第203話 王国内乱の幕開け

 ラブロス王がクロス大陸の東端にて反撃の狼煙を上げようと画策していた頃、王都クロイツの制圧に成功したガルタス・フォン・ヴァルシュタインは王城の謁見の間にある玉座の座り心地を満喫していた。

 歴代の王達を支えた玉座は見栄えの良さを優先した豪奢な作りとなっている為、純粋な椅子としての座り心地は御世辞にも良いとは言い難い。しかし、ガルタスにとって重要なのは座り心地ではなく、クロス大陸の支配者の証に自分が腰掛けているという事実であった。


「ガルタス様……いえ、!」


 天にも昇りそうな恍惚感、そして今までにない優越感に酔い痴れていたガルタスは、不意にやって来た呼び声に反応して現実へと引き戻された。謁見の間を見渡すかのように視野を広げると、そこには今回のクーデターに参加した貴族達が集まっており、揃いも揃って似たり寄ったりのゴマ摺り顔で新たな王を見据えていた。


「ヴァルシュタイン王!! 王都の鎮圧はほぼ完了しました!!」

「此方に手引きしていた一部のナイツ達の協力もあり、現時点で厄介な問題は発生しておりません!!」

「我々貴族の勝利です!!」

「ヴァルシュタイン王、万歳!!」

「「「ヴァルシュタイン王、万歳!! 貴族社会に栄光あれ!!!」」」


 クーデターの成功に伴って歓喜の感情を爆発させる貴族達に対し、ガルタスは口角を吊り上げてニヤリとほくそ笑んだ。恐らく彼等は我が世の春が訪れると信じて止まないのだろう。その認識は決して間違いではない。但し、その間違いの前に“”の単語が付くが。


(私が王となってドレイク帝国と国交を結べば、クロス大陸はドレイク帝国が目論む侵略戦争の橋頭保となるだろう。そうなれば我々は同盟国としてドレイク帝国に資金や物資の面で色々と援助せねばならん。その為にも貴族達の協力は必要不可欠だ)


 ガルタスは自分の考えに賛同してくれた貴族達を仲間として認めていなかった。あくまでも都合の良い金庫――貯えがあれば重宝し、無くなれば切り捨てる――に過ぎず、最終的にスケープゴートへ送り出す算段も立てていた。


 ドレイク帝国の侵略行為に手を貸す代わりに自治権を獲得し、そして戦争が終われば弱体化した貴族達を一掃してヴァルシュタイン一族による永久独裁体制を築く。それがガルタスの思い描いた野望未来である。


(今の貴族など祖先が生み出した過去の栄光にしがみ付き、権力者のケツを追い駆ける事しか能の無い連中よ。そんな連中がのさばった所で、このクロス大陸に未来など無い。この大陸に歴史を刻むのは、我がヴァルシュタイン一族だけで十分なのだ!)


 と、そこへキィキィと車輪の軋む音がやって来て、ガルタスの物思いを打ち破った。古めかしい車輪の音に導かれるように視線を振り向けると、車椅子に乗ったアルフレットが自身の虚弱さを物語る蒼白顔で満面の笑みを拵えていた。


「ヴァルシュタイン閣下、お待たせしました。先程、部下の者が勝利宣言の準備が整った旨を伝えに参りました。あとは閣下の出番を待つばかりです」

「そうか! では、早速勝利宣言をしに行くとしよう! そして新たな支配者の誕生を平民共に知らしめてくれようぞ!!」


 勝利の美酒に酔い痴れて気が大きくなったガルタスは意気揚々と玉座を後にし、堂々たる足取りで王城の中庭へと向かった。其処には三十人を超す魔導士達が寄り集まり、中庭に展開した巨大な魔法陣に魔力と意識を注いでいた。

 ガルタスは魔法陣の縁で一旦足を止めると、一緒に同行していたアルフレットの方へと肩越しに振り返る。


「この魔法陣に入れば良いのだな?」

「はい、その通りでございます。閣下が魔法陣の中央に立った瞬間に魔法が発動し、閣下の御身を夜空に映し出します。そして、その映像はクロス大陸全土津々浦々に流されます」


