第93話 ヴァークナー家の秘密

 衝撃と歓喜と興奮がミックスされたかのような濃密な一日も明けて、テラリアの街に漸く何時もの日常が舞い戻って来た。

 とは言え、テラリアを震わせた歓喜の爆発は易々と治まるものではなく、依然街中には爆発の残渣とも言うべき幸福の空気が色濃くが漂っている。それによって街の活気も以前に比べて四割増しになっており、心成しか人々の笑顔も明るくなったようにも見える。


「んふふふふ~♪」


 門に向かって大通りを進む私達の中で、アクリルは喜びに酔い痴れていた。但し、彼女の喜びはテラリアに渦巻く喜びとは無関係であり、彼女の腕の中で大事に抱き締められた卒業証書が最大の理由であった。


「良かったなぁ、姫さん。無事に合格出来て」

「うん! これでガーシェルちゃんといっしょにおしごとが出来るね!」

「とは言え、あくまでも仮だがな。何かをするにしても、我々が一緒でなくてはならん」

『まぁまぁ、これで私が手に入れた鉱物も売り捌けるようになったんですから、良しとしましょうよ』


 ヘルスタッグの騒動ですっかり忘れていたが、アクリルが受けた従魔試験は合格を果たし、先程講習所にて卒業証書及び認定書を授与されたのだ。これさえ有れば今後私もヤクト達と一緒に仕事を請け負う事が可能となる。

 しかし、クロニカルドの言う様にアクリルが精神的に未熟な子供という事を考慮し、正式の一歩手前に当たる仮の従魔許可証となっている。クエストを受ける際にはヤクト達を始めとする保護者が付き添わなければならないという制限はあれど、この旅路で離れ離れになる可能性は低いので気難しく考える必要は無いだろう。


『……ところでアクリルさん』

「なーに?」

『その大事な証書を何で私の貝殻に貼ってるんですかね?』


 アクリルは貰った卒業証書を何故か私の貝殻に貼り付けようとしており、傍目から見たら車に安物のステッカーを貼っているようで、ちょっぴり恥ずかしい。しかし、私の気持ちなんて知る由もないアクリルはパッと明るい笑顔を浮かべ、無邪気に口を開いた。


「あのね! キューラおねーしゃんがね! この証書そーしょはガーシェルちゃんに貼ってねって言ってたの!」

「キューラが? 胡散臭いわぁ」

「うむ、胡散臭いな」

『胡散臭いですねぇ』


 流石はキューラ女史だ。誰一人として彼女をフォローするどころか、満場一致で怪しいと断言されちゃいましたよ。これが裁判員裁判だったら有罪確定ですね。まぁ、彼女の自業自得でもある気もしますが。

 けれども、彼女の善意を信じ切っているアクリルに面と向かって『彼女の言う事を信じちゃいけない』と此方の言い分を押し付ける訳にもいかないし……どうしましょうかね。


「なぁ、姫さん」ヤクトが閃きを会得した笑みを一瞬浮かべ、貝殻に乗るアクリルを見上げる。「そんな目立つ証書を貝殻に貼ったら、魔獣と遭遇した時に真っ先に狙われて破かれてしまうで。それでもええんか?」


 そう言うとアクリルの頭上に衝撃と言う名の雷が落ち、ハッと表情を一変させた。どうやら魔獣に襲われる可能性を考慮に入れてなかったようだ。


「やだ!」

「せやろ? そういう大事なものは隠しとくのが基本やで。せやから、ガーシェルの腹ん中に預かってもらい」

「わかった! ガーシェルちゃん、おねがいしまーす」

『はい、分かりました』


 因みに余談且つ後日の話になるのだが、実はこの証書には完全に貼り付けられた瞬間に私の魔力と結び付き、私の居場所や状態を常時伝える超高性能GPSにも似た術式が発動する仕組みになっていたのだ。誰が仕組んだのかは言わずもがな、あの変態エルフしかいないので割愛させて頂く。


「皆さん!」


 呪いの品にも匹敵する危険な証書を腹の中セーフティーハウスに仕舞い込んだ所で、私達の前にエマとエルピーが現れた。メイドを辞した彼女は深青色の手首まで覆うラフなドレスを身に纏っており、彼女の右肩からはバレットビートルのエルピーがひょっこりと顔を覗かせている。


