第37話 狩りのお仕事
「という訳で、君達のお父さん達の代わりに狩りを教える事になりましたライズ=テイマーです。よろしくね」
ライズはウィーユス河に集まったリザードマンの子供達に挨拶をしていた。
リザードマンの子供達は落ち着かない様子でザワザワとライズ達を見ている。
突然大人達が自分達を置いて行き、大人の代わりに人間であるライズが狩りを教えると言ったのだから子供達が困惑するのも当然だ。
もちろん事前に大人達がライズの言う事を良く聞く様にと言いつけてあったとしてもだ。
「といっても、狩りを教えるのは俺じゃなくて俺の仲間達なんだけどね」
と言ってライズは自分の横に控える魔物達を紹介する。
「マーマンだ。俺は海の狩人だが、水場の狩りならば参考になると思う」
そういってマーマンは手にした三叉槍を掲げる。
「「「おおー!」」」
リザードマンの子供達は、彼の持った三叉槍をキラキラとした目で見つめる。
もしかしたらリザードマンにとって、槍を持つ事には何か特別なこだわりがあるのかもしれない。
「ふっ」
子供達の羨望のまなざしにマーマンか心なしかご満悦だ。
「そして俺がカルキノスだ! 俺もお前達に狩りの仕方を教えてやるぜ!」
マーマンに次いで威勢の良い声が響く。
しかし声の主の姿がどこにも見当たらず、リザードマンの子供達はキョロキョロと周囲を見回すばかりだ。
「おいおい、俺はここだ、ここにいるぞ!」
と、そこで突然マーマンの横にあった岩が動き出す。
そしてその岩を見た事でようやくリザードマンの子供達は、マーマンの横に声の主が居た事に気付いた。
「そう、俺はここだ!」
そこに居たのはカニだった。
大きな岩と思われたソレは、巨大なカニの魔物であったのだ。
「俺の名前はカルキノス! カニのカルキノスだ!」
とても大きな、しかし何の変哲も無いカニの魔物。
それを見たリザードマンの子供達は思った。
「「「美味しそう」」」
心からの声であった。
ちなみにライズも初見でカルキノスを見た時は同じ事を思ったのだが、それは本人だけの内緒である。
「おっと、俺は食いモンじゃないぜ! 俺は誇り高き水場のハンターさ!」
シャキンシャキンと大きなハサミを鳴らすカルキノス。
事実彼のハサミにかかったら大の大人でも真っ二つになりそうな大きさである。
「じゃあこの二人が先生になるから、君達は彼等の言う事を良く聞いて狩りの方法を学んでね」
「「「はーい!」」」
リザードマンの子供達がマーマンとカルキノスに向かってわらわらと歩いていく。
「では狩りの仕方を教える! 厳しいが付いて来い!」
「はい!」
「じゃあ狩りの仕方を教えるぞー! まぁ難しく考えるな、気楽に行こうぜ!」
「はーい」
どうやら真面目に狩りをしたい年長の子供達はマーマンに、カルキノスに興味津々な年少のリザードマンの子供達はカルキノスに学ぶ事を選んだようである。
◇
「良いか、魚は生き物だ、動く以上、魚の居る場所に槍を付いても魚は逃げてしまう。それに水の中では槍の動きも鈍る。だから魚の手前に槍を突け。魚はその体の構造上、前にしか進めない様になっている」
マーマンの指導は理にかなっていた。
まず自らが実践して良い方法と悪い方法を行ってその結果を見せるのだ。
そして獲物を子供達の前で獲って見せる事で、このやり方なら取れると信じさせる。
後は子供達が実際に狩りをする光景を見て出来の悪い子供の狩りを指導していくだけだ。
「腕はもっとまっすぐ前に出せ、槍は道具ではなく腕の一部だと思うのが大事だ」
「は、はい!」
「お前はもっと魚の前に槍を突き出せ。魚によって前に出る速さは違う。失敗したら突き出す位置をうまく調整してみろ」
「分かりました!」
「先生取れました!」
「よし、よくやった!」
そして子供達が魚取りに成功すると、彼は子供達を褒める。
成功した子供を褒める事で本人のやる気を出すのだ。
(成果を出した者は褒める。褒められた者はやる気が出てもっと頑張ろうとする。それは種族が違えど同じだからな)
マーマンの教育方針は褒めてやる気を出させるやり方の様だ。
その光景を見ていたライズは、満足そうに頷く。
「マーマンが居れば子供達の狩りもうまく行きそうだな」
次いでライズはカルキノス達の方を見る。
「……何やってるんだアイツ等は」
カルキノス達の方を見たライズは、そこに展開されていた光景に呆れた声をあげた。
「コレが釣竿って言うんだ! この糸の先についた針で魚を釣るのさ!」
「えー? でもこんなに広い河でこんなちっちゃい針に引っかかるの?」
「心配ご無用! ここらへんの石をひっくり返すと……ホラ、虫が居るだろ? コイツを針に突き刺してから河に糸を垂らせば、魚が虫を食べようとして針ごと虫を食べちまうんだ」
「なるほどー、カニさん頭良いー!」
「はっはっはっ!」
なんとカルキノスは狩りではなく、子供達に釣りを教えていた。