 ガルタスは鷹揚に頷いて了承の意を告げると、指定された魔法陣の中央へと踏み入った。すると魔法陣からスポットライトにも似た強烈な光の道筋が迫り上がり、やがて自分の肖像を何百倍にも拡大したかのような映像が夜空のスクリーンに投影された。

 この映像魔法は今回限りの特別なものではなく、過去の歴代ラブロス王も新年の祝辞を述べる時や、天災に見舞われた際の非常事態宣言などで活用している。

 ガルタスが敢えて先人達の前例を踏襲したのは、今回のクーデターを歴史的な一件として大々的にアピールするだけでなく、自身が国王の座に就いた事実を国民達に周知させる為でもある。

 遥か上空に映し出された巨人のような己の姿に一定の満足感を覚えたガルタスは、強面の表情を正面へ向け直すと脳内に叩き込んだ勝利宣言を読み上げた。


「ラブロス王国の国民達よ! 今宵、我々は王都の掌握に成功した! これは貴族派が勝ち取った歴史的な勝利である!」


 その言葉を皮切りにガルタスは高らかと勝利宣言を述べ始めた。自分達が起こしたクーデターの正当性を主張し、ドレイク帝国に抗おうとするギデオン王子の軍事浪漫を非難し、挙句の果てには己こそが王位に相応しいという自己アピールを繰り広げた。

 高潔とは程遠い陳腐な演説に、心を揺り動かされる民など皆無に等しかった。天空で威張り散らす暴君の姿に誰もが失望を禁じ得ず、そして先見の目が無い者でさえもラブロス王国の未来が暗いものになるであろうと容易に想像が付いていた。

 そして十数分にも及ぶ演説が佳境を迎えた頃、ガルタスはラブロス王の現状について言及し始めた。無論、既に王都から脱出している国王の安否など誰一人として知らない。しかし、それは国民にも言える事であり、故にガルタスは口先だけで言い包められると踏んだのだ。


「そしてラブロス王はクーデターの前日に崩御なされた。御体調の回復を切に願っていたが、その願いが天に聞き入れられず至極残念である。だが、病床に臥せっている間も国王陛下はクロス大陸の発展と平和を願っておられた! それを実現するべく、この日を以てして王位はガルタス・フォン・ヴァルシュタインが―――」


 いよいよ演説を締め括ろうとした矢先、ガルタスを映していた夜空のスクリーンに激しいノイズが走り、次いで暴君の肖像が掻き消されてしまった。異変に気付いた貴族達が不安気にどよめき出し、これには上機嫌だったガルタスも怪訝な面持ちを禁じ得なかった。


「一体何事か!?」

「ど、どうしたのだ!? 一体何があった!?」


 ガルタスの怒りを突き付けられたアルフレットは、咄嗟に魔導士の方へと振り返って矛先を躱した。しかし、魔道士達も原因を解明するのに精一杯らしく、何が起こっているのか分からず互いの困り顔を突き合わせるばかりだ。

 だが、幸いにも彼等が根本的な対処を施すまでもなかった。程無くしてノイズは収まり、それに伴って映像も回復していく。それを見上げていたガルタスは「迷惑を掛けおって」と言わんばかりに忌々しげな荒い鼻息を飛ばし―――そして次の瞬間には我が目を疑うかのように瞠目した。


「な、何だと!?」


 ノイズから脱却した遥か夜空のスクリーンにガルタスの姿は無かった。そこに映し出されていたのは、赤いマントを肩から羽織るように着飾った一人の老人であった。

 アルフレットに比べて若干血色が良いものの、病み上がりである事を隠し切れていない青白い肌。頬もゲッソリと痩せこけているが、アイスブルーの瞳から放たれる眼光は力強い生気を主張していた。

 多少の身体的な変化は有れど、誰もが老人の素性を知っていた。その証拠に貴族はおろか一介の魔導士達ですら、唖然とした面持ちで天空に映し出された老人を見上げている。唯一ガルタスだけは怒りと悔しさで顔を真っ赤に染め上げ、自分の輝かしい晴れ舞台を不意に掻っ攫った老人を憎悪に沸いた眼でねめつけていた。

