第131話 ガーシェル(と愉快な仲間達)VSドラム 前編

 ボコボコボコ……ボゴンッ


 土を掘り進む柔らかな感触が途切れ、トンネルを抜けたような眩さに次いで青空が視界に飛び込んできた。そして新鮮な空気を肺一杯に吸い込んで、漸く私は悪夢のような場所から脱出を果たしたのだと実感した。


『ふぉー! 長かったー!』


 人間の身体ならば長時間のドライブを終えて背伸びをしていたところに違いない。とは言え、今の身体ではソレさえも出来ないが。


(おーい、ガーシェルー。俺っち達も一旦外に出してくれやー)

『あ、はいはい』


 と、セーフティーハウスに居たヤクト達から外に出せという要求が来たので、それに応じて三人を外へと出した。

三人とも私と同じ気持ちなのか、外に出るや肩を回したり背伸びをしたりと、思い思いのやり方で身体の凝りを解していた。やがて外の広さと空気の美味しさを満喫したところでアクリルが疑問を呈した。


「ねぇねぇ、ここってどこなのかなぁ?」

「せやな、太陽の動きからして恐らく南方道やろうな」


 既に太陽は私達の頭上で燦々と輝いていることから、恐らく今の時間帯は昼過なのだろう。そしてヤクトの見解は正解であり、此処は私が転移魔法で拉致された場所でもある。


「カクねぇやナイツのお兄ちゃんはだいじょーぶかな?」

「心配はあるまい。少なくとも二人とも優れた戦士だ。山賊崩れ如きに後れを取るような事はあるまい。それにナイツだって駆け付けたのだ。あそこが制圧されるのも時間の問題―――む!?」


 クロニカルドが何かに反応して振り返った直後、彼の見据える先で魔法陣が出現した。私はソレに見覚えがあった。闘技場で魔獣を送り出す時に使用していた、転移魔法の円陣だ。


『まさか……!』


 と、思わず口走ったのと同時に魔法陣の縁から眩い光の壁がせり上がる。そして壁が消失すると、現れたのは青色の巨大なスライムであった。

 しかし、それは一般的なスライムに見受けられるドーム状の形をしておらず、4m以上もある体躯はオオサンショウウオのような五体を持ち、背中には蝙蝠の羽に酷似した翼――身の丈の割には、役に立ちそうもない程に小さい――が生えている。それを見て真っ先に声を上げたのはクロニカルドだった。


「アレは……スライムドラゴン!!」

「す、スライムドラゴン?」

「わー、何だかカワイイねー」


 ヤクトの口からは張り詰めた緊張感が萎んだかのような腑抜けた声が零れ、アクリルに至っては女の子の感性が擽られたのかキャッキャッと燥いでる。だが、そんな二人の反応にクロニカルドは真剣な表情のまま喝を入れる。


「何を言っているのだ! アレはスライム種の中でも上位に位置付く厄介な魔獣だぞ! スライム族の長所を極めた魔獣と言っても過言ではない! 恐らく、此処で襲い掛かって来たスライムの群れも奴が操っていたに違いない!」

「そ、そんな厄介なヤツなん? アレがぁ?」


 クロニカルドの説明を耳にしても未だに信じられないと言わんばかりに、ヤクトは胡乱気な眼をスライムドラゴンに投げ掛ける。するとドラゴンは太い尻尾と後ろの二本脚でバランスを取りながら立ち上がり、大きく背筋を逸らした。


「ぱう!」


 そして可愛らしい鳴き声と共に鎌首を振り下ろし、私達に向かって巨大な水風船を彷彿とさせる酸弾を吐き出した。どれだけ巨大かと言うと、私達全員が飲み込まれてしまいそうな程にだ。


『どわわわわわ!!!』


 咄嗟にヤクトとアクリルを触腕で掴んで後退し、最初から警戒していたクロニカルドも私に追従する形でその場から離れる。直後、私達が居た場所に酸弾が着弾し、まるでマグマが海に着水するかのような激しい蒸気と蒸発音が発生する。

