第38話 ドラゴンと薬

 ライズがリザードマンの子供達を預かって1週間が過ぎた。

 子供達はマーマンとカルキノスの教育により順調に狩りの腕を上げ、魚くらいならば自分達だけで食い扶持を稼ぐ事が出来るまでになっていた。


「覚えが早いなぁ」


 定期的にリザードマンの子供達の様子を見に来ていたライズは、彼等の成長速度の速さに驚く。


「リザードマンは沼地の戦士と呼ばれる種族。相手が魚とはいえ、その血が戦いを求めるのだろう」


 監督役として、離れて見ていたマーマンがリザードマンの子供達の成長速度についての推測を口にする。


「そういうものなのか」


「そういうものだ」


 ライズは周囲を見回してリザードマンの子供達の様子をチェックする。

 槍で狩りをする子供、釣竿で釣りをする子供、石同士をぶつけて新しい槍を作る者とさまざまだ。


「あれ? カルキノスは?」


 ふと教師役の巨大カニが居ない事に不安を覚えるライズ。


「ああ、ヤツならあそこだ」


 マーマンが槍で指した方向を見ると、川の中州にある岩に乗った子供達が釣りをしていた。


「あの下だ」


「下?」


 ライズは目を凝らしてリザードマンの子供達の下を見る。


「ん?」


 すると時折リザードマンの子供達が不自然に動いている事に気付いた。

 いや、正しくは下の岩ごとだ。


「あっ」


 そう、子供達が座っている岩の正体、ソレこそがカルキノスその人、いやそのカニであった。


「アイツ何やってるんだ? 別に釣りを伝授するなら普通に川の端で釣ればいいだろうに」


「魚の釣りやすいポイントを伝授しているらしい。ここで暮らすのはあくまでも一時的なものだというのにな」


 かいがいしくリザードマンの子供達に指導するカルキノスの姿にマーマンは呆れた様子を見せる。


「まぁ釣り弟子が可愛いんだろ」


「別れる時に醜態を晒さねば良いがな」


「別れるといえば、子供達は魔物と戦えるのか?」


 ライズがリザードマンに頼まれたのは、子供達に狩りを教える事だ。

 しかしこの世界は厳しい。常に魚を狩れる訳ではないだろうし、その時は魚以外の存在を狩りで倒さねばならない。

 そう、魚以外の生き物、魔物だ。


「まだだ。アレ等には命を賭ける戦いはまだ無理だ。まずは魚で獲物を狩る感触を経験させ、段階を踏んで強い敵と戦わせる。戦いにおいては焦りは全てを水泡に帰させる」


「そうか、まぁ預かった子供達だし、時間をかけて育ててやってくれ」


 話を終え、ライズが帰ろうとしたその時だった。


「ライズ様ー!」


 遠くからライズを呼ぶ声が聞こえた。

 それはもちろんライズが知っている声だ。四六時中顔を合わせる相手の声を間違える筈が無い。


「どうしたんだラミア?」


 それは事務所で客の対応をしていた筈のラミアだった。


「急ぎのお客様です! ライズ様の判断が必要な案件ですので急いで事務所までお戻りください!」


 ラミアの切羽詰った様子を見る限り、本当に重要な仕事なのだと判断したライズは気を引き締める。


「分かった、行こう」


 ◇


 ライズが事務所に戻ってくると、事務所の前に大きな馬車が止まっているのが見えた。


「あれは依頼主の馬車か? 随分とデカくて頑丈そうだな」


 軍で働いていた経験のあるライズは、その馬車が一般の商人が使用する物というよりは、軍で使用していた馬車に近いと判断する。


(それに護衛も腕利きばかりだ。随分と金をかけているなぁ)


 ◇


「お待たせしました」


 ライズ達が事務所の応接間に入ると、件の依頼を頼んできたと思しき男女の二人組が居た。

 更に後ろには護衛と思しき武器を装備した鋭い目つきの男が二人、男女の後ろに立っている。


「俺がこの店の主のライズ=テイマーです」


 椅子に座っていた客二人に向けてライズが自己紹介をすると、男もまた立ち上がって挨拶を返してきた。


「これはご丁寧に、私はソイド商会のソイドと申します。こちらは依頼主であるカーラさんです」


「あ、あの! カ、カーラです! よろしくお願いします!」


 カーラと呼ばれた女性も慌てて立ち上がり、勢いよくお辞儀をしてくる。


「まぁ座ってください。それで、急ぎのご依頼とお聞きしましたが?」


 ライズが促すと、ソイド達は椅子に座りなおす。


「実はですね、私共の商会はこちらのカーラさんに依頼を受けてとある薬を探していたのです」


「薬ですか?」


「ええ、幸い薬は見つかったのですが、この薬は非常に特殊でして、輸送には細心の注意が必要な代物だったのです」


(ふむ、この口ぶりから察するに、ウチの店に来た理由は薬に関する事なのは間違いない。だが輸送に注意が必要となると、何故ウチに依頼をしてきた? ウチは魔物を労働力として派遣する店だぞ?)


