第111話 新たなる可能性

 アマゾネスの集落へと帰還した後、何時もの活気を取り戻したアクリルはアマゾネスの人々が振る舞ってくれた御馳走に目を輝かせ、無垢な心を興奮で躍らせた。

 湿地帯に住まうブルタスの塩焼き、湿地帯の瑞々しい自然の中で育った花から採取した蜜、そしてマイを使った様々な料理。湿地帯でしか採れない食材がふんだんに使われ、アクリルの好奇心を刺激するのは勿論のこと、味も格別に良いのだから御満悦の表情を浮かべない筈がない。

 また今まで呪いのせいで体力が落ちて満足に食事が取れなかったという事実もあって、余程腹が空いていたのだろう。食事を取る手は止まることを知らず、次々と彼女の口へと放り込まれていく。


「ガーシェルちゃん、マイのおにぎりおいしーね!」

『そうですねぇ』


 そして今は自分の自分の顔の半分に匹敵する巨大な握りマイ――塩気の利いた山菜の混ぜ込みおにぎり――を頬張り、リスのように頬をパンパンに膨らましていた。

 因みに私にもマイが振る舞われている。と言っても炊いたものではなく、家畜が食べるような飼料米に近いですけど。嗚呼、炊いた米が無性に恋しいです……。


「アクリルちゃん、口にマイが付いている」

「ありがとー!」

「アクリル、こっちも美味しいよ」

「わーい、食べるー!」


 アクリルの周りには彼女よりも数歳年上のお姉さん振りたい年頃のアマゾネス達が集まっており、きゃっきゃ言いながら彼女の世話を焼いている。

 アマゾネス族において年上が年下の面倒を見るのは珍しい事ではないが、アクリルのような色白で幼い子供が湿地帯の奥深くにある集落へとやって来る事自体が非常に稀であり、注目の的となるのは必然であった。

 そして彼女の一挙一動や可愛さに骨抜きにされ、今では世話を焼くと言うよりもマスコットやペットのように可愛がっている……という訳だ。

 しかし、今のアマゾネスの集落は復興作業の真っ最中だ。猫の手も借りたいという言葉があるように、子供でも手伝える事があるならば容赦なく扱き使う。子供だからと言う甘えは、アマゾネス族においては通用しなかった。


「こら! 何時まで客人に構っているんだい! さっさと族長の指示に従って作業をしな! ダラけていたらアタイの拳骨が落ちるよ!」


 そう言って大股で割り込んできたのはアビーだ。彼女の剣幕と拳骨を恐れてか、アマゾネスの少女達は顔色をサッと変えるや蜘蛛の子を散らすようにアクリルの周りから退散してしまう。

 そして世話焼きの少女達が粗方が居なくなると、アビーはアクリルの隣に敷かれた茣蓙の上にドカリと腰を置いた。


「やれやれ、可愛い客人を世話したい気持ちは分からないでもないけど……せめて状況を考えてほしいもんだよ」

「アビーおばちゃんもたべるー?」

「ははは、アタイはもう食べ終えたからね。今は休憩しに立ち寄っただけさ。気持ちだけ頂いてくよ。それにしても……」言葉を切り、アビーは頭上を見上げる。「こんな穏やかな光景は久し振りだなぁ」


 上を見上げれば清々しい青空が広がっており、此処が屋根や壁がある屋内ではなく、開放感に満たされた野外である事を物語っている。家の中で食べるのも良いが、こうやって外の空気と穏やかな陽光を浴びながら食べるのも悪くはない。妙に心が躍るのは何故なのだろうか。


「ちょっと前までスモッグに覆われて鬱陶しい日々が続いていたから、こうやって青空を拝めるなんて夢みたいだぜ。改めて太陽の有難みを思い知らされたよ。これも全部アンタ達のおかげだよ、ありがとよ」