 

「マクシリアン・ロバート・ラブロス……!!!」



 ラブロス王の作戦は至って単純シンプルであった。貴族派の頭領であるガルタスが勝利宣言を行っている最中、機を窺いながら通信魔法に介入して自分の健在をアピールするというものだ。

 単純ではあるが効果は抜群だ。特にガルタスの口から壮語と虚言を散々吐き出させた後となれば猶更だ。今頃コレを見ているラブロス王国の民達は、驚きと歓喜で沸いているに違いない。

 因みに国王が演説を行っている場所は旧ラブロス城の屋上だ。ヘリポートのような広い敷地に展開された魔法陣の周囲には王宮魔道士達が敷き詰め、また王都を離れる際に持ち出された魔石――大人二人で抱えられる程度の大きさ――が置かれてある。

 実を言うとガルタスが使っている大規模な映像魔法を展開するには魔石が必要であり、これが無いと魔導士に過度の負担が掛かってしまい、あっという間にガス欠に陥ってしまうらしい。なので、今頃は彼方の魔道士も苦労しているに違いない。まぁ、相手側の苦労なんて知ったこっちゃないが。

 そして私達もちゃっかりと屋上に足を運び、貴重なラブロス王の演説を端から見守っていた。ひょっとしたら歴史的瞬間の目撃者になるかもしれないという思い入れがある分、誰も彼もが緊張と期待を混合したかのような表情を浮かべていた。


「せやけど、凄いな。演説をするだけやっちゅーのに身形をきちんと整え、伸び切った髪や髭も手入れするなんて。国民の前でダラしない格好を見せられへんのは分かるけど、先程までの病み上がりが嘘のようや」

「そうですね、それに高貴すら感じる堂々たる気迫……まるで国の危機に立ち上がる救世主みたいです」

「いわゆる王の品格……というヤツだな。今みたいな馬鹿貴族には到底真似出来ん事だ」


 ヤクト達が小声で感想を述べている間も、私の貝殻の上に腰掛けたアクリルは国王から一時も目を離さなかった。彼女にとって彼は一国の王である前に、血の繋がりを有した祖父なのだ。その雄姿を目に焼き付けておきたいというアクリルの気持ちも分からないでもない。

 そんな孫の健気な気持ちが祖父にも伝わったのだろうか。ラブロス王は大きく息を吸い込み、やや折れ曲がった背筋を真っ直ぐに伸ばした。そして正面――王都クロイツがある方角――に鋭い目線を飛ばした。


「ラブロス王国の民達よ。私の姿が見えるだろうか? 私の声が聞こえるだろうか? 今、其方達が見聞きしているのは全て現実であり、嘘偽りのない真実である。

 御覧の通り、私は死の淵から這い上がる事が出来た。無論、只単に私自身の運が良かった訳ではない。いや、私のような老い耄れの為に命を張ってくれる友人が居てくれた事自体が最大の幸運と言えるかもしれない。

 しかし、今度は別の危機に直面している。今現在、ラブロス王国中を取り巻いている混乱と騒乱だ。先程ガルタスは言った。ドレイク帝国と手を結び、戦争を回避する事が最良の選択だと……。

 確かに争わずに済むのならば越した事は無い。戦火を避ける道があるのならば、そうすべきであろう。だが、これは果たして最良の選択なのだろうか? そもそも最良とは何か? ドレイク帝国の非人道的な侵略行為に手を貸す事か? それによって生じた負担を国民達が肩代わりする事か?


 否! そのようなものは最良とは言わない! 一方的な服従であり、悪魔に魂を売り渡すも同然の愚かな選択だ! それは私達ラブロス王家が掲げた多種族の調和の理念に反する行いでもある! ガルタスの語る最良とは、彼自身が得をする為の方便に過ぎない!


