第42話 守護神官
「ここが神官様のお部屋です。くれぐれも粗相の無い様にお願い致します」
神官の部屋の前まで案内されたライズ達に、タトミが釘を刺す。
と、その時だった。
『これこれ、客人を脅かすでないタトミ』
神官の部屋の中から、何者かのタトミを諌める言葉が届く。
「……っ!?」
突然の声に、ライズは我知らず身体を硬直させてしまう。
(まだドアが開いてないのにこちらの会話が聞こえた!? 何らかの情報系魔法か?)
元軍人の本能が、状況を整理し、内部の居る人間の能力の推測を行う。
『警戒せずとも良い。儂は唯の婆ぁじゃ。さ、命の恩人の顔を見せておくれ』
ライズが警戒を緩めずにタトミを見ると、彼女は恐縮した様子で頭を下げる。
「大変申し訳ありませんでした。神官様もお待ちですのでどうぞお入りください」
そういってタトミは即座にドアを開放した。
(と言う事は今の声の主が神官か。しかしその割には随分と……)
「どうぞ」
タトミから早く入ってくれとせっついた空気を感じたので、ライズとソイドは素直に中に入ってゆく。
ライズだけは若干の警戒を行いながら。
◇
神官の部屋は随分とシンプルだった。
必要最低限の家具に、棚に置かれた数冊の本、特徴的なのは壁に刻まれた宗教的な模様。特筆すべきはその程度だ。
その中に、やや大きなベッドが置かれており、そこには既に先行して神官の元に向かっていたカーラと、神官の世話係と思しき白い衣装を纏った女性が数人ベッドの両脇に立っていた。
そしてそのベッドには、年のころは10歳前後であろう幼い少女が横たわっていた。
少女は御付きの女性達に手伝われながら上半身を起こすと、ライズ達に向かって挨拶をしてくる。
「ようこそ我が部屋へ。儂がこの封印の村の長にして神官、名をミティックと言う。このようなはしたない姿で失礼するぞ」
「「えっ?」」
ライズとソイドが困惑する。
彼等が病気だと聞いていたのは神官だったからだ。
だと言うのに出てきたのは年若い少女。
この少女が本当に件の神官なのだろうか?
「どうした? 儂の見た目が予想外に幼いので驚いておるようじゃな。じゃが儂が本物の神官じゃよ。ああそうじゃ、そこのお主、影で控えている犬に外に出て寛ぐ様に伝えるが良い。」
と、ミティックと名乗った少女はライズの影を指差す。
「っ!?」
ライズは動揺した。確かに彼の影には、護衛用の影の軍団の一体、影に潜む力を持つ魔物ブラックドッグが居たからだ。
(気付かれた!? 宮廷魔術師にすら気付かれなかった隠密能力だぞ!?)
「クハハッ! 儂は意外と勘が良いものでな」
呵々と笑うミティックであったが、ライズはその以上とも言える探知能力に驚愕していた。
(成る程、千里眼か度を越した魔力感知か、とにかく空間すらも超越するここではない場所を見通す何らかの力を持っているという事か。これは本物の神官だな)
「……出てこい、ブラックドッグ」
ミティックに見破られた以上、シラを切り通すのは逆に不審を招くと判断して、素直にブラックドッグを呼び出す。
するとライズの影から真っ黒な大型犬が姿を現した。
全身は黒い毛に覆われ、目だけが燃えているかの様に赤々と輝いている。
その偉容を見た御付きの女性達が後ずさる。
「よーし良い子じゃ」
しかしミティックは臆することも無くブラックドッグに微笑みかける。
ブラックドッグもまた自分に対して友好的な反応を見せる少女? に困惑の表情を見せる。
しかし主であるライズの命令が無い以上、むやみやたらに吼えたり威嚇したりする事も無い。
「さて、どこまで話したかの? おおそうじゃ、儂が『若い』という所じゃったな!」
若干『若い』という部分だけ強調されていた様な気がしないでもない。
「ミティック様は神聖なお勤めを果たす為に秘術で若い姿を維持されているんですよ!」
と、そこにカーラがミティックの若さについて補足説明をしてくれた。
「これカーラ! 儂の楽しみを奪うでない!」
「ご、ごめんなさい!」
ネタばらしの機会を取られたミティックがカーラを叱る。
しかし当のライズ達はそんな光景に呆然とするばかりだ。
(若返りの魔法? それとも肉体の成長を止める魔法か? どちらにしても相当の技術だな。神官といっていたし、教会由来の秘術か個人の秘匿してきた神代の魔法か?)