「アクリルはなにもしてないよ? がんばったのはヤー兄とクロ先生とガーシェルちゃんだよ!」

「はははは! 違いない!」ふと思い出したかのようにアビーが辺りを見回す。「ところで、そのヤクトとクロニカルドの姿が見えないんだが? 何処へ行ったんだ?」


 そう言われて私も周囲を見回すと、何時の間にか二人の姿が見当たらなくなっていた。おかしいな、先程まで一緒に食事を取っていた筈なのだが……。


「あの二人なら、アーネラル様と一緒に集落の外れにある家に向かったぞ」


 と、私達に二人の行方を教えてくれたのは族長のアテナだった。作業を一段落させたのか額から流れる健康的な汗を男らしく腕でぐいっと拭い取り、アクリルの向かい側に腰を下ろして携帯していた水袋に口を付けた。


「よう、族長も休憩かい?」

「偶には肉体を休ませないとな。こういう時にこそ身体を壊してしまったら元も子もない」

「違いねぇや。ところで、ウチのおふくろと二人が何で集落の外れにある家なんかに? まさか人目に付かない場所でしっぽりと……?」

「そんな訳ないだろう、年の差を考慮しろ。本当に貴様は男女のまぐわいしか頭にないな」

「酷ぇな! 他にも考えているぜ! 次にどんな若い男を狙おうかとか、強い野郎とブチ当たったらどうやって戦うか。とかな!」

「男女のまぐわいと喧嘩、結局はその二つだけじゃないか……」

「まぁな!」


 アビーのあっけらかんとした発言に、アテナは頭痛を堪えるかのように片手を頭に添えながら溜息を吐き出した。二人の遣り取りは子供に聞かせるには毒でしかないが、幸いにも既にアクリルの興味は二人の会話から目先の食事に移っていたのでセーフだ。

 けれども二人の会話に意識を向けていた私は、彼女達の言葉に含まれている「」という言葉が引っ掛かった。


『すいません、集落の外れにある家って何ですか?』


 触腕の先でアビーの上腕を小突いて尋ねれば、アビーだけでなく彼女と会話していたアテナも私の吹き出しに気付いて目線を投げ掛けてきた。そして最初に口を開いたのはアテナだった。


「ああ、そう言えば教えてなかったな。実は集落の外れには家があるんだが、そこは遥か彼方にある異国からやってきた異邦人が住んでいた場所なんだ。もう遠い昔……我々アマゾネス族が人間との交流を閉ざしていた頃の話だがな」

『異邦人?』

「そうだぜ」アビーが力強い相槌を打つ。「そいつは大陸中を渡り歩く旅人で、最終的にはアタイ達が住まうアマゾネスの集落に辿り着いたんだ。で、そこでの暮らしが余程気に入ったのか、残りの終生は集落の外れに築いた一軒家で暮らしたのさ」

「今ではアマゾネスと共に一つ屋根の下で暮らす異性は珍しくもないが、当時の掟では異性との同居は許されなかったのだ」

『成程。ですが、どうしてその……異邦人の家にヤクトさん達は向かったのでしょうか?』


 深く考えずに疑問を吹き出しに載せると、アビーとアテナの間で視線が鋭く交差し合った。敵意や害意の類は含まれていないが、話すべきか否かを真剣に検討しているらしく、両者は無言のまま目線だけの遣り取りを十秒以上交わした。

 ひょっとして自分は藪蛇を突いたのではないかと内心でハラハラしたものの、最終的に二人の表情に閃いたのは信用の二文字だった。


「その異邦人は我々の間では革新者と呼ばれ、崇められている。アマゾネス族に農業を齎し、今まで禁忌として扱われていた異文化を始めとする技術の吸収と理解を推奨し、そして貿易を通じた他所との繋がりと利益の重要性を説いた。そして我々の武器や防具を生み出した第一人者でもある」


 アテナが口にした最後の一行で『もしや……』と勘付いたが、立て続けにアテナがヤクトが異邦人の家へと向かった目的を説明してくれたので内心に留める必要は無くなった。


「ヤクトは自分が装備した手甲に関する詳しい情報や資料が知りたいとアーネラル様に頼み込んでいた。そしてアーネラル様も手が離せない私達に代わって、異邦人の家へ案内する役目を承ったのだろう」



