第8話 夜、聖女の部屋にて。

 聖女邸でヴィーシニャの誕生を祝う晩餐の後、入浴時間が来た。

 隊員の各部屋にシャワー室があるが、多くの聖女親衛隊員は男女別々の広い浴場で日頃の汗を流す。


 ところでプリストラが魔王因子持ちで黒い王冠があしらわれた腕輪を付けていることは覚えているだろうか。多分忘れているだろう。

 黒い三つの三角形を横に並べたような王冠は、魔王因子を持つ者の証で、

 魔王因子を持つ者は入浴時や就寝時など一部を除いて、その紋章があしらわれた腕輪やブレスレットなどを付けていなければならない。

 聖人因子持ちは腕輪などをつける必要はないのに、なぜ魔王因子持ちは付けることを要求されるのか。

 それは聖人因子の紋章は持ち主の利き手だけに現れるが、

 魔王因子の紋章は持ち主の体のどこに現れるか三者三様、十人十色、要するに決まっていないからである。


 例えばプリストラの魔王因子の紋章は右尻にある。もう一度言おう、右尻にある。

 仮にプリストラに「魔王因子の紋章見せて」などと言ったらプリストラはズボンや下着を脱ぐはめになる。

 公の場で言おうものなら頼んだ人は滅茶苦茶怒られるし、プリストラ本人も怒られる。


 さて、今日の聖女の見張り班は我らがウリッツァ班である。

 まず風呂上がりに、聖女の部屋周辺にウリッツァ班の面々が一人一つ罠を仕掛けた。

 読者諸君にだけ誰が何の罠を仕掛けたか話しておこう。

 まず、マギヤが聖女邸に住まう者以外が床や壁に触れると警報が鳴る罠を、

 プリストラが聖女の部屋に近づく者に向かって大きな球――当たると球が止まると同時に閉じ込められて、誰かに触れられるまで何もできなくなる――が転がってくる罠を、

 トロイノイが聖女の部屋のドアノブに触れると強力な電撃を浴びて気絶する罠を、

 ウリッツァが聖女の部屋に入ったところに白い粉の砂場のようなものを作った。


「おやすみなさい、トロイノイ」

「おやすみ、ヴィーシニャ」

 聖女の部屋の壁を背にして、聖女の寝床や出入り口の扉、そして窓をじーっと見張るのがトロイノイの仕事である。

 万が一侵入者と対峙した時は、手に持ったスイッチで、ウリッツァをはじめとしたウリッツァ班男子メンバーや他の親衛隊員を呼び寄せ捕縛する。

 トロイノイは、寝落ちしないように、ときどき頬をつねりながらヴィーシニャを見守った。


 トロイノイがうつらうつらとしてきた頃、物音にハッとし、辺りを見回す。ヴィーシニャが寝返りを打っただけのようだ。

 トロイノイが安堵の息をつき、監視を続ける。


 そして朝が来た。聖女ヴィーシニャは何事もなくベッドから起きて伸びをした。

 トロイノイも眠い目をこすってヴィーシニャにおはよう、と言った。

 ヴィーシニャもゆっくりとトロイノイの方を向いておはよう、とほほ笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る