第35話 真相

 時は遡り一日前、パラッシュ村の裏手にある山中にて一人の巨漢が白銀に輝く手錠を嵌めた格好で逃げ回っていた。

 草木を体で掻き分けて道なき道を模索し、月光頼りの薄暗い世界を見通そうとして無意識に目力が籠ってしまう。長いこと走っているのか呼吸が弾んでいるが、自身の唾液を無理矢理に飲み込ませる事で誤魔化し、そして走り続けることを諦めなかった。

 力強く駆け抜ける馬脚の足音が逃げる男の背中を叩き、彼はそれを耳にする度に後ろ髪を引かれるかのように何度も振り返った。

 背後から自分を追い駆けてくるソレは、真夜中の暗がりに支配された山中にあっても十分に認識出来た。木影の隙間から降り注ぐ月光が豪奢な彫物をあしらったシルバーメイルの銀鎧に鈍く反射し、まるで我此処に在りと激しく自己主張しているかのようだ。

 彼等は騎士ナイツと呼ばれる国の治安を守る国家組織の一員であり、逃げている男はパラッシュ村襲撃を指示した山賊団『火爪』の頭領ガロンであった。


「逃がすな! 追え!!」

「はぁ! はぁ! くそったれが!」


 ガロンは只単に逃げるだけでなく、追い駆けてくる騎士達を遣り過ごせる場所はないかと瞳を左右に動かす。生まれながらの悪党であった彼に学なんてものは当然ないが、山賊として活動している内に自然と身に付いた術はあった。

 魔獣の足跡から山中に生息する魔獣の種類を特定したり、木の断面から方位を読み取ったり、山道の道成を理解して一般人を襲う奇襲ポイントを定めたり、殆どが山賊という生業を活かす為のものばかりだが、その中の一つに獣道を見抜くという術があった。

 この世界における獣道は言うまでもなく魔獣が作ったものではあるが、そこを通るのは大抵が小型だったり弱小の部類に入る魔獣だけだ。理由は単純明快、強い魔獣は道を作る必要なんて無いからだ。

 それを知っていたガロンは迷う事なく脇にある獣道に飛び込んだ。素早く身を俯せにして気配を殺すと、程無くして目の前を馬に乗った騎士達が全速力で素通りしていく。


「へへへ、これだから都会育ちの騎士様は甘いんだよ……」


 騎士達の山に対する認識の甘さを指摘しながら起き上がると、彼は獣道を下っていった。

 これからどうするべきかと考える前に、幾つか解決しなければならない問題があった。その中でも最たる問題は、今尚彼の両手の自由を奪っている鎖で繋がった白銀の手錠だ。

 この手錠には魔力を封じる特殊な術が施されており、これを嵌められた人間は魔法を一切出せなくなってしまうのだ。しかも手錠そのものも極めて高い頑丈性を有しており、ちょっとやそっとで壊れないのもまたガロンの頭を悩ませた。


「くそ、さっさとコイツを外して自由になりたいもんだぜ。そしたら今度こそヤツをブッ殺して……」


 ブツブツと手錠を外した場合に備えて仮の予定を口にしている内に獣道を抜け、少し拓けた山道に辿り着いた。騎士達の有無を確認し、そして道へ一歩踏み出した瞬間―――地面を踏み締める人間の足音が左手から聞こえ、彼は反射的に音の方へ振り向いた。


(馬鹿な! 人の気配は感じなかったぞ!?)