「ここが革新者と呼ばれた異邦人の家さ」

「ほぉー、これまたこれまた……」

「うむ、中々に立派な家だ」


 アーネラルの案内を受けて集落の外へとやって来たヤクトとクロニカルドは、目の前に築かれた異邦人の家を見上げた。

 一階建てのシンプルな平屋かと思いきや、その横に隣接する大木に巻き付くような螺旋階段が続いており、それを目で追うと太い幹から伸びた複数の枝に支えられる形で小屋が建てられていた。雨風に晒されて多少の汚れは見受けられるが、それでも最低限の手入れはされているらしく今でも家としての形と機能は残っている。

 自宅のみならず、童心を擽る秘密基地が一緒になっているような作りにヤクトは思わず緩やかな笑みを溢した。


「中々にええ趣味の家やないか」ヤクトは肩越しに振り返ってアーネラルを見遣りながら、大木の上にある小屋を指差す。「ところで、あっちの小屋には何があるん?」

「あっちの小屋は主に寝室だよ。異邦人は湿地帯の雄大な自然を眺めるのが好きで、特に目覚めの朝と就寝前の夜とを見比べるのが好きだったと、曾祖母に聞かされたのを覚えている」

「ふむ、ならばヤクトが望むものは一階の平屋にある……という訳だな」

「もしかしたら……という楽観的希望に基づいた推測だがね」


 アーネラルは含みのある前置きをし、クロニカルドの期待に釘を刺した。


「異邦人が亡くなった後に彼の嫁や近親者が遺品を整理したが、ヤクトが言うような設計図だの武具に関する資料は見付からなかった。最初から存在しなかったのか、何処かに隠したのか、当人が死ぬ前に破棄したのか。今となっては分からないけどね」

「まぁ、取り合えず中に入ってみようや」


 ヤクトが平屋の扉に近付いて手を押し当てると、たったそれだけで扉はギィ…と木の軋む音を立てて独りでに開いた。これにはヤクトも思わず苦い顔を露わにしてしまう。


「おいおい、ちょっとこりゃ不用心過ぎへんか? 万が一に泥棒に入られたらどないするん?」

「バカを言うんじゃないよ。こんな湿地帯の奥深くに態々泥棒しに来る物好きは居やしないよ。それにアマゾネス族にとっても、此処は革新者と呼ばれた恩人の家なんだ。悪巧み目的で忍び込む恩知らずは居ないさ」


 そう言ってアーネラルは、まるで親戚の家にやって来たかのような緊張感の無い足取りで屋内へと踏み込んだ。彼女の後に続いて二人も恐々と入室したが、意外にも中は革新者が住まう家と呼ばれる割には質素な作りだった。

 素人が下手の横好きで手作りしたような簡素なテーブルと椅子が入り口を潜った正面に置かれ、突き当りには引き出し付きの作業台が壁付けされており、そして左側の壁際にはヤクトの背丈よりも頭一つ分低い本棚が二つ並んで置かれているだけだ。

 暫く掃除されていないのか木張りの床やテーブルの上に薄らと埃が乗っているが、それ以外に目立った点は見当たらない。


「話によれば数百年も前に建てられた場所と聞いていたが、その割には綺麗だな」

「まぁ、月に一度は若い衆が此処の掃除をしているからね。ここ最近はレッドオークのせいで手を付けられなかったから、復興が終わったら一度掃除させないとね」


 今後の予定を立てるアーネラルを他所に、ヤクトは本棚に並んでいた皮張りの本を何冊か手に取った。その内の一冊を徐に開いて中身に目線を走らせると、肩越しから覗き込んできたクロニカルドが片眉を持ち上げながら気難しそうな声を上げた。


「これは……異国の文字か?」


 ヤクトが開いた本には梵字に似た字が並んでおり、この本の持ち主が異国の出身である事を物語っていた。農具を描いた墨絵のおかげで農業関連の本だと理解出来るものの、それ以外で文字しか書かれていない所はクロニカルドですら珍紛漢紛だ。


