君とさくら

牧たまき

第1話

「パパ、お腹すいた」

「帰ったらすぐお昼にするよ。もうちょっとな、春乃」

「うん。オムライス食べたい!」


このコンビニでアルバイトを始めて半年、今日も平和だ。


「あ、おねえちゃん!こんにちは」

かごを持った女の子がレジの前に立つ。

「ちょっと待って、春乃。これも」

ペットボトルを持って、女の子のお父さんがやってくる。

「こんにちは。鈴木さん」

爽やかに微笑むこの男性は、森さんという。このコンビニの常連さんである。

「あ、こんにちは。春乃ちゃんもこんにちは」

春乃ちゃん。可愛いこの女の子は、森さんの娘さん。いつも挨拶をしてくれる元気な女の子。私がバイトを始めたときから、常連さんであるこの父娘とは何かと縁がある。

家が近所なこと、私の通っていた大学で森さんが講師をしていること、そして今のバイト先であるこのコンビニの店長が、春乃ちゃんのおじさんであるということ。つまり、森さんのお兄さんである。

「兄さんにいじめられてない?」

森さんは笑いながら聞く。

「あはは、大丈夫ですよ。優しくしていただいてます」

そう冗談交じりに答えながら、商品を手に持つ。

「そう。なら良かった」

レジを打ちながら、少し会話をする。

「そういえば、この間の講演聴きに行きました」

「えっ、そうなのか。恥ずかしいな」

「とてもいいお話でした。久しぶりに大学も行けましたし」

森さんの研究分野は「さくら」。詳しく言うと、植物の遺伝子研究らしい。この小さな町にひとつだけある大学で研究をされている。私もその大学に通っていたけれど分野が全然違い、あまり分からないのが正直なところである。

