第223話 ダンジョンボスの正体

「よう、無事だったか」

「そっちも無事でしたか」


 第二階層の魔獣を粗方片付けて第三階層へ続く階段に辿り着くと、一足先に辿り着いていたフドウ達が私達を出迎えてくれた。流石は高位ハンターだと感心するも、直ぐに彼等の表情が優れない事に気付いた。


「どうした、そんな顰め面をしおってからに?」

「ああ、それがよ――」フドウは顰め面で後頭部を掻き毟りながら、三階層へと続く階段を覗き込んでいるアラジンとラカムを見遣る。「ラカムさんが言うにはおかしいんだとさ」

「おかしい? どういう意味でっか?」


 フドウはヤクトの問い掛けに答えず、第三階層に続く階段の手前に居る二人顎をしゃくった。疑念を覚えながらもフドウを素通りして階段の傍へ歩み寄ると、違和感に気付いたかのようにクロニカルドとヤクトは怪訝そうに眉を顰めた。


「気配が……感じられへん?」

「それだけじゃない。魔力も感じられないぞ」


 そう、息苦しさを覚えそうな程に充満していた魔獣の気配や魔力が、第三階層へと続く階段の手前でぷっつりと途絶えてしまっていたのだ。まるで蛻の殻であるかのような印象を覚えるが、それが余計にヤクトとクロニカルドの警戒心を刺激した。


「アラジンはん、ラカムさんは何て……?」

「いや、ラカムさんにも分からないと」

「まさか第三階層だけ異変を免れたという可能性は無かろう?」

「ああ」フドウは太い腕を組みながら頷いた。「何せ第三階層にはダンジョンボスが居るんだ。そこだけ何も無しってのは考え難いぜ」

「……行くしかないっちゅー訳やな」


 二手に分かれていた私達は再び一つのチームとなり、第三階層へと続く階段を下りていった。ラカムを筆頭にフドウとヤクトが前衛に付き、中衛にはアラジン(及び彼の肩に乗ったキール)とクロニカルド、そして後衛には私とコンゴウが付いた。

 それまで身体に纏わり付いていた気配が下るにつれて薄れていき、それに伴い肩の荷が軽くなるような身軽さを覚える。しかし、肉体的な好調とは裏腹に却って不気味さが増していき、精神面では不安と緊張が高まる一方だ。

 やがて第三階層へと続く入り口を潜り抜けると、第一階層や第二階層とは大きく異なる風景が現れた。中央に置かれた四角いリングを四方から伸びたなだらかな石段が取り囲んでおり、その様はさながら現世にあった武道館を彷彿とさせる。


「ここは……第三階層そのものがボス部屋となってるんか?」

「妙だな」アラジンが顎に指を添えながら独り言ちる。「第三階層も迷宮だったと聞いていたが……?」

「珍しい事ではない。ダンジョンの中には構造を作り変えるものもあると聞く。もしかしたら第三階層を簡易化する事で魔力を節約し、その分を第一階層や第二階層に充てていたのかもしれん」

「その点に関しては素人の俺達がああだこうだ言ってもどうしようもねぇよ。問題なのはソコじゃねぇ。肝心のダンジョンボスが居ないって事だ」


 フドウの言う通り、本来ならば第三階層に居るはずのダンジョンボスの姿は何処にも見当たらなかった。何処かに潜んでいる可能性も考慮したが、隠れられそうな遮蔽物もギミックも見当たらず、ましてや気配はおろか魔力すらも感じられない。となると、居なくなったと考えるのが妥当であろう


「だとしたら、何処に行ったんや?」

「兎に角、調べてみよう。何かが分かるかもしれない」


 私達は周囲を警戒しながら徹底的に研磨された石段を下り、中央に置かれたリングへと近付いていった。長い間に渡って侵入者が居ないにも拘らず、高さの異なる――恐らく階段と観客席に分けられているのだろう――石段には埃一つ乗っていない。

 そして先頭を進んでいたラカムが石段からリングへ足を移した時、パシャッと水を踏み締める音が鳴った。パッと目線を下に落とすと、リング一面が床上浸水したかのように水溜まりで埋め尽くされていた。


