第271話 日照攻防戦 ④

 時はドレイク帝国軍が後発部隊を日照に送り込んでから暫くした所にまで遡る。順調に戦いを推し進めた事により艦橋内に楽観ムードが漂う中、その凶報は不意打ちの如く飛び込んできた。


『此方、後発隊! 只今、敵の攻撃に晒されています! 先発隊との合流にも失敗しました! 撤退命令を求めます! 繰り返します! 此方――』


 ブツンッと通信魔法が荒々しく途切れ、先程までの楽観ムードから一転して艦橋内に重苦しい沈黙の帳が落ちる。艦橋に居た誰もが脳裏に『敗北』の二文字を過らせ、そこから『敗責』というワードへと連鎖した途端に血が凍りそうな悪寒に襲われた。

 常識的に考えれば勝利は硬い筈だった。日照の兵力は大凡で多く見積もっても精々30万かそこらの筈。対する帝国軍はソレの三倍以上の戦力を投入した。これまで数の暴力で勝利を積み重ねてきた事も有り、今回も帝国軍の勝利を信じて疑わなかった。

 だが、その結末は敗北という形で裏切られ、予想外のどんでん返しに殆どの帝国人は愕然となった。信じられなかった。いや、信じられる訳がなかった。そして帝国軍の勝利を信じて疑わなかった筆頭である総司令官バロムがヒステリー気味に沈黙を打ち破った。


「撤退だと!? 馬鹿な! あれだけの戦力を投入したにも関わらずか!? 有り得ん!」

「こ、これは何かの間違いでは!?」

「閣下、今は真偽を質す猶予はありません」ローベンが諭すように言う。「後発隊の報告が事実ならば全滅は時間の問題です。直ちに残りの予備戦力を差し向けて部隊の回収を支援すべきかと」

 

 ローベンの提案にバロムとオスターは理解し損ねたように目を丸くした。そしてじっくりと今の台詞を咀嚼して、彼の狙いが何かを読み取ると憤然したかのように顔を真っ赤に染め上げた。


「貴様! 我々に逃げろと言うのか!?」

「後発部隊が敗北したとなれば、先発隊も同様でしょう。ですが、例え無事だった双方の部隊を回収しても侵攻は困難を極めます。ここは一度態勢を立て直してから――」


 と、ローベンが現時点における最善策を述べようとするが、全てを言い切る前にバロムの拳が空を横切った。頬を打たれたローベンが固い鉄の床に倒れ込み、艦橋内の空気が緊張で急激に圧迫される。

 ローベンは立ち上がりながら上司を戒めるように見据えるも、直ぐにその表情は諦念に取って代わられる。何故なら血が上って薄くなった頭部まで赤く染まった今の彼は、貴族特有の癇癪を引き起こしており、他人の言葉に聞き入れられない状況であったからだ。


「貴様! それでも帝国軍人か! 敵に背中を見せて逃げるなど恥知らずめ!」

「今は恥を気にしている場合ではありません! 全責任は私が取ります! その結果が極刑だったとしても受け入れましょう! ですから、兵士達を回収させて下さい!」


 バロムはチッと舌打ちを飛ばし、彼を無視するかのように通り過ぎて前へ出た。艦橋越しからは嵐で荒れ狂う海原を挟んで日照の大陸が窺え、目を眇めば玄関口である入り江の傍に停泊する無数の揚陸用ボートも辛うじて見て取れた。

 砲撃で地形が変わった事によってボートの大群はやや間隔を取っているが、それでも密集している事に変わりなく、その一帯だけ水面に着水した海鳥の群れを彷彿とさせた。ボートは魔法によって制御されており、故に常時激しい起伏を繰り返す波の中でも転覆せずに済んでいた。

 バロムは恨みがましい目でソレを見据えた。彼からすれば目立った働きも出来ずに死んだ兵士は役立たず以下の存在だ。生きる価値さえも無いと言っても過言ではない。やがて功を失った全ての責任は無能な兵士にあると決めつけ、彼は常人ならば選ばないであろう非道な手段を選択した。


「艦隊を暗礁領域の限界点まで接近させ、そこから内陸に向かって砲撃する! 今ならば犬共を諸共吹き飛ばせる筈だ!」


 一瞬、艦橋内の誰もが言葉を失い、沈黙とは異なる唖然とした静寂が満ちた。それは言外に味方を巻き添えにしてでも敵を倒せと命令しているも同然だからだ。

 しかし、貴族にして総司令官であるバロムの命令に真っ向から逆らえる乗組員一般人は居なかった。されども非道な命令を聞くべきなのかという良心の呼び掛けに苛まれ、結果として口を閉ざす以外に道は無かった。ローベンを除いては。


