第10話 いつもの『彼』のいつもの終わり

 平日の彼の朝は早い。

 どれぐらい早いかというと、朝の六時頃には目を覚ます。

 なにせ朝の炊事や洗濯をこなすためにはそれなりに早く起きなくてはならないからだ。


 眠るときは大体抱きしめている白いリボンのカチューシャとピンクのロリータ服と、ひざ辺りにフリルと黒いリボンがあしらわれた白い靴下と小さな赤い靴を身につけた、

 金髪で前髪が姫カットのツインテールでくりくりした翠眼の、美と愛らしさが共存している女の人形に、彼は、おはようを告げて枕もとに寝かせる。

 身支度をし、朝食を作って食べて、階段をのぼる。



 彼の職業を覚えているだろうか? そう、人形師である。

 祖母から受け継いだ店『手作り人形 Posobiyeパソビエ』で人形やその衣装の制作・販売をしている。

 営業時間は朝の九時から夕方の五時で定休日は土曜日。

 従業員は彼を入れて十人ほど。

 店舗での彼の仕事は、朝の清掃と午前中の店番である。

 レジ回り、ケース、床、そしてショーウィンドウを掃除する。


 今の季節は、人工の桜の下で学生服やスーツ風の衣装を着た人形たちがショーウィンドウに立っている。

 ショーウィンドウからこの店のはす向かいにある『ロクエ診療所』が見える。


 あそこは彼の幼馴染エリーと、その娘でもあるトロイノイの実家で、

 かつて彼は、我々で言う小中学生のトロイノイがここから学校へ通っているのを眺めながら掃除をしていたのだが、今は聖女邸から学校に通っているのでそれが見られない。


 掃除を終えて扉の前にかけてある「Closed」の看板を「Open」に変えるといつぞやぶりに聖女親衛隊員が二人来た。それも彼の背後に突然来た。

 万が一その過程で長い刃物を持っていたら、後ろの二人を上下真っ二つに斬れるほど勢いよく振り向いた彼。

 聖女親衛隊員らの恰幅がいい方が突然背後に来たことについて謝罪もせず彼に話をしようとしたところ、もう片方の親衛隊員に頭を下げられた。

 その後、またしても先代聖女マナに関する質問をされたので、彼は前に来た隊員にも伝えたが本当に何も知らないから帰るように伝えた。



 早い昼食をとった次の店番担当の人と店番を代わった後、彼は地下の工房で昼食をとった。

 午後の彼の仕事はその工房で人形、特にその衣装の制作である。

 店番担当以外の人間は工房で人形の顔や体、そして衣装づくりに精を出す。

 彼の主な担当は衣装づくりである。

 季節ものの衣装や客から注文された衣装を主にミシンで縫っていく。

 そんなこんなで閉店時間になり、彼は店を閉めた。



 夜、眠る前に誰もいない祖母の部屋を訪ねる。

 天蓋付きのベッドの枕に顔をつけて、深く呼吸をする。

 そしてその枕を自室に持ち帰り、朝抱いていた人形の枕にして、その人形の指先に口づけをして彼は目を閉じた。



 そして今日から彼の生活が少し変わる。

 彼の家で生きている人間の数が一人から二人に増えるのだ。

 まあ、人が増えたところで彼のすることはたいして変わらない。

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