せんせい

柿種 瑞季

谷岡道

第1話 先生という道

 谷岡道たにおかみちは、当時12歳の少年だった。友達はいなく、休み時間は一人で本を読むもの静かな少年だ。読む本は様々で、図鑑だったり、小説だったり、国語の教科書を読んでいたりもした。そんな谷岡道を、他の生徒はいじめることは無かったが、話しかけることもなかった。誰とも関わりたくない、そんな気持ちは一切なかった谷岡道は、誰かと関わりたいという気持ちも、一切なかったのだ。


 ある日の道徳の時間で、『将来の夢』を語るという課題がでた。今週は考える時間で、来週には発表してもらう、という授業予定に谷岡道は焦った。谷岡道には、『将来の夢』はなかったのだ。周りがどんどんペンを進める音、楽しそうに語り合う声が聞こえては、谷岡道は心が重くなる。考える時間が残り十分となったところで、担任の新井あらい先生が手を二回叩いた。新井先生は国語の教師で、60歳を超えていて、もうすっかり老人という空気を出していて、とても優しかった。けれど、叱る時はしっかりと叱っていた。その時の声や雰囲気はとても優しいものだったが、どこか説得力があり、みんな素直に従ったのだ。そんな新井先生は、クラスの皆が好いており、尊敬していた。新井先生が手を二回叩くのは、『自分が話をする。皆よく聞いて』という合図だった。


 そして、新井先生はいつもの優しい声で語りだした。


 「まず、僕がなぜ『先生』になったのか、理由を話そうか」


 新井先生の言葉に、全員が耳を傾けた。

 谷岡道も、とても気になった。


 「僕は『先生』が嫌いだったんだ」


 新井先生の言葉に、谷岡道は目を丸くする。谷岡道だけでなく、全員が驚いた。少しざわつく中、新井先生は言葉を続けた。


 「少しのことで、偉そうに指示したり、叱る『先生』が僕は嫌いだったんだ。だけどね、そんな中、一人だけ大好きな『先生』がいた。その人は、規則に厳しい人だったが、とても自由な方だった。僕は、心から尊敬した」


 目を細めて、懐かしそうに話をする新井先生。


 「『先生』とは、漢字で『先に生まれる』と書きます。しかし、自分より『先に生まれる』者、皆が『先生』というわけではないでしょう」


 新井先生を纏う空気が、とても優しく、日だまりのようで。


「僕にとっての『先生』は、あの方一人だ」


 にっこりと、新井先生は優しく微笑む。


「僕は、『先生』とは何かを探すために『先生』になりました」




 ──その言葉が、谷岡道の将来を決めた。






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