 ポッカリと空いたクレーターの中で黄色こうしょくの強い黄緑色の酸がプールのように充満し、その水面はボコボコとマグマのように泡立っている。


「あっぶなー……」

「わー、地面が溶けちゃったー」

「それ見た事か。アレがヤツの怖さだ」


 そこでスライムドラゴンの認識を改めたらしく、ヤクトは顔を若干蒼褪めながらコクコクと首を縦に振った。アクリルの方は呆然としたままだが、今やスライムドラゴンを見る目に可愛いという感情は消え失せていた。


「見た目はフザけているが、ヤツには物理攻撃は効かんし魔法耐性も高い。中々に面倒な魔獣なのだ」

「おいおい、それやったらどないするねん! 物理も効かん、魔法も効かんやったら対処のしようがあらへんで!?」


 物理が効かないし魔法もイマイチって……見た目に寄らず意外と高性能なんですね。ちょっと試しに鑑定してみましょうかなっと。


(鑑定!)


【名前】ドラム

【種族】スライムドラゴン

【レベル】33

【体力】25000

【攻撃力】15000

【防御力】2200

【速度】3000

【魔力】13000

【スキル】丸呑み・暴食・吸収・分裂・物理無効・魔法耐性・増援

【攻撃技】酸攻撃・スライム攻撃

【魔法】水魔法・風魔法・炎魔法


 おお、中々の高ステータス。攻撃力と魔力が一万越えの輩を相手にするのは今回が初めてかもしれませんね。それにドラムと名前が入っているけど従魔スキルが入っていないという事は、ペット兼闘技用魔獣として飼われていたのだろう。

 おまけにクロニカルドが言っていた通り『物理無効』と『魔法耐性』まで入っている。となれば、此処は逃げるのが最良の策か? なんて考えた矢先にクロニカルドの突っ込みがやって来た。


「馬鹿者。魔法の方は態勢が高いというだけであって、効かんとは言っておらん。そしてヤツは見た目こそドラゴンに似せているが、弱点はスライムと同じだ」

「弱点?」


 アクリルが小首を傾げながら聞き返す。


「そう、スライムは総じて急激な温度変化を苦手とする生物だ。つまり熱さならば火を、寒さならば氷を用いれば良いという訳だ」


 熱が苦手? あのドラムは炎魔法を覚えているけど……と言い掛けた所で吹き出しを止めた。恐らくアレだ。人間が炎魔法を覚えたからと言って、炎に対する耐性を得られる訳ではない。それと同じ理屈でドラムも炎魔法を扱えるが、炎そのものを克服していないのだろう。


「己の極大魔法を撃ち込めば戦いは終結する……と言いたいところだが、先程までの戦いで相応の魔力を用いてしまったからな。再び魔力を練り直すのに時間が要る」

「どれくらい掛かるんや?」

「そうだな……極大魔法一発分を喰らわせてやれば良いのだから、十分ぐらいアレば事足りるであろう」

「それまで時間を稼ぎ切れば俺っち達の勝利っちゅー訳やな。ほな、お爺ちゃんはガーシェルの中で大人しゅうしとき」

「己を年寄り扱いするでない! だが、今はその言葉に甘えさせてもらうとしよう」


 そう言ってクロニカルドは私の中へと飛び込んだ。クロニカルドの話を聞いて、完全には程遠いが少しずつ勝利の光明が見え始めてきた。あとは私達だけでスライムドラゴンの相手を凌ぎ切るまでだ。

 と、そこで酸のプールがクレーター状の穴を残して蒸発するかのように消失した。そして蒸気の煙が途絶えたのと同時に、ドラムが長い胴体をグネグネとうねらせながら迫って来た。短いながらも一応手足は存在するが、その移動の仕方はほぼ蛇のソレだ。


『ガイアウォール!!』


 地中から競り上がった岩壁が両者の間に立ちはだかり、此方に突進していたドラムは急に出現した岩壁に反応し切れず頭から激突してしまう。

 しかし、激しく衝突した割に衝撃音は意外と思える程に軽かった。それもその筈、ドラムはスライム状の肉体を活かして衝撃を吸収し切った挙句、半ばジェル化して岩壁を避けるのではなく取り込む形で乗り越えようとさえしていた。