「水……?」

「何で、こんな場所に?」


 ダンジョンの内部構造は一部の例外を除けば、その土地が有する特徴……所謂土地柄と大きく結び付いている。例えば山脈とか鉱山ならば洞窟のような造りを、水辺ならば豊富な水を活かした造りを……と、いった具合に。

 しかし、このエルドラは砂漠地帯だ。近くに広大なオアシスがあると言っても、それだけで水に関わりあるダンジョン構造になるとは考え難い。そうなると、考えられる可能性は一つだけだ。


「まさかダンジョンボスのか?」


 フドウの予想に反論は起こらず、代わりに息を呑む音が返ってきた。砂漠のダンジョンでラスボスが水系の魔獣……何処かチグハグな気がするが、ダンジョンとは常に常識外れなものなのだ。寧ろ、侵入者に対して底無しの悪意を持っていると考えれば、その組み合わせも有りであろう。


「ラスボスもゴーレムだろうと高を括って、いざ足を踏み入れたら水系の魔獣が鎮座してた……」ヤクトがうんざりした面持ちで溜息を付いた。「どんだけ悪辣やねん」

「成る程な、今までの冒険者もそのような固定概念が原因でやられたのだろう。加えて、皆ダンジョンで死亡しているから情報を持ち帰れない。そしてボスの存在に恐れをなしたと」

「だが、そうなるとダンジョンボスは何処に行ったんだ?」


 アラジンが疑問を呈すると、何かに気付いたかのようにラカムは手にした手帳に文字を書き殴る勢いでペンを走らせた。そして不思議そうに見守る私達に向けて、手帳を翻してソレを見せた。


『ガーシェル、最下層の下を探るんだ』


 何故という疑問も無い訳ではないが、鬼気迫るソレに気圧される形で私はマッピングを発動させた。脳裏にダンジョンの断面図のような図面が浮かび上がり、意識を下の方へと辿らせていく。

 程無くしてダンジョンの最下層から数百m程下ったところを流れる青い線を発見した。どうやらエルドラの生命線であるオアシスと繋がる水脈のようだ。と、そこで私の脳裏に一つの可能性が芽生え、戦慄に似た衝撃が背筋を駆け抜けた。


『まさか……』

「おい、ガーシェル。何を見付けたんや?」

『こ、これを見てください!』


 私は脳裏のデータを吐き出した泡に投影してヤクト達に披露した。それを覗き込んだヤクト達はダンジョンの真下にある水脈の存在に気付くや、私と……いや、ラカムと同じ懸念に気付いたのか顔色を一変させた。


「おいおい、もしかしてダンジョンボスが水脈を通ってダンジョンを抜け出したって言うのかよ!?」


 フドウが慌ただしく問い質すと、ラカムはカシャリッと首の関節を鳴らして肯定した。此処が蛻の殻だと判明している以上、既にダンジョンボスは水脈を通ってエルドラのオアシスへ向かっている可能性が高い。

 只でさえ街はダンジョンから溢れ出たゴーレムで混乱しているのだ。そこへオアシスからダンジョンボスが登場すれば、混乱に拍車を掛けるのは言うまでもない。当然ながら地上へ戻るという決定に異論は無かったが、そこで一つの問題が浮上した。


「しかし、今から戻るにしても小一時間は掛かるぞ? 間に合うのか?」


 ヤクト達は返答に窮し、気難しい面持ちのまま俯いた。このダンジョンは只でさえ迷路のように複雑であり、そして道程も極めて長い。最短ルートを辿ったとしても小一時間は掛かるだろうし、道中で魔獣と遭遇しないとも言い切れない。

 それらを抜けて外へ出た時には既に手遅れではないのか。しかし、だからと言って足を止める訳にはいかない。そんな事をすれば手遅れどころか事態が最悪へ突き進むばかりだ。けれども、他に方法が無いのかと思わずには――と、そこで私の脳裏の泉に一滴の名案が滴り落ちた。


『皆さん、少し宜しいでしょうか?』


 ヤクト達は気難しい面持ちを掻き消して私の方へ振り返った。そしてたった今思い付いた名案を披露すれば、それまでの気重な空気は瞬く間に四散し、一筋の明光を見出したかのように彼等の表情も明るさ(希望)を取り戻していく。


