第43話 谷での暮らし



 魔物達は見た。

 深い谷の中から、何本もの白い塔が出現するのを。

 それは、魔物としてこの地に生を受け、一度たりとも見た事の無い建造物であった。

 いな、それは建築物などではなかった。

 純白のソレは濡れていた。柔らかかった。ほのかな温かみを持っていた。

 そう、それは生き物だった。

 何故魔物達にそれが理解できたのか。

 答えは簡単だ。

 それを見た者も見ていない者も、全てがその白い塔によってなぎ払われ、誰も彼も谷底に叩き落とされたからだ。


 ◇


「主よ、谷の上に居た魔物は全て叩き落したぞ」


 億劫そうにクラーケンがライズに報告する。

 そう、白い塔とはクラーケンの足だったのだ。

 彼はライズに頼まれて、谷の上から落石を起こして人々を襲う魔物退治をしていたのだ。

 具体的には窓のふちに残った埃を指でツーッとして、まだ埃が残っているわよ、という姑のような足捌きで崖のふちにいる魔物達を谷底に落としていたのだ。

 そして辛うじて息のある魔物をマーマン達が止めを刺しにいく。

 ちなみにクラーケンの足には目が付いていないので、間違って人間を攻撃しない様ハーピーが目の代わりを務めていた。


「うわ~ん! 風がメチャクチャ過ぎて羽根がバサバサになるー! ライズ様~毛づくろいしてー!」


「はいはい」


 戻ってきたハーピーの頭を撫でながらあやすライズ。


「クラーケンもハーピーもお疲れ様。残りの魔物は他の連中に頼むから休んでてくれ」


「承知した」


「はーい!」


 ここでライズはクラーケンの名前を先に呼ぶ。

 こうした(本人的には)ショボイ仕事でも、プライドの高い魔物にとっては誰から褒めるかが重要だからだ。

 クラーケンやドラゴンなどは種族として強力な為、そういった傾向が強い。

 逆にハーピーなどは順序よりも可愛がられる事のほうが大切なのでこういう時には助かるとライズは内心思っていた。


 ライズはカーラの祖母にして神官であるミティックから、村の周辺に住まう魔物の駆逐を依頼されていた。

 長く病で倒れていたミティックは、心身ともに衰弱しており、村を守っていた結界の再構築が困難であった為、彼女の体が完全に回復するまで、もしくはせめて術を使える程度に回復するまで村を守って欲しいと依頼されたのだ。

 倒した魔物の素材の所有権はライズに、場合によっては村で買取を行う。

 もちろんソレとは別に報酬も支払われる為、ライズにとっては良い小遣い稼ぎであった。


「では我は村へ戻る。子供達の岸壁採集の手伝いをせねばならぬのでな」


「了解、がんばってなー」


 岸壁最終とは、通常人間では届かない高い崖の壁に生えている貴重な薬草やきのこ等を採取する仕事だ。

 本来なら崖の上からロープを垂らして行う仕事だが、今回はクラーケンの足が子供達を上に持ち上げて足場となっていた。

 しかもクラーケンの吸盤が弱く吸い付くのでバランスを崩しても落ちる心配がなく、親御さんも安心の就業環境。

 子供達も高い所を自在に動くクラーケンの足に大興奮だった。


「さて、それでは我を待っている子供達の下に向かうとしようか! 我はドラゴンと違って有能だからな! くははははっ!」

 

 ご機嫌なクラーケンの後姿を見ながら、ライズはミティックから頼まれた本命の依頼について考えていた。


「ミティックさんからの依頼、どうしたもんかなぁ」


 ◇


 時は半日前に遡る。


「この村を守る為の仕事を頼みたい」

 

「村を守る、ですか?」


「うむ、とはいえソレは表向きの依頼じゃ。本命の依頼は儂が封印していた悪魔の捜索、及び封印ないしは消滅じゃ」


「それはまた無茶な依頼を……」


 ライズは呆れた様に溜息を吐く。

 通常悪魔と言うのは、そこいらの魔物数十体よりも強い。

 以前ドラゴンに倒されたバエルの使徒ですら、数十人の冒険者と志願兵達を赤子扱い程の強さだったのだから。


「いいや、無茶では無いであろう? お主にはドラゴンが付いておるのじゃからな」


 ミティックの言葉にライズが反応する。

 ライズは彼女に己がドラゴンを使役できる事を教えては居ないからだ。

 情報の流出元がどこからだとライズは思考を重ねる。


「ククッ。うちの孫娘がの、ドラゴンに乗れなかったと残念がっておったわ」


 ライズの目の動きから彼の内心を読み取ったミティックが、早々にタネ晴らしをする。

 それはライズに余計な疑心を抱かせない為、そして何者かの暗躍を想定したライズをからかう為でもあった。


(有能は有能じゃが、まだまだ脇が甘いの。表情を隠しきれておらん)


「ドラゴンのブレスは悪魔の肉体すら破壊して本来の世界に追い返す。更にはドラゴンの魔力で魂に傷を負った悪魔はしばらくの間この世界には干渉する事が出来なくなる。良い事尽くめじゃ。どうじゃ? やってくれんかの?」


 ミティックはカラカラと快活そうに笑いながら、ライズに依頼の承諾を求めてくる。


「申し訳ありませんが、俺の仕事は悪魔狩りではなく何でも屋です。悪魔退治は請け負っていませんよ。そういうのは教会か騎士団にご依頼ください」


 リスクと利益を考慮してライズは早々に依頼を辞退する。

 悪魔は唯強いだけではない。中には人間以上の知恵で謀略を練る搦め手が得意な悪魔も居るのだ。

 そういった悪魔は下手な力を持った悪魔よりも厄介だとライズは考えていた。

 つまりは危険な連中に目を付けられたくないと言う事だ。

 

「それは残念じゃな。じゃが儂の封印から悪魔が逃げ出したのは事実じゃ。外の世界に逃げた以上、お主と接触する可能性もある。その時がきたら、戦わずとも儂に情報を伝えてくれるだけでも良い。今依頼として受ける必要はない。情報なり悪魔の首なりをくれればその時に依頼料を払おうぞ。今は心の片隅に留めておいてくれるだけでよい。じゃがせめて村の周辺の魔物退治だけでも頼めんかの?」


「まぁそれくらいなら」


 始めから依頼を受けて貰えるとは思っていなかったのだろう。ミティックは早々に依頼の話を終わらせると周辺の魔物退治を頼んできた。


「おお、それはありがたいの! ではよろしく頼むぞ!」


 ミティックが笑顔でライズに感謝する。

 その姿はとてもカーラの祖母とは思えない幼い少女の笑みそのものだ。


「それで、そのあ……いえ、何でもありません」


 念の為、悪魔についての情報を得ようと考えたライズだったが、それを聞いてしまったら仕事を引き受け

ざるを得なくなる危険があると判断して発言を撤回する。


「む? 何じゃ? もしかして儂の若さの秘訣が知りたいのか? 良いぞ、全てを教える事は出来ぬが、儂の若かりし頃の大冒険を教えてやろう!」


「あちゃー」


 うっかりお年寄りの昔話スイッチを押してしまったライズであった。

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