TOKYO ミライト

 TOKYO ミライトは都市再生緊急整備地域に指定された丸の内ビルヂング跡地に建てられた大型商業複合施設である。高さ190m、地上35階地下5階。空中回廊と地下通路によって東京駅直結となったTOKYO ミライトは多くの企業や商業施設が入り、そのアクセスの良さと手塚治虫の描くSF漫画を彷彿とさせるような近未来的デザインから連日多くの人々でにぎわっていた。東京都と大手デベロッパー数社が中心となって開発を進める東京の一大プロジェクトであり、高田は設計士として携わっていた。


「あんたの代表作にして集大成。日本建築学会賞にも選ばれたあれこそ、百点っていうものじゃないのか」

 高田は答えなかった。

「だけど、あんたは賞を辞退した。それはなんでなんだ」

「別に、理由など」

 深作は瞬時に右手の甲に打ち込まれている釘を叩いた。麻酔が効いているお陰で痛みはないものの、確かな異物感と恐怖が高田を支配し、彼の口から悲鳴が漏れた。

「嘘をつくなって。日本で一番権威ある賞だ。あんたみたいな俗物が欲しがらないわけがないだろ」

 高田の脳裏には当時の出来事が断片的に蘇っていた。連日の会議、官民両方からの重圧、まとまらない仕様、迫り来る納期……。日々の激務に彼の体重は6キロも減り、神経衰弱寸前まで追いつめれた。今でも思い出すと胃が縮む。

「賞は、たまたまだ。私にはもったいないと思ったんだ」

 高田の右手から小指の先がひしゃげ、彼は叫んだ。

「嘘を、つくな。何度言ったらわかるんだ」

 高田は悟った。こいつは何もかも知っている。

「お前、どこまで知っているんだ」

「俺は全部知っている。だけどな、これはインタビューなんだ。お前の口から話さないと意味がないんだ」

 高田は録画中のカメラをにらみつけ、右手に視線を落とした。薬指と小指は潰され、両方の爪は剥がれている。小指の先からは骨がわずかばかり顔をのぞかせていた。末端の神経までいかれているかもしれない。

 高田は長いため息をついた。

「わかった」

「うん?」

「話す。話すから助けてくれ。助けて下さい」

「言い直すなよ。じゃあ、質問の続きだ。なんで賞を辞退した?」

「あれは、【TOKYO ミライト】は俺の設計じゃないからだ」

「誰の設計だ」

「当時、俺の下で働いていた部下の設計だ」

「部下の名前は」

「……里中愛実(さとなかめぐみ)だ」

 深作はカメラの後ろに回り、レンズ越しに指示を出した。

「カメラ目線で、もう一度文章にして言ってみろ」

「なあ、もういいだろ。助けて——」

 金づちが宙を舞い、高田の額を強かに打った。割れるような激痛が軀中を走り回る。どうやら麻酔は顔には効いていないようだった。

「言えよ」

「……俺の名前で発表した【TOKYO ミライト】の本当の設計士は里中愛実だ」

「なぜ彼女はお前を盗作したと訴えなかった」

「同意の上だったからだ。当時彼女は入社三年目の新米で、そのまま出しても相手にされなかった。私の名前で出さなければせっかくのアイディアは消えてしまう。ネームバリューが重要だったんだ」

「まだ嘘をついているな」

「これは本当だ。嘘じゃない」

「じゃあ里中本人に聞いてみるとしようか」

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