命と一億円
9741
第1話
俺には殺したい奴がいる。
学生時代に俺をいじめ、嘲笑い、不幸にした奴。
あいつのせいで俺の人生は暗い暗いものとなってしまった。人生で一度しかない、学生生活があいつのせいで薔薇色ではなく、漆黒の色になった。
学校を卒業して奴との縁が切れても、俺の気持ちは暗いままだった。
気持ちが晴れるまで、かなりの時間が掛かった。
今では少しだが立ち直ってはいる。それなりに充実した日々を送っている。
だが、そんな幸せな日々の中でも、俺はどうしても奴のことを考えてしまう。思い出してしまうのだ。
奴に復讐したい。俺は常日頃そう思っていた。
自身が幸せになること、それが復讐になる。そんな理論を唱える人もいるだろう。
だが、俺にはそんな甘い考えはできない。
俺は奴を許せない。
友人から聞いた話だと奴は可愛い嫁と結婚し、子供までいるらしい。俺を苦しめた奴が、のうのうと生きていると思うと、はらわたが煮えかえる。
どうしても奴を殺したい。
だが、世界には法律がある。人を殺せば、犯罪者になってしまう。
奴を殺したい、でも犯罪者になる度胸が俺にはなかった。
奴への復讐心を抱きながら過ごしていると、好機が訪れた。
世界に、新たな法律が施行されたのだ。
その法律というのが、要約すると……『加害者は被害者遺族に一億円を払えば、犯罪者にならず前科もつかない』という内容だった。
ニュースを見た時、俺は喜んだ。
金さえ払えば、人を殺してもいい。つまりはそういうことだ。
これで奴に復讐できる。
それから俺は必死に働いた。一億を稼ぐために。
食費を切り詰め、酒もタバコもやめた。副業や株も行い、金を貯めた。浪費したい欲求を押さえ込み、金を貯めた。
全ては奴を殺すために。
そして……。
「やった、とうとう、貯まったぞ」
通帳に記載された、9桁の数字を見て、俺はほくそ笑んだ。
一億円。
これで奴を殺せる。
俺は台所から包丁を持ち、奴の住む家へと走った。
玄関の扉を開けた奴を、俺はめった刺しにした。
包丁で何度も何度も。今までの怒りや憎しみを込めて。
奴は死んだ。
俺は警察に捕まったが、奴の妻に一億を払うことで俺は無罪放免となった。
俺の心はついに晴れた。
長年の夢が叶ったのだ。
「これからだ、これから俺の人生は薔薇色になるんだ。ハハハハっ!!」
家で十数年ぶりの酒を飲みながら、俺は笑った。
奴のいない人生がこんなにも素敵なものだったなんて。
『――ピンポーン』
インターフォンが鳴り響く。
こんな夜遅くに一体誰だろう。文句の一つでも言ってやろうと思ったが、今は気分が良い。許してやろう。
「はーい、今開けまーす」
俺は鍵を解除し、扉を押した。
そこにいたのは……。
「アンタは確か、あいつの妻の――」
「夫の仇ぃ!!」
俺は、その女に胸を刺された。
心臓をひと突き、俺は即死だった。
だが、女が刑務所に入ることはなかった。
あの女は、俺が払った一億円を、俺の遺族に払うことで罪を免れた。
それからはイタチごっこが続いた。
俺の遺族が女を殺し、女の遺族に金を払う。
女の遺族が俺の遺族を殺し、俺の遺族の遺族に金を払う。
結局、この法律が廃止されるまで、殺し合いは続いた。
命と一億円 9741 @9741_YS
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます