いしに行ってもかまわぬか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


「感謝する」


 ゼルドはラミアに一礼をすると入ってきた入口から出て行った。


 ◇


「ライズ殿」


 ライズがシーサーペント達の鱗をブラシで磨いていると、ゼルドが後ろから話しかけてくる。


「ああ、ゼルドさんですか」


 ゼルドの姿を確認したライズは、仕事の手を止めて彼に向き直る。

 少しだけシーサーペントが嫌そうな目つきをするが、直ぐに平静を装う。


「体の具合は大丈夫ですか?」


 ゼルドに限らず、悪魔である猫人間との戦いによって傷を負ったリザードマン達は皆例外なく重傷を負っていた。

 かなり危険な状況の者も居たが、ユニコーンの治療とデクスシの町の回復術師達のお陰で幸いにも死者は居なかった。


「お陰様でな。戦うことはまだ無理だが、普通に歩き回る分には問題ない」


(さすがにリザードマンは生命力が高いなぁ) 


 亜人の生命力に舌を巻くライズ。

 事実彼等が受けた傷は、人間ならば致命傷となりかねないものが少なくなかった。

 彼等が生き残ったのはひとえに種族としての頑強さがあったからと言えるだろう。


「ライズ殿とこの町の住人に治療してもらえたお陰でまた戦える。今度こそはあの化け物に負けたりなどせぬ! 傷が癒えれば再び戦いを挑みに向かうつもりだ」


 決意も新たに胸の内を明かすゼルド。

 これは彼なりの長としての意思表明でもあった。


「いえ、次戦ったら間違いなく死にますから」


 しかしライズはそんなゼルドの決意をバッサリと両断した。


「い、いや、次こそはリザードマンの誇りにかけてだな……」


「誇りでは戦いには勝てませんよ。弓も槍も通用しなかったのですから、新しい武器を用意して相手の圧倒的な速度を封じる策も考えないと貴方だけではなく、仲間まで死んでしまいますよ」


 ライズは反論しようとするゼルドを容赦なく叩きのめしてゆく。


「な、ならば強力な武器を人間の商人から手に入れれば……」


「悪魔に通用する武器なんてそうそうありませんよ。もしも偽物を売りつけられたりでもしたら、後でそれに気付いても騙した人間の顔の見分けも付かない貴方がたではお金を取り戻すこともできませんよ」


「む、で、ではライズ殿が仲介を……」


「そんな伝手ありませんし、それにもう直ぐこの国の騎士団と教会、それに知り合いの専門家が悪魔退治に動きますから、リザードマンの皆さんが動かなくとも悪魔は退治されますよ」


「な、何だと!?」


 ライズから悪魔を倒すべく動く者達の存在を教えられたゼルドは慌てふためく。


「い、いかん! あの化け物を倒すのは我等でなくてはならぬのだ!」


「別に誰かが倒してくれるのならそれで良いのでは?」


「そうではない、それではダメなのだ! 我等は戦士の一族。故に奪われた故郷は自分達の手で取り戻さねば何の意味も無いのだ!」


 戦士としての矜持を熱く語るゼルドをライズは冷めたまなざしで見つめていた。

 

「でももう騎士団も動いているでしょうし、仮に今からジュジキの沼に戻っても全ては終わっているかもしれませんよ。戻っても全員の傷は治っていませんし、敵にダメージを与える手段も無いのではどうしようもありません」


「だ、だったら、どうすればいいんだぁぁぁぁぁ!!」


 と、コレまで物々しい口ぶりだったゼルドの口調が変わる。


「俺には新たな族長として父上達の敵をとる義務があるんだ! 族長としてふさわしい活躍をする使命があるんだ!」


 どうやら今までのゼルドの口調は族長としての演出だった様である。


(こっちの方が今の雰囲気にはあってるな。舐められない為にソレっぽく振舞ってた訳か。外見で判断できない俺達人間には効果があったけど、同族からみたらどういう風に見えていた事やら)


「ライズ殿! 何か手は無いか!? 他の者達よりも先んじてあの化け物を倒す手段は!」


 本音をさらけ出したゼルドがなかなかにトンデモない要求をしてくる。

 コレにはライズも苦笑いだ。


(またぶっちゃけたなぁ。本人的には族長としての使命感で動いている感じか? だがそんな都合の良い方法なんぞ無いぞ。あるとすれば反則と紙一重の行為だ。いや、いっそそれを提示してやるか)


「分かりました。そのご依頼引き受けましょう」


「おお、引き受けてくれるかライズ殿!」


 嬉々として喜ぶゼルドにライズは胸を張って答える。


「ええ、誰よりも早くジュジキの沼に到着し、族長であるゼルドさんが悪魔を退治出来る手段を用意いたしましょう!」


「はははっ、頼もしいぞライズ殿!」


「ええ、ですので報酬は別で頂きます! もちろん前回ご依頼いただいた子供達への狩りを教える仕事よりも高い報酬になりますよ。はい、返事!」


「うむ! 心得た!」


「では契約成立ですね! 報酬はしっかり頂きますよ!」


「……うむ?」


 ちょっぴり、いやかなり頭の弱いゼルドであった。

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