第36話 沼の氏族のごはん

「はじめましてリザードマンの皆さん。俺がご依頼を受けたモンスターズデリバリーの店主、ライズ=テイマーです」


 ライズは町の入り口前で待っていたリザードマン達ににこやかに話しかける。

 もっとも、その笑顔を身体構造の違うリザードマン達が笑顔と認識できるのかは怪しいところであるが。


「我等はジュジキの沼の氏族なり」


 リザードマン達は手にした槍の石突きを地面に二回カンカンと叩きつける。

 恐らくはそれがリザードマン流の挨拶なのだろう。

 それを証明する様に、ライズもまた足で地面を二回叩く。


「ほう、我等の挨拶を理解する人間が居るとは驚きだ」


 首飾りをしたリザードマンがライズの挨拶に反応する。

 表情では分からないが、声では明らかにライズの挨拶に対し好感を抱いた様である。


「音に聞こえし魔物使いの名は伊達ではないか」


 リザードマンはうんうんと何やら納得がいった様子で頷く。


(どちらのライズの名で知っているのかしらね)


 ライズの後ろに控えていたレティは、リザードマン達の知っているライズが軍人としてのライズなのか、それとも何でも屋としてのライズのどちらなのかと勘ぐる。

 実質ライズの護衛であるレティは、いざというときライズを守る義務がある為、リザードマン達の本心を迅速に理解する必要があった。


 リーダーと思しき首飾りをつけたリザードマンが前に出る。


「我が名は猛き槍のゼルド、我々は食料を求めている」

 

「食料?」


 予想外に普通の要求にライズは拍子抜けになる。

 普通に食料を求めるのなら別にライズに仕事を依頼する必要などないからだ。

 そんな事をせずとも目の前のデクスシの町で食料を購入すればいい、金が無くとも変わりの品を持ってきて物々交換をすればすむ問題なのだ。


「それだったら俺に言わずに町のお店で購入すれば良いんじゃないですか?」


 念の為、ライズはリザードマン達が人間の店というものを知らないのではないかと考えてゼルドにその事を伝える。


「それは知っている、我々の中には人間と取引をしてモノを手に入れる者も居る」


 どうやらライズの心配は杞憂だったようである。

 しかしそれ故にライズの疑問は深まる。


「だったらなぜ俺に?」


「簡単だ、我々が求めるのは食料を交換する事ではなく、食料を得る術を教える者だからだ」


「はぁ?」


 コレにはライズもお手上げだった。

 リザードマン達の発言は自分には狩りをして獲物を獲る術が無いというに等しいのだから。


「そうだな、これだけでは要領を得ん。順を追って説明しよう」


 そう言うと、ゼルドは腰を下ろして事のあらましを説明し始めた。


「我々は沼で暮らす氏族だ。沼地とその周辺の陸地よりもたらされる自然の恵みで暮らしていた。だがある日見慣れぬ魔物が我々の縄張りに入ってきたのだ」


 ゼルドの口調は固く、異種族であるライズ達にも危機感を感じさせるものだった。


「それは沼の生き物の全てを喰らい尽くさんとするかの如く、周囲の己が食べる事の出来る物を手当たり次第に食べ始めた。当然我々は沼のバランスを崩しかねないその危険なその存在を排除すべく動いた」


(きな臭くなって参りました)


 何らかの理由があって生息域の変わった魔物によって土地のバランスが変わる事は稀によくある。

 ライズは軍に仕える魔物使いとしてそうした魔物との戦闘経験は少なくなかったからだ。


「だがその魔物がエサとして喰らうのは、我々リザードマンも例外ではなかった。先の戦いで我々の仲間は少なからず被害を受け、ヤツに喰われてしまった」


(ようはそいつを倒すのを手伝えって事なのか?)


「我々は再び仲間達を集め、魔物を戦いに挑む。何時には狩りの出来ない子供達に狩りの仕方を教えてもらいたいのだ」


(成る程そういう事か、こいつら生きて帰るつもりがないんだな)


 ライズはゼルドの意図を察した。

 人間と関わりが少ない種族には独特のロジックで行動する亜人も多かったからだ。


(リザードマンはオスもメスも関係なく戦える者は全てその魔物に挑むつもりだ。そこまでしても倒さなければならない相手で、最悪そこまでしても全滅する危険があるから魔物に理解のある俺に仕事を依頼してきたのか)


「そういう事情なら後払いは困るな。獲物を安定して獲れるようになるまで育てないといけないし、外敵から身を守る戦い方も学ばせないといけない。かなり時間と金がかかる。自力で食える様になるまでの食費に、他氏族や他種族にも狙われるだろう」


 ライズは暗に危険な賭けに挑むのはやめろとつげる。


「もちろんそれは分かっている。だからこれをもってきた」


 ゼルドが手を上げると、後ろに控えていたリザードマンが抱えていた袋から中身を取り出す。


「……っ!?」


 取り出された荷物の中身を見たライズ達は絶句した。


「人間との取引用に持ってきた品だ。我々には不要な品だが、コレだけあれば子供達が狩りを憶えれるまで生活させる事も出来るだろう」


 そういってリザードマンが差し出してきたのは、大きな宝石の原石だった。

 一抱えもある大きさの原石は、下手をすると値段の付けられない価値を持つのは宝石に興味の無いライズでも用意に理解できた。


(狩りを憶えれるまでどころか、この宝石があれば一生食わせる事が出来るんじゃないのか!?)