巨大なカニが器用に針に虫を突き刺し、器用にハサミで竿を河に向かって振る。
よく見れば大きな麦わら帽子までかぶっているではないか。
「野生がまったく感じられん光景だなぁ」
「ほれ、お前等もやってみろ」
そういってカルキノスは、用意していたらしい竿を取り出して子供達に手渡していく。
「わーい!」
「虫むしー」
「えーい!」
子供達はカルキノスの教わったとおりに川底に隠れている虫を針に付けて竿を河に向けて振っていく。
「周りの連中の糸と絡まないように十分に距離をとってやれよー」
「はーい!」
割と釣りマナーをわきまえた会話であった。
◇
「よし、今日の狩りは終了!!」
ライズの号令に狩りをしていたリザードマンの子供達が集まってくる。
「んじゃ皆の狩りの成果を見せてもらおうか」
ライズの指示に従って子供達が自分達の獲物を岩の上に置いていく。
「へぇ」
大きさや数はバラバラだったものの、大半の子供達が獲物を狩る事に成功していたのだ。
意外にもカルキノスについていった釣り組も、それなりの釣果を発揮していた事にライズは驚いた。
「結構釣れるもんだなぁ」
「ふ、コイツ等は水の魔物だからな、竿に伝わる水と魚の感触を察知する事に優れていたんだろうよ」
妙に煤けた様子のカルキノスがリザードマンの子供達の意外な釣りの才能について説明してくれる。
「で、お前の釣果は?」
「……カニなのに坊主。ふふ、ちょっと神殿に行って入信してこようかね」
自分ひとりだけ何も連れなかった事に哀愁を漂わせるカルキノスであった。
「んじゃ今回の狩りの成果の半分は皆の食事に、残りは干して保存食にするから、町に行って職人に干物の作り方を教えてもらうぞー」
「はーい!」
かくして、十分な成果を抱えたライズ達はデクスシの町へと向かうのであった。
◇
「あれ、ライズ君、その子達は新しい従魔かい?」
街中を歩いていると、商店街のオバちゃんがライズに話しかけてくる。
「いやいや、ご近所の沼地のリザードマンに狩りの仕方を教えて欲しいって頼まれましてね」
「へぇ、魔物の子守りかい。魔物使いも大変だねぇ」
「まぁ仕事ですので」
確かにいわれて見れば子守も兼ねているんだなと気付くライズ。
(まぁ金になるしそういう依頼もありかもな)
「ようマーマンの兄ちゃん! 今日は良い魚はあるのかい?」
今度は道具屋の親父がマーマンに語りかけてくる。
「ああ、脂の乗った良いのを狩った。だが今日はこいつ等の狩りの成果を干物にする為に来たので売る為ではない」
「そりゃ残念だ。アンタの獲ってくる魚は美味いのばかりだから酒が進むんだがな」
「あまり酒を飲むとおかみさんからどやされるぞ」
クプクプとマーマンが泡の混じった様な音で笑う。
「かーちゃんが怖くて酒が飲めるかよ!」
「……」
マーマン達の会話を聞いていたリザードマンの子供達は、不思議そうにその光景を眺めていた。
「どうした?」
「……この町では人間と魔物が仲良くしているんですね」
年長と思しき子供達の中で二番目に大きなリザードマンの子供が口を開く。
「そうだな、この町はそうだ」
人と魔物が共に暮らす光景に、ライズは少しだけ誇らしい気分になる。
「人間は自分達に価値のある物を得る目的以外で他種族と交わる事は無いと聞いていたので、不思議ない気持ちです」
それは彼らの持つ宝石を求めてきた商人達の事を言っているのだろう。
「人間と戦った氏族も居ると聞きます」
人間と亜人達は戦う事も多い。
ソレゆえ彼らは大人のリザードマン達から人間との華々しい戦いを子供達に語り継がせていたようだ。
種族は違えど、戦士は戦いでの活躍を誇るもの。
リザードマンの子供達もまた大人達の輝かしい活躍を聞いて戦士に憧れるようになる。
「人間と、同族の様に仲良くなる事もあるんですね」
「ああ、それもこれから学んでいくといい」
ライズは子供達の柔軟さに感謝した。
それは自分が望む未来の光景であるから。
(リザードマンの子供達をこの町に馴染ませて、人間との交流を好意的に考えれるようにすれば、将来周辺に暮らすリザードマン達と友好関係を結べる。更に戦いに出かけたリザードマン達を運んだ魔物達が自主的に彼等の戦いを手伝えば、大人達も貸しを作ったと考えるだろう。そうなればデクスシの町の安全性は更に高まる)
リザードマンとの友好関係を築く。
それが町長と冒険者ギルドからライズが受けた依頼だった。
否、正しくはライズが自分から売り込んだ仕事であった。
リザードマンの生息地に住み着いた危険な魔物の調査、更にその魔物退治を手伝う事でリザードマン達に貸しを作り、子供達を町に馴染ませる事で人間に好意を持たせる。
(全ては、謝礼の二重取りの為!)
とても崇高な目的で、それでいてとても下世話な下心を満載して、ライズは両種族の友好に努めるのであった。
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