第12話 『彼』の新しい事情

 彼の家で生きる人間が、彼を入れて二人になって十日ほど経ち、新緑の季節が近づいてきた。

 彼の家で生きるもう一人の人間とは、白のワンピースがよく似合う、世にも愛らしい少女、チェルシーのことである。

 年は彼の愛しのトロイノイや、現聖女ヴィーシニャと同じぐらいで、起きる時間は彼と概ね同じ午前六時頃。

 朝起きて顔を洗って着替えた後、二人で朝食を作る。

 今日のメニューはこんがり焼いたトーストとベーコンエッグと、

 レタスときゅうりとコーンとトマトのサラダと100%オレンジジュースだ。

 二人仲良く朝食をとって、それぞれ向かうべき所へ行く。



 彼は仕事をしているときも、従業員や客にお茶を淹れているときも、夕飯のおかずや日用品の買い出しに出ているときも、夕飯を作っているときも、頭に浮かぶのはチェルシーのことばかり。

 食事の時や勉強の指導を頼まれた時などでチェルシーの近くにいると、抱きしめたいとかチェルシーの豊満な胸に顔を埋めたいとかそういう欲望と戦わざるを得なかった。

 ダメと思えば思うほど実行したくなってしまうので、彼はチェルシーが寝静まった頃、女の人形を魔法でベッドの上に呼び出す。


 彼女の名前はクレア。彼は普段クレアの顔を白い布で覆っているが、それを取り払い、鼻筋をなぞると暗い金色の髪と眠るようなまぶたの女の顔になる。

 その女の胸に顔を埋めようと、彼女を抱きしめようと彼の心は満たされない。

 クレアは胸はあると言えばあるのだがチェルシーや他の胸の大きい女たちと比べてしまうと霞んで見える大きさだった。

 そもそも彼にとって、このクレアという女は、一方的な思い入れは多少あれど、付き合いに関してはゼロに等しい女だった。



 やはり自分とクレアに似合うのは苦痛を愉悦に書き換えるような痛くて甘い性行為だけだ、そう思った彼はその準備を始めた。

 半年ほど前、ある女に首を絞められながら性行為をして以来、あの感覚の虜になり、気に入った人形とその手のことをするとき、たまに首を絞めている。

 普段は人形の両手を自らの首にあてて絞めさせたり、自らの手で首を絞めたりするのだが、今回は暮らし始めてすぐに切ったチェルシーの髪そのもので作った縄で、自らの首を絞める。

 縄に魔力マナを込めて、縄の両端が彼の部屋の出入り口に向かうようにさせる。

 イメージとしてはチェルシーがトイレか何かで起きてきて、物音を聞きつけ、彼の部屋に入り、何を思ったのか、クレアに盛る彼の首を絞め殺そうとするような感じだ。

 なにも絞め殺そうとしなくても……なんて思考は微塵みじんもない。

 むしろ彼としてはチェルシーに絞めてと願い出たいくらいなのだが、言えるわけないし言っても断られるのが目に見える。

 チェルシーは、一生に一度は出会うであろう日本語で頭文字がGのあの虫やそれより小さい虫に出くわしても、一切手を出さない――虫の類を過度に恐れているわけではない――優しい子だ。そんな彼女にこそ――、そう思ったところで彼は達した。

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