第112話 旅路の再開

 アクリルが復活した翌日、私達は旅路を再開すべく出立に向けて準備を進めていた。主に準備するのは荷物――主にアマゾネス達が感謝の意を込めて譲ってくれた食料や薬草等――をセーフティーハウス内に放り込む私であり、他の皆さんはアマゾネス族の皆様と別れの挨拶を交わしている。

 向こうの人達からしたら、ヤクト達は存続の危機に立たされていた自分達を救ってくれた英雄も同然だ。故に一族(と、その夫達)総出で囲まれ、感謝と別れを惜しむ声が雨霰のように降り注がれる様は中々に壮観だ。

 と言っても、本格的に旅を再開させる前に寄らなければならない場所があるのだが。


「ねーね、ヤー兄。このまま旅に出ちゃうの?」

「俺っち達はバタン地方のハンターギルドでクエストを受けた身やからな。クエストが完了した事をちゃんと報告しに行かなあかんねん」

『あー、そう言えばそうでしたね』


 アクリルを救う事に専念していたせいで忘れていたが、私達はグリュン湿地帯に入る為にクエストを受注した身だ。

 湿地帯の瘴気が解消された事で、今までの事業が停滞していた商業ギルド等は大いに喜んでいるだろうが、それが自然の成り行きではなく私達の努力によるものだと報告しなければならない。

 しかし、私達が湿地帯で繰り広げた出来事を向こうが信じてくれるかどうか……。まぁ、信じてくれなくても本来の目的を果たしたから別に構わないんですけどね。なんて思っていたらアマゾネスの輪からアテナが抜け出し、手に持っていた小さく丸めた皮紙の束をヤクトに手渡した。


「アテナはん、コレは?」

「この湿地帯で起こった出来事や経緯をコレに記してある。もし向こうの人間が疑ったり証拠を求めたら、これを見せると良い。私の署名も入っているから、きっと信用してくれるだろう」

「これまたおおきに」はにかんだ笑みを浮かべながらヤクトは受け取った紙を懐に仕舞い込む。「態々俺っち達の為に、こんなものまでしたためてくれるなんて感謝に尽きませんわ」

「貴方達が私達を救ってくれた恩義に比べれば、これぐらい造作もない事だ。また機会があれば集落へ来て欲しい。今度はちゃんと礼を以て接したい。約束する」

「ええ、また機会が出来たら寄せてもらいます。絶対に」


 そう言ってヤクトとアテナがガッチリと握手を交わしていると、私の傍にアーネラルがフラリとやって来た。その周囲には彼女と契約を交わした数人のウンディーネ水精霊の姿もある。


「もう旅立つんだね、もう少しゆっくりすれば良いじゃないか」

『申し訳ありません。ですが、私達も旅路の途中ですので……』


 流石にどうして旅をしているのかまでは言えないが、それでも私達にも目的があると理解してくれたのかアーネラルは深く追求してこなかった。


「そうかい。まぁ、気を付けておくれ。それと精霊達がお前さんに話があるとさ」

『話?』


 はて、今更話す事なんてあっただろうか? と思っている内にアーネラルは身を引き、入れ替わるように精霊達が妖精のように宙を舞いながら私を取り囲んだ。


「ガーシェル! もう旅に出ちゃうって聞いたよ!」

「私達もお別れの挨拶を言いに来ました」

「本当に有難う! 聖霊様と湖を救ってくれて!」

『い、いやぁ。それほどでも……』


 精霊達が入れ代わり立ち代わりで私の目前に躍り出ては、御礼の言葉を次々と投げ掛けてくる。彼女達の可愛い笑顔と感謝の籠った御礼に内心でデレデレしていたら、最後の一人が私に礼を言い終えるのと同時に本題を持ち出した。


「それでね、私達もアナタに何か御礼をしたいと考えたの!」

『御礼をしたい? と、言いますと?』

「私達にはアマゾネスのように食事を振る舞う事も、楽しませる事も出来ない」

「だけど……加護は与えられる……」


 と、そこで漸く彼女達の真の狙いが私に加護を授ける為だと理解した。成る程、加護ですか。それも精霊の加護となれば御利益もありそうだし、今後も何かと役立ちそうですね……と内心で算段を立てていたが、その矢先に精霊達の口から破算を告げられた。


「ですが、私達の加護を貴方に授けても大して意味がありませんの」

『意味が無い? どうしてですか?』

「アタシ達の加護、水魔法が使えるようになるのと、幻覚や呪いと言った精神攻撃に対する耐性が付く程度」

『あー……』


 水魔法は最初の方で扱えるようになっていたし、精神状態異常に関しては聖鉄のおかげで完全に無効化されている。うん、こりゃ加護を貰っても意味ないですわ。けれども、彼女達としては何もしないよりかは何かしらの形で御礼がしたいらしく、こんな提案を持ち掛けられた。


「だから貴方に選んで欲しいのです」

『選ぶ?』

「アナタに加護を与えても意味ないけど、それ以外に授ける事も出来る」

『つまり、私以外の誰かに加護を授けると?』

「そういうこと!」


 ふーむ、成る程。確かに私に意味のない加護を授けるよりかは、私以外の誰かに授けた方が遥かにマシだ。これは思い付きませんでしたね。

 しかし、そうなると誰が良いですかね? クロニカルドは既に水魔法も覚えているし、私に授けても意味が無かったから……なんて理由で加護を与えられたら本人のプライドが許さなそう。

