第50話 報告と対処
敗走したリザードマン達を連れ帰ってから数日、ライズ達の周りは平穏だった。
魔物達は町へ仕事に出かけ、ドラゴンとクラーケンはいつも道理に輸送業務にいそしむ。
ただし、ライズだけは少し違った。
彼は冒険者ギルドにのトロウに呼ばれ、ギルド長の執務室へと来ていた。
そこに居たのはギルドマスターであるトロウと、出張騎士であるレティ、そして町長だ。
「それで、リザードマン達が戻ってきた理由というのが悪魔と言う訳なんだな?」
ライズは、故郷を取り戻す為に向かって行ったリザードマン達が傷だらけで戻ってきた理由を聞かれていた。
詳細を知っているのが彼等を運んだライズの魔物達だけだったからだ。
「そうです。リザードマン達の故郷であるジュジキの沼は悪魔、恐らくはバエルの使徒である猫の化身に制圧されました」
ライズはシーサーペント達の報告をトロウに伝える。
「そ、それでその悪魔はこの町を襲って来たりしないのかね!? い、以前の悪魔のように……」
町長がおどおどと聞いてくる。
以前行われた大魔の森の魔物掃討作戦で出現した悪魔に続いて、またしても悪魔が現れたと聞いて彼の心は完全に怯えきっていた。
通常悪魔という存在は神話や御伽話に出てくる様な現実感の無い存在であり、本来なら寝つきの悪い子供を躾けたりする時のお話に出て来るような存在なのだ。
そんな存在が連続して現れた事で、町長は悪魔が再び町を襲いに来るのではないかと気が気でなかった。
「その心配は薄いと思います。ジュジキの沼に悪魔が出現してから既に一ヶ月近くが経過していますが、リザードマンが反撃の為に沼に戻った時点で悪魔はまだ残っていました。理由は分かりませんがそこを動く意志はないと言うことでしょう」
レティの言葉は状況を正しく理解していた。
厳密には町長以外の全員が理解していたのだが。
「し、しかしだね、今までは動かなかったかも知れないが、これからも動かないとは限らないだろう!?」
(町長の言葉は確かに正論だな。相手の意図が分からない以上、うかつに物事を断定するのも危険だ)
トロウは友人の言葉を正しく評価する。だが人の上に立つ者として悪戯に人々の不安を煽る訳にも行かない。
「現状では悪魔がこの町に来る危険はないだろう。それにこの町にはライズ君のドラゴンが居る。例え悪魔が現れようとも危険は他の町に比べて圧倒的に低い」
ライズが居た事、ドラゴンが居た事はトロウにとって、デクスシの町にとって僥倖と言えた。
実際の所、ライズ達が居なければ以前の大魔の森の魔物討伐作戦は悪魔の乱入によって大失敗、最悪の場合町が壊滅していたのだから。
「そ、そうだった! ドラゴン馬車を急遽町に戻そう! 町の護衛に付けるんだ!」
ドラゴンの事を思い出した町長が大興奮で声を上げる。
きっと今の彼にはドラゴンが救世主に見えている事だろう。
「それはダメだ。ドラゴン馬車は町の売りなんだ。もしもドラゴン馬車が使えなくなったら内外の商人達から吊るし上げを食らうぞ」
「う、そ、それは困る……」
どうしたものかと頭を抱える町長。
「ええと、一応専門家に連絡を取りましたので、ドラゴンを使わずとも対策は取れるかと。件の悪魔が攻めてきたとしても、俺も魔物も防衛戦には出しますから、街の住人が避難する時間は確保できますよ」
ライズはかつて悪魔を封印していた神官であるミティックに連絡を取った事を町長達に説明する。
ただし、ミティック自身の詳細な情報を伝えるのは避けた。
これは情報の漏洩によってミティック達の身に危険が迫るのを案じての事である。
「おお! そのような人材にまで伝手があるとはさすがドラゴンを使役するだけの事はある!」
(((ドラゴンは関係ないと思うけどなぁ)))
その場に居た町長以外の三人の心がひとつになる。
