第14話 部屋を出ると『彼』が大体宙吊りになっています

 朝、少女チェルシーが、かつて彼の祖母たるエカテリーナが愛用していたという天蓋付きのベッドから起き上がる。

 服を着替えて部屋の出入り口である引き戸を開けると、そこに彼がいた。

「おはよう、チェルシー。一緒に朝ご飯作ろ?」

 この彼、笑顔で、ものすごく普通に話をしているように見えるのだが……、

「……また逆さ吊りになってるけど、移動できるの?」

 彼を「気を付け」の姿勢にして足首からひじ周りまで縄でぐるぐる巻きにし、逆さ吊りにした図。

 それが今、チェルシーが見ている彼の姿である。

「ああ、大丈夫だよ。縄抜けなら出来るから」

 彼がぬるぬる動くと自身に巻き付いていた縄が解け、そして華麗に着地した。



 そもそもなぜ彼が、チェルシーの部屋を出たところの廊下で逆さ吊りになっていたのか。

 事の発端はあれである。

 彼とチェルシーが共に暮らして間もない日の朝、チェルシーが目覚めると、彼に後ろから抱き着かれているのに気付いた。

 彼に言われたとおり、寝る前に部屋を施錠していたにも関わらずである。

 彼の穏やかな寝息を聞きながらどうしようと悩んでいたら、後ろから彼の寝言が聞こえた。

「すぅ……はぁ……エカテリーナ……、……じゃない!」

 慌てるような「じゃない!」の後、抱き着かれていたのがなくなり、チェルシーが彼の方を見ると「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 二度と許可なく赤の他人の女の子が一人で寝てる布団には入らないって誓ったのに――」と、途中から聞き取るのが難しいくらいの早口で自分を責めながら、床に穴があく勢いで土下座を繰り返していた。


 それ以来、二度とチェルシーの寝ているところに立ち入れないように、と、彼がチェルシーの部屋の前の廊下や戸に魔法をかけ、彼自身が時々宙吊りになる光景が日常と化した。


 ちなみに、彼の土下座のせいでひびが入ったチェルシーの部屋の床は、土下座を終えて落ち着いた彼が祖母から受け継いだという、物を直す能力で元通りにした。

 彼曰く、因子所有者が死ぬと、その傍らに丸いキャンディーが詰まった瓶が現れるそうだ。

 無地のキャンディーを食べると死人の因子の能力が、因子の紋章入りのキャンディーを食べると死人の因子の能力と生前の記憶が得られる、とのことだった。



 チェルシーは宙吊りになる彼を見るたびによく声をかける。

「宙吊りでいるのつらくない?」

「……キミが宙吊りになったボクを見たってことは、キミが無事って事だから平気」

 抱き着かれたのは気にしてないから一緒に寝る? と言ってみても、

「絶対ダメ。寝てるキミを前にして抱き着くだけでいられる自分が想像できない」と断られる。

 たまに宙吊りの彼に出くわさない日もあったが、その日は大体彼の態度が機械的な日である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る