「閣下!」ローベンが顔色をサッと変え、絶叫するように声を上げた。「お待ちください! それでは仲間を巻き添えにします!」

「何を言うか! このままおめおめと逃げ帰ったところで御咎め無しで済むものか! せめて敵に甚大な被害を与えなければ、此処まで来た意味が無かろう!!」

「その為だけに味方を見殺しにするおつもりなのですか!?」

「見殺すだと? 馬鹿馬鹿しい!」バロムはサッと腕を振って彼の言を払い落とした。「奴等の死を無駄なものから有意義なものへと変えてやる私の気遣いが分からんのか! 敵を道連れにして帝国の勝利に貢献出来るのだ! これ以上に名誉のある滅びなどない!」

「名誉ですって!? それは貴方達にとってであり、彼等にとってではない! 味方の名誉欲の為に殺されては彼等も浮かばれません!」

「ええい、黙れ! そもそも貴様の指揮権は味方が日照に上陸するまでであろう! 某パ位に終わった以上、貴様の――」

「そ、総司令官!」


 突如として割って入ってきた通信兵の声で苛立ちが限界に達し、「何だ!?」と大声で怒鳴り散らしながらバロムは振り返る。しかし、通信兵はバロムを見ていなかった。緊張で見開いた目は、彼が面している計器――レーダーに張り付いたままだ。

 丸い緑色の盤面の上を光の線がグルグルと回り、周囲の物体をキャッチするとソレの大きさに合わせて大なり小なりの光点を浮かび上がらせる。そして今、盤面は九時の方角から極めて巨大な反応が近付いている事を示していた。


「何だ、これは……?」

「わ、分かりません」レーダーに目を向けたまま兵士は唖然とした面持ちで答える。「しかし、レーダーが正しければ直径二百km以上の何かが此方に迫っているのは確かです」

「馬鹿を言うな! 直径二百キロ以上の動く何かだと!? あの犬共にそんな巨大な軍艦を作れるとは思えん! どうせレーダーの故障――」

「お、叔父上!」


 バロムがパッと振り返ると、甥のオスターが恐怖で引き攣った面持ちで九時の方角を指差していた。それに釣られて艦橋に居た全員が彼の指差す先を見遣り――恐怖を分かち合うように顔を引き攣らせた。

 まだまだ距離こそあるが荒れ狂う海原の上に巨大な黒い影が微動だにせず鎮座していた。頭上に覆い被さった暗雲の天蓋と、降り注ぐ豪雨のカーテンのせいで視界は劣悪だが、それがレーダーで捉えた反応だと誰もが瞬時に理解した。

 しかも、それは紛れもなく此方に近付いてきている。その証拠に近付くにつれて物体を覆っていた影が徐々に薄れていき、そして相対距離が百kmを切ったところで漸く全貌を露わにした。


「……島?」


 艦橋に居た誰かが呟いたが、それは全員の心の声を代弁しているに違いなかった。その影の正体は明らかに島と言わざるを得ない。青々とした草原に覆われた陸地があり、丸みを帯びた海に面した岩壁があり、まるで幼児が好む御伽噺の絵に搭乗する無人島のソレに近いデザインだ。

 只の島ならば安堵したであろう。だが、それが動くとなれば話は別だ。島が勝手に動き出すというのは、天と地が逆転する程に有り得ない話だ。魔法で生み出された可能性もあるが、島を創造する魔法技術など聞いた事がない。そんなのは帝国だって不可能だ。

 すると、草原の映えた陸と海に接した陸の間に走った線を境に島が開き、その合間から覗く深淵のような闇からズルリと巨大な腕が伸び出てきた。内側にビッシリと吸盤の生えたソレは烏賊の触腕に似ているが、規格外の大きさは腕一本だけで戦艦数十隻を纏めて捻り潰せそうだ。


「ま、魔獣!?」

「あんな化物みたいな魔獣がどうして……!?」

「日照の切り札か!?」

「こ、このままだと激突するぞ!」


 島の正体が魔獣だと判明するや、艦橋内が一気に慌ただしくなる。あんな巨大な魔獣と真っ向からぶつかれば、此方が無事で居られる筈がない。否、それ以前に勝ち目なんて無いことは誰の目から見ても明らかだった――只一人を除いては。