 だが、幸いにもスライムドラゴンの動作は俊敏とは言い難い。寧ろ、鈍重とさえ言える。相手が岩壁を上り切る前にヤクトが準備を終わらせる余裕は十分にあった。


「ガーシェル、五番の武器を取ってくれや」

『了解しました』


 完全にヤクトの私物置き場と化しているセーフティーハウスの一角に意識を飛ばし、彼の言う五番の番号が描かれた武器を探す。そして見付けるのと同時に何処か見覚えのある形に気付き、(おや、これはもしや……)と思いながらセーフティーハウスから引き摺り出した。


『どうぞ』

「おおきに」

「ヤー兄、それなーに?」


 貝殻から取り出した武器にアクリルが興味津々な眼差しを張り付けている間に、ヤクトはそれを背中に担いで装着する。そしてアクリルの方へ振り返ってニカッと笑った。


「これはヤー兄お手製の火炎放射器や。危ないからガーシェルの傍に下がっとき」

「はーい!」


 やっぱり、火炎放射器だったか。あちらの世界とは異なりボンベ状ではなく樽状だが、銃口の形状や背部に背負った樽と繋がったチューブなどは火炎放射器のソレと全く同一だ。

 そしてアクリルが私の脇へと駆け寄った頃にはドラムも岩壁を乗り越えており、一度はジェル化した身体を元のドラゴン形態に戻しつつあった。その隙を狙うかのようにヤクトは火炎放射器の独特な銃口をドラムに向けた。


「ファイヤー!!」

「ふぁいやー!」


 ヤクトがノリノリで引き金を絞り、アクリルも何故か後に続く。そして銃口から飛び出した炎は放水のような弧を描き、ドラムの身体に浴びせ掛けられる。

 熱を苦手とするドラムの口から悲痛な叫び声が上がり、必死に全身を捩って体中に纏わり付いた炎を払い落とそうとする。だが、炎は落ちるどころか手や他の部分に貼り付いて更なる延焼を招き、ドラムに最大限の苦痛を与え続けるだけであった。


「あの炎、中々消えないねー?」

「ああ、炎の原料に魔獣の脂肪から抽出した魔油を利用しとるからな。一度燃やしたら中々消えへん上に、液体自体もぶっ掛けられたらしぶとくこびり付いて離れへんのや」


 成る程、つまり払い落とそうとすればするほど、返って火の面積を広げてしまい逆効果になってしまうという訳ですね。だけど、これはこれで相手にダメージを与えられ続けるので良いのでは……と考えた矢先だった。


「きゅううううううい!!!」


 ドラムが天を見上げながらイルカの鳴き声を何倍にも増幅させたかのような遠吠えを上げると、ドラムの身体を構成しているスライムがボコボコとジャグジーのように脈動し始めた。それも一つだけでなく体中の至る所に発生し、まるで蕁麻疹が起きたかのようだ。

 やがて腫物みたいに盛り上がった頭から霧状の水がスプリンクラーさながらの勢いで大量に放出されると、ドラムの巨体は瞬く間に濃霧のような霧雨に覆われる。そして全身に貼り付いていた炎をたちまちに鎮火してしまい、元の状態を取り戻した。


「水魔法かいな。流石にコレばっかりに関しては太刀打ち出来へんわな……」

「きゅぴいいいい!!」


 炎が消えたのと同時にドラムは大口を開いて背筋を大きく後ろに反らした。また酸弾を打って来るのかと身構えたが、振り下ろされたのと同時に喉奥にボッと火が灯るのを視認した。


『アクアウォール!!』


 私が咄嗟に水の壁で道を遮った次の瞬間、何処ぞかの怪獣映画かと言わんばかりにドラムの口から灼熱の炎が吐き出された。それは火球ではなく火炎放射みたく帯状となっているが、その威力はヤクトの火炎放射とは比べ物にならないのは明白であった。

 通常よりも多めの魔力を込めて作り上げた水壁と炎の激しい鬩ぎ合いを物語るかのように、壁がボコボコと沸騰し始め水蒸気の煙が天へと逃げていく。やがて軍配が上がったのは、魔力と攻撃力において高い数値を持つドラムであった。


「脇道に逃げろ!!」


 ヤクトは此方に振り向きもせず、代わりに切羽詰まった声で呼び掛けながら雑木林が生茂る脇道へと飛び込む。私もアクリルを貝殻の上へと避難させ、彼に倣って脇道へ退避した直後、水壁が掻き消されるように決壊し、堰き止められていた炎の濁流が本道を埋め尽くした。