「ううむ、流石に異国の言語は大魔術師と呼ばれた己ですら分からん。そもそも、これは何処の国の言葉なのだ?」

「こいつは東の最果てにあるトウハイの文字やな」

「何、知っているのか!?」

「俺っちが15歳ぐらいの頃やけど、一時期トウハイに滞在していたんや。ある程度なら文字も読めるし会話も出来るで」


 あっけらかんと告げられるヤクトの意外な経歴に目を丸くして驚きを露わにするクロニカルドだが、ヤクトは彼の反応を無視して更に本を読み進める。

 それから時間を掛けて本棚に並べられた本を網羅するが、農作物の効率的な育て方、農具の使い方を始めとする説明、農具や武器を作る際に必要となる金属加工の技術……等々があったもののヤクト達が望むもの――武具の設計図――は何処にも見当たらない。


「ううむ、確かにソレらしいものは一切見当たらないな……。アーネラルよ、他に異邦人と関連が深い場所は無いのか?」

「生憎だけど、此処だけだよ。試しに上の寝室も見るかい? 昔は寝床が敷かれてあったけど、今じゃ蛻の空さ」

「ならば、見に行く必要は無いな」


 二人の他愛のない会話を聞き流しつつ、ヤクトが本棚に残った最後の本を手に取って開いた瞬間「ん?」と気掛かりな呟きを漏らした。


「どうした?」

「これ、本やあらへん。日記……いや、自分の生涯を纏めた回顧録や」

「回顧録だと?」


 そう言ってクロニカルドがヤクトが手にする本を覗き込めば、確かに他の書物に比べると絵が一つも存在せず、梵字のような文字が横書きで隙間なく書かれている。


「……で、何が書かれているのだ?」

「この人が旅を始めたきっかけや、旅先で出会った思い出とかやな」

「ほぉ、それは興味深いねぇ」


 気付けばアーネラルもクロニカルドの反対側から回顧録を覗き込んでいた。そして文字が読めない二人に代わって、ヤクトは声に出しながら回顧録の内容を読み進めていった。


 異邦人はトウハイの生まれであり、代々優秀な武官を輩出する由緒正しい武門の嫡男だった。しかし、肝心の当人は武術の才能が著しく欠けており、早々に脳筋な一族と両親から見限られるという過酷な成り立ちが綴られていた。

 だが、彼に才能がなかった訳ではない。武器や防具を作る鍛冶職においては天才の領域に足を踏み入れており、努力と独学と良き師の出会い、そして凡人では思い浮かばぬ閃きが功を奏して彼は瞬く間に頭角を現していった

 しかし、彼が成人を迎える直前で実家のお家騒動が勃発。身内同士の衝突は勿論、裏切りや暗殺や下剋上と、日を追う毎に騒動は苛烈さと流す血量と混乱の度合いを増していった。

 果てには一度切り捨てられた筈の異邦人を当主として担ぎ出そうとする輩も現れる始末だ。尤も、これは純粋に異邦人を当主として慕っているのではなく、彼を傀儡にして武門の実権を握ろうとする下衆な輩の思惑が働いていたのは明白であった。

 これ以上、国に身を置くことに危機感を覚えた異邦人はトウハイの出奔を決意し、同時に自分の名前も捨てる事となった。

 それから彼の長きに渡る旅路が始まった。トウハイからクロス大陸を繋ぐ広大な砂漠地帯――通称『砂地の一本道デザートロード』――を丸一年以上掛けて踏破し、クロス大陸に到達した。

 クロス大陸では魔法が発達しており、特に魔法陣を始めとする魔法技術は異邦人の知的な好奇心を刺激した。やがて彼は武具に魔法陣を刻む事で攻防一体の武具を生み出すという発想を得て、早速作業に取り組んだ。

 様々な魔法陣を組み合わせて最適な効果を発揮する魔法陣を編み出し、使用者に負担を与えぬよう防具の改良を施す。トライアンドエラー試行錯誤を只管繰り返す内に幾星霜が経過した頃、漸く装着者の身体能力を大幅に底上げする武具の発明に成功する。