「エマおねーちゃん!」

「どうしたんや、エマさん。こんな所で何してるんや?」

「いえ、皆さんのお見送りをしようと思って来たんです。シュトライド様からの御許可も頂いているから大丈夫ですよ」

「ほう、殊勝な心掛けではないか。ところで、あれからシュトライドとの話し合いはどうなったのだ?」

「はい。色々ありましたけど……シュトライド様の申し出を受けて、あの人の下で働かせて頂く事となりました」


 そう語るエマの表情は晴れ晴れとしており、若さも相俟って希望と幸福のオーラに溢れていた。

 シュトライドとの出会いを機にエマの秘密が明かされた訳だが、あれから場所を変えて――テラリアにあるシュトライドの邸宅にて――より詳細な秘密を聞かされた。



 ドノバン・ヴァークナーは先代領主として遺憾なく手腕を振るい、民からの信頼も厚かった人物として語られている。しかし、シュトライド曰く当人は領主の座に執着を持つどころか、そもそも座に着く気すら無かったそうだ。

 ドノバンには当初二人の兄が居た。政治学に長け、美術と音楽をこよなく愛する芸術家肌の長男。武術を得意とし、豪快な人柄と仁義に重きを置く性格から人気を博した次男。そして二人に劣らないものの勝るものもない、良くも悪くも器用貧乏という印象が付き纏う三男のドノバン。

 才能溢れる二人が上に立っていた事もあり、ドノバンが日陰に追い遣られる事も珍しくなかった。しかし、だからと言って彼は腐らなかった。寧ろ、二人の実力を素直に認めた上で受け止められる強さを持ちながら、身の丈に合わない野心を捨て去る潔さを有していた。

 そのおかげもあってドノバンは周囲の目や噂を気にも留めず、自分のやり方で更に実力を伸ばしていった。また家督の重さから無縁でいられた事も、自由な生き方を模索するきっかけとなった。

 やがて彼が18歳を迎えた時、一人の農家の娘と恋に落ちた。素朴ながらも心優しい女性と熱い恋に落ちた彼は、暫しの御付き合いを経た後に結婚を申し入れ、そして受け入れられた。

 それを機に彼の結婚生活は順風万端に始まるかに思われた。だが、その幸せな結婚生活は長く続かなかった。二人の関係が悪化したからとかではなく、二人を取り巻く事情が激変したからである。

 激変の始まりは次兄の死であった。次兄は温暖期になると旅行を兼ねた狩猟に出掛けるという、貴族ならではの高尚な趣味の持ち主だった。ところが、慣れ親しんだ筈の旅先で彼は不運な事故に遭い、そのまま還らぬ人になってしまったのだ。

 しかし、次兄の死には幾つもの不審点があり、ドノバンの父が詳しい調査をナイツに命じた所、何と次兄の事故死は長兄の陰謀であった事が発覚したのだ。

 長兄が次兄を殺した理由は家督を得る為……つまり領主の座を狙っての犯行だった。長兄は聡明ではあるが、豪放磊落な次兄とは異なり、神経質で他人を滅多に信じない一面を持っていた。

 頭脳では自分が三人の中で最も優秀だと自負していたが、人望においては圧倒的に次兄に劣る事も理解していた。聡明な頭脳と民草からの人気とを天秤に掛けた結果、家督を相続出来ないかもしれないという警戒心に塗れた疑心暗鬼に陥り、その結果今回の凶行に至ったのだ。

 この事実を知って怒り狂った父親は長兄に自害を強要し、長兄は父の前で毒酒を煽ってこの世を去った。貴族は一族の面子を重んじるが為に、例え身内であっても一家の顔に泥を塗るような真似を犯した者は命で償わせる事も珍しくないそうだ。

 こうしてヴァークナー家は有能な二人の兄弟を失い、唯一残された三男のドノバンにヴァークナー家の未来を託さざるを得なくなったのだ。ドノバンは渋々コレを受け入れる代わりに、今の妻をヴァークナー家の一員として迎え入れる事を条件として提示した。

