第65話 VSモンテルーガ 後編

「グラアアアア!!」


 モンテルーガが水中で雄叫びを上げ、激しい振動となって私の貝殻にぶつかって来る。体力はまだまだあるぞという脅しなのか誇張なのかは分からないが、だからと言って此方も今更になって逃げる訳にはいかない。


「グラアアアア!!」

『ん!?』


 再度同じような雄叫びを上げると、頭上から降り注ぐライトクリスタルの光が遮られ、代わりに暗い影が覆い被さった。見上げれば巨大な岩塊が複数降り注ぎ、私を押し潰さんと迫って来ていた。

 通常であれば、天から降り注ぐ岩塊に慌てふためく場面であっただろうが、今この空間は水に支配されている。つまり浮力があるのだ。それによって岩塊の落下速度も減速しており、更に水を得た魚ならぬ水を得た貝である今の私ならば、これぐらいの攻撃は屁でもない。

 次々と落ちてくる岩塊の合間を縫い、攻撃を躱すのと同時に相手との距離を詰めていく。そして岩塊の雨を見事に切り抜けると、目と鼻の先にモンテルーガが待ち構えていた。障害物は最早存在せず、あとは只管一直線だ。


『よし! この調子で一気に―――!?』


 勢いに任せて決着をつけようと考えていた私の意気込みに水を差すかのように、突如衝撃が走ったかと思いきや、先程までの快調な泳ぎが幻だったかのように身動きが取れなくなってしまった。

 何が起こったのかと自己視スキルで確認すれば、まるで悪魔の手をモチーフにしたかのような岩の両手が、私をハンバーガーに見立てたかの如くガッシリと掴んでいた。その出所は私の真下に広がる地面からだ。


『くそ! 何なんだ、これは!?』


 巨大な手から逃れようともがいていると、モンテルーガの甲羅に乗っかっている岩山がバキバキと音を立て、私の自由を奪っている悪魔の手と酷似した形へと変形していく。どうやら私の自由を奪った岩の手は、モンテルーガが得意とする岩魔法の一つのようだ。

 だけど、この状況はヤバいぞ。身動きが取れない上に、敵は目と鼻の先だ。しかし、私達の持つ『切り札』を使うには未だ遠い。後少しばかり近付きたいが、このままではソレも叶わない。

 何か方法は無いかと思考を回し、視線を辺りに巡らしていると水流に漂う一筋の赤を発見した。まるで糸か海藻のように漂うソレの出所を追い掛けると、私とヤクトで破壊したモンテルーガの足の傷口に辿り着いた。


『バブルボム!』


 一縷の望みに思いを託し、私はバブルボムを打ち出した。泡爆弾はふわふわと安定しない軌道を描きながら、水中を漂うモンテルーガの鮮血に惹かれるかのように左足の傷口へと向かっていく。

 モンテルーガもこれ以上手を打たれてたまるかと、甲羅から生えた複数の岩の手を私に差し向けて来た。がしかし、紙一重の差で私の打ち出したバブルボムが一足先に傷口へ辿り着いた。

 バブルボムは傷口に辿り着くと、まるでクレーターのようなソレに吸い込まれるかのように体内に侵入した。そして程無くしてボボンッというくぐもった爆音が鳴り響き、傷口から煙幕のような大量の血が放出された。


「グオオオオオオ!!」


 モンテルーガの目が大きく見開き、巨大な口から悲痛な叫び声が飛び出した。只でさえクレーターのように広がった傷口を、バブルボムの爆発で更に押し広げられたのだ。その苦痛は傷口に塩を塗るのを凌駕し、傷口にハバネロを摺り込むにも等しい地獄の痛みだ。

 この一撃が功を奏し、私を掴んでいる拘束の手が緩んだ。おまけに相手の意識は傷口を襲った激痛に集中している。正にチャンスは今しかない。


『今だ!』


 外靭帯辺りから空気のジェットを噴射させて緩んだ拘束から一気に抜け出すと、勢いそのままに千手観音のような手の群れを素早く潜り抜け、相手の頭部を目指した。途中で私の姿に気付いたモンテルーガは、意識を痛みから私へと切り替えたが時既に遅し。


『ヤクトさん! 出番ですよ!』


 そう言って相手の頭頂部にピッタリと張り付いたまま貝殻を開けば――中から一本の丸太に匹敵する巨大な槍が現れた。だが、それはあくまでも矛先に着目しただけに過ぎない。全体像は捕鯨船に搭載された捕鯨砲を大砲クラスに大型化した、古代兵器として登場するバリスタそのものだ。

 そう、これが私達の切り札だ。ヤクト曰く「一発しか打てないが威力は絶大」と超兵器さながらの説明を受けてはいたが、その時点――山岳へ出立する前日――ではコレを使う機会が来ようとは露程にも思わなかった。

