第6話 全員の力
「皆さんが僕を追い出すために、わざと負けても構いません。ですが、これは今まで厳しくしてきた先生を見返すチャンスです。今の環境から抜け出すか、保つために僕を追い出すか、皆さんが選んでください」
谷岡の言葉に、森本は「上等だよ!」と強気な声を放つ。そして、森本の言葉に続くようにクラス全員が、力強く頷く。それを、谷岡は満足そうに笑う。
「俺等が勝つための勝算、あるんだろーな!」
「ええ、もちろん」
『谷岡先生が3年B組を一位にする。できなかったら先生を辞める』
この噂は、瞬く間に広まった。生徒から生徒へ、生徒から先生へ。そして、ドッチボール大会まであと六日となった放課後、谷岡は校長先生に呼び出しをされていた。
「谷岡先生、B組の噂、本気ですか?」
「えっと……はいっ」
少し照れくさそうに言う谷岡をみて、校長先生は呆れたようにため息をついた。
「本当に良いのですか? 先生を辞めるだなんて、勝てるかわからないのに」
「いいえ、勝てますよ」
谷岡は、はっきりと、言い放つ。校長先生の瞳を、真っすぐ見つめて。その瞳に、校長先生はぽかんと口を開けていた。「この後ドッチボールの練習があるので、失礼します」とお辞儀をし、谷岡は校長室を後にした。
体育館へ行くと、すでに3年B組の生徒全員が揃っていた。
「おせーよ!」
森本がボールを持って、谷岡先生に怒鳴るように言い放つ。
「す、すみません。えっと……皆さん、そろっていますか?」
「おう! 早く、勝つ練習を教えろや!」
「は、はい。えっと、それじゃまず……女の子が男の子にボールを投げてください」
「……はあー?!」
谷岡の言葉に、森本はもちろん、クラスの全員が声を上げて反対した。
「なんで私達が投げるのよ! 投げるのは男子が練習した方が良いに決まってんじゃん!」
早水がそう言うと、谷岡は首を横に振って。
「いえ、男子はボールを投げません」
「はあ?」
顔をしかめる早水に、谷岡はにっこりを笑いかける。そして、森本からボールをもらい、早水にボールを渡した。
「審判から『強すぎる』と言われるのでしょう? だから、男子は投げず、女子がボールを投げるのです。女子が投げたボールに当たって痛がる男子を、庇う審判はいないと思いますから」
谷岡の言葉に、ハッとする早水。そして、全員がそれが『作戦』の一つであると理解した。
「もちろん、一切投げないわけではありません。男子がボールを投げるのは、中から外へパスをする時だけです。相手ボールの時は、女子は全力で逃げ、男子がボールを取る。女子が男子のボールを取るのは難しいですから」
「で、でもっ、女子のボールが男子に当たるわけ……っ」
「当たりますよ。早水さんと、
「は? なんで……」
「早水さんと菅さんは女子バスケットボール部でレギュラーでしょう? 相手にとても強いパスを出すようにボールを投げれば、十分な回転がかかります。田所さんと結城さんと宮本さんは、ソフトボール部ですから、投げることに関しては問題ないでしょう」
5人全員が唖然とした。自分たちはまだ自己紹介をしていないのに、なんで知っているのか、と。
「なんで……知って、るの……」
早水は、脳裏に前の担任の言葉が頭を過る。
『バスケなんかやらずに、少しは真面目に勉強をしろ!』
ぎゅっと、拳を強く握る。そんな早水に、谷岡は優しい声で答えた。
「教える立場ですから。まず、相手のことをよく知ることが大事なのは当たり前でしょう」
「……え」
「それに、バスケやソフトボールができるなんて、僕は羨ましいです。お恥ずかしながら、あまりスポーツは得意ではないので……」
谷岡は、早水の肩にそっと触れる。
「あなた達5人の力は、必ず、このクラスの勝利に繋がります。そのための方法を、僕が教えます」
「……はい」
「他の女子も、相手の女子になら十分当てられるので、練習しましょう。男子はとにかくボールを取る練習です。女子が投げるために、君たちがボールを取るのです。カッコイイ所、見せてあげてください」
谷岡の言葉に、男子達は「おう!」と力強く答えた。その声に、谷岡は満足気に笑って。
「君たちは、勝てる力を持っています。今までは、その力の使い方を間違っていただけです。正しい使い方で、ルールを守って、審判に文句一つ言わせず、勝って美味しいアイスを頂きましょう」
クラス全員がニッと笑い、元気な声を上げた。
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