 しかし、悲しいかな彼の父母は古き人間――地位や家柄を重んじる人間――であり、農村の娘がヴァークナー家の敷居を跨ぐ事に猛反対を通り越して拒絶を示した。

 ドノバンと父母の話し合いは平行線を辿るどころか激しい衝突を繰り返し、仕舞いにはドノバンがヴァークナー家の名を捨てる破綻の一歩手前まで踏み込んだが、その寸前で妻が身を引く事を示唆したのだ。

 それを機に話し合いは小康状態となり、最終的には妻と別れた後も彼女に経済支援を続けるという条件で決着した。こうして二人の離婚は成立し、ドノバンは父母の期待通りにヴァークナー家の家督を相続した。

 本人は渋々だったのは言うまでもないが、そんな本心とは裏腹に彼の政治手腕は非常に優れていた。確かに一部の能力においては長兄と次兄に敵わぬが、それでも両者に次ぐだけの実力を持っており、また公平を尊ぶ精神が彼を名君として開花させたのだ。

 そしてドノバンが家督を受け継いでから数年が経過した頃、彼は信頼出来る部下――若かりし頃の爺や――を通して、前妻が子供を産んで暮らしていると言う事実を知った。しかし、彼女が誰かと結婚したという事実もなければ、傍に親しい異性はも居ない。

 ドノバンは確信した。その子供が自分と前妻の間に出来た実子なのだと。それに子供の年齢を逆算すれば、丁度その子が生まれたのは離婚が成立してから間も無くと辻褄も会う。つまり、前妻が別れを覚悟した時には、既に彼女の中で新たな命は芽吹いていたのだ。

 しかも、彼女は律儀にも操を立てて、他の男を頼らず女手一つで子供を育てようとしていた。その事実に彼は底知れぬ喜びを覚える一方で、赤ん坊に触れる事すら出来ぬ現状に心を痛めた。離婚したとは言え、彼女への愛は尽きておらず、そして子供に対しても父親ならば抱いて当然の思いが湧き上がる。

 せめて子供の名前を知る方法は無いか、他に援助出来る事はないか。何とかしてやりたいと願う一人の父親としての思いが膨らむばかりだったが、不運にも前妻とその子供への思いは一番知られたくない相手……実の両親に知られてしまった。

 両親は警戒した。ドノバンと前妻の間に生まれた子供が何も知らずに育つなら良し。だが、出生の事実を知ってヴァークナー家を簒奪し、血統を穢そうものならば何かしらの対処をしなければならないと。

 当初は強引に別の村へ疎開させようかと考えていたが、事前に両親の企みをキャッチしたドノバンは前妻達に手を出せば自分の代で家督を潰すという脅しを両親に掛け、前妻に手を出させないよう先手を打った。

 それに対し両親も息子の意見を受け入れる代わりに、自分達が選んだ高貴な家柄の女性と結婚するよう彼に迫った。ドノバンとしては操を立てた妻に倣って自分も貞操を守ろうと考えていたが、下手に反発して強硬手段に出られるとマズいと考えて父母の意見を受け入れた。

 そしてドノバンは両親が選んだ女性と結婚し、彼女との間に息子を設けた。これがシュトライドである。そしてシュトライドの誕生を境に、ドノバンは前妻への探りを止めた。

 これは前妻への愛が冷めたからではなく、前妻の様子を密かに窺わせ続ければ後妻に不必要な疑念を抱かせ、良からぬ災いを招くのではないかという彼なりに考慮した結果だ。無論、苦渋の決断であったのは言うまでもない。

 それから数十年の時が経過し、いよいよ死神がドノバンの下に訪問する時が迫りつつあった。自分の恋愛に五月蠅く噛み付いていた両親は既に亡くなり、自分よりも十歳近くも年下だった後妻も病には勝てず、一足先にあの世へと旅立っていた。

 そして自分の死期が近いと悟り、最後の最後に前妻の状況を知りたいというささやかな欲が芽生え、苦楽を共にした部下に命じて彼女の近況を探らせた。

 部下からの報告によれば前妻は既にこの世を去っていたが、その下に生まれた子供は同じ農村に住む心優しい男性と結婚し、女子(エマ)を設けている事を知った。事実上の孫娘だ。