 身体中に張り巡らされた神経を通って驚愕と緊張のシグナルが駆け抜け、次いで全身に珠のような冷や汗が浮かび上がる。足音の方へ食い入るような視線を向け、その先に広がる暗闇から現れた人物を見た途端―――あからさまに安堵した。


「何だよ、アンタ達か。驚かせやがって……」


 ガロンの前に現れたのは騎士とは異なる、魔法使いを彷彿とさせる黒いローブで全身を余すことなく包み込んだ集団だった。袖は手を隠し切ってしまう程に長く、唯一生身を拝めるのは頭に羽織ったローブの影から微かに覗く口元だけだ。とは言え、全員が口を真一文字にキツく結んでいるので、そこから内心に抱いている感情を読み取る事は出来ない。

 しかし、ガロンは勝手知ったる馴れ馴れしい口調で集団に話し掛けた。相手が何を考えているかなどガロンにとってはどうでも良い事だ。この手錠を外してくれる可能性を有する人間が自分の目の前に現れたという事実だけで十分だった。


「へへへ、丁度良かった。なぁ、アンタ。コイツを外してくれよ」ジャラリと音を立てながら手錠が嵌められた両手を前へ持ち上げる。「アンタ達も魔法は使えるんだろう? だったらよ、こいつを――」

はどうした?」


 集団の先頭に立つ男がしわがれた声で尋ねる。約束という単語にガロンはきょとんと呆けた表情を浮かべていたが、直ぐに思い出したように「ああ!」と声を張り上げた。


「それなんだがよ! ありゃ一体何なんだよ! あんな馬鹿みたいに無茶苦茶な魔力を放出するガキが居るなんて話は聞いていないぞ!! アイツのせいで俺達の作戦は何もかもおじゃんだ!!」

「……では、失敗したのだな?」

「ああ、そうだよ! だが、今度は失敗しねぇ! あのガキをどうにかすりゃ、今度こそ――」


 ガロンが力説している最中にも拘らず、ローブの集団は彼から背を向けて去ろうとした。それを見てガロンは慌てて引き留めた。


「お、おい! 待て!! 俺の手錠を外してくれよ!! そうしたら今度こそ約束を果たしてやるよ!」


 必死の訴えに耳を貸すどころか、足を止めようとする者は皆無であった。唯一足を止めたのは、ガロンに約束の件を問い掛けた高齢と思しき人間だった。だが、あくまでも足を止めただけであり、背後に居るガロンへ視線もくれてやらなかった。


「我々は貴様に対しガーヴィンという男の居所を教えてやった。そして貴様は我々に対し情報に見合う対価―――我々が望むものを手に入れると約束した。それを破った挙句、無様に敗北を晒した負け犬に手を差し伸ばしてやる程に我々は寛容ではない」

「な、何だとぉ!?」


 目前に居る怪しげな男に利用されているという節はガロンも薄々感付いていたが、ガーヴィンに復讐する為ならば操り人形でも道化でもなんでもなってやるという気概もあったので耐える事が出来た。だが、敗北した途端に役立たずのゴミのように捨てられるのだけは勘弁ならなかった。


「テメェがそう言うんだったらよぉ、こっちにも考えがあるぜ! テメェと俺が何を話し合ったか、一切合切を騎士にブチ撒けてやる! そうすればテメェ等もこの国でおいそれとお天道様の下を歩けないだろ!? ああっ!?」


 それは処刑されるであろう自分の命と引き換えに、男達を白日の下に引き摺り出すという、ガロンの人生最後の悪足掻き……もしくは一世一代の大博打だった。

 相手が素直に自分の要求に応じてくれるのが最良だが、仮に口封じで殺されたとしても、人の手が加わった死に方は騎士達に疑念を投げ掛けるだろう。フードの男達とて、第三者に警戒させるような悪手は打ちたくない筈だ。

 脳裏に築かれた目論見通りにいけば、もしかしたら……という淡い期待がガロンの胸中に燻る。だが、彼の期待がそれ以上燃え上がる事はなかった。

 ローブの男はガロンの言う事に従わず、かといって直接手を下そうともしなかった。それまで止めていた足を再び前へと動かし始め、背を向けたまま彼に言葉を投げ掛けた。


「好きにしろ。最も、その前に奴等の相手をして生きていられればの話だがな」

「奴等?」


 突然出て来た人代名詞にガロンが眉間を狭めたのと、それはほぼ同時に起こった。彼等が居る長い山道の両脇に生い茂る藪がガサガサと激しく揺れ、藪の中から無数の灯かりが出現する。