(若返りか老化速度の減衰か、どちらにしてもコレは金になる! この技術を売り物にすれば世界中の貴族女性から大金を支払ってもらえるぞ!)
双方とも内容は違えどミティックの技術の秘密に興味津々であった。
「さて、この度は儂の病を治療する為の薬を運んできてくれて誠に感謝するぞ。お二方のどちらが欠けても儂は死んでいたじゃろうからな」
ミティックが深々と頭を下げる。
「ミティック様! 貴方様が頭をお下げになる必要はっ!?」
ミティックに使えていた白衣の女性達が慌てふためいて頭を上げるよう告げる。
「たわけ! 命の恩人に礼を言わぬ様な恩知らずになった覚えは無いわ! それにこの御仁達はアホの子のカーラまで連れてきてくだすった。祖母として礼を言うのは当然じゃろうて」
「そ、それは、そうですが……」
「ていうかアホの子は酷いと思うの……」
ミティックに叱られて白衣の女性達がたじろぐ。
だが話題の当人であるライズ達はソレどころではなかった。
「「……祖母?」」
「うむ、儂はタトミの母にしてカーラの祖母じゃ! 孫が世話になったな」
「「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」
恐らく、彼等が今回の依頼を受けて最も驚いた出来事だったであろう。
◇
「さて、良い驚きっぷりも見れた事じゃし、お二方には謝礼を渡さぬとな。それに薬の代金もじゃ。金目の物を用意するのにちと時間がかかる。それにこの村に来るのは一苦労であったじゃろう? 儂も久しぶりに起き上がって疲れた。今日は村に泊まってゆっくり休むが良い」
驚きで固まっているライズ達をそのままに、ミティックがテキパキとライズ達の宿泊の準備を指示していく。
「ささ、ご案内いたします」
そうして、お付きの女達に追いたてられるように促されたライズ達は、あっという間にミティックの部屋から締め出されるのだった。
◇
「ふむ、あの若者、確かライズと言ったか」
ベッドに横になったミティックは、傍に控えるカーラの頭を撫でながら問う。
「はい! 沢山の魔物を従えるすっごい魔物使いさんなんですよ!」
「ほう、それほどか?」
「ええ、ものっすごいお城みたいなデッカいイカさんやドラゴンに言う事を聞かせちゃうんです!」
両腕でジェスチャーを交えながら興奮するカーラをほほえましく見守るミティック。
「なんと! ドラゴンじゃと!?」
「そうなんです! ドラゴンなんです! まぁドラゴンは村の上空の風が強くて乗る事が出来なかったんですけどね」
「ふふ、それは残念じゃったな。しかし、ドラゴンとはな……」
残念がるカーラの髪を優しく撫でながら、ミティックは黙考する。
「どうしたんですかお祖母ちゃん?」
「うむ。ドラゴンを使役する程の傑物ならば、儂の頼みを聞いて貰えるかも知れんと思ってのう」
ミティックは目を開けると、何かを決意した様に呟いた。
「このままではどちらに転んでも良い事にはならん……ひとつ、頼んでみるとしようかの」
◇
翌日、朝食を食べてまったりとしていたライズは、ミティックが呼んでいるとお付きの言われて再び彼女の部屋へ向かう事となった。
「おお、わざわざ来てもらって済まんの」
部屋に入ると、ミティックが横になったままでライズを迎え入れる。
「もう年じゃて、この様な無作法を許しておくれ」
「いえ、薬が効いたばかりですから、まだ無理を出来ないのは仕方ありません」
謝罪してくるミティックに、ライズは優しく応える。
(誰も居ない。お付きの一人すら)
「暇は人払いをしてある」
ライズの心を読んだようにミティックが告げた。
「ライズ殿、儂はそなたに仕事を依頼したいのじゃ」
「仕事ですか?」
「うむ、この村を守る為の仕事を頼みたい」
守ると聞き、ソレが戦いの依頼であると確信するライズ。
それとなく厄介事の予感は、以前のカーラとの会話で感じていたライズであった。
「依頼内容は?」
ミティックがコレまで見せた事の無い表情をライズに向ける。
恐らくはカーラにすら見せた事がないであろう真剣な表情だ。
「とある悪魔の封印、もしくは消滅じゃ」
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