 目が眩むような橙色の炎が南方道の舗道を駆け抜け、その際に巻き起こった熱風が私達の方へと押し寄せ雑木林を激しく揺らす。それが五秒ほど続いた所で炎がパッと消え、私達は本道の方へ振り返った。

 綺麗に均された本道は黒く焼け焦げた煤で埋め尽くされ、所々には溶岩の一歩手前のように赤熱化した光点のイルミネーションが煌々と輝きを放っている。その地面の上では蜃気楼のように空気が歪み、焼き払われた地面に染み付いた高熱が伝導して私達の身体をジリジリと焼き付けるようだ。


「まさか炎魔法まで繰り出せるとはなぁ。スライムやからって甘く見ていたわ」

「どうするの、ヤー兄?」

「何、俺っち達だけで倒す必要はあらへん。クロニカルドが魔力を練るまでの時間を稼げれば、此方の勝ちなんやからな」そう言いながらヤクトは亀のように首を伸ばし、本道の先に居るドラムを見遣る。「うん? 一体何をする気や?」


 と、ドラムを見据えていたヤクトの口から不可解を詰め込んだ呟きが零れ落ち、その声に釣られて私とアクリルもドラムの方をこっそりと窺い見た。

 ドラムは身体を捻っていた。いや、体に刻まれる程の螺旋からして捩じっていたと言うべきか。骨が無い軟体動物のような魔獣とは言え、何度も何度も身体を捩じる度に螺旋を描いた身体の中心部はキツく締め上げられ、徐々に細まっていく。

 そして最終的にはブチンッとゴムが切れたような音を立てて、体が二等分に千切れた。まさかの自害……なんて都合の良い話がある訳ないよなぁ。と思った矢先、私の考えが正しかったかのように離れ離れになった半身がグネグネと動き変形し始めた。

 地に落ちた上半身は背中の翼が両腕と一体になった事で巨大化し、球体のスライムに悪魔の翼を生やしたような見た目となった。そして下半身の方は千切れた部分から小振りの顔と手が生え、尻尾と両足で蹲踞の姿勢を取る姿は(襟の無い)エリマキトカゲを彷彿とさせる。


「くぉん!」


 ドラムの上半身が一吠えすると両翼をバッサバッサと盛大に羽搏かせて飛び立とうとするも、図体が重い上に航空力学的に見ても飛行に適していないボディなのは一目瞭然だ。

 そこで上半身のドラムは風魔法の力を借りる事によって強引ながらも浮力を獲得し、スライムボディの巨体を大空へと飛ばす事に成功する。その光景はさながら垂直に離陸する戦闘機みたいだ。

 そして地上に残ったドラムの下半身はエリマキトカゲのような走り方で焼け焦げた地面を疾走し、私達の方へと向かってくる。しかも、文字通り体積が半分になったおかげか先程とは比べ物にならないぐらいに速い。


「くそっ!」


 ヤクトは火炎放射機の銃口を咄嗟に持ち上げ、ドラム下(下半身の略)にソレを向けた。そして引き金を絞ろうとした時、強烈な向かい風がヤクトに襲い掛かった。

 頭上を見上げるとドラムの上半身が両翼を激しく扇ぎ、巻き起こした強風を地面に叩き付けていた。火炎放射器の炎を浴びた時の反省を教訓へ繋げたのか、向かい風をぶつける事でヤクトの攻撃を封じる作戦に出たようだ。


「あかん! これやと炎を放てへん……!」

「ヤー兄!」


 アクリルの叫びで視線を大空のドラム上から目前に迫りつつあったドラム下へと移した時、既にヤツはヤクトの眼前に立ちはだかっていた。そして小振りの口一杯に火溜まりとも呼べる炎の塊を貯え、今にも火炎を吐き出さんとしていた。


『ウォーターカッター!!』


 そこで私がウォーターカッターを飛ばし、ドラム下の首に深い切れ込みを入れた。大木を切り倒すかのようにドラム下の首が後ろへ倒れた直後、口元に溜まっていた炎が一気に吐き出された。先程みたいな道を埋め尽くす程の広範囲ではないが、それでも勢いや速度は勝るとも劣っていない。