「成る程、これなら……!」

「例え失敗してもやってみる価値はあるな……!」

「急ぐぞ! どちらにしても善は急げだ!」


 私達は駆け足で踵を返し、第三下層を後にした。光源を失った第三階層は瞬く間に暗闇に支配され、石段を蹴り飛ばす甲高い足音が反響し……やがて静寂に呑まれて無に帰した。



 クーデター派の拠点が置かれた倉庫街は一種の前線基地と化していた。本来ならばクーデターが成功した時点で無用の長物となる筈だったのだが、ダンジョンから溢れ返ったゴーレム達の騒動によって司令所となる場所が急遽必要になったからだ。


「ゴーレム、南東通りは鎮圧しました!」

「ハンター達の増援が西通りに到達しました!」

「北通りは持ちそうか!?」

「北よりも東だ! そっちには大勢の市民が未だに残っている! 其方に戦力を振ってくれ!」


 次々と舞い込んでくる情報と、それを捌いて次の行動を指示する声が倉庫内を飛び交う。刻々と移り変わる戦況に合わせて、地図上に置かれた駒――魔獣を意味する赤い魔石、兵力を意味する青い魔石、そして無力な市民を意味する緑の魔石――が慌ただしく動き回る。

 マリオンとイーサンの親子、そしてアクリルとキューラは傍観者の如く、その一部始終を見守るばかりだ。とは言え、自分達は部外者であり、彼是と口を挟める立場でない事は分かり切っている。アクリルだけはこれまでも戦いに参加していただけに、少し歯痒そうにウズウズしているが。

 だが、アクリルが参加せずとも事態は終息しそうだ――マリオンはクーデター派の面々の合間から覗く地図を見て、そう判断した。時間を置いたおかげで冒険者達も混乱から立ち直り、今や自警団と協力してゴーレムの迎撃に当たっている。

 加えて角麗とアマンダの獅子奮迅の活躍もあって、前線の士気は高いという情報も小耳に挟んでいる。不安要素は今のところ見当たらない――が、油断は出来ない。未だにゴーレムはダンジョンから出てきており、その数が止む様子は見当たらない。


(しかし、これでも数はまだ少ない方のはず……。外に出てきた冒険者の協力もあれば、きっと騒動は間も無く終わる筈――)


 その時、情報伝達の役目を担った自警団の男性が慌てた様子で倉庫に飛び込み、マリオンの物思いを遮った。倉庫内の喧騒が水を打ったかのように止み、その場にいた全員の眼差しは男へと注がれる。

 その様子に嫌な予感を覚えながらも、クーデター派の一人が「何があったんだ?」と怪訝そうに尋ねる。男は息を整えようと必死に肺へ酸素を送り込み、膝に手を当てた前傾姿勢のまま身体を何度も上下させた。そしてパッと顔を持ち上げると、暑さでやられたかのような掠れた声で叫んだ。


「お、オアシスから……魔獣が出現しました!」


 不意を突かれたかのような騒めきが倉庫内を圧迫し、人々の目線は中央に置かれた地図へと集中した。文字通りエルドラの生命線であるオアシスは都市を外れて、南東へ5キロ程進んだところにある。

 だからだろう、直ぐに人々は落ち着きを取り戻した。オアシスから現れたのならば、魔獣がエルドラに到達するまでに時間はある筈だ。問題は、オアシスから現れた魔獣が何なのかだ。それに付いて問い質そうとした時、サァァァッと清流のような心地良い音が鼓膜を撫でた。


「何だ?」

「水の音……?」


 だが、此処は砂漠のど真ん中だ。水の潺など有り得る筈もなく、必然と音源を探し求めて人々の目線は辺りを彷徨った。そして集約されるように一ヵ所に縫い付けられた途端、驚愕を覚えたかのように目を見開いた。

 倉庫の入り口からチョロチョロと水溜まりが乾いた地面を侵略するかのように迫っていたのだ。屈強な自警団員が率先して外へ出れば、倉庫街の通りは渓流の如く水の流れる通り道と化していた。


「水が……?」

「ど、どういう事だ!?」

「ま、魔獣の仕業です!」


 人々はパッと振り返り、声を上げた男を見遣った。既に息を整え終えて背筋をシャンと真っ直ぐに伸ばしているが、蒼褪めた表情は魔獣の脅威に怯えているという内心を覗かせている。


「オアシスから現れたのは……ウォーターゴーレムです!」

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