第25話 なんでここにローレンスが!?

 夏期休暇のある日、トロイノイは育ての両親――トロイノイの生みの母ことエリーの両親――の待つ実家を久しぶりに訪ねることにした。

 トロイノイの育ての両親こと母方の祖父母に挨拶してからロクエ診療所の自宅通用口に入り、

 かつては母と共に過ごし、母が帰ってこなくなってからトロイノイが聖女親衛隊に入るまで、ほとんど一人で過ごした部屋へ、トロイノイは歩いていく。

 トロイノイがその部屋のドアを開けて、真っ先に出た言葉は

「なんでここにローレンスが!?」



 トロイノイが実家の自室のドアを開けると、彼もといローレンスが、トロイノイが昔使っていたクッションを抱きしめながら寝て待っていた。

 トロイノイは自分が実家に行くことを祖父母とウリッツァ班男子と同室のアイン、あと聖女邸の事務の人ぐらいにしか報告等していないはずと思い返していると、

 トロイノイのあの言葉で目が覚めたのか、彼がクッションを抱えたままゆっくりと起き上がってこう言った。


「おはよう……ボクのトロイノイ」

「おはよう、って……もう昼過ぎよ? それよりローレンス、どうしてあたしの部屋にいるわけ?」

 どうして、という問いに対して、ローレンスはクッションを顔によせ、会いたくなったから……と答える。


「……ていうか、一度クッションおろして……ってクッションを枕にしてまた寝る気?」

「手握ってくれたら起きる」

 そう言って横向きに寝転がって両手を伸ばす彼。

 トロイノイは、こいつローレンス寝ぼけているのかと思いつつ、手を差し出す。

 その手を握って体を起こした彼はトロイノイにこう告げる。


「今日はね、トロイノイがずっと会いたがってたキミのお母さん……エリーを連れてきたんだ」

 ちょっと待ってね、と自分のズボンのポケットを探る彼に対して、お人形さんなら間に合ってるわよ、と言うトロイノイに、彼はこう返事する。

「……やっぱり、そう、だよね、おにんぎょうさんじゃ……ダメ、だよね……ごめん。……普通に考えればすぐ分かることなのに」

 彼が謝ったとき、トロイノイが脳裏に浮かべていたのは、自分と出会って――トロイノイが五歳になる誕生日の朝――から、おおよそ一年経ったある日、二人で静かな海へ来た時のローレンスのことだった。


「……いこう? 一緒に」

 そう言って、まっすぐトロイノイを見据えているのに生気のない目を向けるローレンス。

 トロイノイが彼の差し出す手を握ると震えながら握り返し、海へ入ろうと進むが一歩一歩が重いローレンス。

 そんなローレンスにトロイノイは痺れを切らして、ローレンスを引っ張り気味に海へ走っていく。

 水がトロイノイの顎に浸かった瞬間、トロイノイは彼に止められた。

「トロイノイ、……急に走ったら危ないでしょ」

 彼の魔法で浜へ瞬間移動し、二人で準備運動していた最中、彼はトロイノイに、ごめんね、と言った。


 トロイノイがあの時、彼が謝った理由を思い出していたのを知ってか知らずか、彼は、……帰るね、と部屋を出ていこうとして扉の前で止まる。

「……おじさんとおばさんによろしくね」

 顔だけトロイノイに向けてそう言い、今度こそ彼は帰っていった。



 彼は自分の部屋のベッドに座り、ズボンのポケットからトロイノイに見せようとしていたエリーのにんぎょうを寝かせて鼻筋に触れる。

 それから彼は右手で頬から首筋、首筋から肩、肩からひじに至るまでを優しく撫でる。

 今日、彼がエリーにしたのはそれだけだった。

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