 その報告に今際の際にあった老人の顔が喜びで緩んだのも束の間、続いた報告にドノバンの表情からサッと血の気が失せた。彼等は仲睦まじく暮らしているが、その生活は非常に苦しいというのだ。

 これはおかしい、彼等には人並みに暮らしていけるだけの資金援助をしている筈だ。その点を部下に命じて調べさせると、何と前妻へ送られる筈だった援助が遠い昔に打ち切られていた事実が発覚した。

 では、本来向かうはずだった援助は何処へ行ったんだと金の流れを辿ってみれば、何と全て後妻に渡っていた。恐らく後妻は前妻とドノバンの繋がりを知り、その繋がりの間に行き交う金に目を付け、その流れを自分の方へと変えさせて私腹を肥やしていたのだ。

 しかも、後妻が亡くなった後も資金は彼女の口座を経由し、彼女が贔屓にしていた商会や親族に流れていた。これにはドノバンも怒りを通り越して絶望した。虫も殺せそうにない善人な印象を持っていたからある程度信用していたと言うのに、蓋を開ければコレだ。

 歪められた資金の流れを是正して前妻が遺した家族を援助しようにも、ドノバンに残された時間は極めて少ない。そこでドノバンは息子のシュトライドに前妻の存在を打ち明けるのと同時に、残された家族の援助を頼んだのだ。

 幸いにも息子はドノバンと瓜二つの性格をしていた。父母のように前妻の存在を毛嫌いするどころか快く理解し、彼女の家族も身内の事のように喜んで受け入れてくれた。そして彼の主導で前妻の遺した家族を助けるという約束を聞いて憂いを解消したドノバンは、その生涯に幕を閉じた。

 その後、エマの家族が相次いで病に倒れて亡くなったのを機にシュトライドは爺やを介して手厚い援助を続けていたが、彼自身もキャロラインの謀略によって援助を続けるのが困難に陥ってしまった。

 そのままシュトライドは長い年月を経て毒に蝕まれ続け、ベッドの中で死を待つ他あるまいと覚悟した。だが、そこに思わぬ救世主が現れた。援助を続けていたエマが、瀕死だった彼に聖水を齎してくれたのだ。これによってシュトライドは奇跡的な回復を果たし、あの復活劇を演じる事になるのであった。



 自分とヴァークナー家に纏わる秘密を叔父から聞かされた時、エマは最初こそ衝撃を受けていたものの最終的には納得し、事実として受け入れた。

 更にシュトライドからの申し出で秘書として雇われる事も決定し、これによってエマは職と食い扶持を失うという深刻な危機を回避した。しかし、シュトライドの粋な計らいこれだけに留まらなかった。


「それとシュトライド様は貧困通りの改革に乗り出すみたいです」

「改革っちゅーと……主に何をするんや?」

「主に貧困者の援助や、犯罪率の低下とかが目的ですね。元々貧困通りは従魔を失ったテイマー達の心を癒す場所だったんです。相棒とも呼べる存在が急に居なくなったら、心を痛めるのも無理ないですからね」


 そう言うとエマはソッと自分の肩へと手を伸ばし、ちょこんと乗っているエルピーの角を撫でた。角を撫でられるのが気持ち良いのか、それとも彼女に触れられる事自体が嬉しいのか、エルピーは猫のように目を細めている。


「しかし、直ぐに改革を起こすにしても先立つものが無ければ難しいぞ。ましてや、あの親子だ。奢侈な生活に溺れ、権力は他者を殴る武器と考える輩が国民の為に余分な金銭を残すような慈悲をしているとは思い難いが?」


 クロニカルドの指摘にエマは押し隠そうともせず、露骨に苦い顔を浮かべた。


「はい。あの後、シュトライド様や側近の方達が大急ぎで領土の財政を調べてみたら、かなり逼迫していたみたいです……」

「にも拘らず、親子二人は贅沢三昧か。良夫も悪妻の尻に敷かれて口出し出来ず、あのままやったら破綻も待った無し。そう考えたら、シュトライドはんの復活は本人だけやのうて領民にとっても九死に一生やったんやな」