 そしてバリスタの槍がモンテルーガの頭頂部と密着した瞬間、私の奥で引き金を握っていたヤクトの雄叫びが轟いた。


「往生せいやああああああ!!!」


 ガキンッという重い引き金の音が体内で響いた直後、大砲のような轟音と共にバリスタの槍が射出された。発射時の凄まじさも然る事ながら反動もまた凄まじく、それを諸に受け止めた私の身体が宙へと投げ出される程だ。幸いにも周りが水で囲まれていたいおかげで難無く体勢を立て直せたが。

 そして発射されたバリスタの槍は岩盤を穿つような甲高い音を立てて、モンテルーガの頭頂部を貫いた。槍は内部を掻き分けながら垂直に猛進し、血と脳漿に塗れた穂先が下顎を突き破って現れた。

 その時点で鋭利な矛先は押し潰されたかのように拉げ、槍としての機能を失っていたが、それが返ってバリスタの驚異的な破壊力とえげつなさを強調して物語っていた。

 事実、ソレを目の当たりにした私も「ヒエッ」と情けない声を漏らしてしまった。アレが万が一に暴発していたら、私自身が危ない目に遭っていたのではという不安が真っ先に脳裏に過ったからだ。

 一方でセーフティーハウスからは自画自賛的なヤクトの笑い声が響いていた。少しは私の身の安全を気遣うなりして下さいよぉ。

 だが、そんな戸惑いの感情も程無くして意識の蚊帳から追い出される事となる。


「グ……ゴ……ゴ……」

『まだ生きてるんですか!?』


 頭部を串刺しにされ、脳漿を撒き散らし、内部の圧で片目が飛び出した――ゾンビと呼んでも過言ではない――状態であるにも関わらず、モンテルーガの生命力は底を着いていなかった。

 しかし、もう片方の無傷な眼球に私を映しても襲い掛かろうとしない。思考の中枢である脳を破壊されたせいで、敵か否かの区別が付かなくなっているのか? なんて思っていたら不意にステータスの一文が脳裏を横切った。


【相手の体力がレッドラインに達しました。丸呑みが可能です。標的を丸呑みしますか?】


 うえ!? 丸呑み!? この巨体相手に出来ちゃうの!? 本当に!? いや、出来たとしたら勝負は決着がついたも同然……! ここは勇気を出して、やるっきゃない!


『い た だ き ま す!』


 その掛け声と共にガパリと貝殻を大きく開けると、モンテルーガの巨体が私の中へと吸い込まれていく。まるでコピー能力を有するピンクの悪魔を再現しているかのような吸引力だ。これにはダイ〇ンもビックリに違いあるまい。

 丸呑みを選択してから数秒足らずでモンテルーガが私の胃袋に収まり、ずっしりと胃が凭れそうな程の強烈な満腹感が後からやって来る。そしてモンテルーガが居なくなったのと同時に空間内を満たしていた水が粒子状となって消滅し、最終的には元の乾いた地面と岩肌が広がる無骨な空間へと戻った。

 シン……と鼓膜の耳鳴りが五月蠅く感じる程の静けさが充満し、暫くすると脳裏に例の音が流れた。


【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして41になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして42になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして43になりました。各種ステータスが向上しました】

【正統進化規定値に到達しました。ビッグシェルに進化可能です】

【特殊進化規定値に到達しました。ロックシェルに進化可能です】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして44になりました。各種ステータスが向上しました】

【攻撃技:溶解針が腐食針に強化されました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして45になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして47になりました。各種ステータスが向上しました】

【経験値が規定数値に達しました。レベルがアップして48になりました。各種ステータスが向上しました】

【戦闘ボーナス発動:各ステータスの数値が通常よりも多めに上昇します】


 うおおおおおおおおお!!! 勝ったぁぁぁぁぁぁけどちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!!!!

 進化が! 進化が漸く来ましたよ! それに分岐している! 正統進化と特殊進化! これは心が躍りますねぇ!……と、いかんいかん。ついつい燥ぎ過ぎてしまった。先ずはセーフティーハウスに避難した御二人を出そう。


『アクリルさん、ヤクトさん。もう出て来ても大丈夫ですよ』


 パカリと貝殻を開けば、最初にアクリルが貝殻の中から攀じ出るように姿を現し、彼女に続いてヤクトも疲労感3と勝利の喜びが7という割合で構成された笑みを浮かべながら貝殻の隙間を潜り抜けて外へと踏み出した。


「いやー、一時はどうなるかと思うたけど……何とかなるもんやなぁ」

「やったね! ガーシェルちゃん!」

『はい! ですが……』チラリと周囲を一瞥し、再び視線をアクリル達へと戻す。『どうやったら、此処から出られるんでしょうね?』

「え?」私の言葉に反応してアクリルが辺りを見回す。「ほんとだー、出口ないねー」

「そう言われたら……そうやなぁ」


 モンテルーガを倒したまでは良い。だが、肝心の出口と思しきものが何処にも見当たらない。あるのは私達の居る空間に入って来た際に通った一対の鉄扉のみだ。

 ヤクトも出口が見当たらない事に気付くと、眉を八の字に作って困った表情を浮かべた。そんな困り顔の彼を円らな眼差しで見上げながら、アクリルは微塵の不安も感じられない声色で問い掛けた。


