第十二章 砂漠の都編

第206話 エルドラ

※第204話にて闇夜の狼王を連れて行く予定でしたが、彼等もラブロス王国防衛線に回って頂きました。それに伴って204話の内容を一部修正しました。


 エルドラを出立してから三か月が経過したが、今日も今日とて灼熱の太陽が私を凝視していた。美しい曲線を描いた聖鉄の貝殻に太陽の光が照り返され、只でさえ暑苦しい空気を一層と過熱させる。

 太陽が昇れば黄金となり、沈めば白銀となる砂漠の風景は、当初こそ見慣れぬ風景への感動や憧れもあって楽しめていた。だが、それも三か月も過ぎれば流石に退屈が上回り、加えて進んでも進んでも代わり映えしない砂の海原に辟易すら覚えていた。

 貝殻の上ではヤクト・角麗・クロニカルドの三人が腰を下ろし、前から後ろへと流れていく砂漠の風景を見守っていた。他の人々はシェルターに非難しており、熱さと砂塵の鬱陶しさから開放された快適な時を過ごしている。

 だが、三人と打って変わって何の苦労もしていないかと言われれば答えは否だ。シェルターに居る間、マリオン王妃やキューラ女史はアクリルやイーサンに現代常識を始めとする勉学を教え、ヤクト達とは異なるベクトルで己の務めを果たしている。


「ヤクトよ」「退屈から来る苛立ちが籠った声色でクロニカルドが尋ねかける。「本当に目的地に近付いているのだろうな?」

「安心しぃ、目的地まで後少しや」対照的にヤクトは退屈さえも旅路の醍醐味として楽しむような飄々とした声で返す。「そこで小休憩を挟むぐらいは出来るで」


 出立する前にラブロス王の計らいで可能な限りの物資を頂戴したとは言え、流石にそれだけで目的地であるトウハイまで弾丸ツアーの如く一直線とはいかないだろう。物資の補給は必要不可欠であり、その為に私達はある場所へ寄る必要があった。


「見えてきましたよ」


 前方を見据えていた角麗の声に釣られ、ヤクトとクロニカルドはパッと前を見据えた。砂地から立ち上る熱気が蜃気楼となって視界の風景を歪ませていたが、進むにつれて歪みの先にある物体の輪郭が明確になっていく。

 そして一キロほど進んだところで視界の蜃気楼が収まり、巨大な都市をぐるりと囲う外壁現れた。外壁からは真っ白い巨塔のような高層物が頭を覗かせており、その様はまるで純白の陶器が並び立っているかのようのな美しさがあった。


「間違いあらへん、エルドラや!」


 太鼓判を押すかのように断言するヤクトの台詞を耳にし、クロニカルドは安堵したかのように溜息を付いた。そこには漸く一息付けるというささやかな喜びと、違う風景で目を癒せるという小さな幸せが込められていた。


 エルドラ――それはディザートロードの中央に築かれた、唯一無二の砂漠都市だ。最大規模のオアシスを囲うように作られた都市には数多くの砂漠の民達が暮らしており、今やラブロス王国の首都クロイツに勝るとも劣らぬ発展を成し遂げた都市国家として名を馳せている。

 また地理的都合もあって嘗ては東西の二大大国を結ぶ交易の一大中継拠点として栄えた歴史を持ち、双方から流れ込んだ文明や技術を吸収して新たな文化体系を築き上げる事に成功した奇跡の都市としても有名だそうだ。


 此処でならば物資の補給も滞りなく進められ、過酷な(肉体面は兎も角として、精神面での疲弊が酷い)長旅で摩耗した英気も養える。そんな期待で胸を膨らませながら街へ踏み入ったのだが、それが裏切られてしまうとは……この時の私達は知る由もなかった。



「わー、すごいねー!」

「人が一杯居ますね!」


 アクリルとイーサンは貝殻の上で背伸びをしながら、エルドラの街を見渡した。その目には興奮と好奇心がぶつかりあい、スパークを引き起こすかのようにパチパチと瞬いている。そんな無邪気な二人の姿に傍に居たマリオンもほっこりと微笑んでいる。

