第8話 分裂

 ドッチボール大会まであと二日。3年B組は、小田がサボってから、他の人も少しずつサボりだすようになってしまった。サボり始めた人は、全員文化部で、あまり上手くなっていない子達だ。


 「んだよ、お前ら! 勝ちたくねーのかよ!」


 森本がそう言うと、全員下を向いてしまう。


 「……森本くんたちがいれば勝てるよ」


 そんな言葉に、森本は余計に腹が立った。自分が褒められているはずなのに、なぜかとても腹が立った。

 クラスの雰囲気が悪いことを、谷岡はどうしたものか、と考える。このままでは、勝てるはずの大会も負けてしまうだろう。なにより、これを理由に今後クラスが分裂したままでは、一年間楽しめないのは明らかだ。谷岡は、それだけは避けたかった。


 昼休み、職員室で考えていると、「谷岡先生」と、ある生徒が訪ねた。顔を向けると、眉毛を下げている野田大輝のだ だいきが立っていた。野田は、野球部に所属している。野球部らしく、坊主で筋肉もあり、森本と一緒によく行動をしている一人だった。


 「どうしましたか、野田くん」


 「あのさ……、練習のこと、なんですけど」


 「……はい」


 「……正直、俺、わかるんです。小田達の気持ち」


 意外な言葉だった。野田は、野球部でピッチャーをしており、エースだ。そんな彼ができない人の気持ちをわかる、とハッキリ言うことに、谷岡は素直に驚いた。


 「俺も……野球は最初できなかったから」


 野田は少し照れくさそうに続ける。


 「でも、段々出来るようになって、好きで楽しくて……。ドッチも、ぶっちゃけ森本の方が上手いんだ、野球部なのに恥ずかしいけど」


 「恥ずかしいことではありません」


 「……うん、でも、森本には負けたくないから頑張れるんだ。だけどそれって、全員がそう思って頑張れるわけじゃないじゃん……?」


 「……はい」


 「……俺、練習、楽しいんだよ。クラスでこうやって頑張るの久々だし、とくに部活でチームプレーしてる奴は、そうだと思う。全員で何かやるの、好きだから。森本もそうだと思う、だからあんなイラついてて」


 「はい」


 「小田にも、その楽しさ、わかって欲しいんだ、他の奴も。なあ、どうしたらいいかな?」


 野田の言葉に、谷岡は優しく笑う。そして、ゆっくりと、丁寧に答えた。


 「簡単なことですよ。野田くんが、されて嬉しかったことを、小田くん達にしてあげてください」


 「俺が……?」


 「そうです。正直、僕はとっても嬉しいです。いや……情けない、ですね。僕も何かしてあげたいと思っていたので、こうやって野田くんが『何かしたい』と言ってくれたこと、とても嬉しいです」


 谷岡は、野田の手を取る。いくつかまめがあり、彼がピッチングに励んでいることが明らかだった。


「僕にはやり方がわからなかったのですが、野田くんはもう、きちんと答えが出ています。僕は、とても情けないです」


 そう、眉を下げて笑う谷岡に、野田は少し目を丸くする。そして、野田は「へへっ」と少し照れくさそうに笑った。


 「野田くん、あなたの思うように、やってみてください。大丈夫です、あなたの友人の森本くんは、きっとわかってくれます」


 「……うん、そう思う」










 「小田、練習するぞ」


 放課後、森本が眉間にしわを寄せて言う。そんな森本に、小田はあからさまに萎縮する。森本は「他の奴も今日は絶対参加だからな!」と怒鳴るように、声を張った。


 「来なかった奴は、全員のシャー芯盗んでやるからな! 明日小テストあるから、絶対困るぞ!!」


 無理やりな脅しに、森本の後ろで立っている野田は苦笑いをこぼす。

 「……わかったよ」と、消え入りそうな声で小田は頷いた。それに「よし!」と、森本は満足気に頷き、全員を体育館へと連れて行く。


 体育館は、前後で二つに分けられており、前方は他のクラスが練習していた。ステージには、新山と谷岡が並んでいた。谷岡の優しい眼差しに、森本は睨み返す。野田はその眼差しに応えるように、強く頷いた。