「ええい! 落ち着かんか!」


 乗組員達は金縛りにあったかのように身動きを止め、怒号の主であるバロムの方を見遣った。されども、彼等の目には落ち着きが無かった。有るのは生存本能に駆られた焦燥と、一刻も早く逃げ出したいという衝動だけだ。だが、バロムは彼等の意図を汲み取ってはくれなかった。


「あの程度の魔獣が何だ! 我が国では念にビッグバンによる大型魔獣や大量の魔獣が発生しているではないか! あのような魔獣如きで一々臆するな!」そう叱責を飛ばしたバロムは、呆けるように固まった通信兵へ首を振り向ける。「全艦に告げろ! 戦闘準備に入れとな!」


 流石の乗組員達もコレを了承する返答が出来ず、衝撃の余り唖然としたまま硬直してしまう。そんな中、硬直から一足早く抜け出して異論を唱えたのは、やはりと言うべきかローベンだった。


「待ってください! まさかアレと戦うつもりなのですか!? 幾らなんでも無謀が過ぎます!」

「黙れ! そもそもアレは明らかに我々の方へ向かってきている!」

「ですが、速度は大した事はありません。その気になれば逃げ切れます! いえ、戦う必要はありません。徒に魔獣を刺激する方が寧ろ事態を悪化させるだけです! ここは人命を最優先して撤退なさるべきです!」

「いいや、断る! このまま手柄も無いままに帰った所で、任務失敗の責任を取らされるだけだ! そうなるぐらいならば玉砕覚悟で最後まで戦い抜くべきだ! それが私なりの滅びの美学だ!!」


 ローベンは胸を張って断言するバロムに対し、今まで胸中に押し留めていた殺意や怒りが溢れ返るのを自覚した。自分の誇りの為に自分で始末を付けるのならばまだしも、他人を巻き込んでの自滅など災厄以外の何物でもない。


「貴方は――」

「叔父上の言う通りだ!」


 ローベンがバロムを説得しようと歩み掛けた矢先、背後から賛同の声がやって来た。パッと振り返れば、叔父の演説に感銘を受けた――というよりも、貴族の誇りとやらに自己陶酔した――オスターが笑みを浮かべていた。

 しかし、その笑みは本心ではなく腹に一物を据えた裏を感じさせるものであり、彼が良からぬ事を企んでいるのは明白だった。だが、血の繋がりによる絆を信じているのか、バロムは甥の笑みに隠された真意に気付いていなかった。


「おお、流石はチェーンスター家の血筋だ! それでこそ貴族の尊い血を受け継ぐ者だ!」

「ええ、ですが――」彼はチラッと目線を横に反らし、右手に並行している大型艦を見遣った。「私は彼方の艦に移乗しましょう。万が一、叔父上が戦死なされたら指揮系統が混乱します。最後まで徹底抗戦を図るには、頭脳を分散させた方が何かと都合が宜しいでしょう」


 いけしゃあしゃあと尤もらしい事を抜かしているが、要は叔父と心中するのは御免被りたいと言っているのだ。彼が移乗を願い出たのも巻き添えを避ける為であり、裏を返せば叔父を見殺しにする事さえも辞さないと言っているも同然だ。

 そして本土に逃げ帰ったとしても、全ての責任はローベンと叔父に押し付けられる。あわよくば前代未聞の危機から叔父が命を張って救ってくれたと涙ながらに訴え、演出次第では屈辱を晴らすという大義名分を得て再び戦場に舞い戻れるかもしれない。

 無論、叔父の敵を討つ為ではなく、自分の功績に箔を付ける為だけに。それに気付いたローベンは内心で舌打ちした。そんな浅知恵を働かせるぐらいなら、味方を活かす為の知略を身に付けろ――と。

 だが、身内だからついつい甘く見てしまうのか、それとも他人の心を見抜く目が節穴なのか、バロムが甥の心にある魂胆を見抜くことは遂になかった。


「そうか! よくぞ言ってくれた! それでこそ自慢の甥だ! 良いだろう、私が打ち倒されたら、お前が次の司令官として指揮を受け継ぐのだ!」

「はっ! 有難うございます!」


 意気揚々と退出するオスターを見送ると、バロムは「さてと――」と呟いてローベンの方へ向き合った。スッと突き出した拳の指に嵌めた魔石の指輪から細い糸のような蒼い電流が放出され、ローベンの肉体に蜷局を巻くように巻き付いた。

 如何に軍隊で鍛え上げられた肉体とは言え、流石に魔法攻撃を受ければ一溜まりもない。五秒ほどで電流が掻き消され、全身から薄らと白煙を立ち上らせながらローベンは艦橋の床上に倒れ込んだ。

 痺れに支配された肉体を強靭な意志の力で強引に動かし、ギロリと人一人殺せそうな目付きでバロムを睨み付けた。しかし、バロムは副官の怒りに染まった眼を受けても臆するどころか、勝ち誇ったように頬を釣り上げるばかりだった。


「生憎だが、貴様の反逆的な態度は見過ごせん。営倉で大人しく頭を冷やすが良い。衛兵!」

「ま………待……て…!」


 ローベンが気力を振り絞って訴えようとするも結局は聞き届けられず、バロムの命を受けた衛兵達によって艦橋から連れ出されてしまうのであった。

 艦橋に取り残された乗組員達は最後の希望にして最大の良心が失われた事を悟って絶望で顔を蒼褪める。が、バロムは彼等の反応に気付く様子も無く、寧ろ浮かれたような態度で命令を下した。


「これで邪魔者は居なくなった! 全艦に通達しろ! これより接近中の魔獣を迎撃するとな! だが、案ずるな! 足止めをすればドレッドセブンの二人も駆け付ける! さすれば勝機を見出せる!筈だ」


 その発言に乗組員達は希望を見出すどころか、バロムに対する恨みがましい感情を一掃と募らせた。自分達が功績を独り占めしたいが為に、その唯一無二の切り札を遠ざけたのは何処の誰なのかと……。

 だが、彼等の中にローベンのような気概や反骨精神の持ち主は誰一人としておらず、愚かな羊飼いに従う羊の如く命令に服従する他なかった。



「おいおい、何か近付いておらへんか?」


 ヤクトは片手で庇を作りながら、遠くから迫ってくる帝国艦隊に驚きの眼差しを注いでいた。しかし、その驚きは相手の度胸を褒めたものではなく、相手の無謀さに対する呆れを意味するものであった。

 他の皆もヤクトと似たり寄ったりの表情を浮かべているが、その根底には呆れか困惑が透けて見える。当然だ、島のような――大凡だが北海道を一回り小さくしたぐらいの――私を前にして逃げるどころか立ち向かってくるのだ。常軌を逸していると言わざるを得ない。


「何か策があるのかしらね?」

「いや、恐らく違うと思うで」ヤクトがキューラの疑問に答える。「貴族社会の頂点に立つ貴族様は見栄っ張りやからな。ガーシェルを打ち倒せば英雄として称賛されると名誉欲を刺激されたっちゅーところかな」

「それが無謀な争いだとしてもですか?」


 一国の将と同じ立場である角麗からすれば、個人の名誉欲で軍隊を動かす事が如何に非常識であるかを重々理解している。故にヤクトに問い質す彼女の顔には理解に苦しむとも呆れ果てたとも取れる複雑な色が浮かんでいた。


「ああ。平民を気遣ってくる貴族なんて皆無や。彼等は自分達にとって体のいい道具に過ぎんって思っているぐらいや。その為なら自分の野望に他者を――平民を巻き込むことも厭わへんねん」

「やれやれ」クロニカルドが嫌気に富んだ溜息を吐き捨てた。「聞いているだけで胸糞が悪くなりそうな話だな。で、どうするのだ?」

「そりゃ降ってくる火の粉は払い除けるに限るわな」


 ヤクトの発言の真意を読み取り、殆どが彼と同類の――好戦的な、もしくは悪魔的な――笑みを浮かべる。アクリルだけは遣り取りに付いて来れていないが、取り合えずフンスと両腕でガッツポーズを作ってやる気の姿勢を見せてくれた。

 ヤクト達は分身体にして皆と同じ目線の高さに居たヴォルケーシェルへと振り向いた。その表情からして何を口にするかは言わずもがなだ。だが、敢えて私は彼等がソレを口にするのを待った。幸いにして然程の時も要さず、ヤクトが代表して口を開いた。