 人は誰かの上に立ち、人は誰かの下に付く……組織や社会という仕組みが成り立てば、当然そのような現象も起こる。しかし、頂点に立つ人間は己の損得のみを追求してはならんのだ。己を支えてくれる土台に常日頃感謝し、堅実且つ謙虚に地盤を固めねばならん。それを忘れた者に未来など無い。

 ガルタスは国を成すのが一握りのエリート……即ち王と王に近しい人間なのだと考えているのだろう。だが、それは誤りだ。国とは、国家とは、民が居てこそ初めて存在するのだ。裏を返せば王という存在はあくまでも象徴に過ぎず、民が存在しなければ無力な人間と何ら変わらない。

 そして国の根幹を成す民を軽んじる者に王を名乗る資格などない!! よって、マクシリアン・ロバート・ラブロスは宣言する!! ラブロス王国を裏切ったガルタス・フォン・ヴァルシュタインを始めとする逆賊一派を討ち取れ!! これは王命である!!

 これを聞いている国民達よ! 願わくば老い先短い私に力を貸して欲しい! ラブロス王家の為ではなく、ラブロス王国の平和と諸君等の未来を守る為に!」



「ぎゃ、逆賊だと!!? この私が……逆賊だと!!?」


 ラブロス王の演説が一息付いた頃、ガルタスは夜空に映し出された老人を怒り心頭の面持ちで睨み付けていた。彼の野望成就があと一歩の所で阻まれた上に、ラブロス王直々の王命によって逆賊に指定されてしまったのだ。プライドの高い彼からすれば、どちらも度し難い屈辱であった。


「が、ガルタス様!? 如何なさいます!?」


 アルフレットが恐れ戦いた声色で問い掛ける。

 しかし、それはガルタスの怒りに怯えているのではなく、ラブロス王が下した王命によって自分達にまで火の粉が降り掛かるかもしれない事に怯えているのだ。無論、それに怯えているのは彼だけではない。周囲の貴族達にも同様の不安が蔓延しつつある。

 それを一目で見抜いたガルタスは募りに募った怒りを爆発させ、ギロリと人一人殺せそうな殺人的な眼差しでアルフレットを射貫いた。睨まれたアルフレットは「ひっ!」と悲鳴を上げ、蒼白顔を一層蒼くさせながら仰け反った。


「どうもこうもあるまい!! あの映像は私に対して反感を抱く者達の偽装工作フェイクニュースだと国民達に訴えるのだ!! もう一度映像魔法を使えば、それぐらいは―――」

「だ、駄目です!」映像魔法を扱っていた魔導士の一人が声を上げる。「大規模な映像魔法を展開した事によって、此方の魔力は殆ど底を突いております! 再び映像魔法を展開するには、もう暫しの時間が……」

「この……役立たず共め!!!」


 ガルタスが怒りに任せて魔導士の一人を切り捨てようとした矢先、未だ上空に映し出されていたラブロス王の声が降り注いだ。


『それと今回のクーデターに参加した貴族達の中で、ガルタスに参加を強要された者、もしくは不本意ながら参加した者は、リッテンバード家の主人であるコーネリア・フォン・リッテンバードに助命を嘆願せよ。さすれば領地と財産の没収のみで済まし、反逆罪には問わぬ』


 全てを失いながらも生き長らえるか、それとも逆賊として不名誉な死を遂げるか……二つに一つという究極の選択を突き付けられた貴族達の間から動揺と期待が入り交じった奇妙な騒めきが起こった。

 どちらを取っても苦難が待ち受けているが、助かるかもしれないという希望の光が差し込んだ分、前者の方がマシだと考える者も少なくはない。しかし、不運にも彼等が抱いた希望の灯火はガルタスの憤怒によって掻き消されてしまう。


「貴様達!! リッテンバード家は没落貴族なのだぞ!! そんなヤツに頭を下げるなど恥ずかしいとは思わんのか!! 第一に貴様達の中にはアレを没落へと追い込んだ元凶者も居よう!! 今更になって我々の嘆願を聞き届けてくれるなどムシの良い話があると思うか!?」

「ま、まさか……我々を嵌める為の罠という事なのですか!?」

「そう考えるのが妥当であろう!! もう少し頭を使えば分かる事だ!! 愚か者め!!」


 彼等の与り知らぬ事ではあるが、コーネリアは嘆願に来た貴族達の命を助けるつもりでいた。確かに上位貴族として名を連ねていた家系が没落したのは、リッテンバード家を妬んだ貴族達の謀略が原因かもしれない。が、だからと言ってソレを理由に彼等を恨む気などコーネリアにはなかった。