「更に言いますと、薬を見つけたのが遅すぎたという問題がありました。薬を運ぶにはここから馬車で一ヶ月かかる寺院なのですが、患者の症状から後一週間以内に薬を届けなければいけないのです」


 その話は、誰の目から見ても完全に詰んでいる内容であった。


「それだけではなく、山奥なので道中には危険な魔物も出没する有様、輸送が困難な薬を障害から守りつつ一週間以内に届ける。我々の馬車ではとても無理な話です」


「それで俺の所に来た訳ですが」


「ええ。貴方の店ならば、大金を支払えばドラゴンに荷を運んでもらえると聞きました。そこで薬をドラゴンに運んでは頂けませんか?」


 ライズは黙考する。ドラゴンでその依頼を受ける場合、一点だけ大きな問題があるからだ。


「ドラゴンに荷を運ばせる場合、速度と魔物の心配はありません。ですが荷物は繊細な扱いが必要と聞きます。具体的にはどんな問題がある薬なんですか?」


 ライズの問いに、ソイドは苦笑する。


「当然の疑問ですね。私も輸送の手間を聞いた時はどうやって運んだものかと困惑しましたから。そしてそれは実際に見てもらった方が早いでしょう」


 そういってソイドは立ち上がると、ライズに店の前に置いた馬車まで来て欲しいと告げた。


 ◇


「そっと開けるんだぞ」


 ソイドの指示に従い、彼の部下達がそーっと馬車の戸を開ける。


「あれが薬の入った箱です」


 ソイドが指を指した先には、馬車の大半を埋める半透明の物質に入った箱の姿があった。


「薬は振動に弱く、輸送中にゆれる事で薬の成分が分離して使い物にならなくなってしまうのです。それを何とかするためにガラス瓶に詰められた薬を医療用に飼育された無害なゼラチンスライムに包んで箱に密閉し、更にその外側を別のゼラチンスライムで包む事でようやく大半の振動を吸収する事が出来ました」


 明らかに過剰梱包に見える光景だが、元来薬とはその地で用意してその場で飲むものだ。そうした事情から長距離を輸送するには向いていない事を考えると、この特殊な薬には本当にここまでする必要があるのだと納得する。


「ではこれを馬車ごとドラゴンに運ばせようと?」


「ええ。これで飛んで貰えれば、速度を出したり激しい飛行をしない限りは中の薬が揺れる事もありません」


「成る程」


 薬を輸送する為の準備は出来ていたと分かりライズは安心する。

 いかにドラゴンといえども、まったく揺らさずに荷物を運ぶのは不可能だからだ。


「分かりました。そういう事ならお受けしましょう」


「あ、ありがとうございます!」


 ライズが依頼を受けた事で、カーラが感極まって礼を言ってくる。


「これであの方のお命をお助けする事が出来ます! 貴方は我々の命の恩人です!」


「いやいや、まだ薬を運んでいませんから。ともあれ、ドラゴンが戻ってきたら即座に薬を運ばせますから。その際は道案内をよろしくお願いします」


「え? 私も行くんですか?」


 と、そこで自分もドラゴンに乗ると聞いて首を傾げるカーラ。


「そりゃあまぁ。どの辺りまで行くかは事前に場所を言ってもらえれば分かりますが、細かい場所はその土地に住んでいる人間で無いとわかりませんので」


「あ、そ、そうですね! そう言われればその通りです! 分かりました! 私が見事皆さんを案内してみせます!」


 そう言って、カーラは自分の胸をドンと叩いて案内を引き受けるのだった。


 ◇


「という訳で頼むよ」


 ドラゴンが仕事から帰ってくると、ライズはさっそく薬の輸送について説明する。


『承知した。荷を揺らさぬ様に気を配って運べば良いのだな?』


「ああ、仕事が終わったばかりなのにすまないな」


『気にする事でもない。それは空の王者たる我にしか不可能な仕事だからな』


 そう言うと、ドラゴンは誇らしげに己の翼を広げた。


『さぁ、荷を乗せるが良い』


 ドラゴンからの了承が取れたライズは、ミノタウロス達に馬車ごと荷物の積み込みを命じる。


「カーラさんはあちらの座席に座ってください。最前列なら地上の様子も見えますから」


「は、はひ!」


 初めて見るドラゴンの姿に、カーラは緊張した様子で向かう。


「大丈夫ですよ。俺の指示には従いますから危なくありません」


「そ、そうなんですか!? で、でも空を飛ぶってなんだか凄そうですよね!」


「カーラさん、落ち着いて。ドラゴンは大きな翼で自由に空を飛べますから、突風に気をつければ揺れる事もありません。道さえ間違えなければ間違いなく期日までに薬を運べますよ」


「は、はい! ライズさんもドラゴンさんも信頼しています! 故郷の谷は変わった地形の所為で風が凄いですけど! ドラゴンさんなら大丈夫ですよね!」


「ええ、もちろ……今なんと?」


 と、そこでカーラの言葉を聞いたライズの動きが止まる。


「えと、ライズさんもドラゴンさんも信頼して……」


「その後です」


「故郷の谷は変わった地形の所為で風が凄いです」


「そうそれ! 風が凄いって本当ですか!?」


 慌てるライズの姿を不思議そうに見ながら、カーラは頷いた。


「はい、気流っていうものがメチャクチャらしくて、鳥もまともに飛べません。でもドラゴンさんなら大丈夫なんですよね」


「……聞いてないんですけど」


「え?」


「え? じゃなくてですね……」


 意味を分かっていないカーラにライズは頭を抱えた。


「そんなに風が強いんじゃあ、いくらドラゴンでも荷物を揺らさずに運ぶのは無理ですよ」


「…………え?」


 理解が及んでいないカーラが、一言だけ声を出す事に成功する。

 そして、たっぷり数十秒経過した後で、ようやくカーラは事態を把握した。


「え、ええ~~~~~~~~~~~っっっっっ!?」


「どうしたもんか……」


 新たな依頼は、早速暗礁へと乗り上げるのだった。

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