第207話 束の間の再会
「美味しかったねー」
「うん、おいしかったー!」
テーブルの上を支配していたエルドラ料理の軍勢を平らげ尽くし、アクリル達は御満悦の笑みを綻ばせた。空腹による影響も大いにあるだろうが、彼等の食欲を刺激したのはふんだんに用いられた香辛料の存在が大きいであろう。
この三か月に及ぶ旅路の中で何が辛かったと聞かれれば、恐らく誰もが味の薄さと応えていたに違いない。何せ長旅になる事は確実だったし、調味料を始めとする食料関係は特に節約が必要だ。その苦悶から三か月ぶりに開放されたのだから、食事の勢いに拍車が掛かるのは当然だ。
「いやはや、こんな美味しい料理の店まで紹介してもろて……何て御礼を言えばいいのやら」
「ははは、気にすんじゃねぇよ! 折角の再会なんだ、これぐらいどうって事ねぇさ」
フドウは豪快に笑いながらヤクトの背中をバンバンッと叩いた。その衝撃に耐え切れずヤクトは思わず噎せ返るが、それでもフドウに対する……いや、三獣士に対する憧れの念が強いからか恨みがましい目も向けず、只々嬉しそうに笑うばかりだ。
この店を選んだのは他でもない、彼等の紹介があったおかげだ。しかも、私みたいな従魔随伴が可能という店をだ。とは言え、流石に私の巨体では店内に入れず、必然とテラス席のような店外での食事となったが文句無しだ。
「しかし――」クロニカルドが会話の口火を切る。「どうして此処に貴様達が居るのだ? てっきりラブロス王国に居るものだと思ったぞ」
「いやなに、実を言うと選抜試験の試験官を請け負う少し前にエルドラから出張依頼が来ていてな。試験が片付いたら其方へ向かう予定になっていただけさ」
「では、私達がダンジョンから出た時には既にエルドラへ旅立っていたのですね」
「そういう事だね。で、ダンジョン攻略はどうだったんだい? 最下層まで行ったのかい?」
アマンダは好奇心で目を輝かせながら、隣に座るヤクトに詰め寄った。しかし、ヤクトは苦笑いを浮かべながら視線を逸らすばかりだ。恐らくは事の顛末――秘宝とも言えるアクエリアスの所有者が私になってしまった事――をどう説明すべきか迷っているのだろう。
「まぁ、話すと長くなりますので後回しにさせて下さい。それよりも、もしかして此処に来たのって……」
「ああ、例のゴーストリッパーさ」
「何なの、それ?」キューラが興味を持ったように問い質す。「アンデッドの新種?」
アンデッドと聞いてアクリルの小柄な身体がビクリと震える。先のダンジョンで体感したトラウマを思い出したのだろう。それに気付いた角麗が落ち着かせるように頭を優しく撫でると、不安が和らいだのか安堵の面持ちを取り戻した。
「正直に言うと、今はまだ何も分かっちゃいない。分かっている事と言えば、ダンジョン内を徘徊する神出鬼没のアンデッドってくらいだ。通常のアンデッドと比べて剣の腕が立ち、滅法強いことから人切り幽霊(ゴーストリッパー)なんて呼ばれていやがる」
「珍しいですね。確かエルドラのダンジョンは鉱物魔獣が殆どだったのでは?」
「ああ、だから運悪く死んだハンターの死体がアンデッドに変わっちまったんじゃないかって説も出ているんだ」
「そんな事が可能なのですか?」
マリオンの問い掛けにフドウは口を開き掛けるも、直ぐに困ったように口を閉ざした。どうやら三獣士もまたマリオンの正体に薄々感付いているみたいだ。しかし、マリオンは朗らかな……されども有無を言わせぬ主張の強い笑みを浮かべた。
「お気になさらないで下さい。私はトウハイまでの旅路の安全を確保する為に彼等を雇った、富裕層の一人という設定です。私達の素性を明かさなければ、適当な態度で接してくれて構いません」
「あ、ああ。そう言ってくれると助かるぜ」ゴホンッと咳払いしてフドウは気を取り直すように話を進める。「兎に角、可能か否かで言えば可能だ。但し、そんな事例は極稀だがな」
「しかも、剣の腕が立つとなれば相応の力量を持ったハンターに違いない。だからこそ、俺達が呼び出された訳なんだが……」
「何かあったんでっか?」
尻窄みとなって途切れた台詞の続きを促され、アラジンは困ったように視線で仲間の意見を求めた。それに対して二人が頷き返して許可を出すと、意を決したように重い溜息を鼻から抜かし、深呼吸を一回挟んでから静かに語り出した。
「これが思いの外に難題なんだ。先ず第一に、さっきも言ったけどゴーストリッパーは神出鬼没だ。それに遭遇したからと言って必ずしも襲われるとは限らない。ある時は興味なくハンターを素通りしたかと思えば、ある時はハンターを徹底的に追い詰めたりもする」
「気まぐれ……と呼ぶには、少し違うような気がしますね」
「少なくとも、そいつがダンジョン内において他の魔獣と一線を画すイレギュラー的存在なのは確かだ。そして、もう一つの疑問が――」