「お会計、874円になります」

「あ、小銭ないや。じゃあ1000円で」

「はい。1000円お預かりします」

春乃ちゃんはくるくる回りながら、お父さんを待っている。

「ありがとうございました」

お会計を終え、二人が帰っていく。

「じゃあまたね、鈴木さん」

「ばいばい!またね、おねえちゃん」

「ばいばい。お気をつけて」

この父娘との時間は、私に平和な気持ちをくれる。そんな時間だ。


15時になり、バイトが終わりの時間を迎えた。

帰る準備をしようとロッカーに向かっているとき、店長に呼び止められた。

「あ、鈴木さん。ちょっと話があるんだけどいいかな?」

「分かりました。荷物を持ってすぐに行きます」

「うん、お願いします。あ、でもゆっくりで大丈夫だからね」

そう言うと微笑みながら、部屋へと戻っていく。

内心で何の話かと不安を覚えながら、ロッカーへと向かう。

「私、何かしでかしちゃったかな」

ぽつりとひとり言がこぼれる。

準備が整い、店長のいる部屋へと向かう。

「店長、私何かしでかしましたでしょうか?」

開口一番そう聞くと、店長がぽかんと口を開けた。

「えっ、何の話かな?」

「あ、いえ。話があると聞いて、何かしてしまったのかと」

あはは、と店長が笑いながら言う。

「まさか。鈴木さんにはいつもよく働いてもらってるよ。このコンビニの看板娘だからね」

思っていた答えと違い、今度は私がぽかんと口を開けてしまう。

「あはは、ごめんね。まさかそんなネガティブな誤解を招くと思わなくて」

確かに、私が思いすぎたようだ。でも良かった。

「いえ、こちらこそすいません。想像力があまり働かずに」

少しの間、微笑んでいた店長がこちらに向き直り、真剣な顔になった。

「鈴木さんにお願いがあって」

「お願い…?ですか?」

何をお願いされるのか思い浮かばず、首をかしげていると、構わずに店長が話を続ける。

「そう、お願い。実は、伸之と春乃のことなんだけど」

「えっ、森さん父娘ですか?」

伸之というのは、店長の弟さん。春乃ちゃんのお父さんでもある。

でも、主にこのコンビニで会うことが多い二人。何のお願い…?とさらに首をかしげる。

「伸之が最近忙しいみたいでね。家事も何とかしてるみたいなんだけど、料理とかがなかなかねぇ。栄養が偏ってるって本人も言ってて」

「はあ…」

先の見えない話に、どうしても生返事になってしまう。いかんいかん、ちゃんと聞かないと。

「まあ伸之自身はね、それでもいいって言ってるんだけど。春乃がねぇ。俺の可愛い姪っ子だしね」

「はあ…」

またもや生返事。駄目だ駄目だ、そう思いながら、店長に先を促す。

「それはよく分かったんですが、お願いとは?」

「ああ、ごめん。それでね、鈴木さんに、森家の家事手伝いをお願いできないかなって思って」

「家事手伝いですか?」

思いがけない言葉に驚く。

「そう。伸之と春乃とはよく店で話してるし、近所だし、どうかなと思って」

「た、確かに、その通りなんですが。でも私が家事手伝いって、大丈夫でしょうか?」

戸惑いを隠せず、そのまま言葉にする。

「大丈夫だよ。鈴木さんは一人暮らしだし、料理の話もよくしてくれるし」

「で、でも、私は家事も基本的なことしかできませんし、料理もそんな凝ったものは全然作れないのですが」

「ああ、その点は大丈夫。凝ったものとか、素晴らしいものとかそういうものじゃなくていいんだ。普通に、自分の家でするみたいに家事をしてくれたらって」

「あ、はい…」

何となく話は分かったものの、まだ戸惑っている。

「もちろんお給料も奮発して出すよ。まあ、出すのは伸之だけどね」

微笑みながら、店長は続ける。

「鈴木さん、仕事を探してるって言ってたでしょ?次の仕事が見つかるまででいいんだ。繋ぎとしてどうかな。そんなに厳しくはないし、悪い条件でもないと思うんだけど」

た、確かに。就活でいいところに巡り合えず、コンビニでバイト。一人暮らしで何かとお金もかかるし、このままじゃいけないと思っていたところなんだけど。

「ほ、本当に私でいいのでしょうか…?」

「もちろんだよ。うちでのバイトもそつなくこなしてくれるし、鈴木さんがいいんだ。やってくれるかな?」

私がいい…。こんなに嬉しい言葉はないなあ。頑張ってよかった。そう思いながら、店長をしっかりと見つめる。

「私でよければ、お願いします」

すると店長が微笑んで。

「ありがとう。こちらこそ、うちの弟と姪をよろしくね」

そう言うと、店長はメモに何かを書き込む。

「はい、これ。弟の連絡先。これからは、直接連絡をとってね。伸之にも、鈴木さんの連絡先を教えて大丈夫かな?」

メモをこちらに向けながら、店長はこちらに聞く。

「あ、もちろんです。ありがとうございます」

メモを受け取りながら、微笑む。

「こちらこそ、急に頼んだのにありがとう。後で伸之に連絡いれさせるよ」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

「長い時間、引き留めてごめんね。お疲れさまでした。また明日」

「お疲れ様です!」

元気よく言い、その場を後にする。それにしても、一日で凄いことになったなあ。

自転車のもとへと、現実味がないまま歩いた。


家について10分後ぐらいに着信音が鳴った。

携帯をとって電話に出る。

「はい、もしもし。鈴木です」

電話に出ると、向こうから爽やかな声が聞こえる。

「あ、もしもし。森です。兄さんから聞いて、連絡させてもらいました」

「こんにちは。連絡ありがとうございます」

「こちらこそ、急にこんなこと頼んでしまってごめんね。引き受けてくれて、感謝してるよ」

少し微笑む森さんの顔を思い浮かべながら、私も少し笑う。

「いえ、とんでもありません。いいお話をありがとうございます」

「そう言ってもらえると助かるよ。春乃も鈴木さんだと喜ぶだろうし、これからよろしくお願いします」

そう話しながら、実際に行く日にちなどを決める。

「じゃあ、今度の土曜日に。とりあえず詳しい話はそのときにするね。うちの家のことも話しておかないといけないし」

「あ、はい。よろしくお願いします。土曜日に伺います」

そう言い終えると、二言三言、会話をし、電話を切る。


近所に住んでいるとはいっても、お家におじゃまするのは勿論初めて。緊張するなあ。森さんの家のこと…。そういえば、何も知らない。

森さんは、春乃ちゃんと二人で暮らしている。それは何となく分かっていたけど、それ以外で私が知っているのは、店長とは兄弟ということ、大学で講師をされていること、そんなところかな。

このお仕事を通じて、森さんのこと、春乃ちゃんのこと、もっと知ることができたらいいな。もっと知りたいな。何となくそんなことを思いながら、スケジュール帳に予定を書き込む。


鈴木桜。大学卒業から半年、ただいま絶賛フリーター。やりたいことを探しながら、とりあえずは目の前のお仕事を精一杯、頑張ります!!!

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君とさくら 牧たまき @sano337

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