 そしてクロス大陸の北方にあるグラニカと呼ばれる都市でコレを売込み一旗揚げようと試みたがしかし、そこで思わぬ誤算に見舞われる。此方の国でもハンター(トウハイでは武士と呼ばれている)は存在するが、その装備や戦闘思想は大きく異なっていたのだ。

 トウハイの武士達は強固な武具を身に纏い、刀や槍と言った武器に応じて武術を振るい、魔法は専ら補助に当てる文武両道型一匹狼が基本だ。しかし、クロス大陸のハンター達は魔法使い・剣使い・ガーディアンと言った感じに一人一人が役割に応じる共闘型パーティーが主流だった。

 そして此方のハンターは頑丈で重々しい重装備よりも、小回りが利いて動き易い軽装備を好む者が圧倒的多数だった。結局、異邦人が作った武具はハンター達のニーズにマッチせず、他の防具と違うという認識止まりのまま時流に埋もれてしまった。

 ならば王国の軍隊に売り込もうと考えたが、この国に来たばかりの異邦人が王国軍御抱えの鍛冶職人達を出し抜き、召し入られるかと言ったら答えはNOであった。そもそも、彼はその手の政治的な遣り取りが劇的に下手だった。

 こうして彼の夢は幻となって潰え、彼は失意のままグラニカを離れて東南へと下って行った。そして旅路の末にアマゾネス族が住まうグリュン湿地帯へと辿り着き、そこで一族の女性と出会って恋に落ち、此処を終の住処と定めたのだった。


「……とまぁ、最後辺りはアーネラルの話と大して変わらへんな」

「しかし、旅人となった理由が意外だったな。まさか実家のゴタゴタが原因とは……同情を禁じ得ないな」


 クロニカルドもボヤきにヤクトが苦笑いを浮かべつつも、心の底では「何故?」という疑問が渦巻いていた。回顧録を読む限りでは、身体能力を底上げする武具は完成していた。それも肉体に悪影響を与えないようにだ。

 だが、ヤクトがレッドオークキングの拳を受け止めた時には右手そのものが粉砕骨折に至らしめられた。他人が見ればレッドオークキングの拳が凄まじかったのだと決め付けるだろうが、怪我を負った瞬間を経験しているヤクトは自信を持って『否』と断言出来る。

 ヤクトが右手に嵌め込んだ魔石を起動させてレッドオークキングの正拳突きを受け止めた時、ある程度の衝撃こそ走ったものの骨折はおろか痛みすら感じなかった。

 しかし、拳を押し返そうと右手に力を入れようとした瞬間、感電にも似た痺れる感覚と共に魔力が手に集中し、骨の中に仕込んでいた爆弾が破裂したかのような激痛が襲い掛かったのだ。

 この経験からヤクトは右手の粉砕骨折は、レッドオークキングの拳ではなく手甲そのものに原因がある――という結論を導き出した。だが、此処に書かれてある回顧録の内容が事実だとしたら、己が考えた結論と辻褄が合わなくなる。


(武具に欠陥があったんか? いや、俺っちから見ても作りは完璧やった。俺っちが無理矢理魔石をくっ付けたせいか? 確かに本来ならば有り得へん組み合わせやけど、それだけであんな現象が起こるやろうか? 何か他の原因を見落としている気がするんやけど……)


 その答えを求めて何度も回顧録を目で追い掛けていると、ヤクトの視線はある一行に引っ掛かった。そして思考を逡巡させた後、本に落としていた視線をアーネラルの方へ移し変えた。


「なぁ、アーネラルはん。アマゾネス族が身に着けている防具って、元々は異邦人が此処で作ったものなん?」

「ああ、そうだよ。私が子供の頃に聞いた話だけど、異邦人は愛する妻の為に最高の武具を作り上げて彼女に捧げた。ところが、それを他の同族達も羨ましがって、結局皆の分を作る事になったのさ。現在の武具は異邦人から受け継いだ技術を用いて、彼が遺した武具を見様見真似で作っているのさ」

