第180話 第三階層のボス

「ガーシェル、ほんま此処なんか?」

『はい、その筈ですけど……』


 炎天下を思わせる強烈な日差しが降り注ぐ広大な砂漠を見渡しながら、ヤクトは半信半疑の面持ちで私に問い掛けた。


 ドワーフ達と別れてから数時間余りが経過し、辟易すら覚えるダンジョン砂漠の旅路もいよいよ終点に差し掛かろうとしていた。そう、私達は第三階層の最奥にとうとう辿り着いたのだ。と言っても、肉眼を通して見る世界では未だ砂漠の風景が延々と続いているが。

 しかし、マッピングスキルによって描かれた脳裏の地図は真実を捉えていた。私達が居る場所から十数キロ先、まるで不可視の壁で遮られているかのように其処で地図が寸断されていた。

 恐らく私達の眼前に映る漠然とした砂漠の大部分は、ダンジョンが生み出した一種の幻影だ。そこから先へ足を踏み入れたらどうなるか? 流石の私もこればかりは考えが及ばないし、実行しようとも思わない。

 もしも仮説を立てるとすれば、見えない壁に阻まれて進めなくなるか、広大な砂漠の何処かへ(気付かぬ内に)ワープさせられて延々と第三階層を彷徨うかの二つに一つだ。そして侵入者に容赦しないダンジョンの特性を考えると、限りなく後者の可能性が高い。


 話を戻し、私達が立っている場所は間違いなく最奥だ。しかし、肝心のボスの姿は何処にも見当たらない。その気配さえも―――と思った矢先、不意に強烈な旋風が私達を取り囲むように巻き起こり、穏やかな砂漠の風景が一転して砂嵐のカーテンで遮られてしまう。

 そして周囲に広がる砂が流動し始め、一ヵ所を目指して密集していく。そうして瞬く間に築き上げられた砂山から両腕と頭部が形成され、最終的には砂漠と半一体化したサンドゴーレムが現れた。


「サンドゴーレム! これまた厄介な魔獣が現れおった!」そう独り言ちた後、クロニカルドは仲間に向かって注意を促した「気を付けろ! ゴーレムの状態では通常の武器や徒手格闘の類は一切効かん!! 何せ身体が砂で出来ているのだからな!」

「つまり、ここはヤツにとって独壇場という訳やな。せやけど、必ずしも無敵やあらへん。そうやろ、クロニカルド先生?」


 茶目っ気たっぷりにヤクトが聞き返せば、クロニカルドは「その通りだ」と自信を持って断言した。


「ゴーレム種は巨大且つ強力だが、その一方で系統属性に左右され易いという弱点を有しておる! この場合、奴の肉体は砂で出来ている。即ち、系統属性は土と見て間違いない! よって、弱点属性である水を大量に浴びせろ!」


 その言葉を皮切りにクロニカルドとアクリル、そして私はサンドゴーレムに向けて水魔法を浴びせ掛けた。膨大な質量の砂で構成されたサンドゴーレムの身体は圧倒的な吸水率を誇り、底無しの乾きを有したスポンジのようにドンドンと水を吸い取っていく。

 一見すると無意味のように思えるが、それも始めの内だけだった。やがてサンドゴーレムの肉体からみるみると渇きが失われていき、水分を含んだ事を意味する黒いシミが全身を浸食し始めた。


「オオオオオオ!!!」


 まるで苦痛を抑え込むように浸食された両腕で自身を掻き抱き、言葉にならない悲鳴を上げながら体を激しく捩らせる。その度に水を鱈腹吸って泥人形と化したサンドゴーレムの肉体に深刻な亀裂が走り、そしてボロボロと無残に崩れていく。

 此方が手を下さずとも勝手に自壊しそうな雰囲気すらあるが、それを待ち続けるなんて悠長な真似はしていられない。


「ヤクト! アレに爆弾をぶつけろ! さすれば砂の肉体が瓦解してコアが現れる筈だ!」

「了解!」


 ヤクトは短いながらも助走を付け、サンドゴーレム目掛けて手榴弾を投げ込んだ。水を含んだ柔らかな砂が手投げ弾を優しく受け止めた瞬間、ボンッとくぐもった爆発音を立ててサンドゴーレムの肉体が粉々に吹き飛んだ。