 だが、二人が興奮するのも無理ない話だ。目の前に広がる街の大通りを大勢の人間が埋め尽くし、その膨大な数に相応しいだけの活気と賑わいが充満していた。その様相はラブロス王国の首都クロイツに勝るとも劣らぬ程であり、加えて異国情緒の街並みが一層と興味をそそり立てる。


「ほう、これは中々のものではないか」

「せやろ? ここには東西の文化が入って来る上に、観光客も相当数に押し寄せる。正に砂漠のラビリンスや」

「それにエルドラには両国にない名品もありますからね」

「名品だと?」


 角麗が指差す先を目で追えば、そこには一つの露店に密集して和気藹々と賑わう人々の姿があった。その隙間から目線を縫わせるように走らせると、店先には様々な装飾やデザインが施された陶器をベースとした魔具が並んでいた。


「アレは……魔具か?」

「そう」キューラが得意気に口を挟む。「エルドラは魔具作りが盛んな都市としても有名なの。豊富且つ高性能な魔具が数多く揃っていることから、魔具の都(みやこ)とも言われる程なのよ」

「しかし、土台は陶器がベースみたいだが? アレでは耐久性に難があるのではないのか?」

「そこがポイントよ。確かにクロニカルドちゃんが言ったみたいに陶器がベースだから耐久性は劣るけど、その代わりに生産性が極めて高くて輸出に向いているのよ」

「何と、魔具を輸出するのか……!?」


 クロニカルドからすれば魔具は秘密兵器とまではいかないが、それでも自国の魔導技術……所謂、最先端技術を用いた最高傑作だ。それをホイホイと余所様の国へ輸出するという感覚自体が信じ難いのであろう。


「そもそも、魔具と言っても必ずしも戦闘向けという訳じゃないわよ。例えば食物が傷まないように低温で保存してくれる魔具や、衣服を自動的に洗ってくれる魔具とか。所謂、生活に役立つ魔具ってところね」

「成る程な、魔具を戦いではなく生活必需品の道具にするとは……。これは中々に盲点だったな。しかし、魔具を売り出すにしても魔石はどうするのだ? 如何にも性能が良くても、それは補い切れんだろうに?」

「それに関してはちょっとした絡繰りがあるんや」そう言うとヤクトは喧騒渦巻くエルドラの町へ顎をしゃくった。「そろそろ行こうか。観光とかも楽しみやけど、今は一刻も早く宿のベッドで眠りたいわ」


 彼の意見に皆は同意するように笑みを浮かべながら頷いた。異国情緒の雰囲気を味わうのも良いが、やはり今は休みたいという思いが上回っているようだ。まぁ、私も同じなんですがね。



 慎重に氷を割って進む砕氷船のように人込みを割りながら、私達はエルドラの大通りを進んでいった。この街に魔獣がいる事自体が珍しい上に、私達自身が余所者で構成されているメンバーである事も加わり、周囲からは容赦ない好機の目線が投げ掛けられた。

 せめてもの救いはソレ等が悪意や敵意のある目や邪な考えを抱いた目でない事だ。とは言え、此方はお忍びでマリオン王妃とイーサン王子を護衛しているのだ。出来る事ならば余り目立ちたくない。キューラ女史は何だかんだで私にべったりなので無問題である。

 擽ったい眼差しの筵に晒されながら漸く通りを抜けると、目の前には大通りを六つに分ける広場が現れた。広場の中央には天を突かんばかりの巨大な塔が聳え立っており、日時計のように長い影を街に投げ掛けている。


「わー、何かすごそー」

「アレは一体なんだ?」

「ダンジョンですよ」

「何? こんな街中にダンジョンだと?」


 よもや街中にダンジョンがあるとは想像もしていなかったクロニカルドは、意外そうな面持ちでパッと角麗の方へ振り返る。


「ええ、そうです。今でこそディザートロード最大の楽園、一昔には東西大国の架け橋などと言われていましたが、エルドラはそもそもダンジョン都市として名を馳せた古代都市なのです」

