第2話 初めての食事

 何の抵抗もせず、海底に向かって落ちていく身を委ねること数十分が経過した。底が見えずに不安ばかりが募っていたが、漸くゴール地点とも呼べる海底の砂が見えるとホッと胸を撫で下ろした。貝となった自分に胸があるのかどうかは別として。

 タイミングを合わせてジェット噴射し、砂を巻き上げながら華麗に着地を決める。他の稚貝達も次々と海底に降り立つのを見て、此処が稚貝である自分達にとっての安住の地らしいと確信した。

 何もない。最果ての地とも呼べる寂しい場所だ。海溝を成す両脇の壁を見上げても天辺が見えず、太陽の光すら届かない最深奥の境地。暗視スキルが無ければ、墨で塗り潰されたような暗闇ばかりが支配する暗黒地帯なのは言うまでもない。


「こんな場所に飯なんてあるのか?」


 太陽の光が届かないだの、暗闇ばかりが支配する深い場所だのというのは大した問題ではない。問題なのは、こんな場所に自分が食える食事があるかだ。そもそも何を喰うのかすら分からない。ううむ、どうする……?


「そうだ。さっきのステータスを見れば何か分かるかも」


 思い出したのは、先程から自分に様々なスキルを与えてくれる度に表示されるステータスだ。あれを見れば自分のことに――主に自分の魂が宿った貝の生態について――分かるかもしれない。


「ええっと、ステータス表示は……こうかな?」


 何となくステータスが見たいと念じると、目の前に例の画面が現れた。よしよし、そんでもってステータスと名前はっと……。


【名前】貝原 守

【種族】リトルシェル

【レベル】1

【体力】150

【攻撃力】5

【防御力】50

【速度】3

【魔力】5

【獲得スキル】自己視・ジェット噴射・暗視


 うーん、色々と気になる部分があるけど、それについての考察は後回しだ。やっぱり生まれたてだからレベルが低いなぁ。それにリトルって事は、これから成長すればシェルになるのかな? それは兎も角、リトルシェルに付いての情報はどうかな?


【リトルシェル:シェルの幼体。シェルの子供だが、海底の水圧にも耐え得る殻は高い防御力を秘めている。雑食で何でも食べる。幼体期は主に海底に生えた海藻や海獣の死骸、沈没船の残骸を食す】


「うへぇ、死骸を食うのかよ……」


 リトルシェルに関する情報文を見てげんなりとした気持ちが沸くが、この世界で生き延びるには仕方ないだろう。しかし、どうやって死骸なんて探せば良いんだ? 何処か適当に動き回れば見付かるものなのか? しかし、出鱈目に動き回るのも不安だしなぁ。何かこう……獲物を発見するセンサーっぽいスキルがアレばなぁ。


【誕生ボーナス:感覚スキル・ソナーを手に入れました】


 おお! グッドタイミング! よく分からんがソニックセンサーを手に入れたぜ! 恐らく、スキル獲得時に表示される【誕生ボーナス】――所謂バースデープレゼントみたいなもの――のおかげで、苦労もせずポンポンとスキルが手に入るのは正直嬉しい。

 待てよ。私が願ったり思ったりした矢先にポンっとスキルをくれるのならば、今の内に強い技が欲しいと願えば強力な技をくれるのだろうか? 誕生ボーナスは今だけだから、今の内にせがんでみよう。


「頼む! 私に強力な技をくれーっ!!」


 ……何の反応もない。やっぱりそう上手くはいかないか。まぁ、生まれたばかりの赤ん坊に銃を与えるようなものだ。いきなり強力な技や魔法を与えられても、使いこなせる保障なんてない。宝の持ち腐れになるのが精々だ。

 それじゃ早速手に入れたソナーを使ってみよう。ソナー、発動!


「お、おおおお?」


 頭の中でキンッという鋭い金属音が響き渡り、それが波紋状に広がっていくのが分かる。そして脳裏にレーダーセンサーのような図が浮かび上がり、波紋に引っ掛かった物体が一瞬だけ赤く点滅する。

 此方の現実世界にあるソナーとほぼ同じだ。そしてソナーに引っ掛かった物体が、私の探し求めている死骸か、もしくは別の生物だろう。脳裏のセンサーに表示された無数の小さい点は、恐らく私と一緒に海底にやってきた稚貝達だ。


「じゃあ、この点よりも大きな物体を探せば良いんだな?」


 もう一度試しにソナーを施すと、此処から右斜め後ろに大きな物体を感知した。いそいそと感知した場所へ向かうと、そこには象のように長い鼻を持った奇抜な魚の死骸が海底に横たわっていた。死んで間もないのか、腐敗もしちゃいない。

「よしよし、見付けたぞ。それに死んでから、そう長い時間も掛かっちゃいないみたいだ」

 自分の幸運に感謝しながら、私は内心で手を合わせて死骸を頂く事にした。この貝の身でどうやって餌を食べるんだという疑問も、生まれた瞬間から身に付いていた食事の知識のおかげで何とかなった。

 先ず餌を捕まえる為に備わった巨大な捕食舌を伸ばし、死骸に舌を吸着させる。そしたら死骸の肉を力尽くでベリッと剥がし、舌に張り付いた部分を丸々飲み込む。幸いにも貝の食事は『食べる』と言うよりも『飲み込む』のが基本らしく、美味しくないであろう死骸の味を気にする事無く、その後も腹を満たすまで食事を続ける事が出来た。


「ふー、喰った喰った……ん?」


 満腹になって幸福感に包まれた頃、他の仲間達も私が食べていた死骸の存在に気付いたらしくゾロゾロとやって来た。あー、どうぞどうぞ。御自由に食べて下さい。御先に頂いたので、遠慮せずにどうぞ。

 そんな私の心の声など知る由も無く、稚貝達は私が最初に見付けた死骸に殺到し、腹を空かしたハゲタカのように一心不乱に食い始めた。あっという間に死骸が纏っていた肉は失われ、そして骨すらも一欠けらも余すことなく稚貝達の胃袋に収まっていく。

 彼等の食事が終わった後には跡形も残っておらず、まるで最初から死骸なんて存在しなかったかのようだ。わー、凄い食欲。


【初食事ボーナス:レベルがアップして2になりました。各種ステータスが向上しました】

【初満腹ボーナス:レベルがアップして3になりました。各種ステータスが向上しました】

【攻撃技:麻痺針を獲得しました】

【特殊スキル:鑑定を覚えました】

【特殊スキル:砂潜りを獲得しました】


 おお、何か色々と覚えたぞ! これは嬉しいね。さて、色々とやり遂げた訳だけど……満腹になったら眠たくなってきた。今日はこの辺にして、気掛かりなのは明日にしようかな。それじゃ早速覚えた砂潜りを使って、我が身を砂の下に隠したら眠るとしよう。


では、おやすみなさーい。



【名前】貝原 守

【種族】リトルシェル

【レベル】3

【体力】210(+60)

【攻撃力】11(+6)

【防御力】60(+10)

【速度】5(+2)

【魔力】11(+6)

【スキル】鑑定・自己視・ジェット噴射・暗視・ソナー・砂潜り

【攻撃技】麻痺針

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