「……これだけあれば、ネックレスにイヤリング、それに指輪も作り放題……ううん、この塊を崩すのは躊躇われる。むしろ王妃様に献上する方が効果が……」


 我知らずレティが宝石の塊に心を奪われて体を前に出す。

 貴族である彼女は、その生い立ちゆえにこの宝石の価値を理解しており、それが原因で完全にこの光景に飲まれていた。


(レティは使い物にならないな。……さすがにラミアは平常か)


 魔物であるラミアは、人間と価値観が違うのか宝石の固まりに正気を失うことは無かった。


「ドラゴンを200年は養えそうな宝石ですね」


 人間と価値観は違うが、人間社会に馴染んだ事によって金銭感覚は人間に近づいたラミアであった。


「どうだ? これで子供達に狩りを教えてはくれないか?」


 それは破格の依頼だった。

 拘束期間が長い仕事だが、その分の見入りも大きい。

 しかも危険な魔物との戦いは大人のリザードマンに任せればよいので、ライズは安全な場所で従魔達に命じて狩りの仕方を覚えさせるだけで良いのだ。

 多少勝手は違うだろうが、狩りをする魔物を何種族か教師にあてれば十分役割を果たしてくれる事だろう。


(仕事としては受けない理由が無いレベルだな。問題は……)


 と、悩むライズの元にラミアが耳打ちする。


「ライズ様、彼等の件は最悪の場合この町に悪影響が起こるかもしれません」


 長い付き合いゆえに、ライズはラミアの言いたい事が理解できた。

 つまりは、


「リザードマン達の手助けをしてあげる事は出来ませんか?」


 だった。


(ラミアが言っているのは恐らく先日の大魔の森の魔物達との戦いの事を言っているんだろう。リザードマンの口ぶりから件の魔物の食欲は激しい。もし彼等の生息域の沼で食べる物がなくなったら人間の生存領域に入り込んでくるのは間違いない。それを理由にリザードマン達に手を貸して欲しいって事か)


 ライズは考えた。

 単純な商売としては、受けた依頼をそのまま実行するだけで大儲けだ。

 魔物退治に付き合えば大切な従魔達が不要な怪我を負う危険もあるし、リザードマン達のプライドを傷つけてお互いの関係に日々が入る恐れもあった。


「よし!」


 経営者としてそこまで考えたライズは、決断した。


「分かりました。その依頼お受けいたしましょう!」


 ライズは仕事を請ける事にした。


「おお、助かる。これで我々も心置きなく戦いに向かえるというものだ」

 

 その口調からは、明らかに帰ってこれない事を受け入れる響きがあった。


「ただし!」


 と、そこにライズが声をあげる。


「このままだと対価をもらいすぎます。ですので、俺の従魔から多くの人員を運べる者をお貸ししますので、そいつにのって貴方がたの暮らす沼までお送りいたしましょう。貴方がたも沼の獲物を全て狩りつくされては困るでしょう?」


「む、それはありがたいが良いのか?」


 躊躇いがちに問うゼルドにライズは笑顔で頷いた。


「ええ、正しい対価として、貰い過ぎは良くありませんからね」


 裏も表もある笑顔だが、残念な事にリザードマン達にはその笑顔を見抜く事は出来なかった。


「……助かる。すまないが世話になろう」


 リザードマン側が納得した事で、ライズはラミアにこっそりと指示を出す。


「俺の命令を無視してリザードマン達に力を貸しそうな腕自慢達に船役をやらせろ」


「……承知いたしました」


 顔を見るまでもなく、ラミアの声は晴れやかであった。


「移動役の魔物はウィーユス河に居ますので、準備が出来次第ラミアがお連れいたします」


「気遣いは無用、依頼を頼んだ後には即座に動くつもりであった」


 ゼルド達はやる気満々に槍を掲げる。

 離れた場所で警戒していた自警団の兵士達が、興奮したリザードマン達の様子に身を硬くして緊張する。


「ではご案内いたします」


「うむ、かたじけない美しい蒼き鱗の方よ」


「まぁお上手ですね」


 案内役として前に出たラミアにゼルドがリザードマン流らしい褒め言葉を口にする。


「あれは髪の色が綺麗って言う感じなのかしら?」


「じゃないのかね?」


 二人の会話に首をかしげるレティ。


「それで、私達は彼等の戦いには首を突っ込まないの?」


 気を取り直したレティが、ライズの真意を探る。


「現状この町にはかかわりの無い案件だからな。頼まれていない事で動いても被害が出るだけで儲けが無い」


 それはビジネスライクな回答だった。


「じゃあ後の事はアンタの魔物からの報告待ち?」


「まさか、大事なのはこれからだよ」


 ◇


「すいませーん、ギルドマスターは居ますか? 町の防衛に関する情報が手に入ったので至急面会をお願いしたいのですが」


「あ、読めたわ」


 冒険者ギルドにウッキウキでやって来たライズの後姿を見て、レティは呆れた様子でため息を吐くのだった。

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