 没落したのは一族に謀略を撥ね退ける力が無かったからと冷静な自己解釈で理性を保ち、そして自分の手でリッテンバード家を再興させるという気高い誇りと強い使命感が彼女に憎悪を抱かせない要因となっていた。

 だが、そんなコーネリアの心情を知らない貴族達は、唯一無二の救済さえも自分達を嵌める為の悪辣なる罠だと思い込んでしまった。疑心暗鬼に囚われた彼等はガルタスの言葉を鵜呑みにし、目前に垂らされた蜘蛛の糸情けを無視してしまう。

 その瞬間、彼等の運命は坂を転がり落ちるかのように地獄へ直行しつつあったのだが……それに当人達が気付くのは、まだまだ先のことである。


「ガルタス様!」ガルタスの私設軍の兵団長が、肩で息を切らせながら中庭へと駆け込んできた。「大変でございます!!」

「今度は一体なんだ!?」

「お、王城の周りに民衆達が殺到しています!! また民衆の中には武装したハンターの一団も見受けられ、このままでは我々貴族軍と武力衝突しかねません!!」

「何だと!?」


 報告に訪れた兵団長を乱暴に押し退けたガルタスは、動揺から抜け出せずにいる貴族達さえも置き去りにして中庭を後にした。尤も貴族達が彼に同行したところで、四十代後半に差し掛かったとは思えぬ健脚に誰一人として追い付けないだろうが。

 そしてガルタスは一度も速度を緩めることなく王城を駆け抜け、やがて王都を一望出来る高台の屋上へと辿り着いた。そこで彼は高台から見下ろせる王都の風景に愕然となった。

 現在の王都はクーデターに成功した貴族派の統制によって厳戒態勢が敷かれている。活気を奪われた王都は喪に服したかのような静けさに満たされ、夜を過ぎれば街を出歩く人間も居なくなり文字通りのゴーストタウンと化してしまう。


 しかし今、街には光が溢れていた。暖色に富んだ無数の光が密集し、天の川ならぬ光の川となって王城を包囲しようとしている。その光の正体はラブロス王を支持する民衆達が握り締めた松明の輝きであった。群衆の数は裕に数万を超えており、とてもじゃないが貴族派の軍隊だけで手に負えそうにもない。


「……何という事だ!」


 ガルタスは思わず叫んだ。ラブロス王の健在が明白になっただけで平民が此処まで勢い付くのは予想外であった。いや、それ以前に民衆たちがこうも早くに打って出る事自体が驚愕であった。


「~……♪」


 不意に吹き抜けた風に混じって歌声が聞こえてきた。民衆が好むような明るさはないが、かと言って悲観するような暗さもない。しかし、その歌声には強い意思と誇りが込められていた。そして風に乗ってやってくる歌詞の一部を拾い上げた途端、ガルタスは米神に青筋を浮かべた。


「国歌……だと? 私を前にしてラブロス王家を……ラブロス王国を称賛する歌だと!?」


 民衆が合唱していたのは国歌だった。それはラブロス王家の偉業を称え、平和と調和の理念を謳う……陳腐ながら古き良き国歌であった。だが、それはドレイク帝国の侵略行為を非難し、ガルタスが掲げる理想に否定(NO)を突き付けているも同然だった。


「おのれ……! バカにしおって! 平民風情が貴族の頂点に立つ私を愚弄しおって!!」


 ガルタスは怒りを抑え切れず、高台の縁に拳を叩き落とした。積み重なったレンガの一部が破損し、それによって傷を負ったガルタスの拳から血が滴り落ちる。しかし、怒りで痛覚が麻痺してしまったのか、彼は気に留めようともしなかった。


 こうして過激的な貴族派が引き起こしたクーデター事件は、ラブロス王国の真新しい歴史の一ページに記される事となった。但し、それは当人達が望んでいた正義としてではなく、不要な混乱と無用の流血を呼び起こした悪行としてだが……。

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