「これからどうするの、ヤー兄?」

「とりあえず手分けして出口を探すんや。これ以上、地下への通路が出現せんっちゅー事は此処がゴールなのは間違いあらへん。きっと出口に繋がる何かしらの扉か魔法陣が壁際にある筈や。俺っちは時計回りで進むさかい、姫さんとガーシェルは反対から進んでおくれ」

「はーい!」


 そう言うと私達は鉄扉の正面から二手に分かれ、壁に触れながら文字通り手探りで出口へと通じる抜け道か魔法陣を探し始めた。どちらかを見付けてしまえば、この地下ダンジョンも脱出出来たも同然だ。では、この空間を探索して出口を探す傍ら、先程の進化について脳内ステータスで整理しておくとしよう。

 まず正統進化について説明しよう。正統という言葉に仰々しさを覚えたりもするが、要はシェルが順調に成長したら『必ず』発生する進化ルートの事を指しており、別段特別な進化という訳ではない。

 その正統進化を選べばビッグシェルになるのだが……既に字面で御分りの人も居るだろうが、シェルを更に大型化した姿になるだけだ。しかも、現在のシェルから約7倍余りの大きさになるとか。

 因みに今のシェルの殻長と殻高がそれぞれ2m程と軽自動車とほぼ同程度の大きさだ。それが7倍にも膨れ上がったら小回りが利かなくなるし、何よりも念願である地下ダンジョンからの脱出なんて出来やしない。なので、個人的には正統進化は却下だ。

 もう一つの特殊進化は正統進化とは異なり、ある特定の条件を満たせば発現する進化ルートの事を指す。今回の場合だと『岩石魔獣を百匹以上捕食し、且つ正統進化規定レベルに達すること』が条件であり、アンネルの大量捕食が特殊進化を後押しした形だ。

 また特殊進化を選ぶと、今までの属性とは異なる新たな属性が付加される場合もあるそうだ。もう既にロックシェルという名前で薄々勘付いているだろうが、恐らく特殊進化を選べば土属性の魔法なり特性が新たに与えられる可能性が高い。

 もしも進化するのならば、此方の方が断然良い。だけど、今はまず出口を探す事に専念しよう。進化云々に関しては後回しだ。

 そうこうしている間に私達は空間を半周してしまい、時計回りで進んできたヤクトと合流を果たしてしまった。つまり、壁に沿って一周しても扉はおろか魔法陣らしきものは一切見付け出せなかったという訳だ。


「姫さん、ガーシェル。何かあったか?」

「ううん、なんにも見当たらなーい。ガーシェルちゃんは?」

『残念ながら何も……』

「ガーシェルちゃんも何にもなかったって」

「おっかしいなぁ。友人ダチから聞いた話によれば、その部屋のボスを倒せば扉なり魔法陣が出るっちゅー話やったんやけどなぁ。何処か見落としたんかいな?」


 出口らしい物が一つも現れない事にヤクトは怪訝そうに表情を顰め、ぶつぶつと呟きながらヤクトは腕を組んだ格好で合流地点となった岩壁に凭れ掛かった。その瞬間、ヤクトの背後に広がる岩盤からガコンッと歯車が噛み合う音が鳴り響いた。


「ん? 何や……っておおおおお!?」


 背中を預けていた岩盤が正三角形状に沈み込んだかと思いきや、次の瞬間には自動ドアのようにパカンと真っ二つ割れ、一本の通路が姿を現した。

 最初の扉に全体重を預けていたヤクトは、突然支えを失った事に反応出来ず、見事なまでに引っ繰り返って腰を強かに打ち付ける。その痛みで表情を歪ませるが、自分の背後に現れた道を目にするや歪みは掻き消され、あっという間に満面の笑みに取って代わられた。


「ヤー兄! やったよ! 出口だよ!」

「いや、まだこれが本当に出口すらも分からへん。ここは慎重に進むべきや」

『確かに、ヤクトさんの仰る通りですね』


 この通路が出口に繋がっているという確証は何処にも無い。ヤクトの慎重な意見に同意しつつも、私達は慎重に綺麗な正三角形を描いた通路へ踏み込んだ。天辺の内角には蛍光灯にも似た長身のライトクリスタルが一定間隔で設けられている事もあって、通路内は暗闇とは無縁の明るさに満たされていた。

 そして200m程進むと、中央に菱形の出っ張りを付けた三角形の扉が見えて来た。あの先に出口があるのだろうか? 或いは罠が待ち構えているのだろうか?

 その考えを抱いたのは私だけでなくヤクトも同じだったらしく、彼は私達を一瞥すると危険を承知の上で前へと踏み出し、菱形の出っ張りに手を置いた。

 すると出っ張りに刻まれた細い十字線の溝に淡い緑の光が宿り、扉の奥へ沈んでいく。そして扉に刻み込まれた電子回路のような文様に沿って光が走り、微弱な振動を立てながら扉は真っ二つに分かれた。


「何やねん……こりゃ?」


 扉の向こう側へと足を踏み入れた時、ヤクトは思わずそう口に出していた。

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