 「あの、さ……練習なら、早く……」


 モジモジする小田に、森本はボールを上に投げる。そして、そのボールを野田がキャッチする。


 「お前には、これをやってもらう!」


 「……え」


 きょとんとする小田に、野田が丁寧に説明をした。


 「俺等が取り損ねて、上にあげたボールを、小田くんや他のみんなに取って欲しいんだ。上に飛んだボールは、ずっとキャッチしやすくなると思うし」


 「……できないよ」


 小田がそう言った瞬間。


 「できる!」


 森本がそう、間髪入れずハッキリと言った。その言葉に、数人は小さく吹き出す。その返し方が、自分の担任を思い出したから。


 「ほら、やるぞー」


 少し照れくさそうにする森本の姿に、小田は数回瞬きをした。







 「いいんですか、谷岡先生。B組の子、ほったらかしにして」


 新山の言葉に、谷岡先生は「大丈夫です」と即答する。その答えに、新山は肩をすくめる。


 「毎年そうですよ、この大会、大体運動部の子が活躍して終わりです。運動部の子がどれだけいるかで、勝負が決まるんですよ。私のクラス、A組は一番多いので、毎年優勝です」


 「それはすごい」


 「……前言撤回するなら、今のうちですよ?」


 「いいえ、しません。今年の優勝は、B組がもらいます」


 「分裂してるクラスが勝てるとでも?」


 「……たしかに、昨日のままでは勝てないでしょう。でも、明日、明後日の彼等なら、勝てます。見てください、彼等を」


 新山は、後方で練習しているB組に視線を向ける。B組は、男子は森本を、女子は早水を中心に練習をしていた。文化部の子たちが、上にあがったボールを必死に追いかけている。取れている子もいれば、取れていない子もいる。取れていない子の中には、小田も含まれていた。


 「小田ー! もっと予測しろー! お前頭良いんだから!」


 「か、関係ないよ!」


 森本のかけ声に、小田は答えるが、ボールはキャッチできない。


 「あれを見ても?」


 「はい、勝てます」と、谷岡はもう一度即答する。


 「僕は、練習の内容を伝えただけで、指示は一切していません。あの子達が、自分たちで練習をしている。考えて行動する、というのは簡単なようでできません。これが出来ることで、勝敗は大きく変わるでしょう」


 谷岡は、ボールを必死に追いかける小田を見つめる。その小田に声をかけ続け、アドバイスをする野田を見て、優しく微笑む。


 「分裂の修正の方法を、彼等が答えをだしました。僕が思いもしなかったことを。教えるなんて、とても難しいのに。それでも、彼等は今、教える楽しさも、教えてもらう楽しさも、学び始めています」


 「もう一回行くぞー!」と、森本が声をかけ、ボールを上へと投げる。そのボールを見上げる小田。


 ──無理だ。


 そう思い、小田はギュッと目を瞑る。その瞬間、「小田ー! 取れるぞー!」という野田のかけ声に、小田はうっすらと目を開け、ボールを辿った。


 そして、ボールは小田の腕の中へと。


 全員が歓喜の声を上げた。

 信じられないような顔をしている小田に、森本は「やるじゃん」と一言。その言葉に、小田は自分の中で何かが沸き上がるのを感じて。


 「も、もう一回!」


 その言葉に、全員が笑顔をこぼした。


 「一回でも取れて、そしてそれを、一番できる人が褒める。それは、絶対に自信へと繋がります」


 B組の姿を見て、新山は目を丸くする。そんな新山の姿を見て、谷岡は満足気に笑って。


 「大会、楽しみですね」







 

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