「ともあれ、ジュジキの沼に関しては監視を付けておいた方がよさそうだな。ライズ君、デクスシの町からの依頼と言う事で、空を飛べる魔物を使ってジュジキの沼を制圧した悪魔の監視を頼む。報酬は町長が支払う」
さらりと町長に責任をブン投げるトロウ。
「な、何故私が支払わないといけないんだ!」
これにはさすがの町長も抗議する。
「いや、我々としては直接の危険はないと思うのだが、町長『は』心配なんだろう? いやなら依頼は取り下げるが」
町長はの部分を強調され、町長はプルプルと震える。もしかしたら起こっているのかもしれない。
「わ、分かった……私の責任で依頼しよう。た、ただし町の防衛に関する事だから町の運営資金から出させてもらうぞ!」
「ご自由に。それは町長の権限だからな」
「うむ、私は町長だからね、町を守る為に適切な資金運用をしただけの事!」
などと言っているが、実際のところ町長はトロウにうまく使われていた。
トロウは労せずギルドの懐を痛める事無く報酬を町長に支払わせたのだから。
町長が支払いに使ったのは町内税の資金であり、いざという時の為に毎年住人から徴収する小額の税金だった。
実際、いざという時というのは判断の難しい問題であり、トロウは悪魔の監視という判断基準が曖昧な案件を町長の独断で決断させたのだ。
「分かりました。それでは俺の魔物達から監視が得意な者達を出して悪魔の監視に当たらせます」
「ああ、任せた」
「よろしく頼むよ」
◇
「それで、悪魔はどうするつもりなの?」
会合からの帰り、レティがライズに質問してくる。
「騎士団に任せる。もう騎士団に報告したんだろう?」
「当然よ、国内に悪魔が出たんだもの。教会の悪魔払い部隊のい出動を要請しておいたわ。早くしないとライズ=テイマーがまた悪魔を退治しますよって書いておいたから慌ててやってくるわよ」
「そういう教会に県下を売るような真似して欲しくないなぁ」
ライズはため息を吐く。
教会は神の教えを説き、人々の安寧を守る為の組織である為、神の教えに反する存在悪魔を敵視している。
それ故に実在する悪魔を退治する部署があるのだが、ここ最近は軍に従事していたライズによって複数の悪魔を軍に撃破されて立場が無かったのだ。
そういう意味ではライズが軍を辞めて喜んでいる者達がここにも居た訳である。
「どうせ王都の神官なんて碌に働かずに薄っぺらい説教だけして金を毟り取る無駄飯ぐらいなんだからあせらせるくらいがちょうどいいのよ。貴族達の間でもライズが悪魔退治を先んじて行ってきたお陰で神官達の発言力が弱くなってちょうど良いって言ってたくらいだもの」
「そんな重宝されてたのに首になったのか俺」
自分の知らない所で予想外の評価を受けていた事に驚きを禁じえないライズ。
「それなんだけど……新しい騎士団長ね、どうも教会と繋がってるみたいなのよね。だからライズが首になった理由ってもしかしたら教会も絡んでいたのかも知れないわ」
「マジか」
思わぬところで元上司の名前が出て来てげんなりするライズ。
「まぁ今のライズには関係ない事よ」
「まぁ。そうだな」
「さぁさぁ、面倒なことは教会に押しつけて! 私達は今日の晩御飯の事でも考えましょう!」
「それもそうか」
気を取り直したライズの腕をレティがひっぱる。
「今日はコカトリスのオムライスを食べに行きましょ!」
「はいはい。お前もアレが好きだねぇ」
「あったりまえよ! だって普通のオムライスと違って黄身のコクが全然違うんだもの! 売り切れにならないうちに急ぐのよ!」
「引っ張るなって」
ひと時仕事を忘れて日常へと戻ってゆくライズ達。
しかし騒動は常にライズへと近づいてくる事に彼はまだ気付いていなかった。
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