「はい。既に親子の財産を片っ端から没収し、穴埋めを図っているみたいですが……それでも思うように進んでいないのが実情でして、シュトライド様も頭が痛いと悩んでおられました」


 あちゃー、本当にあの親子は……。居ても去っても問題しか起こさないって、傍迷惑を通り越して害悪でしかないじゃありませんか。しかし、その問題を解決しない限り、貧困通りの改革に乗り出せないのもまた事実だ。

 何か良い手は無いものかと無意識に頭を捻っていると、頭上に乗っていたアクリルが「じゃあさ!」と提案を述べるような前置きをして皆の視線を集めた。


「ガーシェルちゃんの鉱物をあげちゃえば良いんだよ!」

「ガーシェルの? ああ、あの鉱山で得たヤツやな。せやけど、俺っち達が手に入れた量だけやと焼け石に水―――いや、待てよ?」


 アクリルの提案を却下し掛けたヤクトだったが、不意に閃きを得たらしく急に真剣な表情を浮かべると顎に指を添えながら熟考し出した。

 暫くすると彼は懐から掌に収まる程の安い用紙を取り出し、これまた安物のペンでスラスラと何かを書いていく。そして書き終えると半分に折り畳んだソレをエマに手渡した。


「あの、これは?」

「俺っち達が見付けた宝の在り処や。厳密に言えば、その入り口やけどな。これを利用すれば、赤字の穴埋めや改革に十分に役立つ筈や」

「そ、そんな大事な物を!? う、受け取れませんよ!」


 エマは慌てて手渡された紙を返そうとしたが、ヤクトは掌を突き出して彼女の手を押し戻した。


「ええんや。俺っち達がアソコに戻って来れるとは限らへんし、もしかしたら二度と戻って来れへんかもしれへん。せやったら、いっそのこと信頼の置ける人に預かってもらった方が何倍もマシや」


 あくまでもという形で念押しすれば、エマも拒否し辛くなったのか無理に返そうとはしなくなった。やがてエマも観念したかのように、微笑を浮かべながら軽く頷いた。


「……分かりました。シュトライド様に、この事を伝えさせて頂きます。そして何時の日か再会したら、その時に御恩をお返しさせて下さい」

「そんな気にせんくてもええって。改革が無事に成功することを祈ってるで」そこで言葉を切り、ヤクトは盗み見るように私達を一瞥する。「ほな、そろそろ行こうかいな。エマさん、元気でな」

「はい! 皆さん、本当に有難うございました!」

「うむ、達者でな」

「エマおねーちゃん、ばいばい! また会おうね!」

『御世話になりました』


 別れの挨拶を交わし、私達はエマとエルピーの見送りを受けながら門へと進んだ。やがて彼女達の姿が人込みに呑まれて見えなくなった所で、クロニカルドは愉快気な眼差しをヤクトに注いだ。


「それにしても意外だな。まさか貴様のような欲深い男が、バートン山岳の地下深くで見付けた鉱脈をあっさりと他人に明け渡すとは。流石の己も驚いたぞ?」

「欲深いは余計や!……まぁ、あのまま自分の物にするにしても色々と手続きが面倒やし、それに旅の最中に別の人間に見付けられる可能性もあるやろ? それやったらいっそのこと、エマさん達に有効活用してもらうのが一番やろ?」

「ふむ、それもそうだな。目的のある旅をしている我々に動かぬ宝は不要という訳か」

「そういうこっちゃ。それにスラム街での暮らしは悲惨やしな。少しでも良くなるんやったら、それに越した事はあらへん」


 嘗てスラムに住んでいたという悲惨な過去を投影しているのか、天を軽く仰ぎながら呟くヤクトの横顔は妙に寂しげだった。しかし、それも束の間だった。長い大通りを通過し、テラリアの正門を潜り抜けた頃には何時もの屈託のない明るい表情に戻っていた。


「ほな、王都を目指して進もう―――」

「よう、待っていたぜ」

「うん?……うん!!?」


 王都への旅路を再開しようとした矢先、不意に野太い声が私達を呼び止めた。誰かと思って視線を移せば、そこには何と私達を助けてくれた三獣士の面々が待ち構えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る