「愛する妻に……つまり、その武具はアマゾネス専用って事なん?」

「はて、そういう話は聞いた事は無いし考えた事も無いけれど……愛するアマゾネスの妻に捧げたのなら、つまりは私達一族にしか扱えない代物だと考えてもおかしくはないねぇ」


 最後の質問に関してはアーネラルも要領を得ない答えしか出せなかったが、最初の質問で異邦人がグリュン湿地帯でアマゾネス族の為に武具を作ったと聞けただけでも大きな収穫だった。

 恐らくヤクトが身に着けていた手甲はアマゾネス族用にチューンナップされており、常人では扱い切れないものだったのだ。それをヤクトは魔石の力を借りて発動してしまった結果、生半可な人類の手が耐え切れず文字通り粉砕されてしまったという訳だ。

 そして分かったのは怪我の正体だけではない。これは怪我の正体を知る前に気付いた事だが、異邦人が武具を完成させていたという事実だ。

 あくまでもヤクト個人の意見だが、発明家だろうが兵器作りの天才だろうが、自信作と呼べるの存在を易々と手放す事は有り得ない。例え荷物になるとしても、何かしらの形で――設計図なり資料なり――で残しておく筈だ。

 では、仮に残した場合は作品を何処に隠す? ヤクトは回顧録を閉じると改めて部屋を見回し、室内に不自然な点が無いかを確かめる。そして行き着いた場所は、室内の突き当りにある壁付けされた作業台だった。


「どうしたのだ、ヤクト? あの作業台に何かあるのか?」


 引き寄せられるように作業台へと向かい始めたヤクトを見て、クロニカルドは怪訝そうな表情を浮かべながら質問を投げ掛ける。だが、ヤクトが質問に応じたのは作業台の周りを調べるように触り始めてから漸くした後だった。


「この作業台……妙や」

「妙だと?」

「ああ、この作業台……綺麗過ぎる。作業する為に作られた筈なのに、作業した形跡が全然有らへん」


 そう言いながらヤクトが作業台を下から覗き込むと、作業台の右端の手前に木製の小さい出っ張りボタンが備わっていたのを発見した。ボタンは小指の先っぽ程度の大きさしかなく、遺品整理はおろか月一の掃除でも見落としてしまうのも無理ないソレをヤクトは躊躇いなく押した。

 するとガコンッと歯車が噛み合ったような音が室内に響き渡り、ヤクトが見上げていた作業台がゆっくりと壁に飲み込まれるように収納され始めた。そのカラクリにヤクトは思わず後ろへ飛び下がり、クロニカルドとアーネラルも意外な仕掛けに目を見張って見守る。

 やがて作業台が完全に壁に飲み込まれると、ガチャンッと音を立ててどんでん返しのように壁が引っ繰り返った。


「これは……!」

「な、何と!」


 カラクリに気付いたヤクトよりも先に高齢の二人が声を上げた。無理もない、引っ繰り返った壁から若かりし頃の異邦人が作った武具一式が腰掛けた格好で現れたのだから。

 異邦人が作った武具はトウハイの文化を色濃く反映しており、角を取ったような丸胴や腕を防護する大袖、下半身を覆う佩楯など、複数の鉄が何枚にも編み込まれた複雑な構造を成しており、クロス大陸の防具とは異なる認識や戦法を強く意識している証拠でもあった。

 腰掛けた武具の膝上には一冊の本が置かれており、ヤクトは今にも緊張で口から飛び出しそうな心臓を唾液で押し込むと恐る恐る本を手に取った。煩いと思える程の心臓の昂ぶりを聞きながら本を捲り、その中に描かれている絵と文字を一つずつ焼き付けるように凝視する。


「ヤクト、どうだったのだ?」

「……ああ」クロニカルドが訪ねると、ヤクトは丁重に本を閉じて振り返った。「これや。俺っちが求めていたもんは!」


 これこそが己の求めていたものだ―――そう断言するヤクトの表情は、今までにない興奮と新発見の喜びで満ち溢れていた。

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