 ヤクトの場合は魔力そのものが無いので水魔法を与えても意味はない。精神異常攻撃に対する耐性は上がるが、呪いや幻覚等の攻撃を仕掛けてくる敵や魔獣と滅多に遭遇するものでもない。それに彼なら精神異常を無効にする魔道具の一つや二つ、自力で製作しそうだ。

 ……となれば、やはり彼女達の加護はアクリルに授けるべきだろう。結果的に見ると消去法となってしまった感は否めないが、強ちこの決断は間違いではないだろう。

 彼女は膨大な魔力を持っており、そして魔法も覚え始めたばかりだ。彼女のセンスと瑞々しい脳味噌を以てすれば、水魔法も直ぐに使いこなす事が出来よう。また今回みたいな呪いが今後二度と掛けられないという保証は無いので、万が一に備えて耐性を底上げさせておくのも手だ。


『では、アクリルさんでお願いします』

「あの小さくて可愛い女の子ね?」

『はい、そうです。彼女に加護を授けて下さい』


 精霊達に加護を授ける相手を指名すると、彼女達はアクリルの方へと飛んでいった。

 彼女達はアクリルの頭上で手を取り合って輪を作り、まるでベッドメリーのようにクルクルと回り始める。天使のような輪の中から神々しい光の粒子がチラチラと降り注ぎ、粒子はアクリルの頭に触れた途端に吸収されるようにスッと消えて無くなってしまう。

 途中からソレに気付いたアクリルも宙を見上げ、天から降り注ぐ光の粉雪に両手を伸ばしてきゃっきゃっと無邪気に燥ぐが、傍に居たヤクトとクロニカルド、そしてアマゾネス達はそれを食い入るように見詰めていた。恐らく精霊達からの加護を授ける瞬間を、尊い行為だと認識しているのだろう。

 やがて粒子が止まると精霊達は輪を解き、アーネラルの下へと帰っていく。と、帰る途中で精霊の一人が私の方へ立ち寄って加護を授けた旨を教えてくれた。


「アクリルちゃんに私達の加護を授けたわよ。これでアクリルちゃんも少しは強くなった筈よ」

『え、もう終わったんですか?』

「ええ、試しに確認して御覧なさい」


 精霊に促される形で、加護を授けられたばかりで皆の注目の的となっているアクリルに鑑定を施してみると……。


【名前】アクリル

【種族】人間

【レベル】8

【体力】100

【攻撃力】10

【防御力】10

【速度】10

【魔力】―――

【スキル】??? 水精霊の加護

【攻撃技】無し

【魔法】??? 火魔法 水魔法


 おお、確かに水精霊の加護と水魔法が新たに加わっている。だけど、スキルや魔法にある『???』とは一体何でしょうか? 魔力に関しては表記すらされていませんし。

 そう言えば人間や魔獣には生まれて最初に覚えるファーストマジックやファーストスキルがあるとクロニカルドから聞かされていたけど、アクリルは未だそれらを習得していないから、このような表記になったのだろうか。

 魔力の方はさっぱり分からないが、アクリルに異常は見当たらなさそうだし、魔力が消失した気配も見当たらない。もし無くなっていたら、ヤクトのように0の数字が表記されている筈だ。なので、現時点で深刻に捉える必要は無いだろう。


「これは驚いた。精霊から加護を授けられる瞬間を御目に掛かろうとは」


 興奮と驚きを半々にしたように、若干声を震わしながら感動を呟いたのはアテナだった。それを聞いてアクリルが不思議そうに小首を傾げる。


「かごってなーに?」

「加護とは精霊達の祝福だ。其方そなたを守り、そして幸福を齎してくれる聖印とも言えよう。アクリルよ、其方は精霊達から祝福を受けたのだ。おめでとう」


 族長が祝福の言葉を告げたのを皮切りに、アマゾネスの人達から拍手と同様の言葉がアクリルに投げ込まれる。アクリルは依然として加護の意味を深く理解していないが、精霊達が自分に授けてくれたものが特別なものだと認識して笑みを綻ばせた。

 アマゾネス達からの祝福が終わった頃には私も荷物の収容を終えており、いよいよ旅路を再開させるべくヤクト達も私の上へと飛び乗っていく。


「ほな、色々と世話になりましたわ。アテナはんもお元気で」

「ああ、君達の旅路に実りがあらん事を」


 互いの挨拶が済んだ所で、私はキャタピラを前進させた。アマゾネス族に住まう大人達は手を振って私達を見送り、年若い少女達は私と並走して村を出るまで追い掛けてくれた。アクリルも少女達との別れを惜しむように、彼女達が並走を止めても手を振り続けた。

 やがて見送ってくれる人々の姿が完全に見えなくなると、アクリルは前方へ向き直ってヤクトの隣に腰を下ろした。


「ヤー兄、王都まであとどれくらいで着くのー?」

「せやなぁ」徐々に速度に乗って強まる風圧で帽子が飛ばされないよう、片手で押さえながらヤクトは答える。「少し寄り道してもうたけど、何事もなければ二週間ないし三週間ほどで到着する筈やで」

「何事も無ければの話……だがな」


 クロニカルドさん、物騒なフラグを立てんといて下さい。ですが、あと一ヶ月にも満たない内に王都に到達するのかと思うと、今までの旅路があっという間だったような気がしてしまう。

 しかし、アクリルの御両親と無事に出会えるかどうかも未だに分からないのだ。此処で気を抜くわけにはいかない。そう自分に言い聞かして、私は湿地帯を出る道を只管に進み続けたのであった。

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