 泥団子のような肉片が湿った砂漠に飛び散り、やがて砂埃が晴れ上がるとサンドゴーレムのコアが宙に浮いていた。バスケットボール大の黒真珠を彷彿とさせるソレは、太陽の輝きを球体の丸みに沿って反射している。


「角麗! コアを破壊するのだ!」

「分かりました!」


 クロニカルドの信頼を預かり果せた角麗は砂を蹴り上げた。砂地という悪路であるにも拘らず彼女は持ち前の高い身体能力を如何なく発揮し、まるで背中に翼が生えたかのような軽々とした身のこなしで砂漠の上を駆け抜けていく。


「はぁぁぁぁ!!!」


 そして間合いに飛び込んだ角麗は闘気を拳に纏わせると、コア目掛けて鋭い一撃を穿つように叩き込んだ。軍艦同士が衝突したかのような轟音が鼓膜に突き刺さり、そして拳を受け止めたコアの表面に蜘蛛の巣状の罅と凹みが生じる。

 がしかし、全身全霊と呼んでも差支えない渾身の一撃を以てしても、コアを完全に破壊するには至らなかった。その結果は格闘家としての矜持を傷付けたのか、驚きと悔しさの狭間に陥ったかのような表情を浮かべた。

 そして不本意な二発目を繰り出そうとした矢先、コアの両脇から成人男性を軽々と握り潰せそうな砂の手が競り上がった。遥か頭上に持ち上げられた両手がガッチリと組み合わさると、個別に存在していた左右の手が融合して一塊の砂の鈍器ハンマーと化す。


「いかん! 下がれ!」


 クロニカルドが退避を呼び掛けた時には、既に角麗は脱兎の勢いで後方へ飛び退いていた。直後、頭上から振り下ろされた砂の鈍器が砂漠に打ち付けられた。まるで水面を叩くかのように、凄まじい衝撃で巻き上げられた砂が荒々しい波となって私達の頭に覆い被さってくる。


「げほ! げほ! カクレイ! 無事か!?」

「大丈夫です! ゲホッ! 攻撃は免れました!」


 煙幕のように立ち込める濃密な砂埃の向こうから、聞き慣れた仲間の声がやってくる。それを聞いて私達がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、砂埃が晴れ渡るとサンドゴーレムのコアは分厚い砂の鎧に覆い隠されていた。


「くそ、仕切り直しかいな」

「いや、流石に向こうも今の遣り取りで反省したみたいだ。見ろ」


 クロニカルドに促されてサンドゴーレムを注視すると、当初に比べて砂の身体が大きくなっていた。いや、厳密に言えば現在進行形で大きくなっていると言うべきか。下半身と一体化した砂漠から、周囲を取り巻く砂嵐から、ありとあらゆる砂粒を積極的に取り込んでいる。


「おいおい、何処まで大きくなるんや?」


 ヤクトは数秒毎に大きくなっていくサンドゴーレムを見上げながら、覇気のない声で呟いた。既に相手は十階建てのビルに匹敵するか、それ以上の図体を会得している。にも拘らず、未だ砂を吸い上げるのを止めようとしない。


「ここまで巨大化してしまったら、先程みたいな水魔法を食らわせても効果が薄いな」

「関心しとる場合かいな!? これ以上大きくなったら此方は蟻みたいに潰されてしまうんやで!?」

「分かっておる」そう言ってクロニカルドは私の方へ視線を振り向けた。「ガーシェル! この一帯の砂漠に水を含ませてやれ! ヤツの巨大化に歯止めを掛けるのだ!!」

『了解しました! 液状化リクフェクション!』


 触腕の先から覗かせた貝針を砂地に突き刺して魔法を発動させると、足元に広がる乾いた砂地に水分潤いが行き渡り始めた。時が経過するにつれて砂は吸水の許容量をオーバーし、最終的には流砂みたいな柔らかな泥土へと変貌する。


「オ……オオ……?」


 足元の砂漠が泥土となった事によって砂の吸入が止まり、サンドゴーレムは砂地に落書きしたかのような口元をへの字に曲げて不満と疑問を露わにする。そして相手が不可解な面持ちで足元に意識を落とした瞬間、クロニカルドの本の体がペラララ……とページを捲り出した。