 いや、灯かりではない。目だ。夜行性動物のように魔獣の両眼が暗闇の中で輝いているのだ。そして藪が一段と大きく揺れ動き、藪の中に居た魔獣が姿を現した。


「ま……マタンゴ!?」


 マタンゴの姿を認識した途端、ガロンは頬をヒクリと気まずそうに釣り上げた。

 通常のガロンであれば、マタンゴなんて取るに足らない弱小モンスターだと一笑に付したであろうが、今の彼は魔力を封じられており、弱小とは言え列記とした魔獣相手に抵抗するなんて不可能だ。特にマタンゴに関しては個人的に思い当たる節が、悪い意味で幾つもあった。

 まさか……とガロンは最悪の事態を予想するが、それは直ぐに現実のものとなった。


「イー!!」


 一匹のマタンゴが可愛らしい咆哮を上げると、他のマタンゴ達は怒りを象徴する赤い胞子を撒き散らしながらガロンの下へと殺到する。一匹だけならばまだしも、何十匹も同時に近寄られては流石のガロンも成す術が無かった。


「や、やめろ!! お、おい! 助けろ! 助けてくれぇぇぇぇ!!!」


 背を向けたローブの男に手を伸ばしながら助けを求めるも、既にガロンを見限った男が彼を救う為に振り返る事はなかった。そして死骸に群がる蟻のように無数のマタンゴがガロンに襲い掛かり、瞬く間に彼の視野はマタンゴの群れに埋め尽くされる。

 家族を殺されたマタンゴ達の復讐はそう簡単に終わる筈が無く、寄って集って殴る蹴るの暴行は空が白むほどの長時間に及んだ。そしてガロンの最期を飾ったのはマタンゴ渾身の毒胞子の一斉放出だ。

 辺り一帯を易々と飲み込む程の大量且つ濃密な毒の霧が晴れ上がると、全身に蜂に刺されたかのような腫れと痛々しい青痣を作って無様を体現したガロンの死体だけが、その場に転がされていた。

 それから間も無くして山中を駆け回っていた騎士が彼の死体を発見するのだが、その死に様から魔獣による襲撃として片付けてしまうのも無理なかった。



「隊長、これから如何なさいます? 今すぐにでも作戦を実行しますか?」

「いや、まだ当分は動かない方が良いだろう。襲撃を受けたばかりで向こうも警戒を厳にしている筈だ。だが、慌てる必要はない。アレが村から離れる心配はない。チャンスが来るまで待てば良いだけだ……」


 ガロンの死体を粛々と処理する騎士達の姿を離れた木影から偵察していたフードの男達は、人目を拒むように音も立てずに闇の中へと消えていった。

 こうしてガロンとフードの男達の関係は白日に晒されることなく幕を閉じ、フードの男達の存在もまた誰にも知られぬまま暗闇に取り残されたままだった。


 だが、彼等の言っていたチャンスは、彼等自身が想像していたよりも早くに訪れた。



【名前】貝原 守

【種族】シェル

【レベル】20→23

【体力】2630→2950(+20)

【攻撃力】248→275(+3)

【防御力】448→497(+10)

【速度】104→115(+2)

【魔力】261→290(+5)

【スキル】鑑定・自己視・ジェット噴射・暗視・ソナー(パッシブソナー)・土潜り・硬化・遊泳・浄化・共食い・自己修復(成長修復)・毒無効・研磨・危険察知・丸呑み・大食い・修行・白煙

【従魔スキル】セーフティハウス

【攻撃技】麻痺針・猛毒針・溶解針・体当たり・針飛ばし・毒液

【魔法】泡魔法(バブルボム・バブルチェーン・バブルバリア・バブルホイール)・水魔法(ウォーターバルーン・ウォーターマシンガン・ウォーターショットガン・ウォーターカッター)


※()内の数字は修行スキルによって追加された数値


次回の更新は次章を書き上げ次第投稿します

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