「ガーシェル、手加減はいらへん。あいつらをこてんぱんに叩きのめしてやるんや」



「応援要請だと!? 今更になって助けを求めるなど虫が好すぎるわい!」

「今更何を言っても変わりません、それよりも状況は!?」


 カッカッと肩を怒らせながら急ぎ足で進むタルタロスを宥めながら、ランベルトは彼と共に甲板へと踏み入れた。荒波から生じる揺れは魔法制御によって最低限に留められているが、流石に降り注ぐ雨まで防ぐことが出来ず甲板は水浸しとなっていた。

 顔面に叩き付けられるような雨粒に逆らうように目を細めれば、彼方に帝国艦隊の後ろ姿が捉えられた。そして必然と彼等の意識は艦隊の左手から迫りつつある巨大な島と見間違う魔獣へと釘付けられた。


「何じゃ、あの巨大な物体は……!?」

「島……いや、魔獣か!?」


 これまでにも二人はビッグバンによって発生した様々な魔獣を討伐・撃滅する任務に幾度となく当たった経験がある。だが、そんな二人を以てしても島に匹敵する程に巨大な魔獣と相対する経験は皆無であり、精々一般的な大型魔獣――大体10m前後――が関の山であった。


「あの馬鹿共!」タルタロスは怒りを吐き捨てる。「何で逃げんのじゃ!!」


 世界最強を自負する帝国艦隊は巨大な魔獣を前にして逃げるどころか迎撃する布陣を整えつつあった。しかし、魔獣の力を嫌と言う程に知る二人からすれば、それが誤った選択なのは明白であった。

 恐らくは貴族の馬鹿が私利私欲の為だけに無茶を言って戦う事を強いられたのだろう。だとしても、未知の超巨大魔獣相手に勝負を挑むのは色々な面において分が悪過ぎる。何よりも、その一握りの独断のせいで巻き込まれる無関係の人間が余りにも哀れだ。


「このままでは激突も時間の問題です!」ランベルトが深刻な面持ちで言う。「手を打たなければ味方が全滅してしまいます!」

「くそ! 致し方ないか! 先に行くぞ、赤毛の!」

「はい!」ランベルトは先に飛び出したタルタロスを見送った後、甲板に居た兵士の方へ振り返った。「味方の艦隊に撤退を打診し続けてください! それと戦局が悪化したら即撤退を!」

「了解しました!」


 兵士の了承を背に受け止めたランベルトはエアウォークを発動させ、勢いよく甲板を蹴って空へと飛び上がった。連続してリーチを描くように空を小刻みに蹴り続け、先に飛び出たタルタロスに追い付くと二人して先の艦隊へと急行する。


「よもや、例の予知夢がこのような形で実現するとはな……」

「ええ、そうなると艦隊の全滅は免れませんね」

「運が良くても壊滅的被害は免れんじゃろうな」タルタロスは盛大に溜息を吐き出した。「やれやれ、馬鹿共の御守りは荷が重過ぎるわい」

「ローベン副指令は理性ある人だとお聞きしましたが……?」

「例え右腕が優秀でも、それを使う頭が馬鹿では話しにならん。恐らく、何かしらの方法で彼を封じ込めて戦闘を続行したのであろう。全く、自分から右腕を切り落としておきながら戦いを継続するなど正気の沙汰ではないぞ!」


 タルタロスの怒りに同意しつつランベルトは巨大な魔獣へと目線を遣った。恐らく自分達が介入したところで、予知夢が語った結末――艦隊の全滅もしくは壊滅――を避けて通るのは不可能だろう。

 仮に艦隊の全滅を防いだとしても、タルタロスの言うように甚大な被害は免れられない。そして今回の遠征には帝国軍の約三割余りの戦力が割かれており、それを失おうものなら今後の侵略戦争に大きな影を落とすであろう。

 ひょっとしたら、この一戦はドレイク帝国の存亡に関わる重大な出来事になるかもしれない。そんな考えが脳裏に過ったところで、ランベルトは頭を振って自分の考えを振り落とした。

 自分は歴史家でもなければ歴史の立会人でもない。今は一人の帝国人として同胞を助けるのが急務だ。そう自分に言い聞かす事で、彼は未知の魔獣に戦いを挑む事への恐怖心を紛らわした。

 まだまだ二人と艦隊との間には、もどかしさを覚える程の遠い距離が存在する。だが、既に艦隊は魔獣との戦いに突入しており、雷光の如き砲撃の閃光が暗雲に閉じ込められた世界を照らしていた。

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