その時、ドカドカと荒々しい足音が通りを埋め尽くし、私達は怪訝そうに辺りを見回した。青い民族衣装を来た男達が挟み撃ちでもするかのように通りの前後から迫り、そのまま私達を取り巻くように包囲する。
自分達を取り囲む無数の大人達を前にして、子供達はすぐさま各々の保護者――――キューラとマリオンに縋り付いた。その怯え切った表情からはすっかり委縮してしまった心境が読み取れ、そんな二人を守るように保護者達はギュッと優しくも離すまいと抱き返した。
そしてヤクト達も彼等を守るように立ちはだかり、周囲を埋め尽くす青い衣の男達に注意深い眼差しを投げ掛けた。しかし、クロニカルドは兎も角として、ヤクトと角麗に関しては其処に戸惑いも込められていた。
「どういうこっちゃ……?」
「ヤクトよ、貴様はこやつらを知っているのか?」
「ああ」男達に視線を向けたままヤクトは問いに答える。「この連中は自警団や」
「自警団ですって?」キューラが思わず口を挟む。「どうして、そんな人達が……?」
青い海が割れるかのように自警団の人込みがパッと分かれ、その間から一人の男が歩み出てきた。現れたのは日に焼けた朝黒い肌をした大男だった。几帳面に刈り込まれた角刈りの黒髪と黒髭はエルドラ人の証拠だ。
その衣服は内側の筋肉で大きく盛り上がっており、フドウに勝るとも劣らぬ迫力を秘めている。だが、その両眼には穏やかで魅力を感じる知的な輝きを秘めており、見た目に寄らず知性的な人物だと言う印象を私達に植え付けた。
しかし、今やその目には面目ないと言わんばかりの罪悪感が込められていた。そして私達の方へ歩み寄ると、彼は重々しく口を開いた。
「失礼だが、三獣士の諸君かな?」
「ああ、そうだが? 何か用かい?」
フドウは飄々と尋ねるが、その態度に微塵の油断も隙も無い。他の二人も同様であり、もしも手荒な真似をすれば即座に攻撃に打って出られるであろうと誰もが予想出来た。無論、それが彼等なりの防衛手段なのは言うまでもない。
だが、それは向こうとて同じ事だ。手荒な手段に打って出られたら全力で阻止するという硬い意志が鉄面皮のような表情から読み取れる。そもそもたった三人を相手に、これほどの人員を動員したのだ。その時点で彼等の実力を認めているも同然である。
「今回の人切り幽霊の一件で貴方達が裏で関与しているという情報を入手した。幾つか聴取したいことがあるので、自警団の詰所への御同行を願いたい」
「はぁ!?」
と、思わず素っ頓狂な声を上げたのは部外者であるヤクトだ。しかし、こればかりは聞き捨てならないという気持は分からないでもない。
何せ憧れの三人が謂れもない濡れ衣で犯罪者として扱われようとしているのだ。これを見過ごせるファンなど居ない。だが、濡れ衣を着せられようとしている本人は余裕の笑みを崩そうとしない。
「ほう、そんな情報がねぇ。教えてもらいたいもんだな、その情報を流したのが何処の誰なのか?」
「無論、その真偽を確かめる為にも事情聴取したいのだ。何卒、御同行を頼みたい」
隊長格と思しき男は部下の面前にも拘らず、その大きな頭を深々と落とした。そこには事を穏便に済ましたいという思いと、このような茶番に付き合わせて申し訳ないという三人に対する謝罪が読み取れた。
恐らくだが、この人は三獣士が人切り幽霊とは無縁だと知っているのだ。にも拘らず、こうして三人を連行しに来たという事は……上の圧力があるのか? だとしたら、何の為だろうか?
まるで時間が固まったかのように暫く膠着状態が続いたが、やがてフドウは重々しい溜息を吐いて立ち上がった。どうやら先に折れたのは意外にも彼の方らしい。しかし、それは相手の誠意に押し負けたと言うよりも、これ以上周囲の耳目に晒されたくないという個人的な思いが強かったが。
「分かったよ。行けば良いんだろ? だけど、俺達が居ない間に従魔達の面倒は見てくれるんだろうな?」
「無論だ。それは約束しよう」
「分かったよ」
行こうぜ――という彼の言葉に従ってアマンダとアラジンも立ち上がった。その態度は如何にも渋々と言わんばかりだが、下手に逆らって捕まるよりかはマシだと考えているのか比較的に大人しい。
そして自警団に連れ添われながらその場から立ち去ろうとした矢先、フドウは何かを思い出したかのようにテーブルに取り残された私達の方へ肩越しに見遣った。
「すまねぇな、ヤクト。後は頼んだぜ」
それだけ言い残して自警団に連行されるフドウを、私達は複雑な面持ちで見送る他なかった。だが、それ以上に『後は頼んだ』という言葉が引っ掛かる。そして自警団の集団が立ち去ると、通りは騒ぎなど無かったかのように本来の明るい活気を取り戻していった。
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