第2話 将来の夢


 大勢の前で話すのは苦手だ。

 一人の相手にですら、話すのすら苦手なのだから。


 「じゃあ次は、谷岡くん」


 自分の名前を呼ばれ、谷岡は明らかに肩をびくつかせた。周りがざわつく。「あいつ、話せんの?」「ってか、声とか聞いたことないかも」と、クスクス笑う声が谷岡の耳に届く。谷岡は、重い足取りで黒板の前に立つ。もちろん真ん中に立たなければいけなく、居心地は最悪だった。震える唇。でも、何も言わないのは、さらに発表しにくくなる空気になるのは、なんとなくわかっていたのだ。


 谷岡は、震えた声で、ゆっくりと言葉を発した。


 「ぼっ、ぼ、ぼくはっ、せっ、せんっ、せいに……なりっ、ます」


 所々声が裏返った。顔が真っ赤になるのが、谷岡はわかった。

 一瞬教室が静まったが、一瞬で笑い声でいっぱいになった。


 「そんな声で、先生になんかなれるわけねーだろっ!」


 その瞬間、谷岡から血の気が引いていく。涙が、溢れそうになるのを、必死に堪えた。手が、唇が震える。そんな谷岡の肩に、優しく大きな手が触れた。


 「なれるよ」


 新井先生は、谷岡道の目を真っすぐと見てそう言った。そして、教室を優しい笑顔で見渡してゆっくりと話す。


 「皆は、『先生』に必要なことは、なんだと思う?」


 新井先生がそう聞くと、一人の生徒が大きな声で答える。


 「少なくとも、大きい声で話すことは必要だろー!」


 その言葉から、次々といろんな意見が飛び交い始めた。「あと、姿勢とかー」「頭がいいこと!」「やさしい人!」など、みんな言いたい放題で、全ての言葉に新井先生は頷いていた。そして、新井先生は二回手を叩く。その瞬間、教室は一気に静かになった。


 「みんなが言ったのは、全部正しいよ。だけどね、全部『先生』に『あったら良いもの』程度でしかないんだ。一番大事なのは、、だ。何の目的もない人は、決して、良い『先生』にはなれない」


 新井先生は再び、谷岡道の瞳を真っすぐと見つめる。


 「谷岡くん、君はどうして『先生』になりたいんだい?」


 優しい口調、優しい瞳、優しい笑顔。

 その全てが、谷岡の素直な言葉を引き出した。


 「新井先生みたいな、先生になりたいんだ」


 素直な言葉は、声は震えなかった。


 「僕も、僕が受け取った感動を、誰かに伝えたい。だから僕は、『先生』になりたい」


 谷岡の言葉に、新井先生は涙を流した。

 新井先生の涙に、谷岡は目を丸くする。


 「谷岡くん。君は、良い『先生』になれるよ」


 新井先生はそう、涙を流しながら、優しく笑って見せたのだ。


 どうして、泣いているのか。たくさん考えても、谷岡にはわからなかった。





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