「極大魔法『水天の涙』!』


 とあるページの見開きから光が溢れ、そこに描かれていた魔法陣がホログラムのように虚空へ映し出される。そして魔法陣から撃ち上げられた神々しい光が頭上の青空を突き刺した直後、大地を押し潰してしまいそうな分厚い暗雲が降臨した。

 程無くして暗雲が泣き出し、土砂降りの豪雨が降り始めた。但し、その一滴一滴がプール一杯分に匹敵するほどの水量を誇り、圧倒的な質量を持った爆撃となってサンドゴーレムの巨体を穿つように削っていく。


「グオオオオオオオオオオ!!!」


 私達を圧倒する為に巨大化し続けていたが、皮肉にもソレが却って回避の余地を奪うという結果を招いてしまった。また肉体を周囲の砂で補おうとするも、集中豪雨並に降り注ぐ質量爆撃の前では何の意味も成さなかった。

 あっという間にサンドゴーレムの砂の身体は溶けるように崩れていき、巨体の奥底に仕舞い込んだコアが露出するのに然程時間も掛からなかった。


「今だ!」

「了解!」


 そしてヤクトのスナイパーライフルがコアを撃ち抜くと、ほぼ残骸と化していたサンドゴーレムの巨体が崩れ落ちて物言わぬ砂と化した。同時に周囲を取り囲んでいた砂嵐も掻き消されるように消滅し、戦闘の集結を知らせてくれた。


【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして20になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして21になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして22になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして23になりました。各種ステータスが向上しました】

【戦闘ボーナス発動:各種ステータスの数値が通常よりも多めに上昇します】


 ついでにレベルアップを知らせるステータスが脳内に響き渡り、改めて私達の勝利を確信した。



「いやー、やっぱボスが守る宝は凄いわー」

「きれーだねー」


 サンドゴーレムを倒した際に入手した宝箱を空けると、中は煌々とした輝きを放つ砂金でぎっしりと埋め尽くされていた。ヤクトの目算によれば最低限でも百キロはかたいとの事だ。

 そしてドロップアイテムはサンドゴーレムのコアに酷似した魔石だ。因みにヤクト曰く、この二つだけでも十年は遊んで暮らせる大金が手に入るそうだ。それはそれで凄い事だが、大金云々の皮算用をする前にダンジョンを踏破しなければ元も子もないが。


「それでは次の階層に参りましょう」

「今度は何があるかな? アクリル、楽しみー」

「こらこら、ダンジョンで燥いでどうするねん」

「そう言う貴様も表情が緩んでおるぞ」


 と、クロニカルドが指摘するもヤクトはニヤケ顔のままで口を開いた。


「当たり前やん、こんな御宝がゴロゴロとダンジョン中に転がってるんやで? 興奮するのは仕方あらへん」

「やれやれ……」頭をゆるゆると振りながら呆れた溜息を溢すクロニカルド。「欲深さは身を亡ぼす因子だぞ。そこのところはきちんと自重しておけ」

「はは、おおきに。せやけど、人の一生は短いさかいな。せめて、後悔が無いように生きたいもんや」


 そんな軽口を叩き合いながら私達はサンドゴーレムが居た場所に出現した転移魔法陣に足を踏み入れた。そして魔法陣から噴き出した光が全員を包み込んだ直後、私達の姿は砂漠から消え去っていた。


【名前】ガーシェル(貝原 守)

【種族】ヴォルケーシェル

【レベル】19→23

【体力】86000→94000(+8000)

【攻撃力】45000→49000(+4000)

【防御力】76500→82500(+6000)

【速度】6400→7200(+800)

【魔力】50000→54000(+4000)

【スキル】鑑定・自己視・ジェット噴射・暗視・ソナー(パッシブソナー)・鉱物探知・岩潜り・溶岩潜航・堅牢・遊泳・浄化・共食い・自己修復・聖壁・鉄壁・研磨・危険察知・丸呑み・暴食・鉱物摂取・修行・黒煙・狙撃・マッピング・吸収・炎吸収・炎無効・高熱無効・沈着

【従魔スキル】シェルター・魔力共有

【攻撃技】麻酔針・猛毒針・腐食針・体当たり・針飛ばし・猛毒墨・触腕

【魔法】泡魔法・水魔法・幻覚魔法・土魔法・大地魔法・聖魔法・氷魔法・炎魔法・爆発魔法・溶岩魔法・重力魔法


※次回は後半が書き上がり次第投稿します。

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