「そういうこっちゃ。そしてエルドラが魔具を大量生産出来るのも、このダンジョンがあってこそや」


 「どうしてー?」と不思議そうに声を上げるアクリルに、キューラが自慢げに教えてくれた。


「ダンジョンで魔獣を倒すと大抵がドロップアイテムになるのは知っているでしょ?」

「うん! 前に行ったダンジョンでアクリル達、いーっぱい拾ったよー!」

「エルドラのダンジョンでは数多くの魔石がドロップアイテムとして得られるの。そしてエルドラは冒険者に対して相場……つまり平均的な値段よりも魔石を高く買い取りますよーって宣伝しているのよ」

「成る程な」クロニカルドが独り言ちる。「それで魔石を安定的に供給し、効率良く魔具を売り出しているという訳か」

「そういうこっちゃ。それに魔石も大小問わず良質なものばかりやさかい、中々に高値で――」

『おい! 早くしろ! 急げ!』


 ヤクトが嬉々として語ろうとした台詞は、突如として割って入ってきた第三者の声に遮られた。その緊迫した声に私達のみならず、広場に居た人々も何事かと思わず足を止めて其方へ振り返る。

 ダンジョンの入り口からドタドタと数人の足音が響き渡り、程無くして四人一組の冒険者が暑い日差しに曝け出された。命懸けで走ってきたのだろう、冒険者達は肩を激しく上下させながら足りない酸素を必死に肺へと送り込んでいた。

 またチラチラと背後にあるダンジョンの入り口を頻りに見遣っており、まるで何かが追い掛けて来ないか警戒している……いや、怯えているようであった。そして何も出て来ないと分かるや、安堵の余りその場に座り込んでしまった。


「おい、大丈夫か!?」

「しっかりしろ!」


 その様子に只ならぬものを察知したのか、その場に居合わせた同業者が飛び出て来た冒険者達の元へと駆け寄ってきた。しかし、何かが引っ掛かる――そう思いながら暫し耳を傾け、そして謎に気付いた。

 彼等の台詞は冒険者達を気遣っているが、何が起きたのかと問い質す声は一切ない。それ即ち、冒険者が追い詰められる原因や理由を把握しているという事だ。そして私の予感は的中し、息を整えた冒険者が吐き捨てるように呟いた。


「あ、あいつだ! 人切り幽霊ゴーストリッパーだ!」

「くそ、またか!」


 ゴーストリッパーという単語が出た途端、波紋が広がるかのように騒めきが広場を埋め尽くす。人から人へと不安と動揺が伝染して、深刻な空気が加速度的に膨れ上がっていく。

 だが、此処に来たばかりで状況を理解し切れていない私達だけは唯一影響を受けず、蚊帳の外に置き去りにされたかのような疎外感を味わうばかりだった。他人の顔色を窺って不安気に表情を曇らせるも、内心では何が何やらさっぱりだ。


「ねぇ、ヤー兄。ゴーストリッパーってなーに?」

「さぁ、俺っちにもさっぱりや……」

「最近、このダンジョンで冒険者を襲う凄腕のアンデッドさ。神出鬼没で色んな冒険者と出会っては、手にした魔剣を振り翳して襲い掛かって来る事から、そう名付けられたんだよ」


 答えに窮するヤクトに助け舟を出したのは、聞き覚えのある第三者の声だった。まさかと思いパッと振り返ると、そこには見覚えのある三人組と、その相棒である三匹の従魔の姿があった。


「フドウはん!? それにアラジンはんとアマンダはんも!?」

「久し振りだな。まさかこんな場所で会えるとは思わなかったぜ」


 そう言ってフドウは三獣士を代表して気さくな笑みを私達に投げ掛けた。

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