 その隙に私はヤクトの肉体に触腕を巻き付けると、急速後退してドラム達から距離を置いた。もう片方の触腕は、貝殻の上で腹ばいになってしがみ付いているアクリルを抑え込むのに用いている。振り落とさない為とは言え少々息苦しいかもしれないが、今はコレで我慢して欲しい。

 チラリと背後のドラムへ視線を飛ばせば、自力で蓋をするかのように半ば切断された首の断面同士がピタリと引っ付き、グニョグニョと傷口の線が蠢動したかと思ったら痕跡も残さず元の状態に修復されていた。


「なんちゅーヤツや! 分裂しただけに止まらず、今の攻撃も全く効かへんなんて!」

「ヤー兄! どうするのー!?」

「さっき言った通りや! 時間を稼ぐしかあらへん! ガーシェル! 兎に角、逃げまくるんや!」


 そうヤクトが指示を出した時、生い茂る木枝の天蓋から僅かに覗く上空をドラム上が通り過ぎたのが見えた。上空からでは森の中を走る私達の姿は捉え切れないだろうと思い込んでいたが、まるで私達の居所を把握しているかのように寸分の狂いもなくピッタリとくっ付いてくる。


(もしかして後方から追ってくるドラムの下半身と意識が繋がっているのだろうか? だとしたら、上だけでなく背後のヤツにも気を付けないといけませんね)

「くるるるるぅん!!!」


 頭上のドラムが愛くるしい声で咆哮を放った途端、周囲の草木がガサガサと揺れ動き、そこから無数のスライム達が飛び出した。恐らく、ドラムが持っていた増援のスキルによる効果なのだろう。そしてクロニカルドが言っていたスライム族の親玉説もコレで正しかった事が証明された訳だ。

 ヤクトは近付いてくるスライムを火炎放射器の炎で溶かし、アクリルもファイヤーボールを撃ち込んでスライムを近付けさせまいとする。そして私も貝針を撃ち込んだり強引に轢き潰したりして障害となるスライム達を蹴散らすが、異世界の代名詞と言うだけあって数だけは多い。


『これじゃ幾ら倒してもキリがありませんよ!』


 と、私が弱腰な発言を飛ばした矢先だった。二匹の巨大スライム――ヒューゲスライム――が何処からともなく立ち塞がり、私と正面から激突した。

 只のスライムならば容易に跳ね返せたかもしれないが、ヒューゲスライムは私に匹敵する程の大きさだ。それが二匹となれば質量も相当であり、案の定、跳ね返す事も出来ずに受け止められてしまい、車輪が地面の上で激しく空回りする。


「ガーシェル!」


 私が直面している危機に気付いたヤクトは火炎放射機の銃口をヒューゲスライムに向けるも、引き金を引いた直後に出たのは火柱ではなく、プスンッと気の抜けてしまいそうな音であった。


「あかん! ガス欠や!!」


 こんな肝心な時にガス欠なんて……! と突っ込みたいのも山々だが、彼とて好きで武器の燃料を切らした訳ではない。私はヤクトとアクリルに回していた触腕を離すと、触腕の先端に備わった円口をヒューゲスライムに突き刺した。


吸収ドレイン!』


 何かを吸い取るかのように触腕が脈動し、それに合わせてヒューゲスライムの巨体がみるみると萎んでいく。やがて塩を掛けられたナメクジのように萎びたヒューゲスライムを触腕で殴り飛ばしたが、既に私達の周りは無数のスライムで取り囲まれていた。

 さて、どうやって状況を打破しようか……そう思いながら辺りを見回していたら、頭上から降り注ぐ太陽の光量が急激に落ちた。見上げればドラムの上半身が太陽を遮るかのように滞空しており、透き通ったスライム越しから太陽の輪郭が直視出来た。

 だが、その太陽の輝きは第二の太陽によって掻き消された。大きい口の中に貯め込んだ、火溜まりと言う名の物騒な太陽に。


「おいおいおい! 子分諸共やなんて嘘やろ!?」


 冗談であってくれと言わんばかりにヤクトが天に向かって吠えるが、向こうに人間の言葉なんて通じる筈が無い。そしてドラム上は私達の居る地上目掛けて、豪快に火炎を吐き出した。

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